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第一章 「始まりの日」

少年と青年

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貿易大国ヨトゥンヘイムが管轄する、広大な自然に恵まれた小さな町「セドニア」。

貿易の要である鉄道が開設され、自然が生み出す豊富な資源の輸出で発展を遂げるヨトゥンヘイムとは対照的に、国の中心地から外れたセドニアは、世間では田舎町という認識だった。

住民の生活を支える要であるイヴィング川と、その恵みを受けて育った緑に染まる大地。

ある者は、そんなセドニアを田舎で退屈な町だと笑うが、ある者は、そんなセドニアを楽園のような町だと羨む。

無論、それは住民も同じであり、ある者は刺激を求めて都市部に移り、ある者はそこで平和な日々を送り、農業をする者や資材の調達や加工を行うなどの平穏な生活を営んでいた。


しかし、そこに住む一人の少年にとっては、それらのことなどどうでも良かった。

外の世界に興味など無く、セドニアのことにも興味が無い。

誰がどこに行こうが知ったことではないし、そして自分の将来のことも知ったことではない。

ただ思うのは、どうして自分は生まれ、何の為に生きているのかということだけだった。

心を開かない故に他人に聞かず、他人との接触を拒み、自分の心に問い質しては自問自答を繰り返し、自己解決をしようとするが、それも無駄なことだと諦めて無気力な生活を送る少年。

後ろを立てた長めの茶髪、中性的でやや童顔な顔立ちと、両腕に青を基調としたリストバンドを巻き、白のアンダーシャツと赤い半袖のジャケット、黒いズボンという衣服に身を包んだ、澄み渡る空と同じ青い色の虚ろな瞳の少年。

そんな彼の名は、カイト・フロイントといった。


(…退屈だ…)


この日もまた、カイトは満たされない感情に苛まれながら溜め息を吐く。

視界には澄み渡る青い空が広がっているというのに、カイトの心は暗かった。

何の変哲もない退屈な日常。

そんな時間を過ごすのは飽きた。

かといって、刺激を求めるわけでもなく、変わった日常なども自分には必要ない。


ただこうして無駄な時間を過ごし、無駄な毎日を送る生活を繰り返すだけが、きっと俺の人生なんだろう。

笑えるくらいにくだらねえ人生だ。


そんなことを思ったカイトは、再度溜め息を吐いた。

今日はあと、どれぐらいの溜め息を吐くのかと考えながら。


「こんな所にいたのか」


セドニアを一望できる野原に居座るカイトの耳に、男の声が届く。

カイトが首を向けると、そこには長身で筋肉質な身体つきをした、黒い短髪の男が立っていた。

無精髭を生やしながらも矯正な顔立ちをしており、泥だらけの作業着が似合うその茶色い瞳の男は、穏やかな表情を浮かべて歩み寄ってくるものの、カイトは表情を変えなかった。


「何の用だよ、リンクス」


「別に、敢えて用事があるわけじゃないさ。ただ、煙草が吸いたくなっただけだよ」


リンクスと呼ばれた男は、カイトの隣に腰を掛ける。

そしてポケットから煙草の箱を取り出すと、その中から一本の煙草とライターを取り出した。

リンクスが煙草を咥え、それに火を点けると、ほろ苦い匂いを含んだ紫煙が立ち込めた。

肺に溜め込んだ煙をゆっくりと吐き出すリンクスを見ると、実に美味そうに見えるが、明らかに体に害がありそうな煙と匂いを放つものを嗜む者達の気が、カイトにとっては理解できなかった。

嗅ぎ慣れた匂いではあるが、それを吸うのは後にも先にもないだろう。

無論、未成年者であるカイトが吸っていたとなれば、それはそれで問題だが。


「何か考え事か?」


「…別に」


素っ気なくカイトは答えるものの、リンクスは特に気にしていないように笑う。

大抵の人なら怒るようなカイトの態度だが、リンクスはいつも笑顔を絶やさなかった。

既に慣れたということもあるが、リンクスにとっては些細なことに過ぎず、ただカイトがいればそれで良かった。


「リンクスこそ、何か言いたいことでもあるんじゃねえのか?」


「おいおい、随分と疑り深いじゃないか。何でそんなことを聞くんだ?」


「別に…。ただ、そんな気がしたから」


いつもなら、リンクスとこんな風に話すことは滅多にない。

なのに、今日はこうして隣に座って寛いでいる。

気分屋というわけではないが、掴み所がない性格という認識をリンクスに対して持っている為、カイトは敢えて聞いてみた。

そう聞かれたリンクスは、煙草を吹かし、緑が広がる地平線を眺めた。


「この時期になると、少しばかり感慨深いものが込み上げるのさ」


「は?」


「もう十一年程経つかな…。ここに初めてお前と来た時も、丁度この位の時期だったんだよ」


そう語るリンクスの目は、どこか懐かしそうなものへと変わる。

十一年という月日を、リンクスはカイトと共に過ごした。

そしてそれは、二人はここで生まれたわけではないことを意味していた。


十六才であるカイトと、三十一才であるリンクス。

髪の色や顔立ち、身体つきや瞳の色、加えて若々しいリンクスの外見も相俟って、カイトとリンクスが親子であるとは誰も分からないだろう。

それをそのはず、二人の間に血縁関係は無く、あくまで立場上としての親子という関係であった。

所謂義理の親子であるのだが、カイトにとっては特にそれが大きな弊害になることはなかった。

本当の両親、生まれ故郷があっても、カイトの中では特に興味が無い存在であり、何か特別なものとしても見ることや感じることはできない。

昔は興味があったが、知恵を学ぶ中で、自然と自分は捨てられたのだと考えるようになり、その考えがやがて今のカイトの人格を形成するようになる。


自分は不要な存在であるのなら、何で生まれ、そして生きているのか?

自分の生きている意味というのは何なのか?

存在する理由とは何なのか?


それを考えるようになるも、誰も分からないし、自分だって分からない。

自暴自棄に近いところまで陥るも、それを最後まで繋ぎ止めるのは、他ならぬリンクスの存在だった。

リンクスだけはカイトを見捨てず、ここまで育てた。

その育て方が正しいかどうかは別として、それでもカイトを助けてくれたのは、セドニアの環境やそこに住む人々も勿論だが、その中でも最たる存在がリンクスであるのは間違いない。

それはカイトも理解しており、数少ない理解者であると同時に、本当の両親以上に掛け替えのない存在であった。


そんなカイトを、本当の息子や弟のように見守っていたリンクスにとっては、セドニアでの十一年という月日は特別なものだったのだろう。

そして隣に大きく育ったカイトがいるとなれば、その想いもやはり強くなっていた。


「充実した日々っていうのは、時が経つのが早いと感じると言うが…本当みたいだな」


「俺は、別に充実してねえけど…」


「良いさ。ここまで病気や怪我もなく大きくなってくれれば、生意気な性格だとしても救われるってものだよ」


「…そんなもんかね」


「後は、お前次第ってことだ。色々思うことや考えることもあるだろうが、これから先のことを決めるのも、今を変えるのも、全てはお前次第だ」 


リンクスのように誰かを、何かを育てたことがないカイトは、充実した日々というのに今一つピンと来ないようだった。

そんなカイトを、リンクスは笑いながら諭す。


「でも、まあ、無事に育ってくれれば一番だけどな」


「何だよ、それ」


「言葉通りだよ。ここまで大きくなってくれてありがとうってことだ」


リンクスは、小さくなった煙草を靴の裏に押し付け、火を消す。

その吸い殻を空になった煙草の箱の中に入れ、ゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ帰るか」


「もう行くのか?」


「ここにいても、空腹は満たせないからな。お前は来ないのか?」


「別に、腹減ってねえから…」


「そうか?それじゃあ、先に帰ってるけど、あまり遅くなるなよ」


そう言い残したリンクスは、踵を返して歩み去る。

取り残されたカイトは、しばらくリンクスを見送っていたが、やがてリンクスの姿が見えなくなると視線を戻した。


(…どうして…)


短い間だったが、リンクスと話していた時、ずっと昔に忘れていた疑問を思い出す。

それは、カイトの立場であったり、境遇を知っていれば、抱いて当然の疑問だった。


(どうして、リンクスは俺を育てたんだ…?)


リンクスがカイトを育てる理由。

偶然出会い、情に突き動かされて育てたというのであれば説明できるが、リンクスを見ている限りではどうもその理由ではないように思える。

何かそれだけでない、特別な事情と深い理由があるように思える。

根拠はないが、直感がそう告げていた。


だが、聞いてしまえば、それを知ってしまえば、全てが変わってしまうような気がする。

聞いては、知ってはいけないような気がする。


同時に、そんな気がした。

だからこそ、ずっと聞かないままだった。


(…俺は…何なんだ…?)


答えがない疑問。

考えても分からない疑問。

それを再び抱いた時、風がカイトを包み込んだ。


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