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第一章 「始まりの日」
衝突
しおりを挟むカイトとヴィアを送り出した直後、レギオンの軍人達のものであろう複数の足音が聞こえる。
駆け寄ってくる速度も決して急ぐわけでもなく、悠然としたような歩き方は余裕を感じさせ、それがリンクスとイライジャに焦燥を与える。
侵略にも戦闘にも来たわけではないだろうから、そのような歩き方になるのも当然であろうが、まるで煽っているかのような感覚さえ覚えた。
間もなくして、無数の人影が見えたかと思うと、その集団を率いていると思しき二人の男が、先陣に立ってセドニアの広場に足を踏み入れた。
物珍しそうに彼らを見るセドニアの住民達を一望するモノクルを掛けた初老の男と、スキンヘッドの筋肉質な肢体の男は、リンクスとイライジャには見覚えがある存在だった。
(あいつらは…!?)
見覚えがある、というよりも、ある意味では因縁と言った方が正しい程の関係であり、年月を経たことによって記憶の中の姿とは変化があるものの、予想している人物と見て間違いない。
久方ぶりの再会だと喜ぶわけもなく、寧ろ再会したくないと思う存在であり、できれば何事もなく過ぎて欲しいという願望も、どうやら叶いそうになかった。
「あの二人は…、トレンツとオレグのようですね…」
「…ああ。皮肉なことに、だがな」
誰にも聞かれない程度の声量で、リンクスとイライジャは言葉を交わす。
切っても切り離せない、因縁とも言える関係の所以は、且つて戦ったことがある経験から来るものだった。
身体能力は当然のこと、高い分析能力と状況把握力、そして勝利に対する執念は凄まじく、そのような者達との戦いは、辛勝を収めたという程に拮抗したものだった。
その戦いの記憶は、今でもリンクス達の脳裏に刻まれており、できれば二度と手合わせをしたくないと思える。
そんな男達を目の当たりにした二人の表情は、どれだけ冷静を装おうとしても否が応でも引き攣らざるを得なかった。
何より、そのような実力者を、このような辺鄙な土地に送るなどとは普通では考えられず、それ相応の事態が待ち受けているであろうことは容易に想像できた。
「奴ら、まだレギオンにいたのか…。いや、そんなことよりも…」
「そうですね…。あのような実力者が、ここに来るということは…」
嫌な予感が、二人の頭の中を過る。
考えたくもない予感ではあるが、しかしそれを払拭することはどうしてもできず、まるで何かが蠢くかのようにただ胸の奥がもやもやとしていた。
何も、その予感が的中すると決まったわけではない。
だが、こういう時こそ、このような嫌な予感というのは大抵的中するということは、今まで二人が生きてきた時間の中で何度も体験してきたことであった。
そんな二人には気付いていないオレグとトレンツは、群がる人々を見回す。
軍人という見慣れぬ存在と、また二人が醸し出す厳かな雰囲気に、セドニアの住人達はただ怯えるだけしかできず、中には思わず後退りする者までいる程だった。
それが幸いし、リンクスとイライジャの姿はより一層隠れることになり、余程変な動きさえ見せなければ二人に見付かることはないと見て間違いないだろう。
「…何も変わった様子はない、か…」
モノクルを指で押し上げながら、トレンツは溜め息交じりに呟く。
「今はまだ、と言うべきかも知れないがな…」
そんなトレンツに対して、彼を宥める為か、或いは自身に対して納得させるものか、オレグが答えた。
「あんた達、何をしに来たんだ…?」
セドニアの人々には目もくれない二人を見兼ねてか、誰かが消え入りそうな程の小さな声で問い掛ける。
その言葉を聞き、一歩前に出て答えたのはオレグだった。
「突然の訪問を失礼した。我々がここに来たのは、先日セドニアの駐屯部隊からの連絡が途絶えたことを調査する為だ。我々としては、その部隊が壊滅したものと睨んでいるが、如何せん情報がない。この中で何か知っている者がいれば、今すぐに名乗り出て欲しい」
突然の訪問に戸惑う中で、容赦なく放たれた突然の言葉に、誰もが耳を疑った。
駐屯部隊とは言え、仮にもレギオンの一部隊には違いなく、その部隊が壊滅したということなど、聞いたことがない。
いくら軍人や軍隊という存在に疎くとも、レギオンが最大最強の部隊ということだけはセドニアの人々も周知の事実であり、故にその言葉は信じ難いものであった。
それはリンクスとイライジャも同様であり、表情は変えないものの二人の間に緊張が走った。
「リンクス…。まさか、オレグの言ったこととは…」
「信じたくないことだが…、奴らが近くにいるのか…」
二人には、誰の手によるものなのか見当がついていた。
というより、二人が思い描いていた者達でなければ、恐らくこのような所業を成し遂げることはできないだろう。
「もし、誰も知らないと言ったら、軍人さん方はどうするつもりなんだ?」
「私達は、あなた達に拘束されてしまうの?」
「誤解のないように言うが、我々は貴方方を疑っているわけではない。そして、貴方方を拘束することも、ここを制圧することも考えてはいない。心配はしなくて結構だ」
あくまで住民達を宥めるように付け加えるオレグだったが、軍人特有の、まして歴戦の戦士とも言える風貌と佇まいから放たれる殺気に近い威圧感は、決して拭われることはない。
言葉だけを聞く限りでは、敵意こそないものの、しかしその雰囲気から住民達の心は安堵することなく、落ち着くこともなかった。
「しばらくの間、周辺を調査するにあたって滞在させてもらうことになるが、有益な情報や手掛かりが無ければ今日中には経つ予定だ。無論、その間に何か異変や事件などがあった際は、我々の手によって全力で防衛に当たらせてもらう」
「…つまり、軍人さんが調査している間は、ここを守ってくれるということで構わないのかね?」
「そう解釈してもらって結構。あくまで調査の拠点をここに置かせてもらうだけだ。普段通りの生活をしていて構わない」
不穏な空気が漂う中、一先ずその場は落ち着いたかのように誰もが思った。
しかし、ほんの僅かな沈黙を縫うように、今まで説明を任せ続け、ただ沈黙していたトレンツが、オレグの隣に歩み出る。
「今言ったことの捕捉になるが…。これから名前を呼ぶ二人は、少し我々に話を聞かせてもらうとするか。なあ、リンクス、イライジャ?」
トレンツの言葉に、リンクスとイライジャはビクッと肩を揺らす。
気配を隠していたはずで、そしてオレグとトレンツと目が合ったこともなく、存在を悟られていないと思っていたはずなのに、彼は二人の存在をいつの間にか察知していた。
そしてまるで獲物を狙う獣のような眼は、人々の中に隠れているはずの二人が立つ方向をしっかりと捉えており、最早逃げることすらできなかった。
観念せざるを得ない二人は、人と人の間を掻き分けるように足を進め、オレグとトレンツの前まで歩み出た。
「気付いていたのですか…」
「そんな顔をしてもらっては困るな。こちらとしては、久しぶりの再会に手を取り合って喜びたいところだというのに」
「…そうですか。私達としては、二度と貴方達の顔を見たくはありませんでしたがね」
茶化すような言い方をするトレンツに対し、イライジャは嫌悪感と皮肉を含ませた言い方で言い返す。
レギオンの軍人とどういった関係があるのかを知る由もないセドニアの住民達の、不安と疑念が含まれた視線がリンクス達に向けられる中、トレンツはただ勝ち誇った表情を浮かべていた。
「俺達がここにいることを知っていたのか?」
「さあな。それを教えたところで、今更どうにもなるまい?」
確かに、その質問は無意味だった。
知っていたところで、知らなかったところで、見付かったことは事実なのだから。
例え真意が何であったとしても、トレンツ側が優位になるのは明らかだった。
「まあ、安心するが良い。今回の獲物は、お前達ではない。尤も、餌にはなってもらうつもりだがな」
「餌…?まさか…」
「お~、でかい船があると思ったら、やっぱりレギオンの陸上船だったんだ~」
リンクスが言い掛けた時、それを遮るかのように幼い少年の声がその場に響き渡る。
全員の視線がその方向に向けられると、そこには森の中から二人の人物が姿を現した。
声の主と思しき、まだあどけなさが残る少年と、赤い長髪の青年。
レギオンの軍服とは違う、少なくともセドニアでは見掛けない佇まいの二人は、オレグやトレンツとはまた違う異彩を放っていた。
一見すれば、ただの少年と青年であろうが、しかしまた二人もただならぬ気配と存在感を醸し出している。
「ほら、見てよ。あんなに軍人がいる。もしかして、敵討ちにでも来たのかな?」
少年は、オレグ達を指差しながらはしゃいでいるが、一方の青年はリンクス達を睨むように見ている。
そんな青年は、裂けんばかりにニヤリと口を吊り上がらせた。
「見付けたぜぇ…。やっと見付けたぜ、リンクス、イライジャ…!!」
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