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第二章
32. 自惚れ
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その後、結局俺は断れずに夕飯までご馳走になることになってしまった。
案内されたのは、四人掛けのダイニングテーブル。
俺の隣にどちらが座るかで揉め出す双子だったが、芦名さんの一喝で双子は仲良く二人並んで座った。結果的に俺は芦名さんの隣に座ることになってしまい、まるで生きた心地がしない。
着席したまま固まる俺の隣に、芦名さんはクスクスと笑いながら座った。
「ほら、どうぞ」
献立は、夏野菜を使った胡麻豆乳鍋。
エプロンを外した彼女は、俺の隣に座って鍋を取り分けてくれる。
本当は今すぐにでも早川さんと芦名さんの関係を聞いてみたい。そんな気持ちが芽生える一方で、彼女の薬指に嵌っている指輪がその気持ちに歯止めをかける。
「あ、ありがとうございます」
トマトやパプリカ、とうもろこしなどが入った鍋は色鮮やかで綺麗だった。
けれど、今の俺は味わえそうにない。
「いただきます……」
そっと一口食べると、ルイちゃんとヒロくんが上目遣いで「おいしい?」と尋ねてきた。俺は、意を決して口いっぱいに頬張った後、笑って答えた。
「すっごく、うまいよ!」
その返事に、双子も笑顔になる。
「よかったぁ……」
「鍋は、ママの得意料理なんだぜ!」
すると、俺達を見ていた芦名さんが言った。
「美味しいでしょ? これなら野菜嫌いさんも食べてくれるのよ」
「ルイちゃんとヒロくん、野菜嫌いなんですか?」
そう聞き返すと、彼女は首を振って笑う。
「違うわよ。悠介の話」
「…………え?」
食事の手が止まった俺に、芦名さんは不思議そうに続けた。
「料理はいつも蒼大くんが作ってるんでしょう? あの人、偏食だから困らない?」
その言葉に、固まる。
(偏食……? 早川さんが……?)
頭の中に、いつもなんでも美味しそうに食事してくれる彼の笑顔が過った。
「別に、困ったりは…………」
俺の答えに、芦名さんは何かを考えるように「ふぅん」と呟く。
「あっ。この鍋、悠介も大好きなの。あとでレシピ教えてあげようか?」
笑顔でされた提案に、胸の奥が軋む。
でも、その痛みには気づかないフリをするしかなかった。
「……いや、この鍋じゃなくても早川さん食べてくれるから」
精一杯に強がって、言い返す。
けれど、彼女は愉快そうに笑って言った。
「ふふ。悠介ったら、蒼大くんの前では無理してるのね」
もう、自分が笑えてるのかも分からなかった。
長い食事の時間が終わった。
すぐにでも出て行きたいが、ご馳走になった手前そうも出来なかった。かってでた片付けと食器洗いをしている間に、芦名さんは双子を風呂に入れる。
三人が風呂から出てきた頃、ようやく俺も片付けを終えた。だが、いざ帰ろうとした時だった。
「ほら、次は蒼大くんの番だよ」
「……えっ? 俺も!?」
芦名さんの言葉に、耳を疑う。
ブンブンと慌てて首を振って遠慮するも、双子の手によって風呂場へと押し込められてしまった。
「そうたさん! いってらっしゃい!」
「しっかりつかれよ! カタまでだかんな!」
夕飯はオカズの取り合いをしていた彼らは、こんな時ばかり仲良く声を揃えて、さっさとリビングへと戻ってしまう。
(か、か、か、帰らせてーっ!!!!)
そんな虚しい心の叫びは、誰にも届かなかった。
仕方なく諦めて、大人しくアヒルが浮かぶ賑やかな名残を残したお風呂へと浸る。
双子が残したであろう玩具達を見ていると、少し心がほぐれた。
だけどーー…………
「何してんだろ……、俺」
思わず漏れた呟きは、虚しく反響する。
乳白色の花の香りがする湯が、どうしようもなく昨夜を思い起こさせた。
『…………ごめん』
揺蕩う湯に揺られながら苦しげに告げられた謝罪が、耳の奥から離れない。
遠い意識の中で向けられたあの『ごめん』は、何の謝罪だったのだろうか?
『芦名さんといて、ごめん?』
『乱暴なセックスをして、ごめん?』
それともー……、
『恋人になれなくて、ごめん?』
頬が湿るのは、きっとお湯のせい。
視界が揺れるのも、きっと湯気のせい。
家族の形がどうであれ、この家中に幸せがつまってるのは双子の様子から明らかで。
そんな家族がいるなら、俺が恋人になれないのも当然で。
「いや、そもそも……」
俺は、彼に『好き』なんて言われてないじゃないか。
「うぬぼれるなよ……」
零れた言葉が、水面に波紋する。
初めてのキスを許したのも、
初めてのセックスに誘ったのも、
初めての告白を捧げたのも、
全部、俺。
「…………ははっ」
乾いた笑いが湯気に溶けた。
『ふふ。悠介ったら、蒼大くんの前では無理してるのね』
彼女の言葉が、頭の中に反響する。
きっと、彼の優しさを勘違いした馬鹿な自分が、すべて悪いんだ。
案内されたのは、四人掛けのダイニングテーブル。
俺の隣にどちらが座るかで揉め出す双子だったが、芦名さんの一喝で双子は仲良く二人並んで座った。結果的に俺は芦名さんの隣に座ることになってしまい、まるで生きた心地がしない。
着席したまま固まる俺の隣に、芦名さんはクスクスと笑いながら座った。
「ほら、どうぞ」
献立は、夏野菜を使った胡麻豆乳鍋。
エプロンを外した彼女は、俺の隣に座って鍋を取り分けてくれる。
本当は今すぐにでも早川さんと芦名さんの関係を聞いてみたい。そんな気持ちが芽生える一方で、彼女の薬指に嵌っている指輪がその気持ちに歯止めをかける。
「あ、ありがとうございます」
トマトやパプリカ、とうもろこしなどが入った鍋は色鮮やかで綺麗だった。
けれど、今の俺は味わえそうにない。
「いただきます……」
そっと一口食べると、ルイちゃんとヒロくんが上目遣いで「おいしい?」と尋ねてきた。俺は、意を決して口いっぱいに頬張った後、笑って答えた。
「すっごく、うまいよ!」
その返事に、双子も笑顔になる。
「よかったぁ……」
「鍋は、ママの得意料理なんだぜ!」
すると、俺達を見ていた芦名さんが言った。
「美味しいでしょ? これなら野菜嫌いさんも食べてくれるのよ」
「ルイちゃんとヒロくん、野菜嫌いなんですか?」
そう聞き返すと、彼女は首を振って笑う。
「違うわよ。悠介の話」
「…………え?」
食事の手が止まった俺に、芦名さんは不思議そうに続けた。
「料理はいつも蒼大くんが作ってるんでしょう? あの人、偏食だから困らない?」
その言葉に、固まる。
(偏食……? 早川さんが……?)
頭の中に、いつもなんでも美味しそうに食事してくれる彼の笑顔が過った。
「別に、困ったりは…………」
俺の答えに、芦名さんは何かを考えるように「ふぅん」と呟く。
「あっ。この鍋、悠介も大好きなの。あとでレシピ教えてあげようか?」
笑顔でされた提案に、胸の奥が軋む。
でも、その痛みには気づかないフリをするしかなかった。
「……いや、この鍋じゃなくても早川さん食べてくれるから」
精一杯に強がって、言い返す。
けれど、彼女は愉快そうに笑って言った。
「ふふ。悠介ったら、蒼大くんの前では無理してるのね」
もう、自分が笑えてるのかも分からなかった。
長い食事の時間が終わった。
すぐにでも出て行きたいが、ご馳走になった手前そうも出来なかった。かってでた片付けと食器洗いをしている間に、芦名さんは双子を風呂に入れる。
三人が風呂から出てきた頃、ようやく俺も片付けを終えた。だが、いざ帰ろうとした時だった。
「ほら、次は蒼大くんの番だよ」
「……えっ? 俺も!?」
芦名さんの言葉に、耳を疑う。
ブンブンと慌てて首を振って遠慮するも、双子の手によって風呂場へと押し込められてしまった。
「そうたさん! いってらっしゃい!」
「しっかりつかれよ! カタまでだかんな!」
夕飯はオカズの取り合いをしていた彼らは、こんな時ばかり仲良く声を揃えて、さっさとリビングへと戻ってしまう。
(か、か、か、帰らせてーっ!!!!)
そんな虚しい心の叫びは、誰にも届かなかった。
仕方なく諦めて、大人しくアヒルが浮かぶ賑やかな名残を残したお風呂へと浸る。
双子が残したであろう玩具達を見ていると、少し心がほぐれた。
だけどーー…………
「何してんだろ……、俺」
思わず漏れた呟きは、虚しく反響する。
乳白色の花の香りがする湯が、どうしようもなく昨夜を思い起こさせた。
『…………ごめん』
揺蕩う湯に揺られながら苦しげに告げられた謝罪が、耳の奥から離れない。
遠い意識の中で向けられたあの『ごめん』は、何の謝罪だったのだろうか?
『芦名さんといて、ごめん?』
『乱暴なセックスをして、ごめん?』
それともー……、
『恋人になれなくて、ごめん?』
頬が湿るのは、きっとお湯のせい。
視界が揺れるのも、きっと湯気のせい。
家族の形がどうであれ、この家中に幸せがつまってるのは双子の様子から明らかで。
そんな家族がいるなら、俺が恋人になれないのも当然で。
「いや、そもそも……」
俺は、彼に『好き』なんて言われてないじゃないか。
「うぬぼれるなよ……」
零れた言葉が、水面に波紋する。
初めてのキスを許したのも、
初めてのセックスに誘ったのも、
初めての告白を捧げたのも、
全部、俺。
「…………ははっ」
乾いた笑いが湯気に溶けた。
『ふふ。悠介ったら、蒼大くんの前では無理してるのね』
彼女の言葉が、頭の中に反響する。
きっと、彼の優しさを勘違いした馬鹿な自分が、すべて悪いんだ。
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