私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木陽灯

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寝起き

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 背中に一筋の汗が流れた。
 とにかく何か言わなければ……。何とか口を開いて声を絞り出した。

「……お、おはようございます」

 口から出た言葉がそれだった。マズイと思っても口から出た言葉は引っ込めることが出来ない。
 クラウスは私の声に眉をピクリと動かす。

「あ゙? お前何の用だ……。んん? ……カレンか?」
 
 クラウスの口からは、昨日聞いた声とは全然違う低音が聞こえてきた。
 何度か瞬きをした後、私と目が合った。その瞬間、手首に込められていた力が和らいだ。

「あ、はい。えーっと、もうすぐお昼になりますので起こしに来ました」

 何とか私を認識してくれたようなので、本来の目的を伝える。
 今日はいい天気ですよ、と付け加えると、クラウスは私の手首をそっと離した。

「……悪い」
「いいえ。急に起こそうとした私も悪かったですから」

 気まずそうなクラウスを見ていると、あと少しで骨が折れそうでしたよ、とは言えなかった。

「何故カレンが起こしに来たんだ。ティルはどうした?」

 さっきまで私を睨んでいた目は、どこか違うところを見つめている。

「お昼ご飯の準備を手伝ってくれています。それで私が起こしに来ました」
「はぁ……明日からはティルに起こすよう言っておく」

 クラウスは頭を手をあててため息をついている。
 ティルが起こすのを嫌がる理由も、クラウスが私に起こされたくない理由も、よく分かった。

(寝起き、最悪なのね。運が悪ければ殺されそうだもの)

 それでも……

「私じゃいけませんか? ちゃんと起こしますので」

 クラウスの身の回りの世話をする。それが私の仕事なのだがら、私がやるべきだろう。

 そう言うと、ようやくクラウスがこちらを見てくれた。
 少し驚いたような顔をしている。

「いや……カレンが良いなら構わない。俺も、その……気をつけよう」
「ふふっ、お願いしますね」 

 殊勝な態度のクラウスが面白くて、つい笑い声がもれてしまったが、クラウスは怒る訳でもなく私を見つめいた。

 

 私がくすくすと笑っていると、ベッドの横の窓が急に開いた。
 柔らかな風がふわっと部屋に入り込んてくる。

「あら? 窓が……」

 窓の周りをよく見ると、さっき案内してくれた光の玉がふわふわと漂っている。
 それがどういう意味なのか、不思議と理解出来た。

「お屋敷さん? クラウスを起こすのを手伝ってくれるの?」
 私の声に反応するように、光の玉がくるくると窓の周りを飛び回る。

「ありがとう、助かるわ」

 光の玉に向かって話していると、クラウスが興味深そうに言った。

「どうやら屋敷に気に入られたようだな」
「そうなんでしょうか?」
「誰にでも親切なわけでは無い。嫌な客が来ると、色々いたずらをして厄介なんだ」
 
 厄介だと言いながら、光の玉を見つめる目はとても穏やかだ。
 クラウスが光の玉に手を差し出すと、光の玉がふわふわと掌に着地してゆっくりと消えていった。
 


 クラウスとともにリビングへ向かうと、ティルが配膳を終えたところだった。
 
「クラウス様! おはよーございます。あれ? カレンは無傷だ。すごーい!」

 ティルはパチパチと拍手しながら称えてくれた。
 クラウスが睨んでいることに気づかず、ティルは楽しそうに続けた。

「僕は毎日クラウス様を起こすたびに、すっごい攻撃されて傷だらけになっちゃうんだから!」
「ティル、お前は今日魔王のところまで行って、例の書類を貰って来い」
「げぇー! 伝書鳩飛ばすって言ってたじゃん。僕、魔王様好きじゃないのにー」

 クラウスは、頬を膨らませて抗議するティルを一瞥にて、冷たく言い放った。

「俺を起こすよりマシだろう?」
「うぐぅ……酷いよー」
 
 ティルはしばらくぶつぶつと文句を言っていたが、クラウスは素知らぬ顔をしていた。

「さぁ食べましょう。スープが冷めてしまいますよ」

 ほらほらと促すと、二人ともようやく食べ始めた。
 
(味見したときはそこそこ美味しかったんだけど、お二人の口に合うかしら?)

 内心ドキドキしながら二人の様子を伺った。

「んー美味しいよ! カレンは料理が上手いんだね」
「普通ですよ。食材が良いから美味しくなるんです」
「いや、これは……久しぶりに人間の飯が旨いと感じたな」
「ふふっ、ありがとうございます。おかわりもありますからね」

(良かった。二人の口に合ったみたい)

 作った料理を美味しいと言われるのは、初めてのことだ。照れくさいけど嬉しかった。
 二人が美味しそうに食べてくれるのを見て、私も食べ始めた。

(ちゃんとした味になってる。あぁ、緊張した)

 味見の時には緊張でよく分からなかったので、まともな味で心底安心した。



 食事が終わろうという頃、クラウスが思い出したように口を開いた。

「あぁそうだ。三日後、王家主催のパーティーがある。参加するから準備しておけ」

 馴染みのない単語を聞いて、お茶でむせそうになった。

「お、王家主催のパーティー? 参加するのですか? 私も?」
「そうだ。そこでカレンと婚姻を結んだことを発表する」
「あ、わ、分かりました」

 急な展開に戸惑ったが、もう決定事項らしい。私は受け入れるしかなかった。

「すっごく楽しみだねっ!」
「あぁ、久々に楽しめそうだな」

 ティルもクラウスも待ちきれないといった様子で笑い合っている。

(そんなに楽しいパーティーなのかしら?)

 正直貴族のパーティーは面倒でしかないけれど、参加するからには準備をしなくてはならない。

(あまり時間がないから急がないと……)

 その時、私はドレスもなにも持っていないことに気がついた。
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