4 / 36
【1章】好きなんかじゃない
縁談1
しおりを挟む
優生がヒートを起こし、項を噛んだとき、基城は完全にオメガに転化していなかったのだろう、と医師は推測していた。アルファに噛まれれば、オメガの項の噛み跡……いわゆる番の印は生涯消えることがない。しかし、基城につけられた噛み跡は、一週間経って徐々に薄くなってきているという。
アルファを誘うオメガのみが分泌するフェロモンは、番が成立するとほとんど観測されなくなる。基城の場合はまだフェロモン数値が高いらしく、抑制剤を欠かさず服用するよう言われている。
「もし……もし! 優生と結婚することになったら、俺が婿入りすることになるけどいいの? 男は俺だけなんだし……」
「いいわよー。心配しないで行っておいで。というか、お姉ちゃん達は全員お婿さんを迎えたんだから、神崎家は安泰よ」
──ダメだ……。もう完全に俺を送り出す空気になってる……!
「姉ちゃん達はいいのかよっ?」
喧嘩はしょっちゅうしてきたが、薄情な姉達ではない。基城は一縷の望みをかけて、姉達にも同じ質問をした。
「私は別に賛成よ。あんたが婿で優生くんがちょっとかわいそうと思うけど」
「私も同感。でも、優生くんと家族になるってことは、これから顔を合わせる機会も増えるのよねー」
長女の瞳[ヒトミ]と次女の文香は言い合って、意気投合する。基城が神崎家から抜けるよりも、優生が義弟になることのほうが嬉しいようだった。
──やっぱり薄情なやつらだ……!
「そういえば、美奈姉ちゃんは」
「今日は産科で検診だって言ってたでしょ。あ、美奈から!」
瞳がスマホを確認したタイミングで、ちょうどメッセージが来たようだ。姉達の結束が固く互いに気が合うのは、三つ子特有のものなのかもしれない。末っ子の基城には一生分からない感覚だが。
「美奈のお腹の中の赤ちゃん、男の子らしいわ! 基城がお婿にいっても大丈夫ね」
──タイミング……!
長女と次女の子は去年産まれており、基城にとっての姪だった。家族はすっかりお祝いムードだが、自分のことでいっぱいで、基城は心からおめでとうと言える心境ではなかった。
……────。
つけたばかりの首のチョーカーは、まだ皮が硬く馴染んでいない。礼服に身を包んだ父母と姉達は、エレベーターの中で呑気に世間話をしている。基城は苛立ちを放り投げるように、離れていく地上に視線をやった。ガラス張りの箱が上昇する度に、基城の心拍数もまたぐんと上がる。夜景を展望できる間では、すでに一人の和装の女性と、その息子──優生が席についていた。
「この度はご愁傷さまでした」
優生の母親である絢弓が、基城の母に頭を下げる。
──ご愁傷さま……って、俺は故人じゃねぇし。
絢弓とは親同士の付き合いや優生の家へ遊びに行ったときに、顔を合わせたことがある。基城の母親とは正反対のタイプで、荘厳な雰囲気の人だった。初対面の頃から印象は変わっていない。棘を含んだ言い方に、隣の優生は申し訳なさそうな表情を、基城達へ向けた。
基城の母──砂羽は嫌味にも特に動じず、逆に優生のことを気遣う。
「いえいえ。こちらこそごめんなさいねぇ。優生くんは大丈夫? 体調は」
「え……ああ、はい。大丈夫です。すみません、俺、基城に……」
その先のことを口には出さず、優生は雨に濡れた子犬のような目で、基城のほうを見た。この目が嫌いだった。言い合って擦れ違うと、許しを請うような、縋る目で見つめてくる。睨まれたり敵意を向けられるほうがまだ納得できるのだが。
──調子狂うんだよ、そんな顔されると。
互いの家同士顔を突き合わせ、運ばれてくる料理を黙々と食べる。メインを食べ進めた頃、絢弓は重々しく口を開いた。
「番の成立はなかったとお聞きしています。ですが、慰謝料として相応の額をお支払い致します」
「もう、あやちゃん。同級生のよしみなんだからそんなに畏まらなくたって。アルファがオメガに転化する症例は、先生も実際目にしたのは初めてだって仰っていたし。それほど珍しいことなんだわ。運命みたいねー」
うふふ、と砂羽は笑う。社交的な砂羽に、絢弓は言葉を詰まらせている。
「それでね、もし優生くんがよかったら、基城と結婚しない?」
「……それは、うちの優生に責任を取らせるとおつもりで?」
──何か俺、お義母さんに嫌われてる……?
絢弓は基城のほうに一切視線を寄せず、二人の結婚話だというのに、母親同士が話すばかりだ。久世の嫡子は優生一人しかおらず、分家の年が近い者は皆アルファではないと、優生から何かの折に聞いたことがある。
対して神崎家はアルファの四人姉弟だ。……末弟の基城は最近オメガになったのだけれど。
くわえて姉三人が全員婿養子をとったことを考えれば、絢弓が警戒するのも分かる。
久世は家具インテリアのみに特化した企業で、神崎のように手広く事業を展開していない。規模が大きい分、当然ながら業績も久世とは比類にならないくらい群を抜いている。
久世家からすれば、たとえ基城のほうがオメガでも、アルファの優生を婿養子として貰い受けるのだと解釈するだろう。
──というか、あっちは初耳みたいな反応だけど、全然話してなかったのか……!
母の突拍子もない行動は、年を重ねても直ることがない。
アルファを誘うオメガのみが分泌するフェロモンは、番が成立するとほとんど観測されなくなる。基城の場合はまだフェロモン数値が高いらしく、抑制剤を欠かさず服用するよう言われている。
「もし……もし! 優生と結婚することになったら、俺が婿入りすることになるけどいいの? 男は俺だけなんだし……」
「いいわよー。心配しないで行っておいで。というか、お姉ちゃん達は全員お婿さんを迎えたんだから、神崎家は安泰よ」
──ダメだ……。もう完全に俺を送り出す空気になってる……!
「姉ちゃん達はいいのかよっ?」
喧嘩はしょっちゅうしてきたが、薄情な姉達ではない。基城は一縷の望みをかけて、姉達にも同じ質問をした。
「私は別に賛成よ。あんたが婿で優生くんがちょっとかわいそうと思うけど」
「私も同感。でも、優生くんと家族になるってことは、これから顔を合わせる機会も増えるのよねー」
長女の瞳[ヒトミ]と次女の文香は言い合って、意気投合する。基城が神崎家から抜けるよりも、優生が義弟になることのほうが嬉しいようだった。
──やっぱり薄情なやつらだ……!
「そういえば、美奈姉ちゃんは」
「今日は産科で検診だって言ってたでしょ。あ、美奈から!」
瞳がスマホを確認したタイミングで、ちょうどメッセージが来たようだ。姉達の結束が固く互いに気が合うのは、三つ子特有のものなのかもしれない。末っ子の基城には一生分からない感覚だが。
「美奈のお腹の中の赤ちゃん、男の子らしいわ! 基城がお婿にいっても大丈夫ね」
──タイミング……!
長女と次女の子は去年産まれており、基城にとっての姪だった。家族はすっかりお祝いムードだが、自分のことでいっぱいで、基城は心からおめでとうと言える心境ではなかった。
……────。
つけたばかりの首のチョーカーは、まだ皮が硬く馴染んでいない。礼服に身を包んだ父母と姉達は、エレベーターの中で呑気に世間話をしている。基城は苛立ちを放り投げるように、離れていく地上に視線をやった。ガラス張りの箱が上昇する度に、基城の心拍数もまたぐんと上がる。夜景を展望できる間では、すでに一人の和装の女性と、その息子──優生が席についていた。
「この度はご愁傷さまでした」
優生の母親である絢弓が、基城の母に頭を下げる。
──ご愁傷さま……って、俺は故人じゃねぇし。
絢弓とは親同士の付き合いや優生の家へ遊びに行ったときに、顔を合わせたことがある。基城の母親とは正反対のタイプで、荘厳な雰囲気の人だった。初対面の頃から印象は変わっていない。棘を含んだ言い方に、隣の優生は申し訳なさそうな表情を、基城達へ向けた。
基城の母──砂羽は嫌味にも特に動じず、逆に優生のことを気遣う。
「いえいえ。こちらこそごめんなさいねぇ。優生くんは大丈夫? 体調は」
「え……ああ、はい。大丈夫です。すみません、俺、基城に……」
その先のことを口には出さず、優生は雨に濡れた子犬のような目で、基城のほうを見た。この目が嫌いだった。言い合って擦れ違うと、許しを請うような、縋る目で見つめてくる。睨まれたり敵意を向けられるほうがまだ納得できるのだが。
──調子狂うんだよ、そんな顔されると。
互いの家同士顔を突き合わせ、運ばれてくる料理を黙々と食べる。メインを食べ進めた頃、絢弓は重々しく口を開いた。
「番の成立はなかったとお聞きしています。ですが、慰謝料として相応の額をお支払い致します」
「もう、あやちゃん。同級生のよしみなんだからそんなに畏まらなくたって。アルファがオメガに転化する症例は、先生も実際目にしたのは初めてだって仰っていたし。それほど珍しいことなんだわ。運命みたいねー」
うふふ、と砂羽は笑う。社交的な砂羽に、絢弓は言葉を詰まらせている。
「それでね、もし優生くんがよかったら、基城と結婚しない?」
「……それは、うちの優生に責任を取らせるとおつもりで?」
──何か俺、お義母さんに嫌われてる……?
絢弓は基城のほうに一切視線を寄せず、二人の結婚話だというのに、母親同士が話すばかりだ。久世の嫡子は優生一人しかおらず、分家の年が近い者は皆アルファではないと、優生から何かの折に聞いたことがある。
対して神崎家はアルファの四人姉弟だ。……末弟の基城は最近オメガになったのだけれど。
くわえて姉三人が全員婿養子をとったことを考えれば、絢弓が警戒するのも分かる。
久世は家具インテリアのみに特化した企業で、神崎のように手広く事業を展開していない。規模が大きい分、当然ながら業績も久世とは比類にならないくらい群を抜いている。
久世家からすれば、たとえ基城のほうがオメガでも、アルファの優生を婿養子として貰い受けるのだと解釈するだろう。
──というか、あっちは初耳みたいな反応だけど、全然話してなかったのか……!
母の突拍子もない行動は、年を重ねても直ることがない。
79
あなたにおすすめの小説
転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる
さち喜
BL
優等生・聖利(ひじり)と校則破りの常習犯・來(らい)は、ともに優秀なアルファ。
ライバルとして競い合ってきたふたりは、高等部寮でルームメイトに。
來を意識してしまう聖利は、あるとき自分の身体に妙な変化を感じる。
すると、來が獣のように押し倒してきて……。
「その顔、煽ってんだろ? 俺を」
アルファからオメガに転化してしまった聖利と、過保護に執着する來の焦れ恋物語。
※性描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
※2021年に他サイトで連載した作品です。ラストに番外編を加筆予定です。
☆登場人物☆
楠見野聖利(くすみのひじり)
高校一年、175センチ、黒髪の美少年アルファ。
中等部から学年トップの秀才。
來に好意があるが、叶わぬ気持ちだと諦めている。
ある日、バース性が転化しアルファからオメガになってしまう。
海瀬來(かいせらい)
高校一年、185センチ、端正な顔立ちのアルファ。
聖利のライバルで、身体能力は聖利より上。
海瀬グループの御曹司。さらに成績優秀なため、多少素行が悪くても教師も生徒も手出しできない。
聖利のオメガ転化を前にして自身を抑えきれず……。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
俺は完璧な君の唯一の欠点
一寸光陰
BL
進藤海斗は完璧だ。端正な顔立ち、優秀な頭脳、抜群の運動神経。皆から好かれ、敬わられている彼は性格も真っ直ぐだ。
そんな彼にも、唯一の欠点がある。
それは、平凡な俺に依存している事。
平凡な受けがスパダリ攻めに囲われて逃げられなくなっちゃうお話です。
ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果
SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。
そこで雪政がひらめいたのは
「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」
アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈
ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ!
※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
溺愛アルファは運命の恋を離さない
リミル
BL
運命を受け入れたスパダリα(30)×運命の恋に拾われたΩ(27)
──愛してる。俺だけの運命。
婚約者に捨てられたオメガの千歳は、オメガ嫌いであるアルファのレグルシュの元で、一時期居候の身となる。そこでレグルシュの甥である、ユキのシッターとして働いていた。
ユキとの別れ、そして、レグルシュと運命の恋で結ばれ、千歳は子供を身籠った。
新しい家族の誕生。初めての育児に、甘い新婚生活。さらには、二人の仲にヤキモチを焼いたユキに──!?
※こちらは「愛人オメガは運命の恋に拾われる」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/590151775/674683785)の続編になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる