とある辺境伯の恋患い

リミル

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とある辺境伯の恋患い

竜の番

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……────。



ジゼルに一方的な婚約を取りつけた後、ルシアスは人間の身なりを模倣し、城下を徘徊していた。人間の生態を観察しつつ、王都へ魔術師として潜り込み、王に謁見する機会を得た。

「そこで私はジルとの結婚と、王都で捕らえられている同胞の解放を、取引したのだ。王の首と引き換えにな」

当人が語る白竜の昔話を、ジゼルは思い出していた。ルシアスと別れた後の話に変わり、ジゼルは驚いた。何とルシアスはその二つの要望が通らなければ、国王相手に「首を刎ねる」と宣戦布告したのだという。夜なべに話を聞いて、ジゼルは青ざめた。

「しかし、王は豪胆な男であった。王は笑いながら、こう言ったのだ」

──『人間は崖の上には住めぬ』
──『竜達は命からがら逃げてきた者達ばかりだ』

王は竜一族が住む北の辺境の土地をマーレイン領として、爵位とともにルシアスに与えた。ルシアスを恐れた力の弱い竜達は、自ら人間の庇護下に入ることを望んだのだという。

「豪胆だが、狡猾で好かぬ男だ。ジルとの結婚を盾に、二つの要求を申し出た」

望む者はこのまま王都で人間に力を貸しながら暮らすこと、マーレイン領の監視および防衛。ルシアスは王と盟約を結んだのだった。

「ジルが寿命を終えるまで、私は人として生きるつもりだった」
「う、うん……ちょっと疑わしいところもありましたけど」

ルシアスは碧色の瞳を真っ直ぐに向ける。ルシアスが竜だと知ってもなお、ジゼルの気持ちが離れないか、ルシアスは知りたいのだろう。竜の中で一番強い王は、縋るような目でジゼルを見つめていた。

冷たい唇に、ジゼルは口付けた。

「僕はずっと……ルシアス様の側にいたいです。ルシアス様のことが、僕も好きなのだと思う」
「言い切ってはくれぬのか?」

意地悪な質問をした直後に、ルシアスは怜悧な顔を綻ばせた。続くルシアスの言葉は、ジゼルの迷いを取り払った。

「ジルが固有の寿命を終えた後も、生涯他の番はつくらぬ。約束しよう」



……────。



再び寝入ってしまい、ジゼルははっと目を覚ました。タイミングよく入室してきたアノーレイにルシアスの居所を尋ねたところ、彼は竜の姿で北の山脈を飛び回っているらしい。

「ジゼル様に受け入れてもらえて、旦那様は幸せの絶頂にいるのかもしれません」

昨夜の情事のせいで、足腰は使い物にならず、ジゼルはアノーレイに抱えられ浴室まできた。自分が細身で軽いことは自覚しているが、女性に抱かれるのはプライドが傷つく。

湯浴みの間、ジゼルは内股に赤い実のような斑点がいくつもできていることに初めて気付いた。

「な、何これ……病気じゃないよね?」

恐る恐るアノーレイに問いかける。アノーレイは咳払いをし、「恐らく」と前置きをつけて言った。

「それは旦那様の……」
「ルシアス様の?」
「それから先は、ご自分からお確かめください」

いくら洗っても消える気配はないが、擦っても痛みはない。アノーレイによれば、恐ろしい病ではないということなので、ジゼルは一旦気に留めないことにした。

身を清めると、ジゼルはルシアスに会いに湖畔へ向かった。同じ方面にルシアスがいるので、アノーレイは同行しなかった。

道すがら、ジゼルは三匹の子竜を見つけ感動していた。羽の発達していない子竜は、ふわふわと飛ぶのが精一杯で、ジゼルの肩で羽を休めている。

ジゼルは湖の畔の花園へ着くと、子竜達に花冠を編んでやった。昔から細かい作業が好きで、指輪ほどの大きさに編み、子竜達の角にかけてやった。きゅるきゅると可愛い声で鳴き出した直後、強い風が突如として吹いた。子竜が飛ばされないように、ジゼルは三匹を胸に抱く。

大きな影がジゼルと子竜を包む。いつの間にか、白い竜が側にいて、ジゼルは驚いた。

「ルシアス様?」

疑問形だが、ジゼルは確信を持って名前を呼んだ。ルシアスは鼻息を荒くし、ジゼルの身体をやや強く押す。微妙な力加減に、ジゼルは尻餅をついてしまった。厚い舌で一舐めされただけで、全身べとべとだ。

竜の姿を解くと、ジゼルがよく見知った美しい男が現れた。不貞腐れたような表情で、ルシアスはジゼルの身体を起こす。

鋭い眼光が、ジゼルが抱いている子竜達に向けられた。

「その者達がジルを誑かしたのか?」

腕の中がぷるぷると震えだす。幼い子竜達の頭を撫でると、ルシアスはさらにショックを受けたような顔になった。嫉妬深い竜のために、ジゼルは途中まで編んでいた花の腕輪を、ルシアスの手首につけた。

「これは」
「この子達とお揃いです」

それ以上は何も言えなくなったのか、ルシアスは大人しくなった。柔らかい草の上に腰を下ろすと、ルシアスも同じようにジゼルの横に擦り寄る。

「いつ見ても綺麗」
「私もこの景色が好きだ。ジルと見ると、美しさも一層増す」

口下手なルシアスが紡いだ言葉に、ジゼルはくすっと笑う。

「いつかルシアス様と王都に行きたいな。美味しいものを食べたり、いろいろなところを見て回りたい」

仕事で王都と辺境を行ったり来たりしているルシアスは、複雑そうな表情をした。ルシアスは仕事嫌いで王都に行くときは不機嫌になるのだと、先ほどアノーレイから聞いた。

「ジルが一緒であれば構わぬ。……ジルは物好きだな。あそこは狭く人も多いので不便だ。わざわざ足をついて歩かなければならぬのに」

辺境から王都までは馬の足では五日はかかる。しかし、山を越えられる竜であれば、小一時間もかからないのではないだろうか。
うきうきした様子のジゼルに、ルシアスはそれ以上悪態をつくことはなかった。

ジゼルの手首に贈ったばかりの花の腕輪が触れる。二人は手を重ねながら、朝焼けに染まる美しい湖をずっと見ていた。



fin.
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