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【Lesson.1】
寂しい心を埋めて2
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「すぐ柔らかくなった。普段から自分でしてるの?」
「してな……あ、あぁ……」
返事はほとんど快楽でぐずぐずに溶けてしまっている。「噓」と断言する声を、正直な多希は否定できなかった。腹側にある、最も感じる場所を指で捉えられると、久しぶりの感覚に頭が真っ白になる。
互いの腹の間で硬くなっている熱が、欲しくて堪らない。男のものを引き寄せ、多希は「早く」とだけねだった。
多希の余裕のなさに気をよくした男は笑みを浮かべ、押し入ってくる。自分の指や玩具とは違う、生々しい感触に、ぽかりと寂しく空いた心の穴が満たされるようだった。
「やば……気持ちいい。今、軽くイった?」
「ん、イった……から。はやく……うごいて。ずっとは、つらい」
何も考えられないようにしてほしい。それを口にするのは、自棄っぱちになったような気がして憚られた。セックスをしたかったから、誘ったのだ。自棄なんかじゃなくて、自分がしたかったから──そんなふうに思いたい。
休憩を挟んで三回。ホテル代は割り勘でも、誰かを買うよりはずっと手頃で簡単だった。プライベートの話も一切しなかったし、今夜の相手は当たりだ。
身体を動かした後、そのまま眠りに落ちるときほど、気持ちのいい時間はない。多希は重い瞼を持ち上げて、部屋にいる男の様子を窺った。
「え、何これ。頼んでないけど」
「あ、お腹空いたから俺が頼んだの。食べて食べて」
勝手にホテルに頼んだらしい軽食が二つ、ベッド向かいのテーブルに並べられている。安っぽいサラダとパスタ。
職業柄、多希はレトルト食品は一切食べない。便利なのは納得するが、好みの味がないからだ。
「俺、気が利くでしょ?」と鼻にかける男に、多希はお礼ではなく溜め息を溢した。
──セックスはよかったのにな。
多希はスマホに来ている連絡を捌くふりをしながら、アプリを操作して目の前の男をブロックリストに追加した。
「由衣濱、っていうの?」
「……なに、勝手に見た?」
「ごめんって。スマホ鳴ってて起きたら、画面光ってるの見えちゃったから」
多希のスマホにはパスコードのロックがついている。さすがに中までは弄れないだろうから、男の説明で間違いないのだろう。確信的なのに、うっかり見えた事故だったと装っているのが気に食わない。
多希がいくら不機嫌を顔に表そうとも、男には「次」があると思っているらしい。多希は無言で味の偏ったペペロンチーノを食べ、きっちりホテルと飯代を半分置いてきた。
──次の相手、探さなきゃな……。
眠気の残る頭でぼんやりと考えつつ、アプリを立ち上げるもピンと来るような相手はいない。1LDKの自室へと帰ってくると、多希は十二時にスマホのアラームをセットして、眠りについた。
……────。
多希の働く料理教室「Allegro」は、講師は皆シフト制だ。基本給は十九万円、後は生徒の指名料がプラスされる。多希は学生時代からアルバイトをしていたバーでそのまま卒業後も働き、その後はイタリアンのレストランに転職した。
夜の営業が長く、残業もほぼ毎日といっていいほどあったため、体調を崩しがちだった。そんな時、新しい事業の起ち上げを考えていた先輩に、声をかけられたのがAllegroに入社したきっかけだった。
「多希くーん。体験申し込みの生徒さんが一人来てるから、対応してくれる?」
「はい、分かりました」
講義が終わり、コーヒーを飲んで一息ついていたところ、三好に声をかけられる。ここの料理教室の社長で、多希を事業に誘ってくれた学生時代からの男の先輩だ。多希より四歳上で三十半ばだが、ルックスが派手なので若々しく見える。
「珍しいですね。男の人なんて」
「でしょ? しかも二十九って若いよねー。結構イケメンだったよ。多希くん好みの」
「俺は別に……仕事で人をそういう目では見ませんから」
三好はブラックコーヒーを啜りながら、にやりと笑う。三好は多希がゲイであることを知っていて、時折こうやって冗談を交えてくる。下手に触れないようにされるよりも、かえって気が楽だ。
記入済みのヒアリングシートを手渡され、多希はそれを確認する。久住 崇嗣。二十九歳。会社員……。Allegroに男の生徒は若干名いるが、全員が他の講師の受け持ちだ。
「今回も多希くんの顔とトークで、バシッと入会決めちゃってね」
「善処します」
ヒアリングシートの内容を頭に入れながら、多希は笑って答える。「自炊を頑張ろうと思ったからです」……入会希望欄が家事の手伝いを始めたばかりの子供のようで微笑ましい。
「してな……あ、あぁ……」
返事はほとんど快楽でぐずぐずに溶けてしまっている。「噓」と断言する声を、正直な多希は否定できなかった。腹側にある、最も感じる場所を指で捉えられると、久しぶりの感覚に頭が真っ白になる。
互いの腹の間で硬くなっている熱が、欲しくて堪らない。男のものを引き寄せ、多希は「早く」とだけねだった。
多希の余裕のなさに気をよくした男は笑みを浮かべ、押し入ってくる。自分の指や玩具とは違う、生々しい感触に、ぽかりと寂しく空いた心の穴が満たされるようだった。
「やば……気持ちいい。今、軽くイった?」
「ん、イった……から。はやく……うごいて。ずっとは、つらい」
何も考えられないようにしてほしい。それを口にするのは、自棄っぱちになったような気がして憚られた。セックスをしたかったから、誘ったのだ。自棄なんかじゃなくて、自分がしたかったから──そんなふうに思いたい。
休憩を挟んで三回。ホテル代は割り勘でも、誰かを買うよりはずっと手頃で簡単だった。プライベートの話も一切しなかったし、今夜の相手は当たりだ。
身体を動かした後、そのまま眠りに落ちるときほど、気持ちのいい時間はない。多希は重い瞼を持ち上げて、部屋にいる男の様子を窺った。
「え、何これ。頼んでないけど」
「あ、お腹空いたから俺が頼んだの。食べて食べて」
勝手にホテルに頼んだらしい軽食が二つ、ベッド向かいのテーブルに並べられている。安っぽいサラダとパスタ。
職業柄、多希はレトルト食品は一切食べない。便利なのは納得するが、好みの味がないからだ。
「俺、気が利くでしょ?」と鼻にかける男に、多希はお礼ではなく溜め息を溢した。
──セックスはよかったのにな。
多希はスマホに来ている連絡を捌くふりをしながら、アプリを操作して目の前の男をブロックリストに追加した。
「由衣濱、っていうの?」
「……なに、勝手に見た?」
「ごめんって。スマホ鳴ってて起きたら、画面光ってるの見えちゃったから」
多希のスマホにはパスコードのロックがついている。さすがに中までは弄れないだろうから、男の説明で間違いないのだろう。確信的なのに、うっかり見えた事故だったと装っているのが気に食わない。
多希がいくら不機嫌を顔に表そうとも、男には「次」があると思っているらしい。多希は無言で味の偏ったペペロンチーノを食べ、きっちりホテルと飯代を半分置いてきた。
──次の相手、探さなきゃな……。
眠気の残る頭でぼんやりと考えつつ、アプリを立ち上げるもピンと来るような相手はいない。1LDKの自室へと帰ってくると、多希は十二時にスマホのアラームをセットして、眠りについた。
……────。
多希の働く料理教室「Allegro」は、講師は皆シフト制だ。基本給は十九万円、後は生徒の指名料がプラスされる。多希は学生時代からアルバイトをしていたバーでそのまま卒業後も働き、その後はイタリアンのレストランに転職した。
夜の営業が長く、残業もほぼ毎日といっていいほどあったため、体調を崩しがちだった。そんな時、新しい事業の起ち上げを考えていた先輩に、声をかけられたのがAllegroに入社したきっかけだった。
「多希くーん。体験申し込みの生徒さんが一人来てるから、対応してくれる?」
「はい、分かりました」
講義が終わり、コーヒーを飲んで一息ついていたところ、三好に声をかけられる。ここの料理教室の社長で、多希を事業に誘ってくれた学生時代からの男の先輩だ。多希より四歳上で三十半ばだが、ルックスが派手なので若々しく見える。
「珍しいですね。男の人なんて」
「でしょ? しかも二十九って若いよねー。結構イケメンだったよ。多希くん好みの」
「俺は別に……仕事で人をそういう目では見ませんから」
三好はブラックコーヒーを啜りながら、にやりと笑う。三好は多希がゲイであることを知っていて、時折こうやって冗談を交えてくる。下手に触れないようにされるよりも、かえって気が楽だ。
記入済みのヒアリングシートを手渡され、多希はそれを確認する。久住 崇嗣。二十九歳。会社員……。Allegroに男の生徒は若干名いるが、全員が他の講師の受け持ちだ。
「今回も多希くんの顔とトークで、バシッと入会決めちゃってね」
「善処します」
ヒアリングシートの内容を頭に入れながら、多希は笑って答える。「自炊を頑張ろうと思ったからです」……入会希望欄が家事の手伝いを始めたばかりの子供のようで微笑ましい。
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