星に願いを

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マネージャーの独り言

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 軽やかに鳴り響くドアベルと共に現れたその人物を、私は静かに見つめた。

「まさか、貴方の方から連絡がくるなんて思わなかったわ」

 そう言いながら、目の前のアイスコーヒーをストローで掻き混ぜる。
 カラン……、と涼しげな音の向こうに座った人物は眉を顰め俯いていた。
「お金、受け取る気になったの?」
 わざと意地悪な投げかけをする。
 しかし、予想に反して聞こえてきたのは真っ直ぐな返事だった。

「いいえ」

 怯えも、震えもない声。
 いつかの日とは別人の様に此方を向く瞳は には、強い意志が感じられた。
「今日は、僕の覚悟を伝えにきました」
「……覚悟?」
「僕は、彼とは別れません」
 その言葉に、苛立ちが募る。
 指先で弄んでいたストローが無様に潰れた。
「本気?言ったじゃない。貴方じゃ彼を幸せにできないわよって。まだ分からないの?」
 
 許せない。許せない。許せない。
 あの瞳が見つめる先が、この子だなんて。
 だって、あんなに美しい原石を見つけて磨いたのは、この私なのにー…………

 許さない。許さない。許さない。
 彼の愛を一心に受けるのが、この子だなんて。どうして?なんて決まってる。


 私だって、彼を愛しているから。


 氷が、冷え切った音を響かせた時だった。

「僕ができることなんて少ないかも知れない。迷惑もかかるかもしれない。それでも、僕ができる限りの全てをかけて、全力で彼を幸せにしたいんです。必ず幸せにするって……、もう誓ったんです」

 机の上で握りしめた左手の薬指に、シルバーが輝く。頭を深く下げる姿は、まるであの日の彼を見ているかの様だった。


『俺が、あいつを幸せにしたいんだ』


「……なによ」
 思わず声が溢れる。
「アンタ達、似た者同士じゃない」

「え?」
 不思議そうに目を丸くする顔を見ていたら、何故か笑えてきた。
「ふっ、あはははっ!!!」
 とうとう、盛大に笑い出してしまう。
「こんなの勝てないわねぇ……」
 小さな呟きは、琥珀色の液体に溶けて消えた。ついでに涙まで出そうになったのは、大人の意地で誤魔化した。
「わかったわ、降参よ。何なのアンタ達。随分と見せつけてくれちゃってさ」
 名刺を取り出し、その裏にプライベート用の電話番号とアドレスを書き出す。
 それを、未だにポカンとしている馬鹿な子に押し付けた。
「これ、私の番号とアドレス。ほら、登録してアンタのも教えなさいよ」
 わざと急かしたのは最後の意地悪。
 慌ててスマホを取り出す姿は、小動物みたいで憎いほど愛らしい。
 互いに交換が済んだのを確認した後、私は伝票を掴みさっさと席を立った。
「何か困ったことがあったら連絡しなさい。私も緊急の時は君にも連絡入れるから」
 早口で捲し立てる言葉に必死で頷く彼を見下ろす。それからー……


「この前はごめんなさい。アンタ達は、気持ち悪くなんてないわ。暑苦しいだけよ」


 そう告げた瞬間、息を呑む音がした。
 そして、目の前に大輪の花が咲く。


「ありがとうございます」


 きっと、私はその笑顔を忘れない。




 店の外へと飛び出せば、真夏の太陽が容赦なく降り注ぐ。入り口に置かれた梟の置物のつぶらな瞳に囁いた。


「せいぜい幸せになりなさいよね」


 そういえば、と。
 不意に、今年の七夕はまだ願い事してないことに気がついた。
「だったらこの願い事を叶えてもらおうかしら?なんてねぇ……」

 頼んだわよ。お星様。
 青空の下で、まだ見えない星に大きく手を振った。


~END~ 


*******

↓↓↓オマケ↓↓↓

「そういえば、前に駅前でスカウトした二人からは連絡来ないわねぇ。ちっ」

 惜しいことをした……と一人呟く。

『この人用事あるから!ごめんね!!そこ腕引っ張らないで下さいっ!!!』

 ナンパ目的の女性達に囲まれる美丈夫と、とにかく吠えまくっていたあの忠犬。
「番犬の如く全力で守り切っていた英雄くんは元気かしら?」
 随分と歳も背も離れた不思議な組み合わせの二人の姿は、思い出すだけで何だか笑える。
 でも変な勧誘と間違えられていたみたいだし、きっと連絡は来ないだろう。

「また見かけたら次こそはスカウトするわよ!失恋してる場合じゃないわ!」

 そう、決意を胸に宣言する。

 あ。でもお星様?
 いい人がいたら私にも紹介しなさい!

*******
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みんなの感想(1件)

2022.07.08 ユーザー名の登録がありません

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一色
2022.07.08 一色

☆ソウル様へ☆
ご感想まで頂けてとても嬉しいです。
お読み下さりありがとうございました!

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