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第二章

1. 月日

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 結ばれたあの夜から、俺達の関係は変わった……かと言われれば、あまり変わらない日常を過ごしていた。

 俺は、相変わらず家事代行としてお給料も貰いながら家事をこなしつつ、元気に大学へと通っている。
 早川は月刊誌での連載が決まったものの、朝晩の食事は必ず共にするし、忙しくて時間が合わないなんてことはない。

 そして、夜は必ず二人揃ってソファーでくつろぎ、BL漫画の研究をして……


「なぁなぁ……今どんなの描いてんの?そろそろ教えてくれたっていいじゃんか」
 俺の膝に乗るミルクティー色の髪を指先で遊ばせながら、今夜も尋ねる。
 しかし、返ってくる答えはいつも一緒だ。

「んー……、まだ内緒。だって意識すると君、自然体でいられなくなるでしょ?」

 銀縁眼鏡の奥に隠された瞳は、手元の漫画から目を離さずに答える。

 そうなのだ。
 早川は、俺をモデルにした漫画の連載準備をもう始めているというのに、肝心の作品を一度も見せてくれたことがなかった。
 あまりに俺がごねると「じゃあ連載が始まってからね……」なんて言って、簡単にはぐらかされる。

 どうやら、今夜も教える気はないようだ。

 俺はもともと漫画家の『早川悠介』のファンでもあるから、今の現状は不満だった。
 思わず、その髪を引っ張るくらいには。

「……っ、いたいよ」
「だって、教えてくんねぇんだもん」
「僕がハゲちゃったらどうするのさ」
「いいもん。責任とるし……」

 不貞腐れて顔を逸らす。
 すると、いつの間にか伸ばされていた大きな手が、俺の頭を少し強引に引き寄せた。
 

 ちゅ、


 気がついた時には間近にヘーゼルの瞳が迫り、唇が重なっていた。
 彼を覗き込むような体勢のまま無理矢理されるキスに、余計に不満が募る。睨むと、早川は楽しそうに目を細めた。

「なに……っ! ふ、んぁ……」

 再び、唇が重なる。
 文句も言えないまま、それは次第に深い口付けへと変わり、溺れさせられる。
 あっという間に形勢は逆転していて、俺の体はソファーに沈んだ。

 最後に下唇を甘噛みして離れてゆく唇を目で追いながら、ようやく息を吸う。
 はぁ……っ、と深い吐息を零すと、早川は俺の濡れた唇を指で拭いながら言った。


「責任、とってもらおうかな」


 外された銀縁眼鏡の向こうから現れた瞳は、溢れるほどの熱を孕んでいる。


 俺が頷けば、それは長い夜の始まりの合図ーー……


 俺と早川の関係は変わらない。

 漫画家と絵のモデル。
 雇い主と家事代行人。

 でも、そこへ関係はさらに増えた。

 それは、全身を蜜に浸されるかのような甘い時間を共にする関係だった。
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