愛人オメガは運命の恋に拾われる

リミル

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【1章】運命なんか、信じない

小さな天使とアルファ1

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──このまま、死ぬのかな……。

婚約者に捨てられ、社会からも必要とされない、惨めな自分。泣いたら負けだと意地を張っていたけれど、心は限界だった。

「……泣いてるの? どこか痛いの?」

子供の声が聞こえてきて、千歳は薄く目を開いた。誰だろうか。

「何だ……? 物乞いか?」

今度は違う声がした。ぼやける視界の中で声の主を捉える。記憶にない顔だ。外国人のような風貌だが、日本語がとても流暢だった。

「触るな、ユキ。病気を持っているかもしれない。……人の家の前で、はしたないと思わないのか。これだからオメガは」

嫌いなんだ。男は憎しみを込めてそう言い放った。屈辱的な言葉を投げかけられているのに、何故か身体の内側が酷く熱い。

──あなたは誰ですか。

そう問いかける気力すらも、千歳には残っていなかった。最後に天使のような少年が駆け寄ってきたと思ったら、そこで千歳の意識は途切れてしまった。


……────。


初めて言葉を話したり、字が書けるようになると、父親は手放しで息子の成長を喜んだ。千歳のバース性もまだ定まらない頃に、父親は自分を抱き締めながらこう言った。

「さすが俺の息子。きっとアルファだな」と。

父が言うのなら、きっとそうなのだろう。男ながらにして千歳を産んだ母も、喜んでいた。

何もかもが順調だった。千歳も父の期待に応えようと、必死に頑張った。けれど、優秀になりたいと焦れば焦るほど、父の理想からかけ離れていった。

「でも、お前はアルファなのだから」

敬虔な信者のように、父は千歳にそうなるようにと祈っていた。千歳にも母にも優しかった。千歳が学校から、一通の封筒を持って帰るまでは。

苦い記憶がふと蘇り、千歳は飛び上がるようにして起きた。身体が熱く、服が貼り付くほどびっしょりと汗をかいている。発情期かと身構えたが、いつまでもあの忌々しい感触が来ない。恐らくただの風邪だろう。

ふかふかの布団とマットレス。見覚えのない部屋を、千歳はぼんやりと眺めた。素泊まりのネットカフェでは、身体を伸ばして眠ることができなかったため、疲れがこびりついたみたいに取れなかった。深く眠れたのは、何週間ぶりのことだろう。

「あ……」

ベッドの横に千歳の荷物が置いてある。スマホの電源を入れて日付と時刻を確かめた。ほぼ丸一日、自分は眠っていたようだ。

今いる場所もここに来た経緯も頭になくて、どっと不安が押し寄せてくる。随分と長い間眠っていたからか、立つと軽く目眩がする。ふらつきながらも、千歳は扉に辿り着いた。ドアノブを握る前に、目の前の扉が開いて驚く。千歳の掠れた悲鳴を上塗りするように、「わあー」と足元で高い声がした。

──男の子……いや、女の子?

くっきりと二重のついた大きい目に、癖のある巻き毛。尻餅をついた可愛い天使は、千歳の顔を見上げている。

「レグ……」
「何だ……ユキ?」

天使のような見た目の子が、千歳から離れて長い足にきゅっとしがみつく。千歳を映す瞳はヘーゼルグリーンの淡色で、幼いながらも目鼻立ちがはっきりしている。千歳のいる部屋に、暖かな光が差し込んだ。

暗い部屋に慣れていた目を瞬かせると、そこで初めてレグと呼ばれた男を見上げた。天使と同じ色をしているのに、どこか冷たい温度を纏った双眸が千歳を貫く。

宝物を扱うような手つきで、足元で竦んでいる天使を抱き上げた。

「ユキに何もしていないだろうな」
「え……はっ、はい。触ってもいません」

彼の首に顔を埋めているのは、ユキというらしい。男の声に、抜け落ちていたあの夜の記憶が徐々に思い起こされる。外で仰向けになっていた千歳に、心配そうに囁いてくれた子と、保護者のアルファ。

彼は何故だか、とてもオメガのことを嫌悪していた。オメガで、浮浪者になる一歩手前の千歳を、揶揄して言ったのかもしれないが。

「あ、の……助けていただき、ありがとうございます。恥ずかしい話、行く宛がなくて……あそこにいたんです」

千歳はラグの上で、三つ指をついた。丸くなって額を下げると、項に焦げつくような視線を感じる。

アルファなのだと──オメガの本能が告げている。ふん、と頭上で、男が鼻を鳴らした。

「だから何だ? 同情を引いて、ここに住むつもりか? 浅ましいやつだな」
「い……いえっ! そういう訳では」
「そうやってアルファの気を引きたいつもりらしいが。生憎、俺には通用しない」

集まった熱が一気に散っていくのが分かる。千歳自身、オメガを下に見ているアルファやベータに、邪険にされたことは一度や二度ではない。この人は善意で助けようとしてくれたのに、もしかして、意識のないうちに何か失礼をしてしまったのだろうか。五年付き合っていた婚約者に愛想を尽かされ、ここ何日かは精神的に不安定だった。
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