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第一章 「始まりの日」

野盗

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林の中を走り抜けたカイトとリンクスは、木々を掻き分けて孤児院の庭先に飛び出す。

そこには、息を切らしてこちらを見るイライジャと、事態を把握し切れていない様子のフィオナとイスカの姿があった。

何事もなかったカイト達を見たイライジャは安堵の溜め息を吐くと、二人の許へと歩み寄る。

それに続くように、フィオナ達も玄関を閉め、外界と孤児院を遮断した。

フィオナから小言を言われるかと思ったカイトとリンクスだったが、不穏な空気から察するに、どうやらそれどころではないらしい。


「どこにいるかと思えば…まったく、予想外の場所から現れたものですね」


「どうした、イライジャ!何かあったのか?」


「野盗が現れました。ブローカーの補給品を狙っていたようです」


野盗とは、国や軍隊が護衛する給付士ではなく、民間人が多いブローカーが仕入れた補給品を強奪する集団だった。

ブローカーの中にも、野党を警戒して護衛を雇う者も少なからずいたが、資金に余裕がない者達は護衛を雇わずに補給品を仕入れることが大半であり、寧ろそういった者達の方が珍しくない。

闇ブローカーのみならず、こういった野盗の存在もまた懸念される問題でもあった。


「ブローカーって、フィリップじいさんだろ?じいさんは大丈夫なのか?」


「ええ。馬を小屋に連れて行った矢先に、荷物だけを狙われたのが幸いしたようです」


木刀を握ったまま腕を組むカイトに、イライジャは答える。

表情こそ変えないものの、気になる人物の安否の確認ができたカイトはどこか安堵しているようにも感じられた。


「野盗の数は何人だ?」


「確定情報ではありませんが、八人程かと。念の為に、それよりも多く見積もっていた方が良いでしょう」


その言葉に、状況確認をするリンクスは頷く。

あくまで仮定の数である以上、想定外の事態にも備えなければならないのは分かっていた。

何より、姑息な手段を用いる野盗が相手なら尚の事であり、それがリンクスの怒りを徐々に強めていく。

気付けば、リンクスの表情は凛々しいものへと変わっており、それはまさに戦闘態勢であることを証明していた。


「こうしてはいられないな。イライジャ、案内を頼めるか?」


「勿論。その為に、ここに来たのですから」


「待てよ。俺も行く」


いざ行かんとする二人を、カイトが遮る。

予想外の乱入に驚いたのはフィオナとイスカで、カイトを必死に制止した。


「危ないわ、カイト!!あなたは孤児院で待っていなさい!!」


「そうよ!!いくらあんたが馬鹿だからって、こんな命知らずな真似することないわよ!!」


慌てふためく二人とは裏腹に、リンクスとイライジャは微動だにしないままカイトを見つめていた。

当のカイト本人も、フィオナとイスカの言葉をまるで意に介しておらず、自身を見つめるリンクスとイライジャだけを見ていた。

その眼差しは、先程まで脳裏にいた幼い頃のカイトと全く同じであり、決して虚栄や嘘で塗り固められたものでないことは、リンクスもよく分かっていた。

否、努力を積み重ねていた先程の特訓と、その時の言葉が何よりもの証明だった。


「…やれるか?」


「当たり前だろ」


短いやり取りだったが、二人の間にそれ以外の言葉は必要なかった。

カイトの覚悟を聞くのに、それ以上の言葉も必要なかった。


「ちょっと、リンクス!?」


「…フィオナ先生。ここは、リンクスに任せましょう」


保護者としてフィオナが引きとめようとするのは至極当然だが、イライジャがそれを制止する。

イスカもいつの間にかその場の空気に圧倒されており、何も言えず固唾を呑んで見守っていた。

そこには、女が立ち入ることができない、男だけの世界が繰り広げられていたからだった。


「いいか、カイト。最後に確認するが、これは実戦だ。俺もイライジャも、お前を守ることはできないが、それでもやるのか?」


「何度も言わせんなよ」


「分かった。なら、自分の身は自分で守れ。そして身の危険を感じたら、すぐに逃げること。これを守れないなら、連れては行けない」


「分かってるよ」


カイトは組んでいた腕を解き、木刀を肩に担ぐ。

その答えを聞いたリンクスは頷き、心配そうに見つめるフィオナの肩に手を置いた。


「…すまない。君の言い分は分かるし、俺が馬鹿なことをしているのも分かっている。だが、やらせてやってくれ」


「リンクス…」


「あいつも男だ。何より、俺もあいつも、こんなことをする奴等が許せない。そして、俺達がやらなければ、セドニアの人々が苦しむんだ」


フィオナは、自身に置かれたリンクスの手に、自らの手を重ねる。

何かを言いたそうだったが、このような顔をされては何も言えないし、言う気もなくなる。

ただ、送ってやることだけが自分の役割なのだろうと彼女は悟った。

その気持ちを、言われずとも理解したリンクスはいつものように笑い、一度だけ頷く。


「心配するな。俺は強いんだ、野盗なんざ目じゃない。知っているだろう?」


「…馬鹿…」


「男はみんな馬鹿だからな。こればっかりは、どうしようもないのさ」


悪戯っ子のように、リンクスは笑った。

緊張を解す為のものか、それとも自分の決意を誤魔化す為か。

いずれにせよ、フィオナはそれ以上何も言えなかった。

そんな中で、今まで立ち尽くしていたイスカは重い足を動かし、カイトに近付く。


「…気を付けなさいよ、カイト」


「誰にものを言ってんだっての。お前の方こそ、孤児院を頼むぜ」


「当たり前でしょ!」


今までの大人しさはどこへ行ったのやらとでも言わんばかりに、カイトに対してイスカもいつもの調子で答える。

それを見たカイトは小さく笑い、それはリンクスがフィオナに向ける表情と似ていた。


「…さて、そろそろ行きますか。こうしている間にも、被害が広がっているかも知れません」


今まで見守っていたイライジャは、眼鏡を指で上げながら声を掛ける。

それは言うなれば狼煙であり、号令であり、カイトとリンクスは無言のままフィオナとイスカに向けていた身体を離した。


「行くぞ、カイト」


「さっさと片付けてやる」


「では、急ぎましょう」


イライジャを先頭に、二人はその後を追うように駆け出す。

フィオナとイスカは、小さくなるカイトとリンクスの背を黙って見送っていた。


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