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領主の仕事(1)

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 クリスティーナが仕事をするようになってから約二週間、ようやく一人きりでこなせる仕事が出来始めた。
 ジュリアスは時々やって来て、仕事の出来を褒めてくれる。ほんの数分しかいられない日でも、時間見つけて来てくれていた。

「すごいなぁ、この調子なら僕なんかすぐ不要になっちゃうねー」

 ジュリアスはいつものような軽い口調だったが、口調とは裏腹に本気が垣間見えた。
 そう感じたクリスティーナは慌てて否定した。

「そ、そんなはずありません! 殿下のおかげでこのモール領は豊かになったのです。フェンネル家だけでは領民はここまで幸せではなかったと思いますっ!」

(もし両親の事故がなかったら、領民たちは今よりも貧しい生活をしていたはずだわ。領主一人で大勢の人生が左右されている……私に出来るとは思えない)

 クリスティーナはいずれ領主になるという事実を直視出来なかった。仕事を手伝えば手伝う程、ジュリアスの手腕がよく分かり、恐ろしく感じていたからだ。

 クリスティーナの瞳が不安に揺れたのを見たジュリアスは、真面目な口調になった。

「怖がらなくても大丈夫だよ。ちゃんと君が一人前になるまで領主代理の座を退くつもりはないから」
「……」

(殿下には申し訳ないけれど、そんな日は来ない気がするわ)

 領民だって納得しないだろう。今の状態が一番良いのだから。
 クリスティーナが何も言えずにいると、ジュリアスが少し笑いながら口を開いた。

「ここって質の良いシルクが名産品だろう? 僕も寝具用にお世話になっていたんだ。それが数年前から質が少しずつ悪化して気になっていたんだ」
「数年前……天候の影響でしょうか」
「そう。だから温室を導入したり、まあ色々したね」
「すごい……」

 感嘆の声をあげるクリスティーナに、ジュリアスほんの少しだけ意地悪な顔を向けた。

「でもそれって僕のエゴだよね。究極的には自分の寝具のためだもん。確かに絹の質は良くなったし、民の平均年収も上がったけれど、他の事で困っている人にとっては恩恵は無かった」

 その言葉にクリスティーナは何も言えなくなってしまった。

 沈黙が二人の間を流れた。
 ジュリアスはその静けさを十分楽しんだ後、クリスティーナを真っ直ぐ見つめた。

「どう? 『良い領主』なんて人によって変わるし、正解なんてないんだ。だからね……クリスティーナはもっと街に出て、色んなものを見ると良い。色々吸収して、自分に出来ること、やりたいことをやれば良いんだよ。それをずーっと繰り返せば、『誰かを救う領主』にはなれるから」
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