上 下
30 / 91
第一章

29. 告白

しおりを挟む
 裏路地を、二人で手を繋いで走る。

「早川さん……っ、どこまで行くんだよ!」

 息を切らせながら尋ねても、彼はそのまま振り返ることはなかった。
 不意に視界が開けたかと思えば、狭い路地から広い場所へとでた。いつの間にか空は色を変え始め、夕焼けに包まれている。


 辿り着いたのは、俺達が初めて出会ったあの公園だった。


 公園の中へ入ると、ようやく早川は足を止めた。呼吸を整えようとしていると、大きな後ろ姿がぽつりと言う。

「どうして……、出て行ったの?」

 繋がれたままの手を離そうとすれば、より強く絡め取られる。何も言えずに黙っていると、ゆっくりと彼は振り返った。
 その姿を目にした瞬間、俺は目を見開く。


 見上げた先にいたのは、王子様なんかじゃなくてー……


 全然キラキラなんてしていない、どこか泣きそうな顔で佇む……ただの男だった。


「早川さん……?」


 その名を呼べば、その腕に抱き寄せられた。優しい香りに包まれて、胸が詰まる。
 耳元で、彼が囁いた。

「ありがとうって何?さようならって何?」

 その声は、微かに震えている。


「『好き』って書いておいて、どうして消したの?」


 その言葉を聞いた時、とうとう耐えきれなくなって強く胸を押し返した。
 早川の腕が、するりと解ける。

「だからだよ……」

 俺は、彼を真っ直ぐに見つめて言った。


「好きだよ。早川さん」


 人生で初めての告白は、誰もいない夕暮れの公園に小さく響いた。

「……だから、無理なんだ」

 もう一度手を伸ばそうとする彼から、一歩下がり距離をとる。顔を見るのが怖くて、俺は地面へと視線を逸らした。

「アンタに触れられると、どうしたらいいのか分かんないくらいドキドキする。なのに、嫌じゃなくて……、俺嬉しかったんだ」

 言葉が途切れないように、懸命に口を動かす。

「でも、早川さんが女の人といるところを想像すると、息ができないくらい胸が苦しくなるんだ。このままだと、いつか離れる日が来るのが怖くなる。愛されたくなる。欲張りになる。……だから、もう協力できない」

 必死に言葉を紡げば、耐えきれずに胸の底から想いが溢れた。


「これ以上、好きにさせないで……」


 俺は、精一杯の笑顔で告げる。

「だからー……」

 さようなら。

 しかし、別れの挨拶は告げられなかった。

 気づけば、再び抱き寄せられていた。
 胸の中から逃れたいのに、抱きしめる腕は離してはくれない。


「……嬉しい」


 それは、砂糖を煮詰めたような甘い声だった。


「怖がらないで。愛されたいと願って。欲張りになって……」


 頬に大きな手の平が優しく触れる。
 導かれるまま顔を上げれば、蕩けるようなヘーゼルの瞳が俺を映す。


「僕がなんだって叶えるから」


 だからー……、と続く声は微かに震えていた。




「僕は、君とキスができる関係になりたい」




 甘い吐息と共に舞い降りる唇を、今度こそ拒むなんてできなかった。




「……いいよ」




 そっと、瞼を伏せる。
 小さな返事は、初めてのキスに蕩けて消えた。
しおりを挟む

処理中です...