コーポの香ばしい住人 +α

まゆぽん

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コーポの香ばしい住人 +α

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一人暮らしの部屋にぼーっと座りながら、女性はため息をついていた。
夕飯時のせいか、どこかから香ばしい匂いが漂ってくる。

「はぁ……。彼氏欲しいなぁ……」

窓が開く音で顔を上げると、窓辺に何かが立っているのに気が付いた。
よく見ると、紺色の布を頭から被って床に引きずっている裸足の男性だった。

「ふ、不法侵入者!?」

女性は手元にあったスマホをつかみ、逃げようと立ち上がった。
玄関のドアは、女性を挟んで窓と反対側にある。

「突然すいません。窓が少し開いていたのでお邪魔しました」

男性は爽やかなセールスマンのごとく、笑顔で挨拶してきた。

「勝手にお邪魔しないで下さい!!」

女性は怯えつつもスマホのロックを解除し、通話のマークを押した。
しかしパニックになっているせいか、押したい番号が思い出せない。

「つ……通報します! ひゃくとうばんって何番だっけ!?」

思わず目の前の男性に聞いてみる。

「117ですよ」

丁寧に答えてくれた男性。
女性は反射的にスマホの数字を押した。

「えっ時報!? 騙したわね!! やっぱり貴方は怪しいわ‼」

「焦って間違えました。177ですね」

「177、177……って、え!? 天気予報!? 明日は晴れだって!!」

「それはよかった。明日デートしましょう」

「はいぃ!?」

あまりの予想外すぎる男性の言葉に、女性はスマホを落としそうになった。

「彼氏が欲しいんでしょう?僕が立候補します」

「でもだからって、誰でもいいわけじゃ……」

そう言いかけて、女性はぐっと言葉を飲み込む。

―――――あら、この人の顔……意外と……?

女性は男性の身体を、頭のてっぺんから足のつま先までチェックした。

「た……確かに貴方は私好みの顔だけど、不法侵入者をいきなり彼氏になんかできないわ!? 第一その姿も怪しいし、口説くなら玄関を開けた瞬間に色とりどりのバラの花を1ダースずつ並べて、真っ白なタキシードで【君と出会うことは運命だったんだよ】くらい言って欲しいわね‼」

「なるほど。ふむ……」

早口でまくしたてる女性の言葉を聞いて、男性は少し考え込んだ。

「じゃあ玄関から出直します。それならよろしいですか?」

「全然よくない!通報されたくなかったらさっさと出てってよ‼」

女性が玄関の方を指さすと、男性は布を引きずりながら素直に出て行った。
しかしドアが閉まった瞬間、男性はまたすぐにドアを開けて顔を出した。
そして驚いている女性の視線を浴びつつ、堂々と女性に近づいてきた。

「だ~か~ら!入って来ないでってばーーー‼」

女性はキレて、地団駄じだんだを踏んだ。

しかし男性はそんな女性の態度にめげることなく、被っていた布を脱いで女性に向かってひざまづいた。
それはまるで、舞踏会でダンスを申し込む王子の姿だった。

「バラとタキシードは後日用意します。まだ名前すら知りませんが……もしよろしければ、僕と結婚を前提に交際して頂けませんか?」

「け、けけ結婚??? いきなり飛んだわね……」

女性は飛び上がるほど驚き、声が裏返った。
こんな熱烈なアプローチは初めてだった。

「はい。貴方が好きです。ちなみに僕はこういう者です」

男性はズボンのポケットに入っていた財布から運転免許証を取り出すと、女性に渡した。
それを拝読した女性は、目ん玉が落ちそうなほど目を見開いて驚いた。

「えぇ!? このコーポの住人!? しかも隣人!?」

今日で何度目の驚きだろう……⁉ そう思いつつも、女性は驚きを隠せなかった。
そんな女性とは反対に、男性は満面の笑みで語り出した。

「ゴミ出しをする姿。通勤をする姿。洗濯物を干す姿。セールスマンを相手にする姿。これらをたま~に見かけて可愛い人だな~って思ってました。そして予想通り、怒った顔も素敵です。一目ボレ?いえ、自信を持って十目ボレと言えます!」

「はぁ……それはどうも……」

返答に困った女性はまぬけな声を出しつつ……

「……でもだからといって、そんな恰好で突然ベランダから現れたら怖いわよ?」

一応突っ込んでみた。

「言いそびれてましたが、これには深い理由がありまして……」

男性が、言いづらそうに目を伏せる。

「どんな理由?もったいつけた割に大したことない理由だったら怒るわよ?」

「それがですね……」

会話の途中で外がどんどん騒がしくなり、焦げ臭い匂いが強くなる。
そしてウーウーと響く消防車の音も……

「え、まさか火事!? しかも近い!?」

女性が慌ててベランダに出ると、眼下に見えるコーポ付近には沢山の人だかりが出来ていた。
そして隣の部屋からは、火と煙が出ている。

「ちょ……!? 火事は貴方の部屋じゃないの!?」

焦りながら振り向く女性と反対に、男性はヤレヤレといった感じで両手を広げた。

「そうなんですよ。実はうたた寝をしていて気付いたら周りは火の海で、持ち出せたのはポケットの財布と、煙を吸わないために引きちぎったこのかぶっている布……カーテンだけでした」

「はぃぃぃぃい⁉」

男性は、開いた口が閉まらない女性の横に並び、燃えている部屋を見つめて言った。

「僕のスマホは火の中なので、隣の貴方に借りようとベランダを渡ったんです。そしたら彼氏が欲しいという……何とも愛しくて切ないつぶやき声が聞こえてきたので、つい状況を忘れて告白を優先してしまいました」

「どんだけマイペースなの!?」

「ええ、友人からもよく褒められます」

「褒めてないから‼」

「あれ? そうなんですか……?」

男性は、ぽりぽりと頭をかきつつ……

「まぁ、基本寝に帰るだけの物がほとんどない部屋でしたし、大事な書類は全てネットで管理できる時代ですからね。言うほど困りませんよ。命があればまた取り戻せるものばかりです」

「そういう問題なの⁉」

「そういう問題だと思います」

「…………」

「…………」

ベランダで距離が縮まり、初めて近距離で見つめ合う二人。
そして女性は再び、この男性をジャッジしていた。

―――――何だろう、この頼もしい感じ……

―――――こういう人を旦那さんにしたら……実は最強かしら……

二人が見つめ合っている間にも火の勢いは激しくなり、女性の部屋のベランダまで侵入し始めていた。

「あのー……」

口を開いた男性に、女性は「なに?」と返す。

「火事を見ていて思ったんですけど、こういう激しく燃える恋もいいですよね。情熱的な愛の形を具現化しているみたいで、ちょっと愛しくないですか?」

「まぁ……そう、ね……?」

―――――燃えるような恋、か……。

激しい恋に憧れてきた女性の胸が、ちょっとだけキュンッとする。
しかし、すぐに我に返る。

「そんなことより、まずは消火でしょ!? 話はそれからよ!!」

「返事はお預けですか。燃えてるだけに、萌えますね」

「このままじゃウチまで燃えちゃうわ!そこにあるバケツ取って! 並んでる鉢の向こうに水やり用のがあるから‼」

「あれ? もしかして鉢に植えてあるのハーブですか? 癒されますね~」

「ハーブはまた今度紹介するから‼」

「楽しみにしてます」

そんな会話をした後で2人はせっせと水を運び、微力ながらも消火作業にあたった。

火事の原因は、向かいのマンションの住人が吸っていた煙草の投げ捨てだったらしく、防犯カメラで犯人が特定された。
消防車のおかげで他の部屋に燃え移ることなく早々と鎮火し、野次馬もあっという間に散っていった。

「……ふう、やっと落ち着きましたね。お茶が五臓六腑ごぞうろっぷに染みわたります……」

警察や管理会社からの事情聴取が一通り済んだ後、女性の部屋で女性が淹れたお茶を飲みながら男性がつぶやいた。

「部屋……燃えちゃったけど、これからどうするの?」

女性の問いかけに、男性はキラッと目を輝かせる。

「可能ならしばらくここに住んでもいいですか?家事は一通りできますし、ご希望ならブリゾーラやアカラジェも作れますよ!」

その言葉を聞きながら、女性は「ん~」と眉間にシワを寄せた。

「車の名前みたいな海外の料理より、和食の方が好きかな。目玉焼きは半熟しょうゆ派、味噌汁は豆腐となめことワカメが基本。ご飯はふっくら炊き上げ派、早炊きはあまり好きじゃないの。炊き込みご飯を作る時の人参は星型ね。残骸はひじきの煮物に使うこと!ここは譲れないわ」

先ほど男性に、消火の後に話を聞くようなことを言った手前、無下に扱うことができないなぁ……と思いつつ女性は答えていた。そういえば、ハーブの紹介もしなくては。

「わかりました。貴方の好みは把握しました。毎朝スペシャルな朝食をご用意致しましょう」

自信満々な男性を見て、女性は「はぁ~っ」と大きく息を吐いた。

「まぁ……人助けだし?泊めるのは仕方ないわね。ただし私が許可するまで、私の身体に指一本触れないのが条件よ?」

ツンッと言いつつもどこかに優しさがある女性の声に、男性は嬉しそうに微笑んだ。

「では明日、指輪を買いに行きましょう。お近づきの印にプレゼントしますよ。後はバラとタキシードでしたっけ? この時期バラは何種類くらい売ってますかね~」

「あーのーねぇ!」

男性の言葉を遮るように、女性は大きな声を出した。

「気持ちは嬉しいけど、まずは燃えちゃった日用品を買いなさいよね。それから一緒に暮らすなら管理会社に連絡を入れないとでしょ? あと貴方の会社にも事情を話して転居書類を出さないとじゃない? やること山積みよ?」

まだ他にもやることがあるんじゃ……と考える女性を見て、男性はウンウンと満足げにうなずいた。

「火事の時も思いましたが、そういうしっかりしたところ……好きですよ」

「……っ」

男性のさりげない告白に、女性の顔が真っ赤に染まる。
そして女性は男性から離れた位置に座り直し、気持ちを仕切りなおした。
ドキドキする気持ちを……悟らせないためだった。

「一緒に暮らしたからって、そう簡単に私を落とせると思わないでよね! 私そんなに軽い女じゃないから‼」

思わず憎まれ口が出る。

「承知してます」

それでも男性は、嬉しそうだった。

―――――余裕なところは頼もしいけど……ちょっと悔しくもあるわね……。

男性の言葉と笑顔は、女性の心に少しずつ点火していた。
じわじわくる。まるで低温火傷みたいに……。

考え込んでいた女性が我に返ると、座っていたはずの男性が立ち上がっていた。

「離れているとさみしいので、近づいていいですか?」

「だ、ダメよっ……」

女性の抵抗むなくしく、男性は女性の目の前に座り直した。

「触れなけばいいんですよね? ……顔、近づけますよ?」

「もう‼」

「触れてませんよ? ……でも、触れたくなったらいつでもどうぞ? 僕はいつでも歓迎です」

「~~~~~~~っ」

―――――触れるなと言ってしまった手前、押しのけづらい……‼

女性は恥ずかしさとプライドの間で、ぷるぷると震えていた。
そこには確実に、これから燃え上がるであろう愛の炎の火種があった。


-おわり-
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