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【5章】二度目の恋
甘い時間3
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昨夜の激しい交わりとはうってかわり、流れる時間は穏やかなものだった。突発的な発情期の最中でも、アルファに抱きしめられているだけで、精神も肉体も満たされている。一人きりで発情期を迎えたときは、自分でいくら処理をしようとも、欲求は止まらなかった。
「あ……ん」
「千歳」
名前を呼ばれるだけで、必死に押し固めた気持ちは、ふわふわ浮上して漂っていきそうになる。レグルシュの不器用な優しさが、嬉しかった。オメガを心の底から憎んでいても、千歳を一人の人間として扱ってくれた。そうでなければ、大切な存在であるユキのシッターを任せるわけがない。
──嬉しい……けど、発情期を利用したみたいだ。
レグルシュの本当の気持ちは、もう二度と知ることはできないのだろう。もし「好きだ」と言われても、それはオメガのフェロモンのせいだ。
「レグ……好き」
レグルシュがアルファでなくても、きっと、この気持ちに間違いはない。シーツにも縋った先のレグルシュの首筋も、千歳の好きな匂いでいっぱいだった。
……────。
発情期の一週間は、ほとんどをレグルシュのベッドの上で過ごしていた。初日と二日目は昼夜を問わず、レグルシュと抱き合った。それ以降は互いにスイッチが入ったときだけ。アルファと行為をしたおかげで、辛く苦しいだけの思い出しかなかった発情期が、幸福で愛しい時間へと変わった。一週間の最後の日は、頭の中もすっきりしている。ヒートから平常に戻ったレグルシュは、遅れを取り戻すように熱心に仕事に打ち込んでいる。謝るべきか、彼の後ろ姿を見つめながら、心は揺れていた。
「……何か用か?」
「え、えっと」
「見られると集中できないな」
「すみません」
またレグルシュとの距離を取り間違えてしまい、千歳は恐縮する。怒らせたくないのに、嫌われたくないのに……焦れば焦るほど、機嫌を損ねてしまう気がする。
神妙な顔つきをする千歳を、レグルシュはふっと軽く笑い飛ばした。
「どうして寂しそうな顔をするんだ。ユキが恋しいのか?」
「いえ、そんな……寂しくなんか」
「自覚がないのか。……ほら、来い」
レグルシュは座ったままで、千歳を受け入れるように両腕を伸ばした。レグルシュの言葉と匂いに吸い込まれるように、千歳は膝の上へと乗った。レグルシュの腿に乗りかかるような体勢で、反対のほうに自分の足を投げる。レグルシュに支えられているおかげで、不安定さはない。レグルシュは仕事を中断し、千歳に指や唇で触れたりする。
「あの、レグルシュさん。お仕事が……」
「レグでいい」
オメガが嫌いだとことあるごとに言っていた当人が、こうして千歳を甘やかしている理由が分からない。まるで人が変わったみたいだ。
「まだフェロモンが出ている」
「ん……あ」
ネックガードはつけておらず、千歳の項は無防備だ。項の付近にあるフェロモン腺は、肉眼では見つけることができない。鼻先を近づけられると、噛まれるのではないかとドキドキしてしまう。千歳の思考を読んだように、先んじてレグルシュは「噛みはしない」と断言した。そうしてほしいはずだったのに、言葉にされると、「お前と番うのはありえない」と言われているみたいで傷ついた。
落ち込んだ千歳に、頭上から溜め息が降ってきた。緊張して爪先をぎゅっと固くさせる。
「あれほどのことをしたのに、まだ俺に慣れないのか」
「な、慣れろと言うほうが、無理なんじゃないでしょうか……」
あれほどオメガを忌避していたレグルシュが、千歳の身体に触れている。彼の心変わりに、ついていけないのが本音だ。
「柚弦には休むと連絡してあるからな」
「え……あっ! そうだ、仕事……!」
慌ててレグルシュの膝から降りようとしたが、体力を消耗したせいで踏ん張りがきかない。レグルシュの大きな手が、千歳の背中を労るように撫でた。
「僕からも謝ります……!」
「俺が言っておいたからいい。お大事に、だそうだ」
「どんなふうに言ったんですか」
レグルシュは答える代わりに、千歳を引き寄せ抱き締めた。レグルシュとの身長差は頭一つ分以上離れており、体格差はもっとだ。千歳が逃れられる術はなく、腕の中へ閉じ込められる。花の蜜のような甘く清廉な香りに、千歳の心は高鳴った。
……────。
突飛な発情期は無事に終わり、千歳はようやく仕事に復帰することができた。ユキのシッターをしていた分の時間も、レグルシュの計らいで店のアルバイトへ回してもらっている。
「本当に申し訳ありませんでした」
「ええ。そんな。いいよいいよ。和泉さん気にしないで」
宇野木は人当たりのいい笑みを称えながら、千歳にそう言った。午前は倉庫で検品を行い、昼過ぎに小休憩を取った。他のバイトの人達は大学生なので、千歳とは夕方頃に入れ替わる。店の二階はロフトタイプで、備品置き場になっている。のんびり過ごしていると、店長の宇野木が梯子から顔を出した。
「お疲れさま。向かい座っていい?」
「はい。もちろんです」
普段は入れ代わりで休憩を取るのだが、客の出入りがないときは、宇野木と同じ時間になる。
「あ……ん」
「千歳」
名前を呼ばれるだけで、必死に押し固めた気持ちは、ふわふわ浮上して漂っていきそうになる。レグルシュの不器用な優しさが、嬉しかった。オメガを心の底から憎んでいても、千歳を一人の人間として扱ってくれた。そうでなければ、大切な存在であるユキのシッターを任せるわけがない。
──嬉しい……けど、発情期を利用したみたいだ。
レグルシュの本当の気持ちは、もう二度と知ることはできないのだろう。もし「好きだ」と言われても、それはオメガのフェロモンのせいだ。
「レグ……好き」
レグルシュがアルファでなくても、きっと、この気持ちに間違いはない。シーツにも縋った先のレグルシュの首筋も、千歳の好きな匂いでいっぱいだった。
……────。
発情期の一週間は、ほとんどをレグルシュのベッドの上で過ごしていた。初日と二日目は昼夜を問わず、レグルシュと抱き合った。それ以降は互いにスイッチが入ったときだけ。アルファと行為をしたおかげで、辛く苦しいだけの思い出しかなかった発情期が、幸福で愛しい時間へと変わった。一週間の最後の日は、頭の中もすっきりしている。ヒートから平常に戻ったレグルシュは、遅れを取り戻すように熱心に仕事に打ち込んでいる。謝るべきか、彼の後ろ姿を見つめながら、心は揺れていた。
「……何か用か?」
「え、えっと」
「見られると集中できないな」
「すみません」
またレグルシュとの距離を取り間違えてしまい、千歳は恐縮する。怒らせたくないのに、嫌われたくないのに……焦れば焦るほど、機嫌を損ねてしまう気がする。
神妙な顔つきをする千歳を、レグルシュはふっと軽く笑い飛ばした。
「どうして寂しそうな顔をするんだ。ユキが恋しいのか?」
「いえ、そんな……寂しくなんか」
「自覚がないのか。……ほら、来い」
レグルシュは座ったままで、千歳を受け入れるように両腕を伸ばした。レグルシュの言葉と匂いに吸い込まれるように、千歳は膝の上へと乗った。レグルシュの腿に乗りかかるような体勢で、反対のほうに自分の足を投げる。レグルシュに支えられているおかげで、不安定さはない。レグルシュは仕事を中断し、千歳に指や唇で触れたりする。
「あの、レグルシュさん。お仕事が……」
「レグでいい」
オメガが嫌いだとことあるごとに言っていた当人が、こうして千歳を甘やかしている理由が分からない。まるで人が変わったみたいだ。
「まだフェロモンが出ている」
「ん……あ」
ネックガードはつけておらず、千歳の項は無防備だ。項の付近にあるフェロモン腺は、肉眼では見つけることができない。鼻先を近づけられると、噛まれるのではないかとドキドキしてしまう。千歳の思考を読んだように、先んじてレグルシュは「噛みはしない」と断言した。そうしてほしいはずだったのに、言葉にされると、「お前と番うのはありえない」と言われているみたいで傷ついた。
落ち込んだ千歳に、頭上から溜め息が降ってきた。緊張して爪先をぎゅっと固くさせる。
「あれほどのことをしたのに、まだ俺に慣れないのか」
「な、慣れろと言うほうが、無理なんじゃないでしょうか……」
あれほどオメガを忌避していたレグルシュが、千歳の身体に触れている。彼の心変わりに、ついていけないのが本音だ。
「柚弦には休むと連絡してあるからな」
「え……あっ! そうだ、仕事……!」
慌ててレグルシュの膝から降りようとしたが、体力を消耗したせいで踏ん張りがきかない。レグルシュの大きな手が、千歳の背中を労るように撫でた。
「僕からも謝ります……!」
「俺が言っておいたからいい。お大事に、だそうだ」
「どんなふうに言ったんですか」
レグルシュは答える代わりに、千歳を引き寄せ抱き締めた。レグルシュとの身長差は頭一つ分以上離れており、体格差はもっとだ。千歳が逃れられる術はなく、腕の中へ閉じ込められる。花の蜜のような甘く清廉な香りに、千歳の心は高鳴った。
……────。
突飛な発情期は無事に終わり、千歳はようやく仕事に復帰することができた。ユキのシッターをしていた分の時間も、レグルシュの計らいで店のアルバイトへ回してもらっている。
「本当に申し訳ありませんでした」
「ええ。そんな。いいよいいよ。和泉さん気にしないで」
宇野木は人当たりのいい笑みを称えながら、千歳にそう言った。午前は倉庫で検品を行い、昼過ぎに小休憩を取った。他のバイトの人達は大学生なので、千歳とは夕方頃に入れ替わる。店の二階はロフトタイプで、備品置き場になっている。のんびり過ごしていると、店長の宇野木が梯子から顔を出した。
「お疲れさま。向かい座っていい?」
「はい。もちろんです」
普段は入れ代わりで休憩を取るのだが、客の出入りがないときは、宇野木と同じ時間になる。
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