33 / 42
【7章】新しい未来
すれ違った先の愛情1
しおりを挟む
「え、エレナさん……! 頭を上げてください……」
「千歳くんは優しすぎるわ! 見捨てられてもおかしくないのよ、あんた。千歳くん。これだと足りないでしょう? もっと殴ってほしいところある?」
エレナの気迫に、千歳は否定の意味で首を左右に振った。
一部始終を見ていなかった斗和は、不思議そうに首を傾げている。
「レグとは話し合ったので大丈夫です。……あの、どこでその話を」
「斗和が俺に教えてくれたの」
ユキはそう答えた。斗和から聞いた話を、ユキがエレナに伝えたのだろう。意気消沈するレグルシュに、ユキはバーベキューの残りとオレンジジュースを持ってきた。まるで「元気を出して」と言っているみたいだ。
「ちーのこと悲しませたら許さないからね!?」
「わ、分かってる。幸せにしているつもりだ」
「つもりじゃダメでしょお!? もー、レグ頼りないから、ちーは俺と結婚すればよかったの!」
千歳より二十歳も下のアルファは、エレナと同様に憤っている。あの頃よりも広くなった背中を見つめながら、千歳は懐かしい気持ちを募らせるのだった。
……────。
「痛くない?」
「……ああ、もう大丈夫だ」
レグルシュは左頬を擦りながら、言った。エレナに引っ叩かれた頬は、数週間もすれば腫れも引いてきた。千歳は毎夜、斗和が寝静まった頃を見計らい、湿布を貼っている。レグルシュは「大丈夫だ」と言うが、痕が残ると大変だ。千歳は肌の状態をよく観察するために、彼の口元へ顔を近付ける。
「夜だけしか貼ってないから、肌荒れは大丈夫ですね」
「そうだな」
普段より少しだけ熱くなっている頬に、自分の手を軽く押しつける。
「こうしていると、昔のことを思い出しますね」
レグルシュは逡巡した後で、ああ、と答える。ユキの我儘に逆上したレグルシュを、千歳が身を挺して庇った日のこと。オメガに対して厳しかったレグルシュの、優しい一面を知ったのだ。
「……あのときは、本当に悪かったな」
「通りがかりで手が当たっただけでしょう? 不運でした」
千歳の言葉に、レグルシュは申し訳無さそうな顔のまま、微かに笑った。頬の状態を観察するために顔を近付けると、レグルシュは千歳の唇を素早く奪った。悪戯が成功し、嬉しそうにペリドットの瞳を歪ませる。
「千歳に看病してもらうのなら、姉貴に殴られるのも悪くないな。もちろん、反省はしているが」
「僕は本気で心配しているんです」
千歳の言葉をよそに、レグルシュは首や頬に細やかなキスを落とす。体躯の大きいレグルシュに迫られて、ベッドに腰かけていた体勢が徐々に崩れていく。
「んっ……レグ」
「かわいい。千歳」
名前を呼ぶ声は、いつになく甘く、千歳の胸をざわつかせる。青い水面にさざ波を立てるような、淡い期待が薄い皮膚の下で膨らんでいる。首にかかった金色の髪に、千歳は指を通す。
「髪、伸びたね」
「最近忙しくて切りに行けてなかったからな……不潔か?」
一時期、斗和がもう少し幼い頃、髪を引っ張られるのが嫌で、レグルシュは襟足を短くしたことがあった。しかし、斗和には不評で抱っこするときに必ず不機嫌になった。
それ以来、レグルシュは襟足を少し遊ばせている。仕事では後ろで結んでいるので、野暮ったさはなく、より色気が増しているような気さえする。
「ううん。格好よくて好き」
「──っ。お前は……!」
盛ったレグルシュに完全に押し倒され、唇を貪る勢いで何度も塞がれた。乱れた髪を掻き上げる仕草に、千歳の心臓はとくんと跳ねる。
自分に欲情している……レグルシュが。それを自覚したとき、身体の体温はぐんと上がり、アルファを誘惑するオメガのフェロモンが散った。
「俺はお前の本音が……時々怖くなる。死にそうなほど嬉しくて、理性を持たないまま、抱き潰してしまうのが怖い」
「……僕だって。そ、その。レグとしているときは、何が何だか分からなくて……気持ちよくしてもらってるのは、覚えてるんだけど」
千歳の言葉を飲み込むように、深く口付けられる。粘膜同士が触れ合う度に、腰の奥がずくずくと疼いた。声と音が漏れないように、千歳は与えられた快楽を身体の奥底に押し込めることにいっぱいだった。
震える身体に、レグルシュはキスの雨を降らせる。
「千歳。我慢は必要ないだろう?」
「……あ」
息子の存在を気にしていたが、そういえば夕方頃に、幼稚園のお泊り会へと送り出したのだった。あのときの悲痛そうなレグルシュの顔を思い出し、千歳はふっと笑ってしまった。
夫夫仲が戻ったときから、レグルシュとは一週間と空けず、行為をしている。斗和を起こさないように細心の注意を払いながら。
それでも声を押し殺しているときの癖が抜けきれず、眉根にぎゅっと皺をつくってしまう。
「……あっ」
「そんなに固くなっていると、朝になるぞ」
「だ、だって。くせになりそうで……」
レグルシュは軽い口調で、声を漏らさないように縮こまる千歳を笑った。
「千歳くんは優しすぎるわ! 見捨てられてもおかしくないのよ、あんた。千歳くん。これだと足りないでしょう? もっと殴ってほしいところある?」
エレナの気迫に、千歳は否定の意味で首を左右に振った。
一部始終を見ていなかった斗和は、不思議そうに首を傾げている。
「レグとは話し合ったので大丈夫です。……あの、どこでその話を」
「斗和が俺に教えてくれたの」
ユキはそう答えた。斗和から聞いた話を、ユキがエレナに伝えたのだろう。意気消沈するレグルシュに、ユキはバーベキューの残りとオレンジジュースを持ってきた。まるで「元気を出して」と言っているみたいだ。
「ちーのこと悲しませたら許さないからね!?」
「わ、分かってる。幸せにしているつもりだ」
「つもりじゃダメでしょお!? もー、レグ頼りないから、ちーは俺と結婚すればよかったの!」
千歳より二十歳も下のアルファは、エレナと同様に憤っている。あの頃よりも広くなった背中を見つめながら、千歳は懐かしい気持ちを募らせるのだった。
……────。
「痛くない?」
「……ああ、もう大丈夫だ」
レグルシュは左頬を擦りながら、言った。エレナに引っ叩かれた頬は、数週間もすれば腫れも引いてきた。千歳は毎夜、斗和が寝静まった頃を見計らい、湿布を貼っている。レグルシュは「大丈夫だ」と言うが、痕が残ると大変だ。千歳は肌の状態をよく観察するために、彼の口元へ顔を近付ける。
「夜だけしか貼ってないから、肌荒れは大丈夫ですね」
「そうだな」
普段より少しだけ熱くなっている頬に、自分の手を軽く押しつける。
「こうしていると、昔のことを思い出しますね」
レグルシュは逡巡した後で、ああ、と答える。ユキの我儘に逆上したレグルシュを、千歳が身を挺して庇った日のこと。オメガに対して厳しかったレグルシュの、優しい一面を知ったのだ。
「……あのときは、本当に悪かったな」
「通りがかりで手が当たっただけでしょう? 不運でした」
千歳の言葉に、レグルシュは申し訳無さそうな顔のまま、微かに笑った。頬の状態を観察するために顔を近付けると、レグルシュは千歳の唇を素早く奪った。悪戯が成功し、嬉しそうにペリドットの瞳を歪ませる。
「千歳に看病してもらうのなら、姉貴に殴られるのも悪くないな。もちろん、反省はしているが」
「僕は本気で心配しているんです」
千歳の言葉をよそに、レグルシュは首や頬に細やかなキスを落とす。体躯の大きいレグルシュに迫られて、ベッドに腰かけていた体勢が徐々に崩れていく。
「んっ……レグ」
「かわいい。千歳」
名前を呼ぶ声は、いつになく甘く、千歳の胸をざわつかせる。青い水面にさざ波を立てるような、淡い期待が薄い皮膚の下で膨らんでいる。首にかかった金色の髪に、千歳は指を通す。
「髪、伸びたね」
「最近忙しくて切りに行けてなかったからな……不潔か?」
一時期、斗和がもう少し幼い頃、髪を引っ張られるのが嫌で、レグルシュは襟足を短くしたことがあった。しかし、斗和には不評で抱っこするときに必ず不機嫌になった。
それ以来、レグルシュは襟足を少し遊ばせている。仕事では後ろで結んでいるので、野暮ったさはなく、より色気が増しているような気さえする。
「ううん。格好よくて好き」
「──っ。お前は……!」
盛ったレグルシュに完全に押し倒され、唇を貪る勢いで何度も塞がれた。乱れた髪を掻き上げる仕草に、千歳の心臓はとくんと跳ねる。
自分に欲情している……レグルシュが。それを自覚したとき、身体の体温はぐんと上がり、アルファを誘惑するオメガのフェロモンが散った。
「俺はお前の本音が……時々怖くなる。死にそうなほど嬉しくて、理性を持たないまま、抱き潰してしまうのが怖い」
「……僕だって。そ、その。レグとしているときは、何が何だか分からなくて……気持ちよくしてもらってるのは、覚えてるんだけど」
千歳の言葉を飲み込むように、深く口付けられる。粘膜同士が触れ合う度に、腰の奥がずくずくと疼いた。声と音が漏れないように、千歳は与えられた快楽を身体の奥底に押し込めることにいっぱいだった。
震える身体に、レグルシュはキスの雨を降らせる。
「千歳。我慢は必要ないだろう?」
「……あ」
息子の存在を気にしていたが、そういえば夕方頃に、幼稚園のお泊り会へと送り出したのだった。あのときの悲痛そうなレグルシュの顔を思い出し、千歳はふっと笑ってしまった。
夫夫仲が戻ったときから、レグルシュとは一週間と空けず、行為をしている。斗和を起こさないように細心の注意を払いながら。
それでも声を押し殺しているときの癖が抜けきれず、眉根にぎゅっと皺をつくってしまう。
「……あっ」
「そんなに固くなっていると、朝になるぞ」
「だ、だって。くせになりそうで……」
レグルシュは軽い口調で、声を漏らさないように縮こまる千歳を笑った。
163
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる