13 / 36
【Lesson.3】
これは恋?3
しおりを挟む
「由衣濱先生にいくら罵られようと、俺は諦める気はありませんので。だから、先生が心変わりするのを待ってますね」
「一生ないかもしれませんよ?」
「俺はいつまでも待ってます」
何だか心の中を読まれているみたいだ。甘い口説き文句に、多希は苦い顔をする。少し前なら……久住をよく知る前なら、多希も頷いていたかもしれない。同性同士の付き合いは、相手を間違えたって経歴が傷つくことはないし、簡単に切れてしまう。久住とはそんなふうに繋がりたくはなかった。
「先生の気が向いたときでいいので、プライベートの時間をください」
久住は自分の電話番号とトークアプリのIDを、名刺の裏に書いてみせる。それを天板の上に滑らせた。多希は無言で久住の手から離れた名刺を受け取った。
──キサキ製薬会社MR。久住 崇嗣
テレビのコマーシャルで時たま見かける大手の会社だ。MRといえば激務だが高給取りのイメージがある。月謝三万五千円の料理教室に、体験前から迷わず入会するくらいだから、多希よりもきっと遥かに稼いでいるのだろう。
「……お忙しいのでは?」
「波があるだけで基本的には大丈夫です。個人の開業医の先生を回らせてもらっているので」
「……あまり期待はしないでくださいね」
歯切れの悪い言葉でも、久住は嬉しそうに笑った。表情が凝り固まっている久住が破顔する。もらったばかりの名刺を、多希はキーケースの奥へしまった。
……────。
三日間、悩みに悩んで多希はとうとう久住に連絡を取ってしまった。昨日の夜、多希の講義に久住が現れて、「連絡はまだですか?」と期待を込めた目でずっと見られていたからだ。自分は昔から好意を含んだ押しには弱い。
メッセージで話をするのは二日に一回くらいで、どれも久住からだ。最初は多希が返信を待っているうちに寝てしまうことがあったので、以降は日付が変わる前には、久住のほうから「おやすみなさい」と送られてくる。好きだとか、恋愛感情をほのめかさない久住との話は、結構楽しかった。
今日は近くで外回りをする予定があるらしく、昼食を一緒に取りませんか、と誘われた。変に期待させたりするのもどうかと、罪悪感に似た居心地の悪い感情に襲われる。
しかし、多希は一度、彼の告白を断っているのだ。警戒し過ぎるのも、何だか自意識過剰みたいで、酷い態度だと思う。
多希は了解の返事をした。程なくして久住から返信がきて、多希の口角は緩く持ち上がった。
午前の講義を予定通り終え、時計は十二時半。多希は急いで事務作業を片付けると、昼休憩に外へ抜け出した。いつも昼食はお弁当を持参していて、外食をすることはあまりない。多希は浮足立った気持ちで、駅のほうまで歩いた。
スマホにメッセージが来ていないか確認していると、「由衣濱先生」と声をかけられた。ビジネスバッグと紙袋を提げた久住が、多希の前に立っている。
「お待たせしてしまいましたか? すみません」
「いえ。俺もちょうど来たところです」
「和食ですけど大丈夫ですか?」
多希は頷く。久住は安心したように笑うと、多希の少し前を歩き、店の場所まで案内してくれる。多希のほうは仕事中はほとんどエプロンを身に着けているため、カジュアルスーツだ。
特に色などの指定はなく、自身の髪が茶色なので黒のスーツは驚くほど似合わない。多希が愛用しているのはチャコールグレーのものだ。対して久住は医療関係の営業職なので、特に飾り気のない無難な黒だ。無難とはいっても、黒は着こなすのが難しい上級者向けだと多希は思っている。
連れて行かれたのは、暖簾のかかっているこじんまりとした定食屋だった。外装は古民家のように洒落ていて、落ち着きのある店だ。割烹着を着た女性にテーブルへと案内され、多希はランチのメニュー表を手に取った。
「ここ、日替わりの魚定食が美味しいんです。俺はそれにしますけど、先生は?」
「うん。俺も久住さんと同じもので」
がめ煮、かつとじ、唐揚げ……と種類もそこそこ豊富だ。昼に脂っこいものを食べると胸やけしそうなので、多希は久住のお勧めを選んだ。
今日の日替わりの魚は、銀鱈の煮付けだ。小鉢の数も豊富で、どれも美味しそうだ。多希は「いただきます」と手を合わせ、柔らかい魚に箸をつける。
「ん、美味しいですね」
口に入れたまま話していたことに気付き、多希は慌てて飲み込んだ。そのせいで少しむせてしまい、久住に熱い煎茶を渡される。ふっと小さく笑う声が聞こえた。
「先生。食べるときいつも可愛いですね」
「かわいい……?」
そんなことを言われたのは初めてだ。多希は怪訝な声で問い返した。
久住の定食にはまだ手がつけられていない。久住は至福のような表情で、多希のことを見つめていた。
「可愛いって何なんですか」
「俺の感想です。由衣濱先生って美味しそうに幸せそうな顔で食べるから、すごく癒やされます」
「そ……そんなに顔に出てますか?」
「一生ないかもしれませんよ?」
「俺はいつまでも待ってます」
何だか心の中を読まれているみたいだ。甘い口説き文句に、多希は苦い顔をする。少し前なら……久住をよく知る前なら、多希も頷いていたかもしれない。同性同士の付き合いは、相手を間違えたって経歴が傷つくことはないし、簡単に切れてしまう。久住とはそんなふうに繋がりたくはなかった。
「先生の気が向いたときでいいので、プライベートの時間をください」
久住は自分の電話番号とトークアプリのIDを、名刺の裏に書いてみせる。それを天板の上に滑らせた。多希は無言で久住の手から離れた名刺を受け取った。
──キサキ製薬会社MR。久住 崇嗣
テレビのコマーシャルで時たま見かける大手の会社だ。MRといえば激務だが高給取りのイメージがある。月謝三万五千円の料理教室に、体験前から迷わず入会するくらいだから、多希よりもきっと遥かに稼いでいるのだろう。
「……お忙しいのでは?」
「波があるだけで基本的には大丈夫です。個人の開業医の先生を回らせてもらっているので」
「……あまり期待はしないでくださいね」
歯切れの悪い言葉でも、久住は嬉しそうに笑った。表情が凝り固まっている久住が破顔する。もらったばかりの名刺を、多希はキーケースの奥へしまった。
……────。
三日間、悩みに悩んで多希はとうとう久住に連絡を取ってしまった。昨日の夜、多希の講義に久住が現れて、「連絡はまだですか?」と期待を込めた目でずっと見られていたからだ。自分は昔から好意を含んだ押しには弱い。
メッセージで話をするのは二日に一回くらいで、どれも久住からだ。最初は多希が返信を待っているうちに寝てしまうことがあったので、以降は日付が変わる前には、久住のほうから「おやすみなさい」と送られてくる。好きだとか、恋愛感情をほのめかさない久住との話は、結構楽しかった。
今日は近くで外回りをする予定があるらしく、昼食を一緒に取りませんか、と誘われた。変に期待させたりするのもどうかと、罪悪感に似た居心地の悪い感情に襲われる。
しかし、多希は一度、彼の告白を断っているのだ。警戒し過ぎるのも、何だか自意識過剰みたいで、酷い態度だと思う。
多希は了解の返事をした。程なくして久住から返信がきて、多希の口角は緩く持ち上がった。
午前の講義を予定通り終え、時計は十二時半。多希は急いで事務作業を片付けると、昼休憩に外へ抜け出した。いつも昼食はお弁当を持参していて、外食をすることはあまりない。多希は浮足立った気持ちで、駅のほうまで歩いた。
スマホにメッセージが来ていないか確認していると、「由衣濱先生」と声をかけられた。ビジネスバッグと紙袋を提げた久住が、多希の前に立っている。
「お待たせしてしまいましたか? すみません」
「いえ。俺もちょうど来たところです」
「和食ですけど大丈夫ですか?」
多希は頷く。久住は安心したように笑うと、多希の少し前を歩き、店の場所まで案内してくれる。多希のほうは仕事中はほとんどエプロンを身に着けているため、カジュアルスーツだ。
特に色などの指定はなく、自身の髪が茶色なので黒のスーツは驚くほど似合わない。多希が愛用しているのはチャコールグレーのものだ。対して久住は医療関係の営業職なので、特に飾り気のない無難な黒だ。無難とはいっても、黒は着こなすのが難しい上級者向けだと多希は思っている。
連れて行かれたのは、暖簾のかかっているこじんまりとした定食屋だった。外装は古民家のように洒落ていて、落ち着きのある店だ。割烹着を着た女性にテーブルへと案内され、多希はランチのメニュー表を手に取った。
「ここ、日替わりの魚定食が美味しいんです。俺はそれにしますけど、先生は?」
「うん。俺も久住さんと同じもので」
がめ煮、かつとじ、唐揚げ……と種類もそこそこ豊富だ。昼に脂っこいものを食べると胸やけしそうなので、多希は久住のお勧めを選んだ。
今日の日替わりの魚は、銀鱈の煮付けだ。小鉢の数も豊富で、どれも美味しそうだ。多希は「いただきます」と手を合わせ、柔らかい魚に箸をつける。
「ん、美味しいですね」
口に入れたまま話していたことに気付き、多希は慌てて飲み込んだ。そのせいで少しむせてしまい、久住に熱い煎茶を渡される。ふっと小さく笑う声が聞こえた。
「先生。食べるときいつも可愛いですね」
「かわいい……?」
そんなことを言われたのは初めてだ。多希は怪訝な声で問い返した。
久住の定食にはまだ手がつけられていない。久住は至福のような表情で、多希のことを見つめていた。
「可愛いって何なんですか」
「俺の感想です。由衣濱先生って美味しそうに幸せそうな顔で食べるから、すごく癒やされます」
「そ……そんなに顔に出てますか?」
34
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
「イケメン滅びろ」って呪ったら
竜也りく
BL
うわー……。
廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。
「チッ、イケメン滅びろ」
つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。
「うわっ!?」
腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。
--------
腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受
※毎回2000文字程度
※『小説家になろう』でも掲載しています
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
恋人ごっこはおしまい
秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」
そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。
そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。
それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。
ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。
友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは……
悩み多き大学生同士の拗らせBL。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
事故つがいΩとうなじを噛み続けるαの話。
叶崎みお
BL
噛んでも意味がないのに──。
雪弥はΩだが、ヒート事故によってフェロモンが上手く機能しておらず、発情期もなければ大好きな恋人のαとつがいにもなれない。欠陥品の自分では恋人にふさわしくないのでは、と思い悩むが恋人と別れることもできなくて──
Ωを長年一途に想い続けている年下α × ヒート事故によりフェロモンが上手く機能していないΩの話です。
受けにはヒート事故で一度だけ攻め以外と関係を持った過去があります。(その時の記憶は曖昧で、詳しい描写はありませんが念のため)
じれじれのち、いつもの通りハピエンです。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いします。
こちらの作品は他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる