冷めない恋、いただきます

リミル

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【Lesson.3】

これは恋?3

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「由衣濱先生にいくら罵られようと、俺は諦める気はありませんので。だから、先生が心変わりするのを待ってますね」
「一生ないかもしれませんよ?」
「俺はいつまでも待ってます」

何だか心の中を読まれているみたいだ。甘い口説き文句に、多希は苦い顔をする。少し前なら……久住をよく知る前なら、多希も頷いていたかもしれない。同性同士の付き合いは、相手を間違えたって経歴が傷つくことはないし、簡単に切れてしまう。久住とはそんなふうに繋がりたくはなかった。

「先生の気が向いたときでいいので、プライベートの時間をください」

久住は自分の電話番号とトークアプリのIDを、名刺の裏に書いてみせる。それを天板の上に滑らせた。多希は無言で久住の手から離れた名刺を受け取った。

──キサキ製薬会社MR。久住 崇嗣

テレビのコマーシャルで時たま見かける大手の会社だ。MRといえば激務だが高給取りのイメージがある。月謝三万五千円の料理教室に、体験前から迷わず入会するくらいだから、多希よりもきっと遥かに稼いでいるのだろう。

「……お忙しいのでは?」
「波があるだけで基本的には大丈夫です。個人の開業医の先生を回らせてもらっているので」
「……あまり期待はしないでくださいね」

歯切れの悪い言葉でも、久住は嬉しそうに笑った。表情が凝り固まっている久住が破顔する。もらったばかりの名刺を、多希はキーケースの奥へしまった。


……────。


三日間、悩みに悩んで多希はとうとう久住に連絡を取ってしまった。昨日の夜、多希の講義に久住が現れて、「連絡はまだですか?」と期待を込めた目でずっと見られていたからだ。自分は昔から好意を含んだ押しには弱い。

メッセージで話をするのは二日に一回くらいで、どれも久住からだ。最初は多希が返信を待っているうちに寝てしまうことがあったので、以降は日付が変わる前には、久住のほうから「おやすみなさい」と送られてくる。好きだとか、恋愛感情をほのめかさない久住との話は、結構楽しかった。

今日は近くで外回りをする予定があるらしく、昼食を一緒に取りませんか、と誘われた。変に期待させたりするのもどうかと、罪悪感に似た居心地の悪い感情に襲われる。

しかし、多希は一度、彼の告白を断っているのだ。警戒し過ぎるのも、何だか自意識過剰みたいで、酷い態度だと思う。

多希は了解の返事をした。程なくして久住から返信がきて、多希の口角は緩く持ち上がった。

午前の講義を予定通り終え、時計は十二時半。多希は急いで事務作業を片付けると、昼休憩に外へ抜け出した。いつも昼食はお弁当を持参していて、外食をすることはあまりない。多希は浮足立った気持ちで、駅のほうまで歩いた。

スマホにメッセージが来ていないか確認していると、「由衣濱先生」と声をかけられた。ビジネスバッグと紙袋を提げた久住が、多希の前に立っている。

「お待たせしてしまいましたか? すみません」
「いえ。俺もちょうど来たところです」
「和食ですけど大丈夫ですか?」

多希は頷く。久住は安心したように笑うと、多希の少し前を歩き、店の場所まで案内してくれる。多希のほうは仕事中はほとんどエプロンを身に着けているため、カジュアルスーツだ。

特に色などの指定はなく、自身の髪が茶色なので黒のスーツは驚くほど似合わない。多希が愛用しているのはチャコールグレーのものだ。対して久住は医療関係の営業職なので、特に飾り気のない無難な黒だ。無難とはいっても、黒は着こなすのが難しい上級者向けだと多希は思っている。

連れて行かれたのは、暖簾のかかっているこじんまりとした定食屋だった。外装は古民家のように洒落ていて、落ち着きのある店だ。割烹着を着た女性にテーブルへと案内され、多希はランチのメニュー表を手に取った。

「ここ、日替わりの魚定食が美味しいんです。俺はそれにしますけど、先生は?」
「うん。俺も久住さんと同じもので」

がめ煮、かつとじ、唐揚げ……と種類もそこそこ豊富だ。昼に脂っこいものを食べると胸やけしそうなので、多希は久住のお勧めを選んだ。

今日の日替わりの魚は、銀鱈の煮付けだ。小鉢の数も豊富で、どれも美味しそうだ。多希は「いただきます」と手を合わせ、柔らかい魚に箸をつける。

「ん、美味しいですね」

口に入れたまま話していたことに気付き、多希は慌てて飲み込んだ。そのせいで少しむせてしまい、久住に熱い煎茶を渡される。ふっと小さく笑う声が聞こえた。

「先生。食べるときいつも可愛いですね」
「かわいい……?」

そんなことを言われたのは初めてだ。多希は怪訝な声で問い返した。

久住の定食にはまだ手がつけられていない。久住は至福のような表情で、多希のことを見つめていた。

「可愛いって何なんですか」
「俺の感想です。由衣濱先生って美味しそうに幸せそうな顔で食べるから、すごく癒やされます」
「そ……そんなに顔に出てますか?」
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