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第一章 「始まりの日」
孤児院
しおりを挟む草花が生い茂る道をだらだらと歩くカイトは、リンクスを追ってある場所へと辿り着いた。
足を止めたカイトが顔を上げると、目の前には一軒の大きな木造の建物が建っており、そこは十一年前、リンクスに連れられた場所だった。
初めて右も左も分からないセドニアに訪れ、転がり込むようにこの場所に行き着いてから、いつしか暮らすようになった場所。
カイトとリンクスにとって、唯一の帰る場所。
それが、この建物だった。
その場所の名は、フロイント孤児院。
セドニアの町長であるティモシー・フロイントが、様々な事情で行き場を失った子供達を育てる場所として設立した場所だった。
孤児院に身を寄せる子供達は、フロイントという姓を授かるようになり、それは成り行きで居着くようになったカイトとリンクスも同じだった。
カイトは本当の姓を知らなければ固執もせず、リンクスもまた、孤児院にいるのであればということでその姓を名乗り、やがてそれが二人の姓として定着した。
そしてこの孤児院も、二人の家として、いつも変わらないこの場所にあった。
カイトは視線を落とし、止めていた足を動かそうとする。
その時、風を切る音と掛け声が耳に届き、ふとその方向に首を向けた。
そこには、カイトの髪よりも濃いロングヘアーの茶髪と、細い身体の少女の姿があった。
白いシャツと青いズボン姿の彼女の手には、不似合いな木刀が握られており、汗を流してそれを振るっている。
その傍らには、ベンチに座ってサンドイッチを頬張るリンクスの姿もあり、素振りをする少女を見守っていた。
「よう、カイト。遅かったじゃないか」
サンドイッチを飲み込んだリンクスは、カイトに気付き、先程と同じく陽気な声と共に片手を挙げる。
少女もカイトに気付いたのか、構えを解いてカイトに視線を向けた。
カイトとは違い、汗を流す少女の表情は溌溂としたもので、面白い程に対照的だった。
「相変わらず不機嫌そうな顔をしてんのね、カイト」
「うるせえな、別にてめえには関係ねえだろ」
面倒くさそうに、そして煩わしそうにカイトは言い返す。
そんなカイトの態度に、少女は呆れたように溜め息を吐いた。
少女の年齢は、カイトと同じく十六才。
同い年の少年にこのような態度を取られれば喧嘩に発展してもおかしくないのだが、リンクスと同じく、少女にとっては既に慣れっこだった。
一方のカイトにとっては、少女のお節介ともいえる性格が苦手であり、特に今の心境ではできれば関わりたくない人物であった。
だが、そんなカイトの胸中もいざ知らず、少女はカイトの方に歩み寄った。
「どうせ暇なんでしょ?良かったら、あたしの練習に付き合ってよ」
「イスカもそう言ってるんだ。何だったら、食前の運動に付き合ってやったらどうだ?」
イスカと呼ばれた少女は、リンクスの後押しを受けて、ここぞとばかりに持っていた木刀を差し出す。
しかし、カイトはその木刀を一瞥しても、それを受け取ることはしなかった。
「こんな筋トレ馬鹿の稽古なんざ、いちいち付き合ってられるかよ」
「何ですってぇ!?」
筋トレ馬鹿と言われたイスカは、差し出していた木刀で今にも殴り掛かる寸前まで詰め寄る。
これにはリンクスも腰を上げ、まあまあとイスカを宥めた。
イスカ・フロイントという彼女は、カイトが孤児院に来る前から兄と暮らしていた。
その兄は、孤児院だけでなく、世界の平和を守る英雄になると豪語し、やがてレギオンに入隊した。
イスカもそんな兄に憧れ、兄と同じような人物になることを夢見て、レギオンに入隊することを目標としていた。
日々の鍛練を怠らないのも、一日でも早く夢を実現できる為だったのだが、カイトに筋トレ馬鹿と言われたのは、イスカにとって夢を侮辱されたことと同義に近い。
無論、カイトは夢を侮辱するつもりはないのだが、しかしよくも飽きずに毎日できるものだと、関心を通り越して理解に悩むのは事実だった。
「俺じゃなくて、リンクスが付き合ってやったら良いだろ」
「そのつもりだったんだが、お前の方が適任だろう?背も体格も同じぐらいだしな」
「だったら、ソラにでも…」
カイトがそう言い掛けた瞬間、孤児院のドアが音を立てて開く。
そこにはパーマが掛かった黒髪の少年の姿があり、その手には木刀が握られていた。
しかし、まだ稽古をしていないにも関わらず、その少年は肩で息をする程に疲労している。
カイトやイスカよりも背が高いが、痩せ細った体型とそばかすがある顔の彼は、イスカと同じ服装をしていてもどこか頼りない印象を与えた。
その少年こそ、カイトが求めたソラ・フロイントという人物であり、彼は早速覚束ない足取りで近寄った。
「お、お待たせ…。カイトも帰ってきたみたいだな…」
「何でそんな疲れてるんだよ?」
「まだ昼飯食ったばかりなのに、イスカが稽古に付き合えって言うからさ…。急いで来たら、腹が痛くなって…」
そう言うソラは、苦しそうな表情を浮かべながら脇腹を押さえている。
まだ完全に消化していないのに慌ただしく動いたことで、腹痛を訴えるようになったのだが、そこまで苦しむことかとカイトは思った。
それはイスカも同じようで、こんな状態じゃ相手にならないとでも言いたそうに肩を竦めた。
「…そんな風になってまで、わざわざ付き合う必要があるもんかね…」
「し、仕方ないじゃんか…」
カイトがそう言うのも至極当然だが、ソラがそこまでするのには理由があった。
というのも、ソラはイスカに好意を抱いており、イスカの誘いは何がなんでも引き受けていた。
今回のように、自分の限界を知っていても引き受けてしまうその様は、一途というべきか、或いは単純というべきか。
何よりも悲しいのは、イスカはそんな無茶をするソラを見る度に呆れ返るだけであり、ソラのその想いに気付いていないということだった。
「これを見ても、まだソラと稽古しろって言うの?」
「そんなの、俺の知ったことじゃねえよ。てめえらが勝手に決めたことだろ」
「そ、そんな薄情な…!」
ソラは慌ててカイトの肩を掴み、その身を揺らす。
「頼む!人助けだと思って、ここは引き受けてくれよ!」
「うざってえな…。そんな面倒くせえこと、何で俺がやらなきゃなんねえんだよ」
「マジで頼むって!お前の好きなアイス、奢ってやるからさ!」
それを聞いた途端、カイトは払い除けようとした手をぴたりと止める。
ちらっとソラに目を向けると、ソラは希望に溢れた表情を浮かべている。
どうやら手応えを感じているようだが、このまま流されるのはカイトにとって少し癪な気がした。
「……やっぱやめとく」
「えぇ!?」
「アイス一個じゃ割りに合わねえし」
「い、一個だけとは言ってないだろ!?二個買ってやるから!!」
「三個だったら、やってやるよ。それも高級アイスだったらな」
この要求には、ソラも頭を悩ませる。
カイトが望む高級アイスとは、普通のアイスの三倍の値段である。
そんなものをさらに三個となれば、ソラの今月の小遣いがほぼ無くなってしまうのだから。
あの時、無駄遣いをしなければ…。
日々の貯金をこつこつしていれば…。
そんな後悔が浮かんでは消えるが、イスカを前にして、背に腹は代えられない。
イスカに向ける努力の方向は明らかに間違っているが、それでもソラはぎこちなく首を頷かせた。
ソラの答えを確認したカイトは、小さな溜め息を吐くと、ソラの手から木刀を抜き取る。
そしてソラから離れると、感触を確かめるようにその木刀を一振りした。
先程のイスカの素振りとは違い、より鋭く、大きく風を切る音が、その場にいる者達の注目を集めた。
「…仕方ねえから相手になってやるよ」
「随分安い交渉じゃない?まあ良いけど、手を抜いたら承知しないわよ」
「そう言って、俺に勝てたことがあったかよ?」
「今日は勝てるかも知れないじゃない?」
「やってみろよ」
挑発されたイスカは、手にしていた木刀を構える。
カイトもまた、木刀を両手で握り直し、それを振るって先端をイスカに向けた。
「どれどれ…。イスカがどれだけ成長したか、カイトの腕は衰えていないか見ものだな」
リンクスも離れ、座っていたベンチに再び腰掛ける。
ソラも落ち着かない様子で二人を見守り、交互に首を向けていた。
そんな中で、その場を静寂が包み込む。
カイトとイスカは向かい合ったままで、しばらく動くことはなかった。
だが、そんな二人の間に、そよぐ風で飛ばされた一枚の落ち葉が漂う。
その葉はゆらゆらと揺れながら、ゆっくりと地面に落ちていく。
「!!」
その葉が地面に触れた刹那、カイトとイスカは同時に地面を蹴る。
そして二人は互いの木刀を振るい、その刀身を激しくぶつけた。
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