とある辺境伯の恋患い

リミル

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とある辺境伯の恋患い

竜の求愛

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「其処許を探しに来たようだ」

ジゼルを背に乗せ、ルシアスは湖底から凄まじい速さで浮上した。竜巻と水柱が上がり、ルシアスは高く飛翔すると、湖の周りにいる人間を確認した。甲冑を纏った騎士団と、ジゼルと同じ匂いをした人間がいる。

「お兄様……! お父様、お母様も!」

ジゼルはルシアスの背から身を乗り出して叫んだ。

降り立った竜に、騎士は剣と弓を構える。

「ジル!」
「あの白い竜は……討伐されたのだと報告を受けていたが」

騎士の一人が呟いた。ルシアスは精鋭の騎士団と傭兵達に傷を負わされ、湖底で眠っていたのだ。
丸腰の男爵……ジゼルの父が膝を折り、ルシアスの前へ出た。

「我がイディオス家の宝……ジゼルをお返しください」
「宝? 人間は宝を冷たい水の底へ沈めるのか?」

ルシアスが口を開くと、人々は瞠目し顔を見合わせる。言葉を話す竜に、ジゼルと同様の反応を見せた。

「捨てたものをどう扱おうと私の勝手だ。吾子は私が育てる」

ルシアスは硬い尾を地面に叩きつける。辺りは土埃に覆われ、確実にとどめを刺そうと、ルシアスは魔力を圧縮させ、光線として放とうとした。だが、ジゼルはルシアスの背から飛び降り、人間の元へ向かう。

「吾子! 何をしやる」
「皆悪い人じゃないよ! 攻撃しないで!」

竜から離れた隙に、ジゼルは甲冑を着た騎士に保護された。

「私から同胞のみならず吾子も奪うつもりか! 許すまじ……生きては帰さぬぞ」
「待って! 怒らないで話を聞いて!」

引き止められながらも、ジゼルはルシアスの前へと歩み出た。ルシアスはぐう、と喉を鳴らし、ジゼルに傅くように頭を垂れた。

「勝手に君達の住処に入ってしまってごめんなさい……! 僕、景色を見ようとして湖に落ちてしまって、わざとじゃないんだ」

縄張りに余所者が足を踏み入れると、気性を荒くする竜は「気にしておらぬ」と、ジゼルを許した。

「私と一緒に暮らさぬのか?」
「だって……君は竜でしょう? 一緒には暮らせない。お友達ならなれるけど」

屈託のない笑顔で手を差し出され、ルシアスは困り果てた。一族の長であるルシアスの発言に反対する命知らずの竜はおらず、提案を断られたことに、ルシアスは深い悲しみを覚えた。意にそぐわない者は今まで力で捻じ伏せてきたが、ジゼル相手だと不思議と意欲が削がれるのだ。

ルシアスと同様、イディオス家の者達もジゼルを譲る気はないようだった。

──『ルシアス様はジゼルという人間に愛情を抱いているのではないかと』

アノーレイはあの時はっきりとした物言いはしなかった。しかし、ルシアスよりも先に、この胸に巣食う感情の名前を、アノーレイは理解していたはずだ。

──私は、この者が欲しい。この者なくして後千年、私は生きてはいけない。

碧眼が、小さな子供の姿を捉える。

「ジル。私の番になるか?」
「つがい……?」
「ジルを我が嫁に迎えたい、と言っておる」
「それって……君とけっこんするってこと?」

ルシアスが「そうだ」と頷く。言葉の意味を理解したジゼルは、声を出さないまま口をぱくぱくと動かした。そうして、家族とルシアスの顔を交互に見比べる。

「でも、君と結婚したらお兄様やお父様とお母様と、離れ離れになるんでしょう?」
「ジルは私よりもその者達のほうを、好いておるのか」

ジゼルはうーんうーん、と唸るだけで答えを出さない。ルシアスの視線は小さな唇に集中した。

「……僕まだ大人じゃないから分からない。でも今は、家族といたいから」

はっきりとしない……けれど、番にはなりたくないという意の返答を受け、ルシアスの胸は軋んだ。

「それは……成人すれば、分かるということか?」
「どうだろう……他に好きな人ができるかもしれないし」

まだ七年しか生きていないジゼルの言動は、子供らしく残酷だ。けれど、諦める気はなかった。ルシアスは「ならば」と言葉を重ねる。

「十年後……十七になる頃にまた、そなたの気持ちを確かめよう。……イディオス家の者達よ。吾子を大切に育てて参れ。私の吾子に何かあれば即座に貴様らの首を刎ねる」

ルシアスはそう告げると、再び湖底へと潜った。ジゼルと再び会う十年は、これまで生きた千年よりも長い時間に感じた。
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