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★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

362:深緑色のローブ

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「ふぁ~あ~あぁ~! あぁ~、眠いぃ~……。グレコさ~ん、なんだってこんな朝一から~?」

「朝一って、もう8時前よっ!? ノリリア達なんて、もうとっくに出発したんだからねっ!?? だいたい……、モッモとカービィが二日酔いになんてなるからっ!!!」

   大欠伸しながら階段を上るカービィに対し、同じく階段を上っているグレコが叱責する。
   昨晩、俺より先に酔い潰れていたカービィも、二日酔いの為にグレコの鎮痛ポーションにお世話になったようだ。

「モッモ、カービィ、お主ら二人には気合というものが足りぬ。我が喝を入れてやろうか?」

「かっ!? ……え、遠慮しておきます」

「おいらもパス!」

   ギンロに喝なんか入れられちゃあ、間違いなくあの世まで行ってしまいますよ。

「もう……、こっそりとノリリア達の後を付いて行けば安全かも知れないと思っていたのに……。これじゃあ計画が台無しだわっ!」

   ……そんな計画を立てていたのなら、昨日のうちに俺たちにも教えてくださいよグレコさん。

   ドスドスと階段を上るグレコの後ろを、未だにアルコールが抜け切らないドロドロとした体でついて行く俺とカービィ。
   後方からはギンロが迫っているので、足を止めるわけにはいかない。

   船内下層二階から甲板に辿り着くと、何やらピリリとした空気が漂っていた。
   タイニック号の乗組員達が、みんなして心配そうに船の外を見ているのだ。

「……どうしたのかしら?」

「なはは、誰かが喧嘩でもおっぱじめたかぁ~!?」

   喧嘩にしちゃあ静か過ぎる。
   何だろうな?

「ライラ、何があったの?」

   一番近くにいた航海士で小鬼のパントゥーであるライラに、グレコが尋ねる。

「あ、グレコさん、おはよ。それが……、なんか、トラブルみたい」

   そう言ってライラが指差すのは、船の甲板から伸びる渡し板の向こう側、波止場のど真ん中に群れを成す、見慣れた白いローブの集団。

「あれ? ノリリア達、まだいたんだ」

   ちょっぴり嬉しそうな声を出すグレコ。
   しかし……

「なんか様子が変だなぁ? おいら達も行ってみよう!」

   カービィの言葉に頷いて、俺たちは船を降り、騎士団のみんなの元へと駆けて行く。

「お~い! どうしたんだぁ~!?」

「……あ! カービィさんっ!!」

   遠慮なく大声を出したカービィに、騎士団のみんなが気付き、一斉にこちらを振り返った。
   すると、騎士団の輪の中に、見慣れない風貌の者が数名混じっているではないか。

   深緑色のローブに身を包んだ彼等は、同じ色のフードを目深に被って、口元にはマスクをしている。
   つまり、目元しか見えてない……、かな~り怪しい風貌だ。
   その瞳は透き通るような水色をしていて、肌は恐ろしく真っ白。
 ローブの隙間から見えている髪は、神々しいばかりの金髪で……、全部で五人いるけれど、五人とも背が高くてスラッとしている。
   そして彼らの足元には、何やら見覚えのある小動物が、服を着て二足歩行で立っていた。

   ノリリアとアイビーは、その深緑色のローブの者達と、何やら話し込んでいる。

「彼らは……?」

「フラスコの国のエルフ族の方々らしいのですけど……。私たちの仲間である現地調査員のカサチョが、森で怪我をして動けなくなっていたと……。国で手当てをしているので、迎えに来て欲しいとおっしゃっているようですわ」

   グレコの問い掛けに、通信班リーダーのインディゴがそう答えた。

   なるほど、彼等がフラスコの国のエルフ族か。
   お揃いの服装からして、何となくお高くとまっているその感じが、グレコの故郷であるブラッドエルフの里の、俺に武器を向けて来たエルフの戦士たちによく似てる。
   目元しか見えないから分からないけれど、たぶんみんな、あのマスクの下にあるお顔はさぞ美形なのだろう。
   ……けっ、なんかムカつくな。
   
「怪我してって、カサチョが? いやぁ~……、あいつに限ってそんなヘマしねぇだろう??」

   首を傾げるカービィ。
   どうやら、そのカサチョという団員の事を、かなり高く買っているご様子……
   でもさ、文字が読めないから申請書を適当に書いて、誤って女子寮に入ってきちゃうようなおっちょこちょいなんでしょ?
   だったら、怪我くらいするんじゃない??

「そうですわね。カサチョは人一倍逃げ足が速いですもの」

   あ……、なるほどそういう意味か。
   なんかそれって……、逃げるのが得意って、ちょっと俺に似てない?
   
「ねぇ、あれ……、リーラットじゃないかしら?」

「え? ……あ、ほんとだ」

   グレコが指差しているのは、深緑色のローブの者達の足元にいる、服を着た小動物だ。
   どこかで見たことあるな~って思っていたら、リーラットか!
   けど……、コトコ島で見たリーラットとは、随分と様子が違っているな。

「ありゃ~従魔だろうな。普通の獣に魔力で知性を与えて、自分の手足の代わりに使う、いわば召使いだ。けど、なんだろうな……? 太っている割には元気無さそうだなあいつら」

   なるほど、従魔か。
   あれがリアル従魔なのね。
   ……くぅ! 一時でもあれと同じ扱いを受けていた事を思い出すと、俺は、俺はぁあっ!!

   しかしカービィの言う通り、確かにあのリーラット達は元気がない。
 コトコ島の勉坐の所にいたリーちゃん達に比べると、贅肉たぷんたぷんで栄養満点な体形なのに、目は死んだ魚みたいに濁っている。
   食べ過ぎで体調崩しているとかか……?

「みんな! 聞いてポよ!!」

   深緑色のローブの者達と話が済んだらしいノリリアが、みんなに向かって声を出した。

「現地調査員であるカサチョが、森を探索中に怪我をして、こちらのハイエルフの方々に救助されたポ! ここにカサチョの折れた杖があるポね、間違いないポ!!」

   そう言ってノリリアは、無残にも真っ二つに折れた杖を高く掲げて、みんなに見せた。

「うん……、あれは間違いなくカサチョの杖だな。あいつ、あの杖しか使わねぇんだ」

   先端に七色の羽が数枚ついた折れた杖を見て、カービィが頷く。

「うわぁ~、ハイエルフだったのね。関わりたくないわ~」

   思わず心の声が漏れるグレコ。
   それもそうだよね、ブラッドエルフは元々はハイエルフから生まれた種族で、病気の為に疎外された歴史を持っているわけだしね。

「カサチョからの伝言によると、ニベルーの湖畔の隠れ家には何も無かったらしいポ! そして、このハイエルフの方々の国、フラスコの国に、ニベルーの遺物が保管されているとの事ポね!! よって、当初の予定を大幅に変更して、あたち達はフラスコの国へ向かうポよ!!!」

   おお? そうなのか??
   つまり……、帰らずの森の探索はしないってことか。

「えぇ~……。こっそり後をついて行くつもりだったのにぃ~」
   
   グレコ、さっきから心の声がダダ漏れだよ?

「ま、仕方がねぇさ。おいら達はおいら達で頑張ろうっ! ちょっと待っててくれ、ノリリアと話してくる」

   そう言って、カービィはノリリアの元へと駆けて行った。
   すると、俺のローブのフードを、後ろからチョンチョンと誰かが引っ張った。

「ん? ……何ギンロ、どうしたの??」

   そこには、何故だか身を低くして、俺と目線の高さを合わせているギンロの姿がある。

「モッモ……。奴ら、臭わぬか?」

   コソコソと話すギンロ。

「え? 奴らって……。あの、ハイエルフの事??」

「うむ。何やら妙な臭いがする」

   妙な臭い?

   クンカクンカ

   んん??
   んんんんん???

「ん~……、僕は何も臭わないよ?」

 臭わないどころか、ほぼ無臭だ。
 なんか、ツーンとした感じの変な臭いは微かにするけれど……、獣臭とか汗臭さなどは全く無い。

「いや、臭う。あれは、屍人しびとの臭いだ」

   屍人て……、んなまさか!?

   俺は、ノリリアとカービィが話し合うその向こう側、瞬き一つせずにそこに立っている五人のハイエルフ達を順番に見つめる。
   すると、その一人と目が合って……

『お前は、来るな』

   え???

 聞き慣れない声が、耳元で聞こえた気がした。
   声の主を探して、辺りをキョロキョロと見回す俺。
 だけど勿論、周りには俺の仲間しかおらず……

「ギンロ、今なんか言った?」

「ぬ? いや……、我は何も……??」

   あれぇ? 気のせいかなぁ??

   耳をポリポリと掻きながら首を傾げつつ、再度視線を戻すも、ハイエルフ達はこちらに背を向けていた。
   その背中、深緑色のローブの背部には、見知らぬ黒い紋章が描かれていた。
   
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