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第7章:いざ、オエンド山脈へ
3:焼けた村
しおりを挟む「はぁ、はぁ……、もう……、走れないやぁ……」
全速力で森を駆けてきたリオは、体力の限界を感じて、その場に倒れ込んだ。
大きく息をして、ドクドクと体中を巡っている血の動きを感じていた。
しばらくそうしていると、弾んだ呼吸が整って、暴れていた心臓も穏やかな様子へと戻った。
そして、ふと顔を上げると、その視線の先に、何やら集落らしきものを発見した。
「お~い! リオ~!」
後ろから呼ばれて、リオは立ち上がり、振り返る。
そこには、丸い体を震わせて走ってくる、マンマチャックの姿があった。
「あれ? みんなは?」
キョトンとした様子で訊ねるリオ。
「みんなはって……、はぁ、はぁ……。リオが突然走り出すから、自分が代表で追って来たんですよ! もう、はぁ……、ジークは、とても怒ってましたよ?」
「え!? そうなのっ!? 怖いなぁ……」
本当に怖いと思っているのだろうか? とマンマチャックが疑問に思うほどに平然と、リオはそう言った。
「ねぇそれよりさ、あそこ見て。ほら、集落があるよ?」
リオの指さす先を、マンマチャックは見る。
確かにそこには、生い茂る木々の隙間から、集落の陰らしきものが見えるのだが……
マンマチャックは、オーウェンの言葉を思い出していた。
「カトーバ荒野を南東に進むと、オエンド山脈を取り巻くモルトゥルの森へと入る事ができる。モルトゥルの森は、王都の東より広がる深い森だ。今のところ、狂暴な魔獣の目撃情報は東側でしか聞いていないが……、用心するに越したことはないだろう、心して進んでくれ。そして、そこにはかつて五つの村が存在した。モルトゥルの森は果実の恵みが多く、慣れた者であれば暮らしやすいと聞く。しかし……、それらの村は現在、トレロ村を残して四つ全てが消滅してしまった。他でもない、黒竜ダーテアスの襲撃を受け、一夜の内に焼け滅んだのだ。トレロ村は、オエンド山脈の麓の森の奥深く、山への入り口に一番近い場所にある故。君達はその、焼け滅んでしまった無人の村々を経由しなければならないだろう。そこにある酷い光景を、目にしなければならないはずだ……」
オーウェンは、そのように言っていた。
ここはまだ、モルトゥルの森の入り口付近にほど近い場所。
だとしたら、今、目の前にあるあの集落はおそらく……
「誰かいるかも知れない。行ってみようよ!」
無邪気に笑うリオに対し、マンマチャックは渋い顔をしつつも、どのみち通らなければいけないのだからと、ゆっくりと頷くのであった。
「これは……。酷い、酷すぎる……」
目の前に広がる光景に、エナルカは思わず、その目に涙を浮かべた。
「ダーテアスにやられたんだな。ったく、何て有様だ……」
辺りを見回して、ジークが呟いた。
「あ……、あそこにいらっしゃいます」
テスラが指さす先には、焼け焦げた丸太に力なく座り込むリオとマンマチャックの姿があった。
「はぁ……、これだからガキは……」
しょうがねぇな~と言った顔つきで、リオとマンマチャックの元へと歩いて行くジーク。
先に、三人の存在に気付いたのは、マンマチャックの方だった。
「あ……、ジーク。それに、エナルカとテスラも」
マンマチャックの言葉に、俯いていたリオが、ゆっくりと顔を上げる。
その表情は泣いてはいないものの、この集落の有り様に、かなりショックを受けている様子だ。
「よぉ、やっと追いついたぜ。お前なぁ、自分が何したか分かってんのか? こんな深い森で一人で突っ走りやがって……。迷子にでもなってみろ、どうするつもりだったんだ?」
「あ……、ご、ごめんなさい……」
突然始まったジークの説教に、既に心が折れてしまっているリオは反論する元気もなく、素直に謝った。
そして、ジーク達三人と合流したことによって、なぜかホッとしてしまったリオは、その目から大粒の涙をボロボロと零し始めた。
「おいおい……、ちょっと叱られたからって泣くなよ?」
リオの涙に、ジークは少々焦る。
「だ、だって……、こんな……、こんな事になっている、なんて……、うぅ……」
リオは、溢れる涙を止められない。
すると、少し離れた場所にいたエナルカが駆けてきて、リオの体をギュッと抱き締めた。
「泣いてもいいよ。私も一緒に泣くから。うぅ……、うわぁあ~ん!」
抱き締め合って、大声を出しながら涙するリオとエナルカ。
マンマチャックもジークも、そんな二人の涙を止める事はしなかった。
いや、止められるはずなどないのだ。
ジークもマンマチャックも、表面上では泣くまいと必死に堪えてはいるものの、その心の内では涙を流していたのだから……
そんな四人を他所に、テスラは一人、考えていた。
これが、黒竜ダーテアスの力なのか、と……
周りに広がる、目を伏せたくなるようなその景色をテスラは、食い入るように見つめていた。
真っ黒に焼け焦げた、丸太の家々。
石造りの井戸は壊され、小さな畑はぐしゃぐしゃになっている。
そして、至る所に残っている、人であった者達の黒い影。
おそらく、黒竜ダーテアスが口から吐くという、白い炎に焼かれたのだろう。
そこにあるべきはずの体はなく、人であった者達の……、その黒い影のみが、焼き付くようにしてその場に残っていた。
ある者は地面の上に倒れた形で、またある者は家の中に入ろうとした格好のままで、またある者は、我が子なのであろう、小さな影を抱き締めた形のままで、黒い影となっていた。
酷い有様だとは思いつつも、テスラの目にも、心にも、涙はなかった。
むしろ、人々の遺体が転がっていない事が不幸中の幸いだったとさえ、テスラは思っていた。
だがしかし、腑に落ちない事が一つ……
冷静な分析を行う中、どうしてだか、この光景に疑問を抱く自分がいる事に、テスラは気付いていた。
これだけの惨事……、人の影しか残らぬような業火の中にして、どうして森は無傷なのか。
村は焼け焦げ、生き残った者などただの一人もいない。
それだけの災害、それだけの火力であったはずなのに、村を囲う小さな柵を一歩外に出ると、そこには緑豊かな草木が芽吹いているのだ。
何故……、どうして……?
それだけが、テスラの気がかりだった。
村を一通り見て回ったテスラは、未だ村の入り口付近にある丸太の上で動けずにいるリオとエナルカ、その脇に立つジークとマンマチャックの元へと戻った。
「何かあったかよ?」
ジークが尋ねる。
「いえ、何も……。ここには生存者はいません。それに食べられる物もありません。長居する理由がない……、すぐさま発ちましょう」
テスラの言葉に、ジークは頷いたが……
その心の内では……、この女、本当に心がないのか? と、テスラの言動に嫌悪感を抱いていたのだった。
「……ぐすん。リオ、立てる?」
泣き腫らした目を擦りながら、リオの顔を覗き見るエナルカ。
そして、リオの表情を確認するやいなや……
「え……?」
背筋に悪寒を感じて、エナルカは一歩後ずさった。
エナルカの行動を不思議に思ったマンマチャックが、リオの顔を覗き見ると……
「な……、リオ? その角は……?」
マンマチャックの言葉に、ジークとテスラが異変に気付き、リオを見る。
その目に映ったのは、額に二本の角を生やし、背には黒い翼を有した、リオの本当の姿であった。
「お、まえ……。悪魔だったのか……?」
冷や汗を流しながら、ジークが小さく声を出す。
明らかに人間離れしたリオのその姿は、ジークが知るところの、書物の中に存在する悪魔の姿そのものであった。
いつもは無表情のテスラも、今回ばかりは、その動揺を隠せずにいる。
リオに向かって手の平を向け、いつでも魔法を行使できるようにと、知らず知らずの内に構えていた。
……悪魔。
それは、こことは別の世界に暮らす、邪な考えを持つ魔物の事だ。
欲深く、意地汚く、他人の不幸を見るのが大好きで、争い事を好み、絶えず何か問題を起こそうとして行動する魔族。
時折、こちらの世界にやってくることがある悪魔は、人々から忌み嫌われ、常に敵対する者として、この世界では認識されてきた。
その歴史は古く、ずっとずっと、太古の昔から悪魔の存在は知られており、また、この国、ひいてはこの世界に住まう者たちにとっての災厄の象徴として、悪魔は語り継がれてきたのだ。
言い伝えによると、その姿かたちは、額に角を持ち、背には黒い翼を有している。
そう……、今、四人の目の前にいる、リオのように。
「悪魔って……、何をどうして、悪魔だと言うのかな?」
リオが呟いた。
何かに怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。
ただ単に、疑問を呈するかの如く、小さくそう言った。
すると、額にあった角と、背に生えていた黒い翼は、一瞬の内にその姿を消した。
四人は驚き、何度も瞬きを繰り返す。
「僕は……。黒竜ダーテアスこそが、悪魔だと思う。僕は、ダーテアスを許さない」
リオの言葉に、今、目の前で起こった現象がいったい何だったのかと、四人は困惑した。
しかし、そんな四人の事はお構いなしに、リオは立ち上がって、力強く歩き出す。
そして、振り返って……
「みんな! 行こうっ! 早くダーテアスを倒さなきゃっ!」
いつもの調子に戻ったリオに対し、四人は警戒心を持ちながらも、その後について行くしかなかった。
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