新米道騎士の視廻り旅

トーマス・ライカー

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視廻り旅・4ヶ月目・

サリエナ

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 まだ日没から四時程だったから、なのかも知れないが彷徨うろついていた魔物は10匹と感知した。

 サリエナが使う道剣は、俺のものよりも幅が広いんだが凄く薄い。

 だから、振るとよくしなる。
 普通、剣は横からの打撃には弱く、折れ易いんだが、サリエナの道剣はのこぎりの歯みたいでひん曲がっても元に戻る。

 だからサリエナは、剣のしなりを利用した剣術が得意だ。

 縮地走術で村の外側を一廻りし、やはり10匹と確認した上で2人とも道剣を抜き、左手で持つ。

「リン・ピン・トン・シャン・ケン・テン・レツ・ゼン・セン! 」

「ノン・マク・サラン・ヤク・ラタ・ケン・ナン・カン! 」

 サリエナは空戦神の真言を唱えながら右手で組んだ印を剣の峰に当てて祓い、力を借り受けて道剣にまとわせた。

 俺は地戦神の真言を唱えながら同じようにして、力を借り受ける。

「…ひとり5匹な? 」

「…ああ…」

 縮地走術で駆け抜けながら、魔物のくびわきももの動脈を斬る。即死じゃないがこれでいい。

 用水路の水で剣を洗って拭き取り、服に血が付いていないか確かめる。

「…隣村に行くぞ? 」

「…分かった…」

 呼吸を合わせて縮地走術で駆け出す。

 隣村でもそのまま外側をひと廻りしたが、彷徨いていたのは5匹だけ…だが5匹とも動きの速い、バラミンとハドラだ。

 なんで、ひとりが囮になって引き付けた処でもうひとりが斬る、と言うやり方を交代で繰り返して5匹とも斬った。

 同じように剣を洗って拭き取り、鞘に収める。

「…アタシが前払いで取った旅籠はたごに来なよ…アンタ、暫く風呂にも入ってないだろ? 臭うよ…服は洗濯してるみたいだけど…」

「…ほっとけよ…旅籠はたごを取れるなんて、金があるんだな…」

「…追い出されるみたいにして出立した誰かさんと違って、アタシは人気があるからね…」

「…減らず口は治ってねえな…でも、まあ好いか…そろそろ冷たい水を浴びるのにも飽きて来たからな…」

 2人して縮地歩術で村に戻る。

 板を打ち付けた木に立ち寄ると、サリエナの他にも差し入れを括り付けてくれた村人がいたらしい。ありがたいことだ。

 旅籠はこの村にここだけで、民家3軒分の大きさだ。

「…あの馬はいいのか? 」

「…ああ、あの仔には水を用意してあるし、あの辺りの草を食べるだろうから、ひと晩くらいは大丈夫さ…」

「…ケイン叔父師が使っていた、ミドラの仔だな? 」

「…ああ、トリムだよ。まだ若いけど、粘り強さは親譲りだね…」

「…それじゃ、風呂に入らせて貰うかな。ついでに洗濯もしよう…」

「…アタシも入るよ…」

「えっ?! 」

「…何を今更驚いてるのさ。ガキの頃から何度も一緒に入ってるだろ? 」

「そりゃまあ、そうだけどな…」

 風呂と言ったって、大き目のタライ風呂だ。だが、湯に入れるのは好い。身体が温まる。

 湯を張った桶に脱いだ服を浸け、二人でタライに入って座る。

 下半身浴だが、温かい。自分で肩から湯を数回掛けて温まってから、半跏趺坐はんかふざで座って内観ないかんに入る。サリエナは横座りで座っていて動かない。

 内観に入って集中しながら魔物の気配を探る…居るには居るが遠い…三万歩から五万歩の範囲内で三匹を感知したが、今夜はもういい。

「…居たのかい? 」

「…ああ、三匹居るが遠い。今夜はいいや…」

 俺は立ってタライから出ると、手拭いに洗い粉を馴染ませてから丹念に身体を擦る。あまり垢を擦り落とすと、風邪をひくから程々にしておく。

 洗い湯を身体に掛けて流し、服の洗濯にかかる。サリエナはタライの中で身体を擦り始めている。

 洗濯を終えて固く絞り込むと結構汗をかいたので、洗い湯で流してから先に出る。

 綱を張って服を掛けてから、部屋の隅で道剣の手入れを始める。

「…砥ぐのかい? 」

 と、上がってきたサリエナが訊く。

「…いや、この前砥いだから、まだいい」

「…じゃ、こいつを貸してやるよ」

 そう言って、磨き油の小壺を放ってくれる。

「…悪いな」

 受け取って刀身に塗り、拭き上げて錆び止め粉を付けてから鞘に収めた。

「…飯はどうする? 」

「…飯代も払ったのか? 」

「…晩と朝な…」

「…どんだけ金を持たされたんだよ? 」

「…結構持たされたよ。正直、使い途も無いけどな…半分、分けようか? いずれ、馬も買うだろ? 」

「…まあ、金は在るに越した事はないけどな…じゃ、お言葉に甘えて四半分だけ貰うわ…お前は俺と違って要り用の物もあるだろうし、トリムに喰わせる餌だってタダじゃない…使い途は必ずあるから持っておけよ…」

「…アンタ、だいぶ丸くなったね…」

「…これでも出立して三月だぜ。色々とあったからな…俺の事は心配しなくていいし、気にしなくても好い…差し入れのおかげで、パルギの材料にゃ当分困らないしな…それじゃ、飯にしようぜ…」

 そう言い、下穿きと帷子かたびらだけを身に着け、旅籠の厨房に行って声を掛けた。

 9ヶ月振りにトンクラの焼肉を食った。しかも三枚もだ…あの時ゃ一枚しか食えなかったのにな…付け合わせの料理も汁物も、野菜炒めも旨かった。久し振りにたらふく食った…満足だ…サリエナは酒も貰うかと訊いたが、それは断った。呑むのは好きだが俺はどう言う訳だか、呑むとその後三日は太刀筋がグダグダになる。俺にとっての酒は鬼門だ。

 たらふく食うと眠くなる。

 それに、雨が降り出して来た。

「…俺がここで寝たら、宿代はどうなる? 」

「…変わらないよ。前金で払ったのは、この部屋一晩分だからね…それに、朝飯も食って行かないと勿体ないだろ? 」

「…それもそうだな…悪いけど、俺はこっちの隅でもう寝るから、気にしないで寝てくれな? 下敷きと毛布だけ借りるから…」

「…一緒に寝た方が楽だし、温かいだろ? 」

「…バカ言え。俺達ゃもう、ガキじゃねえんだぜ? 」

「…昔、約束したじゃないか…夫婦めおと道騎士になろうって…」

「…幾つの時の話をしてんだよ? 確かに夫婦道騎士は居るが、俺の女癖の悪さはお前も知ってるだろ? 俺はお前にゃ合わねぇし、女道騎士は子供を産むと弱くなる。俺はお前を弱くしたくねぇんだよ。それに出立したばかりの道騎士が、そんな事言うんじゃねぇよ。俺はもう喋らねぇからな! さっさと寝ろよ! 」

 それだけ言うと俺はサリエナに背を向け、腕枕で毛布を被った。
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