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私の不思議な旅。~失恋した私が、素敵な貴方に出会うまで~
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前略、お元気ですか?
貴方にフラれてから、もうすぐ一年が経とうとしています。
あの日、ふらふらの足取りで何とか家に辿り着いた私は放心し……
部屋の中で悲しみのダンスを踊りまくった後、
通販でサイトで間違えて買った唐草模様の風呂敷にお気に入りの同人誌を包み込み、
フリフリのウェディングドレスを着たまま行く当てもなく家を飛び出しました。
見慣れた田園風景を道なりに歩いていると、木陰でバケツの水を飲んでいた白馬に遭遇し……
「そのドレスの色が私と被ってんのよ!」と言いたげな白馬に回れ右で蹴られ、近くの畑の土に頭から突っ込みました。
慣らしたばかりの土は私を優しく包み込み、天使に見初められて夢の世界へ旅立とうとしていたところ、
畑の持ち主のおばあさんに、新種の大きな大根と間違えられて力づくで引っこ抜かれました。
蛍光ピンクのもんぺを履いたおばあさんは驚きつつも、体が反転している私の話をきちんと聞いてくれ、
「最近の言葉で言う失恋、又はレンシツってやつだね!ひゃっひゃっひゃ」と笑い、
貧血気味でもう一度天使のお迎えが来そうになった私をボーリングするように地面に転がすと、おばあさんの家のお風呂で体を洗うようにすすめてくれました。
「うちは簡単に入れないところにあるからね。しっかりついておいで」
スケーターのようにスィスィ歩くおばあさんの後ろを盆踊りしながら着いて行くと、
おばあさんの家はMMORPGのダンジョン手前の深い森のような林を抜けた先にあり、想像通りの純和風の一軒家でした。
近くにはコポコポ……グゴボッと音を立てて沸く毒々しい色の沼地があり……
おばあさんは、腕を伸ばして私を一旦静止。
「先に忠告しておくけど、そことそこの茂みは踏んではいけないよ。あとそこの細い通路も通ってはいけないよ。ひゃっひゃっひゃ」
おばあさんは意味深に、そして楽しそうに笑いました。
疲れていてそれ以上追及できなかった私は、おばあさんの後について家に入り、
玄関で「たのもー!」と腹の底から大声で叫んだ後、良い香りで癒されるヒノキのお風呂をお借りしました。
ついでに着ていた泥だらけのウェディングドレスも、お風呂場の石鹸でゴシゴシと洗いました。
ドレスのフリフリの泥を根気よく落とせた頃、疲れた私はリフレッシュのためにお風呂場にある大きな窓の鍵を開けて全開にし、
いつの間にか夜になっていた外の視界に目が慣れると、お風呂場の真横が手入れされた広い庭になっていることに気が付きました。
外に出てちょっと涼みたいわ……
そう思った私は、大股を広げて窓に足をかけて全裸で大ジャンプ!
カエルのように空高くピィョォーンと飛び、忍者のようにシュタッと草むらに降り立つと、さっと立ち上がってアニメの魔法少女のようにピースサインでキメポーズ。
大丈夫!このシーンがイラストになる時は、大事な部分は光で隠して上手く処理してもらえるわ!
そう信じることが、私の心を強くしました。
勢いとはいえ降り立った草むらは、裸足の足裏にとても心地よく……
たまにヌメッぐちょぐちょっぶちゅーっとした感触を踏んだ気もするけど、そこは気にしない。
足元を信じ、前向きな気持ちでスキップしていると、
暗い視界の先に、洗濯物を干すために使うであろうステンレスの物干し台を発見しました。
私よりも背が高い物干し台……!これなら……!!
キュピーンッとひらめいた私は、洗ったウェディングドレスをお風呂場の窓からずるずる引きずり出すと、水分を含んでずっしり重いドレスをハンマー投げ選手のように高速回転でブンブン振り回し、タイミングを見計らって「おりゃー!」と放り投げて物干し台に上手に絡めました。
ナイスヒット!朝には乾いているといいな♪
そんなことを願いつつ、お風呂場の窓から再び湯船に戻ってドボンッ。
足裏に付着した泥や謎の血液で濁ってしまった湯船の誤魔化し方を考えていると、窓とは反対側にある扉の隙間から覗いているおばあさんの怪しげな瞳にドキッ!
「庭で、不審な気配を感じてね……。何か知らないかい?」
まるで呪文のように脳内に響くおばあさんの言葉に嘘がつけず、窓から飛び出して物干し台を借りたことを素直に白状すると、
「そうだったのかい。私も若い頃は同じことをしたものだよ。あの物干し台はその名残だね。ひゃっひゃっひゃ」と、おばあさんは笑って流してくれました。
そして「着替えはあるのかい?よかったらこれを着な。若者にはこういう映えがいいんだろ?」と差し出されたバニーガールの真っ赤な衣装を断るタイミングを逃し、仕方なく着ることにしました。
お風呂から上がり、ピッチピチのバニーガールの衣装に何とか身体を詰め込んで、ウサギの耳付きカチューシャを装着。
丸い尻尾付きのお尻をふりながら細長い廊下をくねくね歩いていると、「こっちへおいで」と障子から顔を出したおばあさんに手招きされました。
そこは10畳程度のリビングで、真ん中に昔ながらの四角い囲炉裏があり……パチパチと火が燃えていました。
すすめられたブーブークッションの上に正座していると、大きな鍋を両手で持ったおばあさんがゆっくり歩いてきました。
「よかったら食べな。材料は秘密だよ!ひゃっひゃっひゃ」
お椀によそった怪しい色と香りのスープを突き付けられ、断ることもできずに箸をつけたところ、その美味しさにびっくり!
目を輝かせたところ、私の横でお玉を持ったおばあさんが待機。
そのまま「ほい」「ほい」「ほい」と飲み終える度にスープを入れられ続け、つい勢いで100杯目を制覇。
「あんたすごいじゃないか!この毒草の入ったスープを食べて麻痺しないなんて、どんだけ強靭な肉体を持っているんだい!気に入ったよ!今日は泊まっていきな!」
ウインクするおばあさんにウインクで返し、心が通じ合いました。
その後、おばあさんは片付けながら立ち上がり、「そうそう、言い忘れてた。あの部屋だけは覗いてはいけないよ」と、リビングに面している障子の1つを指さしながら定番のことを言いました。
これは、覗いて欲しいフラグよね……!?
私はセオリー通り、寝るために通された別の障子の部屋から深夜にそっと抜け出すと、「覗いてはいけない」と言われた部屋の障子をそっと開けました。
一応「バニーガールの衣装がきつすぎて眠れなくて添い寝して欲しかった」とか、適当な言い訳も考えていました。
すると、6畳程度の部屋の隅で、背中を小さく丸めて震えているおばあさんを発見!
目を凝らしてよく見ると、私が持っていた同人誌を読んでニヤけている様子でした。
白馬に蹴られた時に、唐草模様の風呂敷ごとどこかへ飛んで行ってしまったと思っていた同人誌。
すっかり忘れていたけど、いつのまに回収を……!?
それに、あの同人誌のセンスがわかるとは……!!
そしてあの作者は……!!
作者の飼っている犬の名前は、ゴンザインヌ・アイパズロティヌルベルク・ホティーシルキーナ……
急ピッチで駆け抜ける色々な思考に心が揺れ、思わずリンボーダンスを踊りたくなっている私に気付くと、おばあさんは舌を出して「てへぺろ★」っと恥ずかしそうに笑いました。
「セオリー通り包丁を研いで待っていようと思ったんだけどね。先に見つかるとは、ワタシも年を食ったね。この本に夢中だったよ!」
照れながらはにかむおばあさんの足元には血のついた包丁が無数に転がっていて、「料理マニアなんだろうな~」と感心させられました。
同人誌が気に入った様子のおばあさん。
「よかったら宿のお礼に差し上げますよ」と私が伝えると、代わりに亡くなったおじいさん作だという不細工な蛇の木彫りを押し入れから出して来て差し出されました。
それは、「女は白い歯さえ見せればイチコロさ」が口癖のおじいさんが、ビーバーのような歯で削って作ったものらしく、「沢山あって邪魔だから、持てるだけ持っていって欲しい」とのことでした。
確かにチラッと見えた押し入れの奥には、蛇の木彫りがぎっしり詰まっているように見えました。
私は手に取った蛇の木彫りを見つめつつ……
てかてかしているのは、ニスなのかしら?唾液なのかしら?
若干色々なところが気になりつつも……
蛇だか棒だかわからない形状と傘程度の長さゆえに、最悪杖としても使えそうだったので、1本だけ頂くことにしました。
「遠慮しなくていいのに……」と残念がるおばあさんと木彫りの押し付け合いバトルになりかけましたが、、、
押し付けられるたびに柱に投げつけて突き刺していたら、「これ以上穴があいたら修繕が大変になるね」と諦めてくれました。
そして「これは必ず持っておゆき。何かの役に立つかもしれないよ」と最後におばあさんに差し出されたのは、私が持っていた唐草模様の風呂敷だったはずのもの。
「縫い物は得意だから、バージョンアップとやらをしといたよ」と言われて広げてみると、風呂敷はきわどい形のビキニに変化……。
その嬉しくない気遣いに、仕方なく笑顔で答えるという社会性を学びました。
人生は、こうして大人の階段をのぼっていくのだと思います。
再びおやすみの挨拶をした後、蛇の木彫りとビキニを持って寝るための部屋に戻り、
綿がほとんどなさそうな薄っぺらいせんべい布団の周りで悲しみのダンスを踊っていると、過呼吸で意識が朦朧となり……
疲れ切った私は、そのまま倒れていつの間にか眠っていました。
翌朝目が覚めると、目の前にはおばあさんのドアップ。
布団の横に正座しながら私の様子を観察し、「ほんとに毒草の効果がないんだねぇ」とブツブツつぶやきながら日誌をつけている様子でした。
「起きれそうなら囲炉裏の前においで。朝ご飯を一緒に食べようじゃないか」
おばあさんにすすめられて昨夜と同じスープをまた100杯食べ終えると、
昨日庭に干したはずのウェディングドレスが物干し台ごと囲炉裏の近くに置いてあることに気が付きました。
「天気がいいとは言え、外じゃ乾きが悪かったからね。今朝持って来といたよ」
おばあさんの心遣いに感謝し、若返りのために着ているというバニーガールの衣装を脱ぎたてホカホカで返却すると、
乾きすぎてむしろパリンパリン、煙臭くて一歩間違うと朽ち果てそうなウェディングドレスに袖を通して着替えました。
右手に蛇の木彫り、左手にビキニを持って立ち上がると、
「準備ができたならついておいで。防犯のために昨日とは違う道で外に出るからね。秘密の迷路だよ」そう言うおばあさんに手ぬぐいで目隠しされました。
暗闇の中、おばあさんの「こっちだよ」の声だけを頼りにひたすら歩き続けてから目隠しを取ると、私が頭から墜落した畑の土の前でした。
「どこへ行くか知らないけど、ここまで来ればわかるだろう?」
見送ってくれたおばあさんに何度もお礼を言い、「そのビキニは捨てるんじゃないよ」と念を押されまくった後、私は再び道なりに歩き出しました。
若干お腹が重いしタプタプするけど……気にしない!
こんなのまだまだ序の口よ。
今は歩こう。とにかく歩いてリフレッシュしよう。気持ちをきちんと整理しよう。
そう思いながら、歩いて、歩いて、、
歩き続けて、歩き続けて、、、
田園風景が大都会になり、ジャングルになり、砂漠になり……
道行く人々や動物のガン見視線にもそろろろ飽きた頃、
どこからか流れてきた潮の香りにつられて、大きな海に辿り着きました。
終着点が見えないほど長い堤防の向こうに広がる砂浜には、イケイケ水着姿の男女のカップルが複数。
もしかして……おばあさんはこれを見越してビキニを持たせてくれたの!?
久しぶりにおばあさんの笑顔を思い出し、バニーガールの衣装を着て「ウッフン」と言っているおばあさんの姿を想像し、ちょびっと胸がキュンッとなりました。
貰った時は萎えたけど、せっかく作ってもらったビキニだし……と岩場の隙間で着替えると、まるで私のためにあつらえたかのようなボディラインピッタリのビキニに、おばあさんのすごさを感じました。
もしかしてあのバニーガールの衣装も実は手作りだったのかも……!?
絶妙なふんわり加減のウサ耳と丸い尻尾も……!?
今ではもう確認することのできない懐かしさに身を焦がしつつ、着ていたウェディングドレスと蛇の木彫りを岩場に置いて、ラジオ体操第1~第3まで大声で歌ってから海に飛び込むと、海の水の震えるような冷たさが途中から柔らかくて生暖かい感触に変わっていることに気が付きました。
あら?いつの間にか、水の感触がないような……?
おそるおそる目を開けると、何故か金ピカの豪邸のような場所にいました。
電気の取り付けが大変そうな高い天井や、部屋の真ん中にあるくるんくるんのらせん階段も、すべて金ピカに輝いていました。
「映えスポット!?写メ撮らなきゃ!」と私が叫ぶと、目の前には私を囲むように踊る沢山のクラゲの姿。
そして視界の少し遠くには、頭上に金ピカのお皿を輝かせ、超マッチョな身体で薔薇を加えて踊っている河童らしき生物の姿が見えました。
嫌な予感……。
求愛行動フラグを感じたので、河童が私に近いて来て薔薇を差し出した瞬間に、
「失恋したばかりなので、現在恋愛は受け付けておりません!!」と、キッパリハッキリポッキリ心を折るように申し上げたところ、
大泣きした河童に両手で腰を掴まれて真上に放り投げられ、落ちてきた私のお尻が河童の頭上のお皿に触れた瞬間に、私の身体はV字バランスを取ってそのままくるくると高速回転。
目が回る~としばらく振り回された後、一瞬宙に浮いたと思ったら、、、
今後は自らを高速ドリルのように回転させた河童の体に突き飛ばされて私の身体は勢いよく跳ね上がり、豪邸の天井を突きぬけて元の海へ。
そのまま勢いが止まらず、タイミングよく泳いでいたクジラの口にパクッ。
流され続けるクジラの体内で「ウォータースライダー♪」と叫びながら両手を上げて楽しんでいると、潮吹きと同時に私の身体も頭上から勢いよく吹き出され、イルカのように空高く舞い上がりました。
ああ、綺麗な虹が見える……!
そのまま強風に煽られて風に乗り、しばらくしてから墜落を始めると砂浜に立っていたビーチパラソルの上に落っこちて、ビヨォーンと跳ね飛ばされてまた空に。
そしてまた墜落すると、次はビーチバレーをしていた人達の力強い腕にレシーブされてまたまた空高く飛びました。
その後私の身体はくるくるくる~と回転し、砂浜で仲良く食事していたカップル間に足から綺麗に座る形で着地。
彼氏に「はい、あ~ん」と焼きそばを食べさせようとしていた彼女の箸がいいタイミングで私の口に入り、、、
ここ数日、葉っぱばかり食べてまともな食事をしていなかった私は涙を流して喜ぶと同時に、感激のあまり鼻からピローンと飛び出しそうになった焼きそばを何とかこらえました。
彼女は驚きながらも、食べかけの焼きそばを放り投げるように私に下さり、私は生涯二人の幸福を願うと約束しました。
感激のあまり笑顔が引きつるカップルの手をつかみ、「結婚式には是非呼んで下さい!」「子供が生まれたら名付けてもいいですか?」と言い残して二人の元を去った後、失恋して病んでいた私の気持ちはスッキリ軽やかになり、また新たな恋がしたくなっている自分に気付きました。
やはり恋っていいものよね……。ただし人間に限るけど。
そうだ!気分転換にウェディングドレスは売ってしまおう!
そう思った私は、テンションノリノリでその辺にいた人をとっつ構えて羽交い絞めにしてリサイクルショップの場所を聞き出し、
お店の人に「汚れすぎていて引き取れないよ」と渋られながらも、「この手作りビキニもつけますから!」と粘り強く交渉し、
最後には「もうそろそろ帰ってよ。他のお客さんに迷惑だから」と言われながらも、Tシャツと短パンに交換して貰えました。
さすがに、お世話になったおばあさんの大切な伴侶だったおじいさんの形見でもあるこの蛇の木彫りだけは、手放せなかったなぁ……
そう思いながら木彫りを見つめて舗装された道路を歩いていると、向かいからやって来た高貴な老人が私に話かけてきました。
「失礼ですがお嬢さん、その蛇の木彫りはどこで……?」
目が飛び出しそうなほど蛇の木彫りをガン見する老人の勢いに押され、私がおばあさんに出会ってバニーガールの衣装を着せられた内容付きで事細かに経緯を話すと、老人は「バニーガールも気になりますが、それよりも先に蛇の木彫りを譲って欲しい」と言い出しました。
何でもその老人は、亡くなったおじいさんの愛人の子供の親戚のはとこの友達で、以前この蛇の木彫りを作っている光景を見たことがあり、
人生に辛いことがあった時、「こうやって歯を立てて木彫りを削れば、辛いことなんか一気に吹っ飛ぶぞ~」と励まされたことがあったそうです。
そして今また人生の岐路に立たされていて悩んでいたところ、偶然見かけた蛇の木彫りに運命を感じたそうです。
何でも愛人と子供が増えすぎてついにはプロレス団体を作ってしまい、いつかラリア―トしに来るんじゃないかと、気が気じゃないとか。
……でも、おばあさんに貰ったおじいさんの形見だし……
私は少し悩みつつ……
老人に「では10万でどうですか?」と言われた瞬間に、「わかりました!」と快く手放すことを決めました。
誰かのお役に立つなら、おばあさんとおじいさんも喜んでくれるよね……。
「機会があればバニーガールの衣装を着て見せて下さいね」と言う老人と笑顔で別れた後、受け取った10万を胸の谷間に挟んでから歩き出すと、後ろからパカラッパカラッという軽い音が聞こえてきました。
……何の音?
振り返ろうとした瞬間、私の背中に勢いよく何かがぶつかり、そのまま新幹線顔負けの速さで前に吹っ飛びました。
そして、どこかのお店の前にオブジェとして置いてあった大きなリアル熊のぬいぐるみのお腹にバウンドして再び空に舞い上がり、、、
もぉーっ!一体何度目の空よ!?さすがに慣れたわよ!!
ついでだから、今度は体操選手のように何か技を決めてみようかしら!?
そう思って、太陽をバックに空中で両手両足を伸ばしかけたところ、
すごい勢いで飛んできた「何か」に、力強く抱きとめられました。
驚きと同時に目に入ったのは、白い歯が眩しい……空のような青いTシャツと短パンを着た金髪イケメン男性の姿。
え?え?と訳がわからずキョロキョロしていると、下に見える地面には全身真っ黒な恰好をした黒子たちが沢山。
イケメン男性は黒子たちが支える大きなトランポリンで跳ね上がり、空中で私をキャッチした様子でした。
私は空中でお姫様抱っこされたままトランポリンの上に降り、そのまま数回跳ねた後、イケメン男性に身を任せたまま地上に綺麗に着地しました。
イケメン男性は私をそっと地面に降ろして立たせると、白い歯をキラッと覗かせて、「私の馬が大変な失礼を……」と、丁寧に頭を下げて詫びて下さりました。
私の……馬……?
どこかから聞こえるブヒブヒという音を辿ると、イケメン男性の後ろに黒子たちが押さえている白馬が立っていて、、、
その姿をよく見ると、家を出た後に私を蹴り飛ばして土にブチ込んだ白馬でした。
白馬は相変わらず私に敵対心丸出しで、今にも襲い掛かりそうに歯をガチガチ。
おそらく白馬と色がかぶっている私の白いTシャツが気に入らないのだと思います。
「あの日、僕が所用で外している間に貴方は白馬に蹴られ、それを木に擬態しながら見ていた黒子たちが後で教えてくれました。申し訳なくて謝るためにすぐに貴方と老婆を追いかけたのですが、老婆の家の周りにはトラップが沢山あって、僕や黒子たちは数日間毒の沼地にハマっていたのです。
老婆の誤解を解いたあと何とか助けて貰えましたが、衰弱がひどくて数日間入院し、回復に時間がかかりました。
黒子たちは本当に好き嫌いが多くて、食事を食べさせるのも一苦労で―――――
あと、また貴方が白馬に蹴られた時用のこの大きなトランポリンの手配にも割と時間がかかりまして―――――」
……あのおばあさん……一体何者なの!?
イケメン男性の長い言葉を適当に聞き流しながら、私は嬉しそうにトラップを仕掛けるおばあさんの姿を沢山妄想していました。
「……白馬のせいで、貴方の体に傷など残らなくてよかった。もし傷をつけていたら、僕は一生貴方の面倒を見るつもりでした……」
柔らかく微笑むイケメン男性の手が私の頬に添えられ、私のハートはキュンッ!
ラブメーターがピピピッと上がるのを感じました。
「一生って……それ、プロポーズみたいですね」
ふふふっと笑いながら冗談で言ったつもりが、イケメン男性は真剣な顔で私を見つめていました。
「貴方のように、丈夫な体で宙を舞い、細かいことを気にしない鋼のメンタルを持った女性を探していました。どうでしょう。僕と結婚を考えてみませんか?」
「えええ!?でも、出会ったばかりですし……」
確かに出会ったばかりで誰かを愛する気持ちはわからなくもないけれど……と、とまどう私の手をイケメン男性が握り、ドキドキしました。
最初は片手を握り、次は両手を握り、ついでにお寿司も握って欲しいと願う私はお腹がすいているんだと思いました。
「結婚する誰もが最初は出会ったばかりです。でもそこから関係を築いていく。それは二人の努力に他なりません。僕は貴方となら、宇宙一子沢山で幸せな家庭を築けると直感しました」
「宇宙一、ですか……。さすがにネズミやカマキリほどは産めないと思いますが……」
「産める数だけで大丈夫です」
「もし、産めなかったら……?」
「僕への愛をたくさん産んで下さい。それだけで十分です」
いつの間にかトランポリンを片付けた黒子たちが、籠に入った紙吹雪を持って私たちの回りで待機。
その中には楽譜を持ち、祝福の歌を謳おうと発生練習をしている黒子まで。
もしかして……これは、OKしなくてはならないフラグかしら!?
戸惑いを見せる私の前にひとりの黒子がやって来て、札束が沢山入ったスーツケースをカパッと開けました。
「結婚したら、これは貴方のものです。貴方に課金したいと思います」
イケメン男性に、「欲しいでしょう?」と言わんばかりの満面の笑みを向けられ、私の胸は超超超キューンッ!と暴れ出す。
「課金なんて、今どきの言葉でくどいて……ずるいわ……」
私はドキドキする身体を両手で抱え込み、高ぶる気持ちを抑えるのに精一杯!
さっきからドキドキが止まらない……!これが、恋なの!?
「恋愛に駆け引きは当然でしょう」
低い声でそうつぶやいた札束……いえ、イケメン男性から目が離せず、私の心はラブマックス!
いいえ、マックス数値がさらに心を振り切ってついに宇宙に進出よ!
ドキドキしすぎて全身に激しい振動が起こり、胸の谷間に挟んでいた10万円が地面にハラリ。
地面に散らばった10万円の形を見た瞬間、私の心は、、、
「あなたと、結婚します!」
―――――もう、迷いがなかった。
ワァアァアアアア!!
私の返事と同時に、私たちの回りを囲む黒子たちから一斉に紙吹雪の嵐!
100人?200人?はくだらない。もっとかも?
木や車、お店の看板……色々なところに擬態していた黒子たちがどんどん出てきて、辺りは一気にお祭りムード。
ものすごいド下手な祝福の歌を謳う黒子もいるけど、気にしない。
だってそのおかげで、半分くらいの黒子が倒れて周りの風景がよく見えるもの。
嬉しそうに私を見つめるイケメン男性の視線が恥ずかしく、私はとっさに足元に散らばった10万円に視線を落としていました。
10万円は多少…いえ、かなり強引な形ながらもハートを描き、、、
まるで私たちのこれからを、祝福しているよう――――。
私は再びイケメン男性に視線を戻し、見つめ合い、そこに黒子たちからの大量の紙吹雪が降り注ぎ……
やがて私たちの姿かたちが見えないくらい、お互いが真っ白に染まり……
それは、黒子たちが必死に押さえていた白馬の怒りを限界以上に振り切ってしまったようで、台風のように荒れ狂った白馬が黒子たちを蹴りちらかして私たちへ突進!
白馬が近付く音に気付いた頃には、私たちは回れ右で勢いよく空の彼方へ蹴り飛ばされ、黒子たちが「たーまやー」と見守る中、キラーンッと星になって消えました。
黒子たちの間で、「あの二人は新婚旅行に飛んで行ったらしいよ」「じゃあ探さなくていいや」と噂が飛び交いだした頃、私たちはまだ空にいて、、、
多少の不安は感じながらも、「地上に降りたらきっと忙しくなるし、この時間を有効活用しましょうか」というイケメン男性の言葉を元に、この先のことを色々と話し合いました。
どこに住もうか、建てる家は洋風か和風か。
寝る場所は敷布団がいいか、ベットがいいか。
飼うなら犬と猫どっちがいいか、またはそれ以外か。
エアコンやレンジのメーカーはどこにするか。
朝ご飯は食べる派か食べない派か。
パンなら何パンが好きか。
米粒は一日何粒使うか。
歯磨き粉は何グラム使うか。
たいやきは頭から食べるか、尻尾から食べるか。
目玉焼きは真ん中を残すか、先に真ん中を食べるか、または全部混ぜて食べるのか。
その他もろもろ……色々……
話し合うことが沢山あって話題は全然尽きなくて、楽しい結婚生活になる予感がしていました。
―――――――それから、どのくらい時間が経ったでしょうか。
浮いていたはずの体が、少しずつ落下を始めた頃、、、
二人とも途中から意識が遠のき、それでも私を離さないイケメン男性の腕にときめきを感じ……
ああ、幸せ……。
そんな風にぼんやりしながらしばらくすると、私とイケメン男性は柔らかい畑の土に頭から突っ込み、二人同時に天使に結婚の祝福を受けていました。
長く飛んで疲れていたせいかそのまま動けず、抱き合って反転したまま畑に埋まって寝ていると、真っ暗だった視界がいきなり明るくなり、、、
気が付くと、蛇の木彫りをくれたおばあさんが蛍光グリーンのもんぺを履いて、右手に私を、左手にイケメン男性を抱えるように引っこ抜いて立っていました。
「おや!また珍しい大根が生えたと思ったらあんたかい。ご縁があるね。しかも今後はイケメンつきかい?こりゃリア充爆発しろってやつだねぇ!ひゃっひゃっひゃ」
懐かしいおばあさんの声に涙があふれ出すと、「畑の水やりに丁度いいねぇ~」と思いっきり体を揺すられて、さらに天使の数が増えました。
「こんな体制のあいさつで恐縮ですが、彼女の夫になる者です。先日は、毒の沼地で失礼しました」
イケメン男性は頭が土に埋もれたまま爽やかに挨拶し、土から出ている口から何とか歯を光らせました。
「おやおや、こっちも見覚えのある顔だと思ったら。先日の件はもういいさ。あんたの嫁は毒草も効かない最高の女性だよ。きっといいあげまんって奴になるね。ついでにあんたもうちのお風呂に入っていきな。おじいさんが愛用していたサラサラスケスケシースルーのハーフバックビキニがあるよ。お前さんにきっとピッタリだ」
「ありがとうございます!助かります!」
噛まずにカタカナ言葉が言えるおばあさんと、何事にも前向きな心の広い彼……。
なんて素敵な出会い。なんで素敵な二人。
新しい出会いは、こんなにも私を満たしてくれるものなのね……!
更に涙があふれ、「今日の水やりは楽でいいねぇ~」とおばあさんに喜ばれました。
イケメン男性は、そんな私を微笑ましく見つめ、
「僕たちもこんな風に畑を作って、のどかに暮らすのもいいですね」
私もブレる視界で必死に彼を見つめて揺れ酔いしながら、
「ええ、あなたと一緒なら……何をしても幸せになれる気がするわ……ォェ……」
反転したままの私たちの言葉を聞き、おばあさんが「うんうん」と笑顔でうなずき、
「私が二人の証人だよ。この先どんなに辛いことがあっても、今日この日、今この瞬間の幸せを忘れてはいけないよ」
「「はい!!」」
私たちはハモって答えながら、だんだん意識が遠くなっていくのを感じていました。
ああ、頭に血がのぼる……
ああ、天使が沢山たくさん舞い降りてくる……
ぴよぴよと、天使が持つラッパから素敵な音が降り注ぐ……
私たちは、本当に幸せね……
あ、そうだ!私、おばあさんに聞きたいことがあったんだ!!
ねえおばあさん、あのバニーガールの衣装は、、、手作りですか……?
もしかしてシースルーのハーフバックビキニも?
声に出して、きちんと聞きたいのに……
ああ、目の前が真っ暗……
目が回る。目が回る。。。
ああ……
――――――――前略、お元気ですか?
貴方にフラれてから、もうすぐ一年が経とうとしています。
実はこの手紙を書くのは、二度目になります。
一度目の手紙は伝えたいことが多すぎて書ききれず、途中で手紙を書くのをやめてしまったのですが……
もう一度、改めて書こうと思います。
リア充アピールってやつです。
貴方と出会ったのは、ファーストフード店でした。
私の後ろにいた貴方は、私と全く同じメニューを頼み、その上「ハンバーガーはパン抜きで、ナゲットは皮抜きで」という注文の仕方も同じでした。
私は運命を感じ、後を追いかけて家を突き止めた後、後日突然ウェディングドレスを着て膨らむ想いと共に訪問プロポーズをしてごめんなさい。
ピンポン連打にイラついていた貴方の顔を思い出すと、今でも胸がキュンとします。
考えてみたら、名前も素性も知らない私に告白されても困りますよね。
そういう私も、貴方の名前も素性も知らなかったわけですが。
しかし、出会いはやはりご縁で。
失恋後、あてもなく歩き続けたおかげでリフレッシュでき、私は今素敵な男性と出会って結婚し、お腹の中に第5子まで授かることができました。
これも、貴方にフラれたおかげです。
ありがとう。名前も知らない貴方。
最近の家には表札がないので名字すら知らないけれど、貴方に出会ったことに感謝しています。
今はあの頃より遠い場所に住んでいて、この手紙を送るつもりはないし、届ける事もしないけど、どうか遠くで幸せでいて。
私も今、宇宙一幸せに過ごしています。
あ、そうだ。
海で出会ったカップルの居場所も突き止めて、結婚式に参加して、子供の名づけをしなくてはね。
-おわり-
貴方にフラれてから、もうすぐ一年が経とうとしています。
あの日、ふらふらの足取りで何とか家に辿り着いた私は放心し……
部屋の中で悲しみのダンスを踊りまくった後、
通販でサイトで間違えて買った唐草模様の風呂敷にお気に入りの同人誌を包み込み、
フリフリのウェディングドレスを着たまま行く当てもなく家を飛び出しました。
見慣れた田園風景を道なりに歩いていると、木陰でバケツの水を飲んでいた白馬に遭遇し……
「そのドレスの色が私と被ってんのよ!」と言いたげな白馬に回れ右で蹴られ、近くの畑の土に頭から突っ込みました。
慣らしたばかりの土は私を優しく包み込み、天使に見初められて夢の世界へ旅立とうとしていたところ、
畑の持ち主のおばあさんに、新種の大きな大根と間違えられて力づくで引っこ抜かれました。
蛍光ピンクのもんぺを履いたおばあさんは驚きつつも、体が反転している私の話をきちんと聞いてくれ、
「最近の言葉で言う失恋、又はレンシツってやつだね!ひゃっひゃっひゃ」と笑い、
貧血気味でもう一度天使のお迎えが来そうになった私をボーリングするように地面に転がすと、おばあさんの家のお風呂で体を洗うようにすすめてくれました。
「うちは簡単に入れないところにあるからね。しっかりついておいで」
スケーターのようにスィスィ歩くおばあさんの後ろを盆踊りしながら着いて行くと、
おばあさんの家はMMORPGのダンジョン手前の深い森のような林を抜けた先にあり、想像通りの純和風の一軒家でした。
近くにはコポコポ……グゴボッと音を立てて沸く毒々しい色の沼地があり……
おばあさんは、腕を伸ばして私を一旦静止。
「先に忠告しておくけど、そことそこの茂みは踏んではいけないよ。あとそこの細い通路も通ってはいけないよ。ひゃっひゃっひゃ」
おばあさんは意味深に、そして楽しそうに笑いました。
疲れていてそれ以上追及できなかった私は、おばあさんの後について家に入り、
玄関で「たのもー!」と腹の底から大声で叫んだ後、良い香りで癒されるヒノキのお風呂をお借りしました。
ついでに着ていた泥だらけのウェディングドレスも、お風呂場の石鹸でゴシゴシと洗いました。
ドレスのフリフリの泥を根気よく落とせた頃、疲れた私はリフレッシュのためにお風呂場にある大きな窓の鍵を開けて全開にし、
いつの間にか夜になっていた外の視界に目が慣れると、お風呂場の真横が手入れされた広い庭になっていることに気が付きました。
外に出てちょっと涼みたいわ……
そう思った私は、大股を広げて窓に足をかけて全裸で大ジャンプ!
カエルのように空高くピィョォーンと飛び、忍者のようにシュタッと草むらに降り立つと、さっと立ち上がってアニメの魔法少女のようにピースサインでキメポーズ。
大丈夫!このシーンがイラストになる時は、大事な部分は光で隠して上手く処理してもらえるわ!
そう信じることが、私の心を強くしました。
勢いとはいえ降り立った草むらは、裸足の足裏にとても心地よく……
たまにヌメッぐちょぐちょっぶちゅーっとした感触を踏んだ気もするけど、そこは気にしない。
足元を信じ、前向きな気持ちでスキップしていると、
暗い視界の先に、洗濯物を干すために使うであろうステンレスの物干し台を発見しました。
私よりも背が高い物干し台……!これなら……!!
キュピーンッとひらめいた私は、洗ったウェディングドレスをお風呂場の窓からずるずる引きずり出すと、水分を含んでずっしり重いドレスをハンマー投げ選手のように高速回転でブンブン振り回し、タイミングを見計らって「おりゃー!」と放り投げて物干し台に上手に絡めました。
ナイスヒット!朝には乾いているといいな♪
そんなことを願いつつ、お風呂場の窓から再び湯船に戻ってドボンッ。
足裏に付着した泥や謎の血液で濁ってしまった湯船の誤魔化し方を考えていると、窓とは反対側にある扉の隙間から覗いているおばあさんの怪しげな瞳にドキッ!
「庭で、不審な気配を感じてね……。何か知らないかい?」
まるで呪文のように脳内に響くおばあさんの言葉に嘘がつけず、窓から飛び出して物干し台を借りたことを素直に白状すると、
「そうだったのかい。私も若い頃は同じことをしたものだよ。あの物干し台はその名残だね。ひゃっひゃっひゃ」と、おばあさんは笑って流してくれました。
そして「着替えはあるのかい?よかったらこれを着な。若者にはこういう映えがいいんだろ?」と差し出されたバニーガールの真っ赤な衣装を断るタイミングを逃し、仕方なく着ることにしました。
お風呂から上がり、ピッチピチのバニーガールの衣装に何とか身体を詰め込んで、ウサギの耳付きカチューシャを装着。
丸い尻尾付きのお尻をふりながら細長い廊下をくねくね歩いていると、「こっちへおいで」と障子から顔を出したおばあさんに手招きされました。
そこは10畳程度のリビングで、真ん中に昔ながらの四角い囲炉裏があり……パチパチと火が燃えていました。
すすめられたブーブークッションの上に正座していると、大きな鍋を両手で持ったおばあさんがゆっくり歩いてきました。
「よかったら食べな。材料は秘密だよ!ひゃっひゃっひゃ」
お椀によそった怪しい色と香りのスープを突き付けられ、断ることもできずに箸をつけたところ、その美味しさにびっくり!
目を輝かせたところ、私の横でお玉を持ったおばあさんが待機。
そのまま「ほい」「ほい」「ほい」と飲み終える度にスープを入れられ続け、つい勢いで100杯目を制覇。
「あんたすごいじゃないか!この毒草の入ったスープを食べて麻痺しないなんて、どんだけ強靭な肉体を持っているんだい!気に入ったよ!今日は泊まっていきな!」
ウインクするおばあさんにウインクで返し、心が通じ合いました。
その後、おばあさんは片付けながら立ち上がり、「そうそう、言い忘れてた。あの部屋だけは覗いてはいけないよ」と、リビングに面している障子の1つを指さしながら定番のことを言いました。
これは、覗いて欲しいフラグよね……!?
私はセオリー通り、寝るために通された別の障子の部屋から深夜にそっと抜け出すと、「覗いてはいけない」と言われた部屋の障子をそっと開けました。
一応「バニーガールの衣装がきつすぎて眠れなくて添い寝して欲しかった」とか、適当な言い訳も考えていました。
すると、6畳程度の部屋の隅で、背中を小さく丸めて震えているおばあさんを発見!
目を凝らしてよく見ると、私が持っていた同人誌を読んでニヤけている様子でした。
白馬に蹴られた時に、唐草模様の風呂敷ごとどこかへ飛んで行ってしまったと思っていた同人誌。
すっかり忘れていたけど、いつのまに回収を……!?
それに、あの同人誌のセンスがわかるとは……!!
そしてあの作者は……!!
作者の飼っている犬の名前は、ゴンザインヌ・アイパズロティヌルベルク・ホティーシルキーナ……
急ピッチで駆け抜ける色々な思考に心が揺れ、思わずリンボーダンスを踊りたくなっている私に気付くと、おばあさんは舌を出して「てへぺろ★」っと恥ずかしそうに笑いました。
「セオリー通り包丁を研いで待っていようと思ったんだけどね。先に見つかるとは、ワタシも年を食ったね。この本に夢中だったよ!」
照れながらはにかむおばあさんの足元には血のついた包丁が無数に転がっていて、「料理マニアなんだろうな~」と感心させられました。
同人誌が気に入った様子のおばあさん。
「よかったら宿のお礼に差し上げますよ」と私が伝えると、代わりに亡くなったおじいさん作だという不細工な蛇の木彫りを押し入れから出して来て差し出されました。
それは、「女は白い歯さえ見せればイチコロさ」が口癖のおじいさんが、ビーバーのような歯で削って作ったものらしく、「沢山あって邪魔だから、持てるだけ持っていって欲しい」とのことでした。
確かにチラッと見えた押し入れの奥には、蛇の木彫りがぎっしり詰まっているように見えました。
私は手に取った蛇の木彫りを見つめつつ……
てかてかしているのは、ニスなのかしら?唾液なのかしら?
若干色々なところが気になりつつも……
蛇だか棒だかわからない形状と傘程度の長さゆえに、最悪杖としても使えそうだったので、1本だけ頂くことにしました。
「遠慮しなくていいのに……」と残念がるおばあさんと木彫りの押し付け合いバトルになりかけましたが、、、
押し付けられるたびに柱に投げつけて突き刺していたら、「これ以上穴があいたら修繕が大変になるね」と諦めてくれました。
そして「これは必ず持っておゆき。何かの役に立つかもしれないよ」と最後におばあさんに差し出されたのは、私が持っていた唐草模様の風呂敷だったはずのもの。
「縫い物は得意だから、バージョンアップとやらをしといたよ」と言われて広げてみると、風呂敷はきわどい形のビキニに変化……。
その嬉しくない気遣いに、仕方なく笑顔で答えるという社会性を学びました。
人生は、こうして大人の階段をのぼっていくのだと思います。
再びおやすみの挨拶をした後、蛇の木彫りとビキニを持って寝るための部屋に戻り、
綿がほとんどなさそうな薄っぺらいせんべい布団の周りで悲しみのダンスを踊っていると、過呼吸で意識が朦朧となり……
疲れ切った私は、そのまま倒れていつの間にか眠っていました。
翌朝目が覚めると、目の前にはおばあさんのドアップ。
布団の横に正座しながら私の様子を観察し、「ほんとに毒草の効果がないんだねぇ」とブツブツつぶやきながら日誌をつけている様子でした。
「起きれそうなら囲炉裏の前においで。朝ご飯を一緒に食べようじゃないか」
おばあさんにすすめられて昨夜と同じスープをまた100杯食べ終えると、
昨日庭に干したはずのウェディングドレスが物干し台ごと囲炉裏の近くに置いてあることに気が付きました。
「天気がいいとは言え、外じゃ乾きが悪かったからね。今朝持って来といたよ」
おばあさんの心遣いに感謝し、若返りのために着ているというバニーガールの衣装を脱ぎたてホカホカで返却すると、
乾きすぎてむしろパリンパリン、煙臭くて一歩間違うと朽ち果てそうなウェディングドレスに袖を通して着替えました。
右手に蛇の木彫り、左手にビキニを持って立ち上がると、
「準備ができたならついておいで。防犯のために昨日とは違う道で外に出るからね。秘密の迷路だよ」そう言うおばあさんに手ぬぐいで目隠しされました。
暗闇の中、おばあさんの「こっちだよ」の声だけを頼りにひたすら歩き続けてから目隠しを取ると、私が頭から墜落した畑の土の前でした。
「どこへ行くか知らないけど、ここまで来ればわかるだろう?」
見送ってくれたおばあさんに何度もお礼を言い、「そのビキニは捨てるんじゃないよ」と念を押されまくった後、私は再び道なりに歩き出しました。
若干お腹が重いしタプタプするけど……気にしない!
こんなのまだまだ序の口よ。
今は歩こう。とにかく歩いてリフレッシュしよう。気持ちをきちんと整理しよう。
そう思いながら、歩いて、歩いて、、
歩き続けて、歩き続けて、、、
田園風景が大都会になり、ジャングルになり、砂漠になり……
道行く人々や動物のガン見視線にもそろろろ飽きた頃、
どこからか流れてきた潮の香りにつられて、大きな海に辿り着きました。
終着点が見えないほど長い堤防の向こうに広がる砂浜には、イケイケ水着姿の男女のカップルが複数。
もしかして……おばあさんはこれを見越してビキニを持たせてくれたの!?
久しぶりにおばあさんの笑顔を思い出し、バニーガールの衣装を着て「ウッフン」と言っているおばあさんの姿を想像し、ちょびっと胸がキュンッとなりました。
貰った時は萎えたけど、せっかく作ってもらったビキニだし……と岩場の隙間で着替えると、まるで私のためにあつらえたかのようなボディラインピッタリのビキニに、おばあさんのすごさを感じました。
もしかしてあのバニーガールの衣装も実は手作りだったのかも……!?
絶妙なふんわり加減のウサ耳と丸い尻尾も……!?
今ではもう確認することのできない懐かしさに身を焦がしつつ、着ていたウェディングドレスと蛇の木彫りを岩場に置いて、ラジオ体操第1~第3まで大声で歌ってから海に飛び込むと、海の水の震えるような冷たさが途中から柔らかくて生暖かい感触に変わっていることに気が付きました。
あら?いつの間にか、水の感触がないような……?
おそるおそる目を開けると、何故か金ピカの豪邸のような場所にいました。
電気の取り付けが大変そうな高い天井や、部屋の真ん中にあるくるんくるんのらせん階段も、すべて金ピカに輝いていました。
「映えスポット!?写メ撮らなきゃ!」と私が叫ぶと、目の前には私を囲むように踊る沢山のクラゲの姿。
そして視界の少し遠くには、頭上に金ピカのお皿を輝かせ、超マッチョな身体で薔薇を加えて踊っている河童らしき生物の姿が見えました。
嫌な予感……。
求愛行動フラグを感じたので、河童が私に近いて来て薔薇を差し出した瞬間に、
「失恋したばかりなので、現在恋愛は受け付けておりません!!」と、キッパリハッキリポッキリ心を折るように申し上げたところ、
大泣きした河童に両手で腰を掴まれて真上に放り投げられ、落ちてきた私のお尻が河童の頭上のお皿に触れた瞬間に、私の身体はV字バランスを取ってそのままくるくると高速回転。
目が回る~としばらく振り回された後、一瞬宙に浮いたと思ったら、、、
今後は自らを高速ドリルのように回転させた河童の体に突き飛ばされて私の身体は勢いよく跳ね上がり、豪邸の天井を突きぬけて元の海へ。
そのまま勢いが止まらず、タイミングよく泳いでいたクジラの口にパクッ。
流され続けるクジラの体内で「ウォータースライダー♪」と叫びながら両手を上げて楽しんでいると、潮吹きと同時に私の身体も頭上から勢いよく吹き出され、イルカのように空高く舞い上がりました。
ああ、綺麗な虹が見える……!
そのまま強風に煽られて風に乗り、しばらくしてから墜落を始めると砂浜に立っていたビーチパラソルの上に落っこちて、ビヨォーンと跳ね飛ばされてまた空に。
そしてまた墜落すると、次はビーチバレーをしていた人達の力強い腕にレシーブされてまたまた空高く飛びました。
その後私の身体はくるくるくる~と回転し、砂浜で仲良く食事していたカップル間に足から綺麗に座る形で着地。
彼氏に「はい、あ~ん」と焼きそばを食べさせようとしていた彼女の箸がいいタイミングで私の口に入り、、、
ここ数日、葉っぱばかり食べてまともな食事をしていなかった私は涙を流して喜ぶと同時に、感激のあまり鼻からピローンと飛び出しそうになった焼きそばを何とかこらえました。
彼女は驚きながらも、食べかけの焼きそばを放り投げるように私に下さり、私は生涯二人の幸福を願うと約束しました。
感激のあまり笑顔が引きつるカップルの手をつかみ、「結婚式には是非呼んで下さい!」「子供が生まれたら名付けてもいいですか?」と言い残して二人の元を去った後、失恋して病んでいた私の気持ちはスッキリ軽やかになり、また新たな恋がしたくなっている自分に気付きました。
やはり恋っていいものよね……。ただし人間に限るけど。
そうだ!気分転換にウェディングドレスは売ってしまおう!
そう思った私は、テンションノリノリでその辺にいた人をとっつ構えて羽交い絞めにしてリサイクルショップの場所を聞き出し、
お店の人に「汚れすぎていて引き取れないよ」と渋られながらも、「この手作りビキニもつけますから!」と粘り強く交渉し、
最後には「もうそろそろ帰ってよ。他のお客さんに迷惑だから」と言われながらも、Tシャツと短パンに交換して貰えました。
さすがに、お世話になったおばあさんの大切な伴侶だったおじいさんの形見でもあるこの蛇の木彫りだけは、手放せなかったなぁ……
そう思いながら木彫りを見つめて舗装された道路を歩いていると、向かいからやって来た高貴な老人が私に話かけてきました。
「失礼ですがお嬢さん、その蛇の木彫りはどこで……?」
目が飛び出しそうなほど蛇の木彫りをガン見する老人の勢いに押され、私がおばあさんに出会ってバニーガールの衣装を着せられた内容付きで事細かに経緯を話すと、老人は「バニーガールも気になりますが、それよりも先に蛇の木彫りを譲って欲しい」と言い出しました。
何でもその老人は、亡くなったおじいさんの愛人の子供の親戚のはとこの友達で、以前この蛇の木彫りを作っている光景を見たことがあり、
人生に辛いことがあった時、「こうやって歯を立てて木彫りを削れば、辛いことなんか一気に吹っ飛ぶぞ~」と励まされたことがあったそうです。
そして今また人生の岐路に立たされていて悩んでいたところ、偶然見かけた蛇の木彫りに運命を感じたそうです。
何でも愛人と子供が増えすぎてついにはプロレス団体を作ってしまい、いつかラリア―トしに来るんじゃないかと、気が気じゃないとか。
……でも、おばあさんに貰ったおじいさんの形見だし……
私は少し悩みつつ……
老人に「では10万でどうですか?」と言われた瞬間に、「わかりました!」と快く手放すことを決めました。
誰かのお役に立つなら、おばあさんとおじいさんも喜んでくれるよね……。
「機会があればバニーガールの衣装を着て見せて下さいね」と言う老人と笑顔で別れた後、受け取った10万を胸の谷間に挟んでから歩き出すと、後ろからパカラッパカラッという軽い音が聞こえてきました。
……何の音?
振り返ろうとした瞬間、私の背中に勢いよく何かがぶつかり、そのまま新幹線顔負けの速さで前に吹っ飛びました。
そして、どこかのお店の前にオブジェとして置いてあった大きなリアル熊のぬいぐるみのお腹にバウンドして再び空に舞い上がり、、、
もぉーっ!一体何度目の空よ!?さすがに慣れたわよ!!
ついでだから、今度は体操選手のように何か技を決めてみようかしら!?
そう思って、太陽をバックに空中で両手両足を伸ばしかけたところ、
すごい勢いで飛んできた「何か」に、力強く抱きとめられました。
驚きと同時に目に入ったのは、白い歯が眩しい……空のような青いTシャツと短パンを着た金髪イケメン男性の姿。
え?え?と訳がわからずキョロキョロしていると、下に見える地面には全身真っ黒な恰好をした黒子たちが沢山。
イケメン男性は黒子たちが支える大きなトランポリンで跳ね上がり、空中で私をキャッチした様子でした。
私は空中でお姫様抱っこされたままトランポリンの上に降り、そのまま数回跳ねた後、イケメン男性に身を任せたまま地上に綺麗に着地しました。
イケメン男性は私をそっと地面に降ろして立たせると、白い歯をキラッと覗かせて、「私の馬が大変な失礼を……」と、丁寧に頭を下げて詫びて下さりました。
私の……馬……?
どこかから聞こえるブヒブヒという音を辿ると、イケメン男性の後ろに黒子たちが押さえている白馬が立っていて、、、
その姿をよく見ると、家を出た後に私を蹴り飛ばして土にブチ込んだ白馬でした。
白馬は相変わらず私に敵対心丸出しで、今にも襲い掛かりそうに歯をガチガチ。
おそらく白馬と色がかぶっている私の白いTシャツが気に入らないのだと思います。
「あの日、僕が所用で外している間に貴方は白馬に蹴られ、それを木に擬態しながら見ていた黒子たちが後で教えてくれました。申し訳なくて謝るためにすぐに貴方と老婆を追いかけたのですが、老婆の家の周りにはトラップが沢山あって、僕や黒子たちは数日間毒の沼地にハマっていたのです。
老婆の誤解を解いたあと何とか助けて貰えましたが、衰弱がひどくて数日間入院し、回復に時間がかかりました。
黒子たちは本当に好き嫌いが多くて、食事を食べさせるのも一苦労で―――――
あと、また貴方が白馬に蹴られた時用のこの大きなトランポリンの手配にも割と時間がかかりまして―――――」
……あのおばあさん……一体何者なの!?
イケメン男性の長い言葉を適当に聞き流しながら、私は嬉しそうにトラップを仕掛けるおばあさんの姿を沢山妄想していました。
「……白馬のせいで、貴方の体に傷など残らなくてよかった。もし傷をつけていたら、僕は一生貴方の面倒を見るつもりでした……」
柔らかく微笑むイケメン男性の手が私の頬に添えられ、私のハートはキュンッ!
ラブメーターがピピピッと上がるのを感じました。
「一生って……それ、プロポーズみたいですね」
ふふふっと笑いながら冗談で言ったつもりが、イケメン男性は真剣な顔で私を見つめていました。
「貴方のように、丈夫な体で宙を舞い、細かいことを気にしない鋼のメンタルを持った女性を探していました。どうでしょう。僕と結婚を考えてみませんか?」
「えええ!?でも、出会ったばかりですし……」
確かに出会ったばかりで誰かを愛する気持ちはわからなくもないけれど……と、とまどう私の手をイケメン男性が握り、ドキドキしました。
最初は片手を握り、次は両手を握り、ついでにお寿司も握って欲しいと願う私はお腹がすいているんだと思いました。
「結婚する誰もが最初は出会ったばかりです。でもそこから関係を築いていく。それは二人の努力に他なりません。僕は貴方となら、宇宙一子沢山で幸せな家庭を築けると直感しました」
「宇宙一、ですか……。さすがにネズミやカマキリほどは産めないと思いますが……」
「産める数だけで大丈夫です」
「もし、産めなかったら……?」
「僕への愛をたくさん産んで下さい。それだけで十分です」
いつの間にかトランポリンを片付けた黒子たちが、籠に入った紙吹雪を持って私たちの回りで待機。
その中には楽譜を持ち、祝福の歌を謳おうと発生練習をしている黒子まで。
もしかして……これは、OKしなくてはならないフラグかしら!?
戸惑いを見せる私の前にひとりの黒子がやって来て、札束が沢山入ったスーツケースをカパッと開けました。
「結婚したら、これは貴方のものです。貴方に課金したいと思います」
イケメン男性に、「欲しいでしょう?」と言わんばかりの満面の笑みを向けられ、私の胸は超超超キューンッ!と暴れ出す。
「課金なんて、今どきの言葉でくどいて……ずるいわ……」
私はドキドキする身体を両手で抱え込み、高ぶる気持ちを抑えるのに精一杯!
さっきからドキドキが止まらない……!これが、恋なの!?
「恋愛に駆け引きは当然でしょう」
低い声でそうつぶやいた札束……いえ、イケメン男性から目が離せず、私の心はラブマックス!
いいえ、マックス数値がさらに心を振り切ってついに宇宙に進出よ!
ドキドキしすぎて全身に激しい振動が起こり、胸の谷間に挟んでいた10万円が地面にハラリ。
地面に散らばった10万円の形を見た瞬間、私の心は、、、
「あなたと、結婚します!」
―――――もう、迷いがなかった。
ワァアァアアアア!!
私の返事と同時に、私たちの回りを囲む黒子たちから一斉に紙吹雪の嵐!
100人?200人?はくだらない。もっとかも?
木や車、お店の看板……色々なところに擬態していた黒子たちがどんどん出てきて、辺りは一気にお祭りムード。
ものすごいド下手な祝福の歌を謳う黒子もいるけど、気にしない。
だってそのおかげで、半分くらいの黒子が倒れて周りの風景がよく見えるもの。
嬉しそうに私を見つめるイケメン男性の視線が恥ずかしく、私はとっさに足元に散らばった10万円に視線を落としていました。
10万円は多少…いえ、かなり強引な形ながらもハートを描き、、、
まるで私たちのこれからを、祝福しているよう――――。
私は再びイケメン男性に視線を戻し、見つめ合い、そこに黒子たちからの大量の紙吹雪が降り注ぎ……
やがて私たちの姿かたちが見えないくらい、お互いが真っ白に染まり……
それは、黒子たちが必死に押さえていた白馬の怒りを限界以上に振り切ってしまったようで、台風のように荒れ狂った白馬が黒子たちを蹴りちらかして私たちへ突進!
白馬が近付く音に気付いた頃には、私たちは回れ右で勢いよく空の彼方へ蹴り飛ばされ、黒子たちが「たーまやー」と見守る中、キラーンッと星になって消えました。
黒子たちの間で、「あの二人は新婚旅行に飛んで行ったらしいよ」「じゃあ探さなくていいや」と噂が飛び交いだした頃、私たちはまだ空にいて、、、
多少の不安は感じながらも、「地上に降りたらきっと忙しくなるし、この時間を有効活用しましょうか」というイケメン男性の言葉を元に、この先のことを色々と話し合いました。
どこに住もうか、建てる家は洋風か和風か。
寝る場所は敷布団がいいか、ベットがいいか。
飼うなら犬と猫どっちがいいか、またはそれ以外か。
エアコンやレンジのメーカーはどこにするか。
朝ご飯は食べる派か食べない派か。
パンなら何パンが好きか。
米粒は一日何粒使うか。
歯磨き粉は何グラム使うか。
たいやきは頭から食べるか、尻尾から食べるか。
目玉焼きは真ん中を残すか、先に真ん中を食べるか、または全部混ぜて食べるのか。
その他もろもろ……色々……
話し合うことが沢山あって話題は全然尽きなくて、楽しい結婚生活になる予感がしていました。
―――――――それから、どのくらい時間が経ったでしょうか。
浮いていたはずの体が、少しずつ落下を始めた頃、、、
二人とも途中から意識が遠のき、それでも私を離さないイケメン男性の腕にときめきを感じ……
ああ、幸せ……。
そんな風にぼんやりしながらしばらくすると、私とイケメン男性は柔らかい畑の土に頭から突っ込み、二人同時に天使に結婚の祝福を受けていました。
長く飛んで疲れていたせいかそのまま動けず、抱き合って反転したまま畑に埋まって寝ていると、真っ暗だった視界がいきなり明るくなり、、、
気が付くと、蛇の木彫りをくれたおばあさんが蛍光グリーンのもんぺを履いて、右手に私を、左手にイケメン男性を抱えるように引っこ抜いて立っていました。
「おや!また珍しい大根が生えたと思ったらあんたかい。ご縁があるね。しかも今後はイケメンつきかい?こりゃリア充爆発しろってやつだねぇ!ひゃっひゃっひゃ」
懐かしいおばあさんの声に涙があふれ出すと、「畑の水やりに丁度いいねぇ~」と思いっきり体を揺すられて、さらに天使の数が増えました。
「こんな体制のあいさつで恐縮ですが、彼女の夫になる者です。先日は、毒の沼地で失礼しました」
イケメン男性は頭が土に埋もれたまま爽やかに挨拶し、土から出ている口から何とか歯を光らせました。
「おやおや、こっちも見覚えのある顔だと思ったら。先日の件はもういいさ。あんたの嫁は毒草も効かない最高の女性だよ。きっといいあげまんって奴になるね。ついでにあんたもうちのお風呂に入っていきな。おじいさんが愛用していたサラサラスケスケシースルーのハーフバックビキニがあるよ。お前さんにきっとピッタリだ」
「ありがとうございます!助かります!」
噛まずにカタカナ言葉が言えるおばあさんと、何事にも前向きな心の広い彼……。
なんて素敵な出会い。なんで素敵な二人。
新しい出会いは、こんなにも私を満たしてくれるものなのね……!
更に涙があふれ、「今日の水やりは楽でいいねぇ~」とおばあさんに喜ばれました。
イケメン男性は、そんな私を微笑ましく見つめ、
「僕たちもこんな風に畑を作って、のどかに暮らすのもいいですね」
私もブレる視界で必死に彼を見つめて揺れ酔いしながら、
「ええ、あなたと一緒なら……何をしても幸せになれる気がするわ……ォェ……」
反転したままの私たちの言葉を聞き、おばあさんが「うんうん」と笑顔でうなずき、
「私が二人の証人だよ。この先どんなに辛いことがあっても、今日この日、今この瞬間の幸せを忘れてはいけないよ」
「「はい!!」」
私たちはハモって答えながら、だんだん意識が遠くなっていくのを感じていました。
ああ、頭に血がのぼる……
ああ、天使が沢山たくさん舞い降りてくる……
ぴよぴよと、天使が持つラッパから素敵な音が降り注ぐ……
私たちは、本当に幸せね……
あ、そうだ!私、おばあさんに聞きたいことがあったんだ!!
ねえおばあさん、あのバニーガールの衣装は、、、手作りですか……?
もしかしてシースルーのハーフバックビキニも?
声に出して、きちんと聞きたいのに……
ああ、目の前が真っ暗……
目が回る。目が回る。。。
ああ……
――――――――前略、お元気ですか?
貴方にフラれてから、もうすぐ一年が経とうとしています。
実はこの手紙を書くのは、二度目になります。
一度目の手紙は伝えたいことが多すぎて書ききれず、途中で手紙を書くのをやめてしまったのですが……
もう一度、改めて書こうと思います。
リア充アピールってやつです。
貴方と出会ったのは、ファーストフード店でした。
私の後ろにいた貴方は、私と全く同じメニューを頼み、その上「ハンバーガーはパン抜きで、ナゲットは皮抜きで」という注文の仕方も同じでした。
私は運命を感じ、後を追いかけて家を突き止めた後、後日突然ウェディングドレスを着て膨らむ想いと共に訪問プロポーズをしてごめんなさい。
ピンポン連打にイラついていた貴方の顔を思い出すと、今でも胸がキュンとします。
考えてみたら、名前も素性も知らない私に告白されても困りますよね。
そういう私も、貴方の名前も素性も知らなかったわけですが。
しかし、出会いはやはりご縁で。
失恋後、あてもなく歩き続けたおかげでリフレッシュでき、私は今素敵な男性と出会って結婚し、お腹の中に第5子まで授かることができました。
これも、貴方にフラれたおかげです。
ありがとう。名前も知らない貴方。
最近の家には表札がないので名字すら知らないけれど、貴方に出会ったことに感謝しています。
今はあの頃より遠い場所に住んでいて、この手紙を送るつもりはないし、届ける事もしないけど、どうか遠くで幸せでいて。
私も今、宇宙一幸せに過ごしています。
あ、そうだ。
海で出会ったカップルの居場所も突き止めて、結婚式に参加して、子供の名づけをしなくてはね。
-おわり-
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