A Brave-man's Crown -伝説の勇者の息子-

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第零章 プロローグ

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『魔神』に立ち向かう勇者という存在は、『魔神』が出現した時から人々にとって希望の象徴だった。

勇敢に立ち向かうその姿は、混沌の中で喘いでいた人々の心に微かな光を灯し、いつかは『魔神』討伐を願い、崇められることとなった。

そして一人の勇者がそれを果たしてからは、勇者は人々の心の拠り所となり、憧れのものとなっていた。

やがて、『魔神』のような脅威が再び現れても、伝説の勇者と呼ばれた存在に続く英雄を新たに生み出すべく、人々は勇者育成機関を設立する。

それは通称スクールと呼ばれ、勇者になるべく志を持つ者達を集めては専用のカリキュラムで育成することを目的とした場所だった。

ヨエルのような少年が、勇者を夢見てスクールに入所を志願することも多いが、その中でもスクールに入所できる数は少なく、さらに勇者として名を馳せる者はごく僅かに絞られるなど、それだけ勇者になるには狭く険しい道のりだった。


「…もしかして、勇者を目指してるの?」


勇者という言葉に何か引っ掛かるものがあったのか、クロエは静かに問い質した。

それはまるで、勇者に対して快い印象を抱いていないかのような口調だった。


「違うよ。俺はただ、とあるムカつく野郎に呼び出されただけだ。勇者になるなんて、最初から考えちゃいないさ」


だが、ヨエルはその変化には気付いていないようで、淡々と否定する。


「勇者なんて、目指してなるもんじゃない。自分から名乗るものでも、ましてなろうとする職業でもないからな」


誰もが憧れる、誰もが望む勇者という称号。

それは確かに、ヨエルの言う通りであり、職業であるわけでもなければ目指すものでもなかった。

ある意味では不確定で、また曖昧な存在ともいえる勇者になろうとする者ばかりで溢れるこの時代に、そんなことを言う者は数少ないだろうが、しかし誰もが気付かない盲点でもある。


「……意外と冷めてるのね、あなたは」


「こんな勇者勇者って騒ぐご時世になったのが、そもそもおかしいだけだろ」


ヨエルと同じぐらいの少年少女であれば、恐らくその殆どが勇者に憧れるはずなのに、彼は他の者達とは全く異なる考えを抱いていた。

それは、思春期ぐらいの少年が持つ大人びた強がりや、擦れた考えのようにも感じるが、しかしその言葉は確かに的を射ている。

勇者になろうとする者達ではなく、勇者という存在そのものを否定しているとも捉えかねない言い方ではあったが、ヨエルのような考えを持つ者がいることも少数ではあるが、恐らくいるだろう。

何より、目の前にいるクロエもその一人だった。


「…本当に、その通りね。勇者なんて、なるものじゃないわ」


「へぇ、珍しいな。あんたみたいな大人で、そう言う奴はなかなかいなかったぜ?何かあったのか?」


「…別に、あんたには関係ないでしょ」


何かがあったことを意味するような口調であったが、クロエは答えることを拒む。

せっかく話が合うかと思ったヨエルは、クロエの素っ気ない態度に肩を竦めた。


「…おおよその事情は分かったわ。事件に巻き込まれたわけでもないし、ただの行き倒れってことで処理してもいい?」


「ああ、別に構わないけど。これで、俺は晴れて自由の身ってわけか」


話題を変えるかの如く書類に記入を始めるクロエとは裏腹に、ヨエルはようやく肩の荷が下りたと言わんばかりに溜め息を吐く。


「何を言ってるの?食事代は払ってもらうわよ」


「へっ?」


書類にペンを走らせながら、顔を見ずに淡々とクロエは言い放つ。

全くの予期せぬ言葉に、ヨエルは思わず間の抜けた声を上げ、唖然としながらクロエに視線を向けた。

そんなヨエルの視線には全く目もくれず、ただ書類を記入するクロエに慈悲は一切なかった。


「当たり前でしょ。自分の食べた分ぐらいの食事代は払ってもらうに決まってるじゃない。うちは食堂でもないんだから」


「ば、馬鹿言うなよ!金なんか持ってるわけねえだろ?」


クロエが言うことは何も間違っておらず、それに対して言い返すことはできない。

しかし、商店などあるはずもないネーブル荒野を単身横断し、挙げ句川に流されたヨエルに手持ち金などあるはずがなく、持っていたとすれば恐らく行き倒れなどなっていることもなかっただろう。

だからといって、このように開き直る態度を取るのもおかしなことであるが、ヨエルの中のせめてもの対抗心がそうさせた。


「あのね、そんな言い訳に「はいそうですか」で済んだら、警察は要らないのよ。っていうか、ここ警察だし。状況把握が足りないんじゃないの?」


ごもっともな意見であり、これにはヨエルも耳が痛くなる。

今までの態度に対して抱いていた鬱憤を晴らすかのように、最後に皮肉まで付け加えられてしまっては、何も言い返せなかった。


「あ、そうだ!じゃあ、これから行くスクールに請求してくれればいいじゃん!」


「フォーキールのスクールに?できなくもないけど、それには身元保証人の同意が必要だし、そもそも管轄が違うから、手続きを含めて数日間は拘束されることになるけど」


全ては、がスクールに来いと言わなければこんなことにはならなかったことで、こんな目に遭っているのもの所為だ。

ある意味その言い分も通るだろうが、その言い分を正当化するには拘束されるというまさかの仕打ちだった。

何を言っても勝ち目がないヨエルは、脳裏に浮かぶに恨みつらみをぶつけながら、怒りに震えていた。


「まあ、犯罪を犯したわけではないし、拘束というよりも保護といった方が正しいわね。もっとも、逃げ出したりしたら、それこそ立派な犯罪者になるわけだけど」


「誰がそんなことするかよ。そこまで落ちぶれちゃいねえっつーの」


そうは言うものの、こうなってしまってはまさに八方塞がりであった。

先を急ぐ旅でもないが、もしこの場に留まるとなればどれだけの時間が浪費されてしまうのか見当がつかない。

それ以前に、が立場上恐らく身元保証人になるだろうが、ヨエルの知る限り、今回のようなことが起きても干渉することなどしないだろう。

そもそも、気が遠くなる距離を、まだ少年であるヨエルに徒歩で一人旅をさせるような人物がまともであるはずがないのだから、最初から期待はしていなかったのだが。


「……ねえ、あなたは剣の実力に自信ある?」


「あ?何だって?」


どうしたものか、と頭を悩ませ、今後の展望が見えずに項垂れているヨエルだったが、予期せぬクロエの言葉に顔を上げる。

そんなことを聞いて何になるのかと思ったが、同時に何かありそうに違いなく、もしかするとこの先の希望に繋がりかねない話があるのではと感じさせる質問でもあった。


「剣でも何でもいい。あなたは強い?」


「強いけど、それがどうかしたのか?」


ヨエルの少年らしからぬ雰囲気と、またネーブル荒野を横断したという行動は、ともすれば異様であるが常人らしからぬ異質さを秘めている。

正体や過去が何であれ、常人でなければ強さもまた特別なのでは、と思ったクロエだったが、彼女の期待に応えるかのようにヨエルはあっさりと言い放つ。

それは強がりや虚勢などでは決してなく、自分の強さを信じているからこその躊躇のなさであり、そしてヨエルにとっては当然の返答とも言えた。


「なら、私に力を貸して欲しいんだけど」


「は?何言ってんだ、あんた?」


突然の提案に、ヨエルは眉をひそめて聞く。

話が一向に見えず、またクロエからそのようなことを言われるとは思っていなかったヨエルは、頭の上に?マークを浮かべていた。


「だから、私に付き合ってって言ってんの!」


「何だよ、それ?売春でもしようってのか?それこそ、警察がそんなことをしたら大問題だろ」


「殺すわよ」


「噓です、はい」


ほんの冗談で言ったつもりのヨエルに対し、クロエはいつの間にか腰に下げていたホルスターから銃を抜き取り、それをヨエルに向けていた。

真顔で感情が込められていない声には、さすがのヨエルも圧倒され、大人しく両手を挙げるしかできなかった。

クロエは呆れたように溜め息を吐くと、ヨエルに向けていた銃を下ろし、それを再びホルスターに戻す。


「…まったく、冗談でも笑えないことを言うのはやめてよね」


(今の行為も、冗談じゃ済まされねえと思うけど…)


あろうことか、取り調べ中に拳銃を向けたなどということが発覚すれば、クロエは懲戒免職にもなりかねないだろう。

ましてそれがヨエルのような少年に、となれば、世論はどう反応するのだろうかと思ったが、また何かを言えば同じようなことをされかねないと悟り、口を噤んだ。

理知的な顔立ちをしながら、頭に血が上ると周囲が見えなくなるようで、思いの外冗談が通じないタイプのクロエには、これ以上話の邪魔をしても厄介なことになるというのが目に見えていた。


「…それで?俺に何を頼もうってんだ?」


「町の捜査を手伝ってほしいの」


「捜査?コラーダの町を?」


その問い掛けに、クロエは首を頷かせた。




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