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しおりを挟む翔くんの、お母さん。
義父と離婚した、翔くんの、本当のお母さん。
今は県外に住んでいるようだ、というのをいつだったか母から聞いたことがある。
離婚してから義父や義弟と会うことは今までに一度も無かったと言うことも。
そんな人が、義弟が通う小学校の近くにいた?
「なんで……」
思わずもれた呟きに、繭ちゃんが「分かりません」と力なく答えた。
「あの人が、なんであそこにいたのか、分かりません。……だけど、なんだか、すごく、嫌な予感がして」
嫌な予感。
今の私も抱いている。多分、繭ちゃんと同じものを。
「ただ小学校の近くに、用事があったのかもしれない。それだったら、いいんです」
繭ちゃんの言うとおり、たまたま近くに用事があっただけかもしれない。
けれども、どうしても浮かんでしまう。
翔くんのお母さんが小学校付近にいた理由。
それが。
「……でも、もし、もし違ったらって。目的が、翔くんだったらって、そんなことばっかり、私考えちゃって」
翔くんに会うためだったら、と。
わざわざ県外から、それも、義父に特に連絡もなく、だまし討ちのように翔くんに会おうとしていたとするならば。
何か、あまり良くない思惑を感じる。
……いや、もしかしたら、もう会っているのかもしれない。
四日前、最後に見た義弟の様子を思い出す。
まるで何かから逃げ出してきたかのように切れた息。
表情は固く強張って。
あの日、もうすでにどこかで出会った後だったなら。
確証はない。
けれど、私の中でとても腑に落ちた。
義弟が部屋から出てこなくなった理由。
「翔くんのお母さん、翔くんのこと大好きだったから。……そのはず、だから」
それは、きっと、翔くんのお母さんと何かあったからだ。
知らず知らずに止めていた息を緩く吐き出す。
心臓が嫌な音をたてて鳴っている。
繭ちゃんの瞳には涙が浮かび、今にもこぼれだしそうだった。
「お母さんがいなくなっちゃった日から、翔くん、変わっちゃった。笑わなくなっちゃった。私、話も聞けなくて。何もできなくて。悲しかった」
言葉通り悲しげに、繭ちゃんの顔がくしゃりと歪む。
翔くんと繭ちゃんはご近所さんの同級生。
その程度の認識だったけれど、思っていた以上に二人の仲は良かったのかもしれない。
「だけど、最近、翔くんちょっとだけ笑ってくれるようになったんです。お姉さんたちが来てから。お姉さんたちが翔くんの家族になってから」
ほんの少しだけ、繭ちゃんの表情が和らぐ。
けれどそれもまたすぐに悲しみに覆われて。
「私、良かったって、安心して、……安心してたのに」
頬に一筋の雫が伝う。
そして、とうとう決壊したように涙が次から次へとあふれ出した。
繭ちゃんはきっと不器用で、でもとても優しい子なんだと思う。
そんな繭ちゃんの心境を考えると、ぐっと心臓が握られたように重くて苦しい。
言葉が出なくなり泣きじゃくるようになってしまった繭ちゃんを宥めながら歩き出し、そのまま繭ちゃんを家まで送り届けた。
一人自宅に向かい、道路を見つめながら考える。
義弟のお母さんが義弟に会いに来た。
そしておそらく、義弟と何かしらあったのだろう。
もしかしたら全く的外れな推理かもしれない。
でも、本当にそうだったら。
……理由が分かってきたところで、私にはどうすればいいか分からない。
馬鹿正直に実の母親と何かあったかと義弟に尋ねてみてもきっと答えは返ってこないだろう。
家まであと数メートル。
ひとまず、繭ちゃんから聞いた情報を義父や母に伝えてこれからどう対応するか家族会議でも開くとしようか。
そう結論づけ、よし! と顔を上げたところで我が家の前で立ち止まる人影に気付いた。
知り合いや近所の人じゃない。宅配業者の人でもなさそうだ。
見たことのない知らない女性。
だけれど、その顔立ちはどこか見覚えがある。
……どことなく、義弟に似ている。
どくりと、心臓が鳴った。
「あの、うちに何かご用ですか。……あなたは、誰でしょうか」
ざわめく胸中を抑えつつ女性に声をかける。
私の声に女性はこちらを振り返り、不思議そうに首を傾げた。
繭ちゃんからの情報。義弟と似た面差し。
それだけで、女性が誰なのかは見当がついた。
この人は、
「あら……。ここは私のお家よ。私と、秀治さんと、翔ちゃんの。あなたこそ、誰?」
義弟の、本当のお母さんだ。
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