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【6章】愛人オメガは運命の恋に拾われる
元婚約者
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「どうしてそう意地を張るんだ。俺がいるときくらい、別にいいだろう」
「意地なんか張ってません! 意地を張っているのは……レグのほうです。平日の買い物はレグがいないから慣れておかないと。過保護にしないでください」
「お前はよく一人で突っ走るのだから、過保護にもなる」
レグルシュの片手には買い物袋が一つ。千歳とレグルシュの間に、もう一つが宙ぶらりんになっている。葉物の野菜と卵しか入っておらず、軽い。
「レグは……鈍感過ぎます」
「はあ? ……だからそれは。気付かないのは悪かったし、千歳が言い出しにくいような空気をつくったのも、俺の責任だ。まだ不満があるのか。あるのなら今ここで全部言え」
鈍感過ぎるのは、自身の魅力についてだ。芸能界にいてもおかしくないくらい、恵まれた容姿をしているのに、レグルシュは「見た目が物珍しいだけだろ」の一言で、ばっさりと類まれな美貌を切り捨ててしまう。
千歳の言いたいことは伝わらず、レグルシュは妊娠に気付かなかったことを謝罪する。
「それは、もういいんです。僕のほうが悪いですし。……疑うわけではないんですが、最近、お客様がレグの話ばかりするから……」
「だから何だ?」
「……だから、その……ですね」
「分からずや!」と千歳は思わず叫びだしそうになってしまった。もごもごと言い淀んでいるうちに、レグルシュが軽いほうの買い物袋を引っ張った。歩道の途中にある支柱に当たり、ガシャン、と嫌な音がした。
「あ……」
二人で中身を確認すると、案の定、透明なパックの下で卵が割れていた。レグルシュは手早く他の食材を、別の袋へ移した。
「今日の夕飯はオムレツかオムライスだな。どっちにする?」
「ごめんなさい」
「俺のほうこそ悪かった。……無理をしていないか、心配になるんだ。別に意地ではない。そこだけは知っておいてくれ」
そう健気に言われてしまえば、嫉妬の炎が胸の内で燻っていることは、とても口に出せなくなってしまう。立ち止まる千歳の手を取り、レグルシュは指を絡める。
「トマトとデミグラスとホワイト。どれがいい?」
「じゃあ、トマトソースのオムライスが食べたいです」
千歳が希望を言うと、レグルシュは柔らかく笑って返事をする。仕事の時間では見せない、慈愛に満ちた優しい顔だ。家までの道のりを歩いていると、千歳の名前を呼ぶ男が物陰から現れる。その男の様子が異常だとレグルシュは察したらしく、千歳を背に隠した。
「千歳……千歳だろ? 戻ってきてほしいと何度も送ったのに……」
「……拓海」
「やっぱり浮気していたんだな! そいつとそっくりな子供を連れているのを見かけたぞ!」
げっそりと痩せ、自信に満ち溢れていた顔つきは、今はもうその面影もない。拓海は一枚の写真をレグルシュの前に突きつける。映っているのは千歳と、レグルシュにそっくりなユキだ。いつの間に撮られたのだろう……千歳の顔がさっと曇った。
対して、レグルシュは表情一つ変えず、写真を手で払った。
「……で、何が言いたいんだ?」
「は、はぁっ……!? 自分の立場分かってんのかぁ? しらばっくれても無駄だぞ! 隠し子だろ! 千歳……よくも俺を騙したな!」
「こいつは俺の甥だ。俺の子でも千歳の子でもない」
「う……嘘をつけ! だってこんなに……そっくりじゃないか!」
「なら、今から一緒に行って戸籍でも取り寄せてやろうか? もしそちらの主張が嘘だったなら、盗撮で警察に突き出してやるがな」
きっぱりと言い切るレグルシュに、拓海は黙り込んだ。何もかもが変わってしまった婚約者に、千歳は憐憫の視線を向ける。
ユキのシッターが決まったすぐ後に、警察から相手が自白したと連絡を受けていた。男はいわゆる「別れさせ屋」のエキストラで、一瞬だけ千歳に抱きつき「証拠」を撮らせた後、すぐに逃走を図った……が、下手をこいて捕まってしまった。
計画が狂った男は動揺し、事件は依頼によるものだと話した。金に困り、アルファの男からの依頼を受けたのだと白状した。
千歳は訴えを取り下げ、さらに示談金を求めない代わりに、ある契約を交わしている。
「なあ、千歳。俺は婚約者だろう? シッターなんて訳の分からないアルバイトはやめて、もう一度、俺と一緒にやり直してくれ」
ぬけぬけと話す拓海に、怒りが湧いてくる。拓海の興した株式会社アドルカは、売上計上の過少申告や脱税疑惑を、週刊誌の記者に突かれている。警察の捜査が入り、婚約者である千歳にも容疑がかけられた。だが、別れさせ屋の男に拓海とは現在関わりがないことを証言させ、改ざんされたデータは、アドルカを退職した千歳は触りようがないと弁明した。
千歳は疑いから外れ、その後、期待のニューカマーだと各メディアで絶賛されていたアルファは、所有しているいくつもの物件にそれぞれオメガを住まわせていると……写真つきの記事が出回った。
「意地なんか張ってません! 意地を張っているのは……レグのほうです。平日の買い物はレグがいないから慣れておかないと。過保護にしないでください」
「お前はよく一人で突っ走るのだから、過保護にもなる」
レグルシュの片手には買い物袋が一つ。千歳とレグルシュの間に、もう一つが宙ぶらりんになっている。葉物の野菜と卵しか入っておらず、軽い。
「レグは……鈍感過ぎます」
「はあ? ……だからそれは。気付かないのは悪かったし、千歳が言い出しにくいような空気をつくったのも、俺の責任だ。まだ不満があるのか。あるのなら今ここで全部言え」
鈍感過ぎるのは、自身の魅力についてだ。芸能界にいてもおかしくないくらい、恵まれた容姿をしているのに、レグルシュは「見た目が物珍しいだけだろ」の一言で、ばっさりと類まれな美貌を切り捨ててしまう。
千歳の言いたいことは伝わらず、レグルシュは妊娠に気付かなかったことを謝罪する。
「それは、もういいんです。僕のほうが悪いですし。……疑うわけではないんですが、最近、お客様がレグの話ばかりするから……」
「だから何だ?」
「……だから、その……ですね」
「分からずや!」と千歳は思わず叫びだしそうになってしまった。もごもごと言い淀んでいるうちに、レグルシュが軽いほうの買い物袋を引っ張った。歩道の途中にある支柱に当たり、ガシャン、と嫌な音がした。
「あ……」
二人で中身を確認すると、案の定、透明なパックの下で卵が割れていた。レグルシュは手早く他の食材を、別の袋へ移した。
「今日の夕飯はオムレツかオムライスだな。どっちにする?」
「ごめんなさい」
「俺のほうこそ悪かった。……無理をしていないか、心配になるんだ。別に意地ではない。そこだけは知っておいてくれ」
そう健気に言われてしまえば、嫉妬の炎が胸の内で燻っていることは、とても口に出せなくなってしまう。立ち止まる千歳の手を取り、レグルシュは指を絡める。
「トマトとデミグラスとホワイト。どれがいい?」
「じゃあ、トマトソースのオムライスが食べたいです」
千歳が希望を言うと、レグルシュは柔らかく笑って返事をする。仕事の時間では見せない、慈愛に満ちた優しい顔だ。家までの道のりを歩いていると、千歳の名前を呼ぶ男が物陰から現れる。その男の様子が異常だとレグルシュは察したらしく、千歳を背に隠した。
「千歳……千歳だろ? 戻ってきてほしいと何度も送ったのに……」
「……拓海」
「やっぱり浮気していたんだな! そいつとそっくりな子供を連れているのを見かけたぞ!」
げっそりと痩せ、自信に満ち溢れていた顔つきは、今はもうその面影もない。拓海は一枚の写真をレグルシュの前に突きつける。映っているのは千歳と、レグルシュにそっくりなユキだ。いつの間に撮られたのだろう……千歳の顔がさっと曇った。
対して、レグルシュは表情一つ変えず、写真を手で払った。
「……で、何が言いたいんだ?」
「は、はぁっ……!? 自分の立場分かってんのかぁ? しらばっくれても無駄だぞ! 隠し子だろ! 千歳……よくも俺を騙したな!」
「こいつは俺の甥だ。俺の子でも千歳の子でもない」
「う……嘘をつけ! だってこんなに……そっくりじゃないか!」
「なら、今から一緒に行って戸籍でも取り寄せてやろうか? もしそちらの主張が嘘だったなら、盗撮で警察に突き出してやるがな」
きっぱりと言い切るレグルシュに、拓海は黙り込んだ。何もかもが変わってしまった婚約者に、千歳は憐憫の視線を向ける。
ユキのシッターが決まったすぐ後に、警察から相手が自白したと連絡を受けていた。男はいわゆる「別れさせ屋」のエキストラで、一瞬だけ千歳に抱きつき「証拠」を撮らせた後、すぐに逃走を図った……が、下手をこいて捕まってしまった。
計画が狂った男は動揺し、事件は依頼によるものだと話した。金に困り、アルファの男からの依頼を受けたのだと白状した。
千歳は訴えを取り下げ、さらに示談金を求めない代わりに、ある契約を交わしている。
「なあ、千歳。俺は婚約者だろう? シッターなんて訳の分からないアルバイトはやめて、もう一度、俺と一緒にやり直してくれ」
ぬけぬけと話す拓海に、怒りが湧いてくる。拓海の興した株式会社アドルカは、売上計上の過少申告や脱税疑惑を、週刊誌の記者に突かれている。警察の捜査が入り、婚約者である千歳にも容疑がかけられた。だが、別れさせ屋の男に拓海とは現在関わりがないことを証言させ、改ざんされたデータは、アドルカを退職した千歳は触りようがないと弁明した。
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