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【7話】恋と呼ぶまで
結婚報告1
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「ありがとーございます」
学生課から手渡された茶封筒を受け取り、基城は雑踏を抜ける。新年を迎え、新学期がやってきた構内は、常にサークル勧誘の声で溢れている。基城達は無事三年へ進級し、今日は説明会に出席していた。
カリキュラム、それに夏からはインターンが始まる。やる気に満ちあふれている学生、だるいと駄弁る学生の中、基城は複雑な気持ちを抱えていた。
もう、同じように普通の学生ではないから。
「ごめん。待たせた」
手を振って基城の名前を呼ぶ有坂。円形のテーブルの両隣には、優生と四宮がいる。優生が四宮のボディーガードを辞退してからすぐに、事情を知った有坂が代わりに務めることになったらしい。
天使のように可愛らしい四宮と、人相があまりよいとは言えない有坂が並ぶと、かなりアンバランスだ。
「落単の説得に行ってた? 教授に」
有坂は抱えているものを見て、くくっと笑う。どうやら茶封筒の中身は課題の束だと思っているらしかった。
授業によっては、課題を提出すれば温情で単位を取らせてくれることがある。合否を覆すのは学生課に怒られるので、暗黙の了解だ。
「そんなんしねーよ」
「基城の勉強は俺が見たから」
優生にまるで母親みたいに庇われ、それはそれで複雑な気分になる。
「じゃあ、それ何? 留学すんの?」
「まー……ちょっと。説明するから聞いてろって」
基城は咳払いをする。優生と視線を合わせ、基城のほうから切り出した。
「俺達、付き合うことになって……」
「もう知ってる」
「だから聞けって」
公開告白の件は瞬く間に広がり、基城は優生と付き合っている、もしくは振られたと、好きなように噂されている。基城がオメガだという事実は、あまり広がっていないのが救いだった。オメガに特徴的な儚げで華奢なイメージとは程遠いし、人伝になる過程で消えたのだろう。
「おめでとうって言いたいんだけど、僕が久世くんに振られたみたいに、皆に認識されてる」
「あー……それは本当にごめん」
「ま、いいけどね」
四宮は意外にもあっけらかんとしていた。基城はほっと胸を撫で下ろす。
「いつからオメガだった?」
「最近。半年前くらいにアルファからオメガになったって言われた。だから、騙してたとかじゃないからな。珍しい事例だって医者も言ってたし」
「へぇ。そんなことあるんだな。よかったなぁ、優生」
にやりと口角を上げた有坂が、優生のほうを見た。優生はからかいに対して、不愉快そうに目を細めた。
「で、番になったし卒業したら結婚するつもりで」
「ちょ、ちょっと……待て! もう一回説明を……」
「はぁ? 一回で聞いとけよな。番になったから、結婚するって言ったんだよ」
一人だけの、控えめな拍手が響いた。有坂は遠い目をして基城の言葉を繰り返している。番……結婚と。
「そりゃ、俺達の中で結婚するのは基城が結婚するの一番早いかなーとは思ってたけど! うわぁ……マジかぁ……あの子供だった基城が」
「成人してる!」
基城は吠えるように言い返した。
「なら、その書類は何なんだ? 市役所じゃないし、苗字変更は学校でできないぞー」
「そんなん分かってる。これは……休学申請の書類」
三人ともどういうことだ、と言いたげな顔をしている。休学の話は優生にも話していないので、心配そうな表情で見つめ返された。
「俺、妊娠したみたいで。まだ実感わかないけど。全然、気とか遣わなくていいから。これからもよろしくな」
基城は曖昧に締めくくった。まだ両親や姉達に報告していないため、どう伝えていいのか分からなかったからだ。バース科のかかりつけ医に、年明けくらいには優生の子供を授かっていることを告げられた。ただ、流産の懸念もあるため、基城は口止めされていたのだ。
もちろん、番である優生にも報告するのは初めてだった。
「……どうした? お前ら……」
三者三様に固まる姿を見て、基城はそれぞれの顔の前で手を振る。まるで魔法で石に変えられてしまったみたいに、三人は瞬きすらしない。
「優生……咄嗟に叫ばなかった俺を褒めてくれ……」
と、有坂が言うも、優優生には聞こえていないのか、無反応だった。隣にいる四宮は、尋ねられてもないのにうんうんと首を縦に振っている。
「基城。今日だけは優生に味方するぞ」
「はっ?」
いつも基城のほうについていた有坂に裏切られ、基城はショックだった。じゃあ、四宮は……と合わせようとした視線は、優生に吸い寄られる。
「な……何なんだよ、お前ら……! 薄情過ぎないか。俺、おめでとうの一言くらいほしかったのに」
「おめでとう」
「おめでとう」
「義務感しか感じねぇ!」
学生の身分でこうなってしまったことは親には申し訳なく思う。それに、一緒に揃って卒業できないということにも、少しだけ悲観した。けれど、優生の子供を身籠り、お腹の中で育てていくことには代えられない。
「優生はめでたくねぇの?」
「うん……おめでたいけど。ちょっと……びっくりしたほうが大きくて。あと……俺が一番先に聞きたかった、かも」
「えっ、何?」
声量が小さすぎて全てを聞き取ることはできなかった。おめでたい、けど──とは何だ。
「皆して何なんだよ。そりゃ、まだ自立してねぇし、未熟かもしれないけど……けどなぁ、優生の子供でもあるんだぞ。二人では難しいかもしれないけど、家族の力も借りるし……」
「ああ、うん……そうじゃなくてな」
有坂の困った顔を拝めるのは珍しい。有坂は発言は緩いが、リアリスト寄りな思考なので、基城の曖昧さが引っかかるのかもしれない。
「旦那様と二人きりのときに、真っ先に報告してやれよってこと」
「……何で? 皆集まったときに言うほうがいいだろ?」
「ずれてる」
と、有坂は溜め息をついた。四宮もうんうんと頷いて、有坂の意見に同意している。
「なんなんだ……意味分かんねー」
ここには基城の味方は一人もいない。基城はぼやきながら、遅れて昼食をとった。
学生課から手渡された茶封筒を受け取り、基城は雑踏を抜ける。新年を迎え、新学期がやってきた構内は、常にサークル勧誘の声で溢れている。基城達は無事三年へ進級し、今日は説明会に出席していた。
カリキュラム、それに夏からはインターンが始まる。やる気に満ちあふれている学生、だるいと駄弁る学生の中、基城は複雑な気持ちを抱えていた。
もう、同じように普通の学生ではないから。
「ごめん。待たせた」
手を振って基城の名前を呼ぶ有坂。円形のテーブルの両隣には、優生と四宮がいる。優生が四宮のボディーガードを辞退してからすぐに、事情を知った有坂が代わりに務めることになったらしい。
天使のように可愛らしい四宮と、人相があまりよいとは言えない有坂が並ぶと、かなりアンバランスだ。
「落単の説得に行ってた? 教授に」
有坂は抱えているものを見て、くくっと笑う。どうやら茶封筒の中身は課題の束だと思っているらしかった。
授業によっては、課題を提出すれば温情で単位を取らせてくれることがある。合否を覆すのは学生課に怒られるので、暗黙の了解だ。
「そんなんしねーよ」
「基城の勉強は俺が見たから」
優生にまるで母親みたいに庇われ、それはそれで複雑な気分になる。
「じゃあ、それ何? 留学すんの?」
「まー……ちょっと。説明するから聞いてろって」
基城は咳払いをする。優生と視線を合わせ、基城のほうから切り出した。
「俺達、付き合うことになって……」
「もう知ってる」
「だから聞けって」
公開告白の件は瞬く間に広がり、基城は優生と付き合っている、もしくは振られたと、好きなように噂されている。基城がオメガだという事実は、あまり広がっていないのが救いだった。オメガに特徴的な儚げで華奢なイメージとは程遠いし、人伝になる過程で消えたのだろう。
「おめでとうって言いたいんだけど、僕が久世くんに振られたみたいに、皆に認識されてる」
「あー……それは本当にごめん」
「ま、いいけどね」
四宮は意外にもあっけらかんとしていた。基城はほっと胸を撫で下ろす。
「いつからオメガだった?」
「最近。半年前くらいにアルファからオメガになったって言われた。だから、騙してたとかじゃないからな。珍しい事例だって医者も言ってたし」
「へぇ。そんなことあるんだな。よかったなぁ、優生」
にやりと口角を上げた有坂が、優生のほうを見た。優生はからかいに対して、不愉快そうに目を細めた。
「で、番になったし卒業したら結婚するつもりで」
「ちょ、ちょっと……待て! もう一回説明を……」
「はぁ? 一回で聞いとけよな。番になったから、結婚するって言ったんだよ」
一人だけの、控えめな拍手が響いた。有坂は遠い目をして基城の言葉を繰り返している。番……結婚と。
「そりゃ、俺達の中で結婚するのは基城が結婚するの一番早いかなーとは思ってたけど! うわぁ……マジかぁ……あの子供だった基城が」
「成人してる!」
基城は吠えるように言い返した。
「なら、その書類は何なんだ? 市役所じゃないし、苗字変更は学校でできないぞー」
「そんなん分かってる。これは……休学申請の書類」
三人ともどういうことだ、と言いたげな顔をしている。休学の話は優生にも話していないので、心配そうな表情で見つめ返された。
「俺、妊娠したみたいで。まだ実感わかないけど。全然、気とか遣わなくていいから。これからもよろしくな」
基城は曖昧に締めくくった。まだ両親や姉達に報告していないため、どう伝えていいのか分からなかったからだ。バース科のかかりつけ医に、年明けくらいには優生の子供を授かっていることを告げられた。ただ、流産の懸念もあるため、基城は口止めされていたのだ。
もちろん、番である優生にも報告するのは初めてだった。
「……どうした? お前ら……」
三者三様に固まる姿を見て、基城はそれぞれの顔の前で手を振る。まるで魔法で石に変えられてしまったみたいに、三人は瞬きすらしない。
「優生……咄嗟に叫ばなかった俺を褒めてくれ……」
と、有坂が言うも、優優生には聞こえていないのか、無反応だった。隣にいる四宮は、尋ねられてもないのにうんうんと首を縦に振っている。
「基城。今日だけは優生に味方するぞ」
「はっ?」
いつも基城のほうについていた有坂に裏切られ、基城はショックだった。じゃあ、四宮は……と合わせようとした視線は、優生に吸い寄られる。
「な……何なんだよ、お前ら……! 薄情過ぎないか。俺、おめでとうの一言くらいほしかったのに」
「おめでとう」
「おめでとう」
「義務感しか感じねぇ!」
学生の身分でこうなってしまったことは親には申し訳なく思う。それに、一緒に揃って卒業できないということにも、少しだけ悲観した。けれど、優生の子供を身籠り、お腹の中で育てていくことには代えられない。
「優生はめでたくねぇの?」
「うん……おめでたいけど。ちょっと……びっくりしたほうが大きくて。あと……俺が一番先に聞きたかった、かも」
「えっ、何?」
声量が小さすぎて全てを聞き取ることはできなかった。おめでたい、けど──とは何だ。
「皆して何なんだよ。そりゃ、まだ自立してねぇし、未熟かもしれないけど……けどなぁ、優生の子供でもあるんだぞ。二人では難しいかもしれないけど、家族の力も借りるし……」
「ああ、うん……そうじゃなくてな」
有坂の困った顔を拝めるのは珍しい。有坂は発言は緩いが、リアリスト寄りな思考なので、基城の曖昧さが引っかかるのかもしれない。
「旦那様と二人きりのときに、真っ先に報告してやれよってこと」
「……何で? 皆集まったときに言うほうがいいだろ?」
「ずれてる」
と、有坂は溜め息をついた。四宮もうんうんと頷いて、有坂の意見に同意している。
「なんなんだ……意味分かんねー」
ここには基城の味方は一人もいない。基城はぼやきながら、遅れて昼食をとった。
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