大嫌いなアルファと結婚しまして

リミル

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【1章】好きなんかじゃない

縁談1

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優生がヒートを起こし、項を噛んだとき、基城は完全にオメガに転化していなかったのだろう、と医師は推測していた。アルファに噛まれれば、オメガの項の噛み跡……いわゆる番の印は生涯消えることがない。しかし、基城につけられた噛み跡は、一週間経って徐々に薄くなってきているという。

アルファを誘うオメガのみが分泌するフェロモンは、番が成立するとほとんど観測されなくなる。基城の場合はまだフェロモン数値が高いらしく、抑制剤を欠かさず服用するよう言われている。

「もし……もし! 優生と結婚することになったら、俺が婿入りすることになるけどいいの? 男は俺だけなんだし……」
「いいわよー。心配しないで行っておいで。というか、お姉ちゃん達は全員お婿さんを迎えたんだから、神崎家は安泰よ」

──ダメだ……。もう完全に俺を送り出す空気になってる……!

「姉ちゃん達はいいのかよっ?」

喧嘩はしょっちゅうしてきたが、薄情な姉達ではない。基城は一縷の望みをかけて、姉達にも同じ質問をした。

「私は別に賛成よ。あんたが婿で優生くんがちょっとかわいそうと思うけど」
「私も同感。でも、優生くんと家族になるってことは、これから顔を合わせる機会も増えるのよねー」

長女の瞳[ヒトミ]と次女の文香は言い合って、意気投合する。基城が神崎家から抜けるよりも、優生が義弟になることのほうが嬉しいようだった。

──やっぱり薄情なやつらだ……!

「そういえば、美奈みな姉ちゃんは」
「今日は産科で検診だって言ってたでしょ。あ、美奈から!」

瞳がスマホを確認したタイミングで、ちょうどメッセージが来たようだ。姉達の結束が固く互いに気が合うのは、三つ子特有のものなのかもしれない。末っ子の基城には一生分からない感覚だが。

「美奈のお腹の中の赤ちゃん、男の子らしいわ! 基城がお婿にいっても大丈夫ね」

──タイミング……!

長女と次女の子は去年産まれており、基城にとっての姪だった。家族はすっかりお祝いムードだが、自分のことでいっぱいで、基城は心からおめでとうと言える心境ではなかった。


……────。


つけたばかりの首のチョーカーは、まだ皮が硬く馴染んでいない。礼服に身を包んだ父母と姉達は、エレベーターの中で呑気に世間話をしている。基城は苛立ちを放り投げるように、離れていく地上に視線をやった。ガラス張りの箱が上昇する度に、基城の心拍数もまたぐんと上がる。夜景を展望できる間では、すでに一人の和装の女性と、その息子──優生が席についていた。

「この度はご愁傷さまでした」

優生の母親である絢弓あやみが、基城の母に頭を下げる。

──ご愁傷さま……って、俺は故人じゃねぇし。

絢弓とは親同士の付き合いや優生の家へ遊びに行ったときに、顔を合わせたことがある。基城の母親とは正反対のタイプで、荘厳な雰囲気の人だった。初対面の頃から印象は変わっていない。棘を含んだ言い方に、隣の優生は申し訳なさそうな表情を、基城達へ向けた。

基城の母──砂羽さわは嫌味にも特に動じず、逆に優生のことを気遣う。

「いえいえ。こちらこそごめんなさいねぇ。優生くんは大丈夫? 体調は」
「え……ああ、はい。大丈夫です。すみません、俺、基城に……」

その先のことを口には出さず、優生は雨に濡れた子犬のような目で、基城のほうを見た。この目が嫌いだった。言い合って擦れ違うと、許しを請うような、縋る目で見つめてくる。睨まれたり敵意を向けられるほうがまだ納得できるのだが。

──調子狂うんだよ、そんな顔されると。

互いの家同士顔を突き合わせ、運ばれてくる料理を黙々と食べる。メインを食べ進めた頃、絢弓は重々しく口を開いた。

「番の成立はなかったとお聞きしています。ですが、慰謝料として相応の額をお支払い致します」
「もう、あやちゃん。同級生のよしみなんだからそんなに畏まらなくたって。アルファがオメガに転化する症例は、先生も実際目にしたのは初めてだって仰っていたし。それほど珍しいことなんだわ。運命みたいねー」

うふふ、と砂羽は笑う。社交的な砂羽に、絢弓は言葉を詰まらせている。

「それでね、もし優生くんがよかったら、基城と結婚しない?」
「……それは、うちの優生に責任を取らせるとおつもりで?」

──何か俺、お義母さんに嫌われてる……?

絢弓は基城のほうに一切視線を寄せず、二人の結婚話だというのに、母親同士が話すばかりだ。久世の嫡子は優生一人しかおらず、分家の年が近い者は皆アルファではないと、優生から何かの折に聞いたことがある。
対して神崎家はアルファの四人姉弟だ。……末弟の基城は最近オメガになったのだけれど。

くわえて姉三人が全員婿養子をとったことを考えれば、絢弓が警戒するのも分かる。
久世は家具インテリアのみに特化した企業で、神崎のように手広く事業を展開していない。規模が大きい分、当然ながら業績も久世とは比類にならないくらい群を抜いている。

久世家からすれば、たとえ基城のほうがオメガでも、アルファの優生を婿養子として貰い受けるのだと解釈するだろう。

──というか、あっちは初耳みたいな反応だけど、全然話してなかったのか……!

母の突拍子もない行動は、年を重ねても直ることがない。
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