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【2話】仮の新婚生活
頼れるアルファ2
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──そういや、寝るときに誰かがいるって新鮮だな。
家ではいつも一人だし、実家には暇を潰せる娯楽はあるが、それでも飽きてしまう。気が許せる相手がいるというのは、何だか安心できる。
「基城、寝てる? リビングで作業したほうがいい?」
「ん、いいよ。ここで」
声をかけられて、半分寝ていたことに気が付く。ふにゃふにゃとした返事に、くすっと笑うのが聞こえたが、反論できないほど微睡んでいた。
「おやすみ」と最後に言われ、基城も反射で同じように返した。
……────。
──何か……すげー寝心地よかった。
蒸し暑い熱帯夜だったと、テレビでアナウンサー達が口々に言い合っている。夏におすすめのひんやりグッズが紹介されていて、いいなー、という声が漏れていた。
基城が起床したときには優生はおらず、すでに洗濯や炊事をしているところだった。
「おはよ」
「……はよ」
いつもより少し早く起きたので、汗を流すためにシャワーを浴びに行く。重怠かった頭をすっきりさせ、汗を吸った寝巻きをまた着るのも億劫で、下着だけ履いてリビングを通り過ぎようとした。が、美味しそうな匂いと音に、基城は立ち止まる。
「お、うまそー。何つくってんの?」
「オムレツ……って、基城」
低い声で名前を呼ばれて、びくりと肩が揺れる。
「何で裸なの」
「は、裸っ? 上だけだろ。今から着替えに行くところだった! 何か美味しそうなのつくってるのが悪い!」
そう吐き捨て、基城は早足で自室へ戻る。エアコンの壊れた部屋は相変わらず蒸し暑くて、顔が歪む。あちー、という小言は止まらず、適当なシャツを引っ張り出してきた。
「優生! ほら、着てきたぞ」
「はいはい、えらいえらい」
幼児に対する褒め方にむっとしたが、テーブルに並べられた朝食を見ると、それも吹き飛んだ。食べながら、基城はスマホで時刻を確認する。今日の最初の講義は二限からなので、まだ涼しい家でゆっくりできる。
「結構食べるね。多めにつくってよかった」
「夏だから余計に食べとかないとな」
「普通食欲落ちない?」
「俺のところは弱ってるときこそ食え、っていう家訓だからな」
優生のプレートは食パン一枚と基城よりも一回り小さいオムレツと、サラダがのせられているのみだった。当然、優生のほうが早く食べ終えると、鞄を肩に掛ける。
「え、もう出んの」
「俺は一限からだし」
「うへぇ。お疲れさまー」
外はちょうど日が強く照り出した頃だ。基城はアイスコーヒーを飲みながら、手のひらを振る。
優生が出て行った後、部屋の中は途端に静かになる。基城はエアコンが故障した件を、姉達に相談することにした。まずは長女の瞳からだ。
三つ子なので父母はどれが誰か覚えられない、とのことで、瞳、文香、美奈はそれぞれ頭文字に「ひふみ」を採用している。
仕事人間でルーズを許さない長女は、ワンコールで基城の着信に出た。途端にスピーカーの向こうから「ぎゃあああぁ」という断末魔のような叫び声が響き、基城は飛び上がるようにしてスマホから耳を離した。
『何の用っ? こんな忙しいときに!』
「姉ちゃんっ? 大丈夫か……」
『全然大丈夫じゃないわよ! あぁー……もう、お皿は投げない!』
ものすごい迫力で叱る声に、当事者でない基城でさえも驚いて目を瞑ってしまう。姉がもし女優なら怒りの演技だけは、本業の芸能人にも引けを取らないのでは、と密かに思う。姉には三歳と一歳の子供がいる。後ろで姉の旦那が二人の喧嘩を仲裁する声が聞こえた。
「大変だな……前に会ったときは大人しかったのに」
『そうよー。人前では猫被って……基城みたいね。隔世遺伝かしら?』
それは姉の遺伝だろ、という正論は吐けない。基城は「あーはいはい」と無難な回答をした。
『ってそんな話してる場合じゃない。用件は何?』
「エアコンが壊れたんだよ」
『入居してすぐ壊れるわけないじゃない。あんたがガチャガチャして壊したんでしょ』
「だから違うって! それ優生にも同じこと言われた!」
姉の子供の声量に負けないくらい、基城も声を大きくして訴えた。寒い時期ならまだしも、夏場でエアコンなしは耐えられない。
『どこの部屋?』
「俺の部屋」
『我慢したら?』
「……それ、優生だったら絶対言わなかっただろ」
姉のほうも時間に余裕がないのか、それ以上冗談を交える気はないようだ。
『管理会社には連絡した? っていうか、うちのマンションだけど。今の時期はかなり混んでるかもね』
「えー……何とかならねぇの?」
『ならないわよ』
向こうで姉の悲鳴が聞こえる。その後で部屋中を走り回る足音と、怒号が飛んできた。子供二人は悲鳴のような声を上げたり、泣き叫んだりと奔放だ。
しばらくして瞳が戻ってきて、基城に「朝早くからかけてくるな。常識よ」とぴしゃりと締めくくった。
「姉ちゃん大変だな……」
『そう。大変よ。あんたも子供産んだらそのうち分かる』
「いや、俺男だし……」
と言いかけて、自分はオメガ性に転化したのだと思い起こす。姉もそれを踏まえて発言したようだ。
全員がアルファである三つ子の姉達は、基城がオメガになってからも扱いや接し方は変わらない。照れくさくて言葉にはしていないが、基城にとってはそれがありがたかった。
家ではいつも一人だし、実家には暇を潰せる娯楽はあるが、それでも飽きてしまう。気が許せる相手がいるというのは、何だか安心できる。
「基城、寝てる? リビングで作業したほうがいい?」
「ん、いいよ。ここで」
声をかけられて、半分寝ていたことに気が付く。ふにゃふにゃとした返事に、くすっと笑うのが聞こえたが、反論できないほど微睡んでいた。
「おやすみ」と最後に言われ、基城も反射で同じように返した。
……────。
──何か……すげー寝心地よかった。
蒸し暑い熱帯夜だったと、テレビでアナウンサー達が口々に言い合っている。夏におすすめのひんやりグッズが紹介されていて、いいなー、という声が漏れていた。
基城が起床したときには優生はおらず、すでに洗濯や炊事をしているところだった。
「おはよ」
「……はよ」
いつもより少し早く起きたので、汗を流すためにシャワーを浴びに行く。重怠かった頭をすっきりさせ、汗を吸った寝巻きをまた着るのも億劫で、下着だけ履いてリビングを通り過ぎようとした。が、美味しそうな匂いと音に、基城は立ち止まる。
「お、うまそー。何つくってんの?」
「オムレツ……って、基城」
低い声で名前を呼ばれて、びくりと肩が揺れる。
「何で裸なの」
「は、裸っ? 上だけだろ。今から着替えに行くところだった! 何か美味しそうなのつくってるのが悪い!」
そう吐き捨て、基城は早足で自室へ戻る。エアコンの壊れた部屋は相変わらず蒸し暑くて、顔が歪む。あちー、という小言は止まらず、適当なシャツを引っ張り出してきた。
「優生! ほら、着てきたぞ」
「はいはい、えらいえらい」
幼児に対する褒め方にむっとしたが、テーブルに並べられた朝食を見ると、それも吹き飛んだ。食べながら、基城はスマホで時刻を確認する。今日の最初の講義は二限からなので、まだ涼しい家でゆっくりできる。
「結構食べるね。多めにつくってよかった」
「夏だから余計に食べとかないとな」
「普通食欲落ちない?」
「俺のところは弱ってるときこそ食え、っていう家訓だからな」
優生のプレートは食パン一枚と基城よりも一回り小さいオムレツと、サラダがのせられているのみだった。当然、優生のほうが早く食べ終えると、鞄を肩に掛ける。
「え、もう出んの」
「俺は一限からだし」
「うへぇ。お疲れさまー」
外はちょうど日が強く照り出した頃だ。基城はアイスコーヒーを飲みながら、手のひらを振る。
優生が出て行った後、部屋の中は途端に静かになる。基城はエアコンが故障した件を、姉達に相談することにした。まずは長女の瞳からだ。
三つ子なので父母はどれが誰か覚えられない、とのことで、瞳、文香、美奈はそれぞれ頭文字に「ひふみ」を採用している。
仕事人間でルーズを許さない長女は、ワンコールで基城の着信に出た。途端にスピーカーの向こうから「ぎゃあああぁ」という断末魔のような叫び声が響き、基城は飛び上がるようにしてスマホから耳を離した。
『何の用っ? こんな忙しいときに!』
「姉ちゃんっ? 大丈夫か……」
『全然大丈夫じゃないわよ! あぁー……もう、お皿は投げない!』
ものすごい迫力で叱る声に、当事者でない基城でさえも驚いて目を瞑ってしまう。姉がもし女優なら怒りの演技だけは、本業の芸能人にも引けを取らないのでは、と密かに思う。姉には三歳と一歳の子供がいる。後ろで姉の旦那が二人の喧嘩を仲裁する声が聞こえた。
「大変だな……前に会ったときは大人しかったのに」
『そうよー。人前では猫被って……基城みたいね。隔世遺伝かしら?』
それは姉の遺伝だろ、という正論は吐けない。基城は「あーはいはい」と無難な回答をした。
『ってそんな話してる場合じゃない。用件は何?』
「エアコンが壊れたんだよ」
『入居してすぐ壊れるわけないじゃない。あんたがガチャガチャして壊したんでしょ』
「だから違うって! それ優生にも同じこと言われた!」
姉の子供の声量に負けないくらい、基城も声を大きくして訴えた。寒い時期ならまだしも、夏場でエアコンなしは耐えられない。
『どこの部屋?』
「俺の部屋」
『我慢したら?』
「……それ、優生だったら絶対言わなかっただろ」
姉のほうも時間に余裕がないのか、それ以上冗談を交える気はないようだ。
『管理会社には連絡した? っていうか、うちのマンションだけど。今の時期はかなり混んでるかもね』
「えー……何とかならねぇの?」
『ならないわよ』
向こうで姉の悲鳴が聞こえる。その後で部屋中を走り回る足音と、怒号が飛んできた。子供二人は悲鳴のような声を上げたり、泣き叫んだりと奔放だ。
しばらくして瞳が戻ってきて、基城に「朝早くからかけてくるな。常識よ」とぴしゃりと締めくくった。
「姉ちゃん大変だな……」
『そう。大変よ。あんたも子供産んだらそのうち分かる』
「いや、俺男だし……」
と言いかけて、自分はオメガ性に転化したのだと思い起こす。姉もそれを踏まえて発言したようだ。
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