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第一章 「始まりの日」
稽古
しおりを挟むカイトとイスカの木刀は、力と力によって押し合い、それを握る二人の手と刀身はぶるぶると震えていた。
しばらく膠着が続くかと思われたが、それを破ったのはカイトだった。
カイトは両足に力を入れ、そして左手を添えて上半身を含めた力で木刀を振り下ろし、イスカの華奢な身体をよろけさせる。
イスカは咄嗟に踏ん張って身体の動きを止め、一度逸れた視線を再びカイトに向けるが、視界に飛び込んできたのはカイトではなく、こちらに向かってくる木刀の刃だった。
反射的に目を瞑りそうになりながらも、イスカはかろうじて両手を上げ、自らの木刀でその木刀を防ぐ。
弾かれた木刀は、しばらく宙を舞ったかと思うと、二人の間に落下した。
一瞬の間に起きた出来事に、イスカは止めていた息を、まるで溜め息のように吐き出す。
そして、武器である木刀を投げ付けるという攻撃を行い、それを防がれて不満そうに舌打ちをするカイトを睨んだ。
「ちっ…もらったと思ったんだけどな」
「残念ね…。伊達に、毎日稽古してるわけじゃないわよ」
まだイスカの心臓は高鳴っているが、それも徐々に落ち着いていく。
同時に、冷静さを取り戻していくことによって、現在の状況を確認できたイスカの表情にも余裕が生まれていた。
「さて、次はこちらの反撃と行こうかしら?」
「いいぜ、来いよ」
口元に挑戦的な微笑を浮かべたまま、カイトは人差し指をちょいちょいと引き寄せて挑発する。
速攻を防がれ、武器を失って不利になっているにも関わらず、予想していたものとは全く真逆の態度を取るカイトに、イスカはぴくっと眉を動かす。
(…何なの、この余裕は?)
ただのハッタリか、それとも何か秘策があるのか。
いや、もしかしたら冷静さを失わせることが一番の目的なのか。
自分が優位なことには変わらないのに、一向に動かないイスカを見たカイトは鼻で笑った。
「何だよ、来ねえのか?それとも、俺に武器を取らせてくれるのか?」
「お生憎様。そんなお人好しじゃないわよ」
「だろうな。ま、期待してねえけど」
「おいおい、そんな挑発して大丈夫なのかよ、あいつは!?ねえ、リンクス!?」
そんな二人のやり取りを見ていたソラは、同じく観戦するリンクスの肩を持って揺さぶる。
動揺するソラとは打って変わり、リンクスは笑いながらソラの手を除けた。
「ははは、そんな慌てるなよ。別に、殺し合いをしてるわけじゃないんだ」
「そ、そりゃあまあ、そうだけど…!」
「それに、戦ってる本人が言ってるんだ。何か考えがあると思うがな」
そう諭されたソラは、再びカイトとイスカに目を向ける。
とは言うものの、カイトが不利なことに変わりはない。
武器がないからといって、イスカを力ずくで押し倒すことなどしないだろう。
男と女の戦いであれば、ましてカイトとイスカの体格や身体能力であればそれも不可能ではないだろうが、そこまで危険を冒すこともしないだろうし、それはカイトの性格上やらないだろう。
リンクスも、カイトがこの状況をどう覆すつもりなのか見当がつかなかった。
(さて、どうするつもりだろうな、あいつは)
それぞれが思惑を張り巡らせる中、一瞬の静寂が流れる。
それを破ったのは、木刀を構えたイスカだった。
木刀の刃を向けたまま、イスカはカイトと距離を詰める。
「はあっ!!」
イスカは掛け声と共に、カイトに向けて木刀を突き出す。
だが、手応えを感じることなく、同時にイスカが捉えていたはずのカイトの姿は、眼前に無かった。
その瞬間、イスカの肩に何かが触れ、続けて反動がイスカの全身を襲う。
何が起きたのかを悟ったイスカは、首を空に向けた。
その視界には、イスカの頭上を飛び越えるカイトの姿があり、カイトは空中で身を翻し、イスカの後方に着地する。
イスカが振り返った時には、既にカイトは地面に落ちていた木刀を掴んでいた。
「くっ!!」
僅かな隙を見せぬよう、イスカはすぐに木刀をカイトに向けて振るうも、一方のカイトは再び地面を蹴って後方に跳び、イスカと距離を置く。
その攻撃は空を斬り、イスカはゆっくりと立ち上がるカイトを悔しそうに睨みながら身体を向けた。
「ちょこまかと動いて…!」
「残念だったな。てめえみたいに突っ込んでくるしか能がない奴と違うんだよ」
「何ですってぇ!?」
「そうそう、そうやって挑発に乗ってくれりゃあ、こっちもやりやすくなるってもんだ」
手にする木刀をくるくると回しながら、カイトはさらに挑発する。
今まで不利であった状況を、自分の長所である素早さを最大限に活かして覆すだけでなく、今度は自分のペースに巻き込もうとまでしている。
(あいつ、いつの間に…)
カイトが幼い頃から、リンクスは武術や剣術を教えていた。
それは自分の身を守るだけでなく、他の誰かを守れるようにと願ってのものであった。
そしてそれは、自分ができる唯一のことでもあった。
まだ幼かった頃のカイトは最初は反発したものの、リンクスがその必要性を説き、またそれが必要だと自分で理解した時、何時しかリンクスの教えを受け入れるようになった。
しかし、教えていたのは基礎や自身が持てるものだけであり、ここまでの動きや応用性までは教えていない。
(…やはり、あいつの息子か…)
それを目の当たりにしていたリンクスは、とある人物とカイトの姿を重ねる。
リンクスが重ねた記憶の中の人物は、確かにカイトと似ていた。
かつて、リンクスの唯一無二の親友であり、カイトの父親であった男と。
(お前の才能…いや、お前が…お前の命が、確かにあいつの中にあるのか…)
「さて、さっさと終わらせるか。アイスの為にな」
リンクスが想いを馳せる中、カイトはゆっくりと構える。
「…やれるものならやってみなさいよ」
それに応じるかのように、イスカも構えた。
「そうかよ。…なら、お言葉に甘えさせてもらうぜ!」
イスカの答えを聞いたカイトは、地面を蹴ってイスカに斬り掛かる。
木刀を構えるイスカに、大きく振りかぶったカイトは木刀を振り下ろそうとした。
「そこまで!!」
木刀の刃がぶつかろうとしたその時だった。
カイトやイスカは当然、リンクスとソラのものでない声が響き渡る。
カイトはピタリと動きを止め、イスカも予想外の声に驚き、身体を揺らす。
四人の視線は、声が発せられたであろう方向に向けられた。
「いつまでそんなことをしてるのよ、まったく!」
その声の主は、黒いロングヘアーを結い上げ、眼鏡を掛けた知性と上品さを兼ね備えた女性であり、白い肌と華奢な身体からは美しささえ感じさせる。
呆れた表情の彼女は腰に手を当てて、呆れたように溜め息を吐いた。
リンクスはその女性の元に歩み寄り、慣れたように宥めようとする。
「まあまあ、二人の稽古なんだ。そんな顔するなよ、フィオナ。二人がやりたいようにやらせてやるのも…」
「稽古をするのは自由だけどね、いつまで経ってもご飯が片付かないの」
フィオナと呼ばれた女性は、リンクスの言葉を遮るような勢いで言い返す。
そう言われたリンクスは、何も言い返すことができなかった。
フィオナ・フロイント。
今は亡き父が創設したフロイント孤児院の院長であり、若くして孤児院の経営をしている女性だった。
厳しくも優しさを兼ね備えており、家事や育児に惜しみない努力と愛情を注ぐ姿はまさに母親のそれであり、孤児院で暮らす子供達の母親とも言えた。
しかし、怒らせると怖いとは子供達の間で有名であり、そこに身を寄せるリンクスも彼女には逆らえず尻に敷かれているようになってしまっている。
故に、リンクスの笑顔は引き攣っており、フィオナに触れようとしていた手も止まった。
「そのご飯が丁度二人分なんだけどね、誰のものかしら?」
「ご、ごめんなさい、先生!」
ハッとした表情を浮かべたイスカは、慌てて頭を下げる。
「何だよ。お前、飯食ってなかったのか?」
「あなたもでしょ、カイト」
「あぁ?俺はいらねえっていつも…」
まるで自分は関係ないとでも言いたそうにするカイトだったが、フィオナはそれを許さなかった。
それだけでなく、その返答の仕方もまずかったようで、フィオナの表情を一層険しくさせた。
「いつもご飯はみんなで食べることと、ちゃんと三食食べるように言ってるでしょ?それに、その言い方は何かしら?」
「仕方ねえだろ、言っちゃったんだから」
「…言っても分からないみたいね。そんなにトイレ掃除一週間分がお望みかしら?それとも、買い出し係一週間分の方?」
「いや、だから…」
「言い訳は無用。じゃあ、アイス一週間没収にするわ。イスカも、早くご飯食べちゃいなさいよ。手洗いうがいは忘れずにね」
「って、ちょっと待ってくれっての!!」
罰を言い渡されたカイトは、必死に弁明しようとするも、フィオナはそれ以上聞く耳を持たずに孤児院の中へ入っていく。
嵐が過ぎ去ったかのような感覚に陥った四人の間に、しばらく沈黙が流れる。
そんな中、恨めしそうにカイトはソラに視線を向けた。
「…やっぱお前、アイス一週間分にするわ」
「はぁ!?」
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