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『太陽風を越えて』
太陽系大渦巻(ソーラー・システムズ・メールシュトローム)
しおりを挟む「う?! ゲイル!? 」
感じたのはほんの軽いショックだったが、俺は跳び起きてヴァイザーを上げて観た。
だが2時間前に俺と交代して勤務に就いたゲイリー・シモンズの姿はなく、左側には2m大の大穴が開いていて船内の気圧は0になっている。
右側の壁を観るとコイン大の穴が開いていてそれが射入口だと判る。おそらく1cmにも満たないデプリが跳び込んで来たのだろう。
それが大穴を開けて、空気と一緒にゲイルを排出した。俺達は規則に従って、眠る時にはスーツを着てヘルメットを着ける。それが功を奏して俺は助かったのだ。
排出されたゲイルを探すのは不可能だ。ベルトを外して救難信号の発信を開始し、損傷を調べる。
デプリはピンポイントで船殻を貫通したのか? いや、酸素タンクがふたつともやられた。残りの酸素は俺が今背負っているバックパックのタンクだけ。
通信機もやられている。思わず左腕のクロノメーターを観る。ギリギリ節約して、保って20時間だな。
コースと速度と加速率に異常はない。センサーシステムも無事だ。この船は、太陽系内惑星領域の資源探査を目的に作られたソーラー・セイルシップだ。
太陽風に乗って大きく左旋回しながら加速を続け、内惑星領域の雑駁な埋蔵資源チャートを作ってきた。最後は土星圏で待機している母船に回収して貰う手筈だ。
だがもう時間が無い。救難信号は母船でも発進ポイントでも受信するだろうが、この船を離れてこちらから少しでもどちらかに近付くなら、航行方位に対して右回りに回転を続けるソーラー・セイルの遠心力を利用して、発進ポイントに向けて自分から跳び出すしかない。
通信機は使えないが、レーザーラインの直接照射でモールス信号は送れる。
母船に向けては回収艇を出してくれるように信号を組み、発進ポイントに向けては救助艇を出してくれるように組んで、目標自動追尾でリピート発信を開始させた。
ボードを起動して計算を始める。最適な船の姿勢と跳び出すベストなタイミングを導き出すのだ。
不意に妹夫婦に預けている娘のことを思い出す。
(ああ、エレナ。通信機が使えたらお前に)
脳裏に顕われた娘は13才の姿で、ライトブラウンの髪をツインの三つ編みにして、ソバカスを散らした顔で笑い掛けてくれていた。
次に現れたのはエレナの母親で、別れた元女房だ。
(君にコメントは無いよ。最後の計算で忙しいんだ)
計算を終えた。2回検算して確かめる。
外に出るタイミングは今から15分後だ。
セイルの端を手で掴み、手づたいで先端まで行くから、この時間に出ないと間に合わない。
あまり重量を増やすのはマズイんだが、ゲイルの遺品になる物をスーツのポケットに入れる。
小腹が空いてきているが、何も食べられない。宇宙食はあるが、空気が無いからヘルメットを外せない。スーツの肩に内蔵されている、非常時飲料水が頼みの綱だ。これは特製のエナジードリンクで、二口飲めばかなり保つ。
左腕のクロノメーターに、跳び出す予定時刻の30秒前でアラームをセットする。
「さあ、行くぞ」
ポイントシグナルのリピート発信をセットしてヴァイザーを下げる。
エアロックを経由して外に出る。セイルの端を伝って移動を始めるが、まだ遠心力はそれ程に強くない。
俺はまだ死ねない。エレナの許に辿り着いて、顔を観てただいまって言って、抱き締めるまでは。
連邦政府に移行しようって決議されるより遥か前から、人は大嵐で沢山死んでた。
あの時、嫌な顔をした大使はいたが、嫌だと言った大使はいなかった。当然だろう。
あの頃、2週間続けて安全に暮らせる場所なんて、地上の何処にも無かった。
何処に居たって10日に1度は大嵐に見舞われて、20人にひとりくらいは死んでた。
誰もが地上で生きることに嫌気が差していてウンザリしてた。
俺は運良く宇宙で職にありついたが、地球じゃまだまだ大勢が、海上浮遊都市や地下都市で暮らしてる。俺はまだ死ねない。
セイルの先端まで5m。カウントダウンは40秒前。ここまで来ると凄まじい遠心力で両腕が引き千切られそうだ。
悪いな、ゲイル。俺は生きて還る。
還るぞ、エレナ。俺はお前を必ず抱き締める。
今だ!!!
手を離した俺は凄まじいスピードで跳び出した。
弱く切れ切れに聴こえる救助艇からのシグナルを頼りに、細かい方位修正を行う。
そして、バックパックの酸素が切れる20分前に…発進ポイントから出て来てくれた救命艇に見付けられて助けられた。
俺の名は、エフライム・ハークネス。
太陽系の大渦巻(メールシュトローム)から生還した男だ。
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