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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

496:奴隷の町トルテカ

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「おい。……おい、起きろよ」

   何か細いもので頭をツンツンされて、ゾワゾワっとした気持ちの悪い感覚が身体中を駆け巡る。

「うほぉおっ!?」

   突然の衝撃に、思わずゴリラみたいな声が出てしまう俺。
   すぐさま目をパッチリ開けて上を見ると、そこにはまるで凶器のように鋭く尖った爪と、恐ろしいほどにギラついた爬虫類の目が一つ、二つ、三つ四つ五つ六つ……なっ、八つ!?

「ぎっ!? ぎゃあぁぁっ!!?」

   なななっ!? 
   なんんっ!??
   くぉっ!???

   完全にパニックに陥る俺。
   そんな俺を見下ろす顔、顔、顔……

   何がっ!?
   どうなってっ!??
   ……誰っ!?!?

   見覚えのない小さな顔が三つと、見覚えのある大きな顔が一つ。
   
「あぁ? 何叫んでんだよ、大丈夫か?? ギャギャ!」

   指先で俺の頭を突いたのは、ギャギャギャ笑いのスレイだった。
   そして彼の周りには、紅竜人の子供が数名集まっていて……

「うわぁっ!? 鼠が起きたっ!!」

「かあいいねぇ~!」

「おいお前、喋れんだろ? なんか喋れよ」

   見るからに幼い顔立ちの小さな紅竜人達は、竹籠の中にいる俺の事を物珍しそうに見つめながら、口々に勝手な事を言い出す始末。

   なんか喋れよって……、何をっ!?

「おっ!? だっ!!? 誰だお前っ!?!?」

   精一杯の勇気を振り絞って、俺は叫ぶ。
   すると子供達は……

「ほんとに喋ったっ!? 鼠のくせにっ!??」

「かあいいぃっ!!」

「なんだよ、マジに喋るじゃんか……。賢い鼠だなぁ」

   子供特有の無垢な言葉で、俺の小ちゃなマイハートをズサズサと攻撃してくるのであった。

 




   スレイによって、竹籠から出された俺がいるこの場所は、何処かの建物の中だ。
   赤茶けた岩壁と天井、足元に床はなく、砂の地面が剥き出しである。
   四畳半程しかない部屋の中には、小さなベッドが四つと水瓶が二つ、それ以外の家具は一切ない。
   四つあるベッドの上には、ボロ雑巾のような大きな布が一枚あるだけで、敷き布団も無ければ枕もない。
   全体的にかなり粗末で、狭くて……、貧しさがそこかしこから滲み出ているような部屋だった。

   ようやく正気に戻った俺は、ドキドキとうるさい心臓に手を当てて、大きく息を吐く。   
   どうやら、俺が呑気に眠っている間に、スレイとクラボは目的地であるトルテカの町へと到着したらしい。
   竹籠の中に入れられて、大層揺れが不快だったのは覚えているものの、いつ目を閉じたのかまでは覚えてない。
   しかし、かなり長時間眠っていたのは確かだ。
   とっくに夜は明けたようで、天井近くにある窓の外には青空が広がっていて、眩しい太陽が輝いていた。

「なぁお前! もっと何か喋れよ!! 名前はあんのかっ!!?」

「おひげ、さありたぁ~いっ!」

「喋れるんならさ、何か面白い話でもしろよ」

   ……無茶振りも良いとこである。
   俺より頭一つ分ほど背の高い三人の子供紅竜人達は、俺の周りをまいまいしながら、引っ切り無しに話し掛け、好き放題言ってきた。
   名前は分からないけれど、一人は元気いっぱいな感じの男の子で、もう一人はほんわかした雰囲気の女の子、そして最後にクールな感じの少し背の高い男の子である。

   もっと喋れよと言われても……、お前に対して喋りたい事なぞ一つもないわっ!
   髭を触ろうとするんじゃないよ、この変態っ!!
   面白い話とか、ハードル高いわ馬鹿っ!!!

   心の中で彼らをディスりながらも俺は、彼らの体についている無数の傷跡に、目が釘付けになっていた。

   紅竜人の体は、その体表のほとんどが赤い鱗で覆われていると、以前カービィの持っている本で読んだ事があった。
   しかしながら、目の前の子供達の全身は、ところどころ鱗が剥がれていて、そこからピンク色の生々しい肉が見えている。
   そして、その傷跡はどれもが新しく、傷を受けてからさほど日にちが経っていないように見えた。
   つまり、この子供達はおそらく、奴隷……?

   俺は、少し離れた場所で、ベッドとベッドの隙間にある狭いスペースに、無理矢理に布を敷いて横になっているスレイに目を向ける。

「……トルテカの町に着いたんだね?」

   俺の問い掛けに、スレイは大層眠そうにゆっくりと頷いた。

「そうだ~。今クラボが長老に許可もらいに行ってっから、ちょっと待てよ~」

   その口調には昨晩のようなキレがなく、体もぐたっとした様子で起き上がる気配は一切ない。
   なんなら、放っておけばすぐにも眠ってしまいそうな顔付きだ。
   まぁ無理もないか、ゼンイの計画に従って、一晩中森の中を走っていたんだもの。

   すると、唯一の出入り口である扉がガチャリと開いて……

「お? ようやく起きたか。長老がお前に会いたいってよ」

   こちらも、かなり眠そうな顔付きのクラボが、部屋に入ってくるなりそう言った。
   
   長老って……、この奴隷の村の村長みたいな人かな?
   そんな人が俺に何の用なんだ??
   スレイは許可って言ってたけど……、そもそもそれは何の許可???

「じじぃの奴、なんて言ってた?」

   のっそりと体を起こしながら、スレイがクラボに尋ねる。

「別に見ても構わねぇけど、失神しても知らねぇぞ、だとよ」

「ギャギャ! 無きにしも非ずだなっ!!」

「ギャハハハハ! まぁそうなったらなったで、担いで戻ってくるさ!!」

   そう言って、スレイとクラボは俺に視線を向けた。
   かなり悪そうな、ニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべながら。

   失神するって、誰がさ?
   まさか俺が??
   ……えっ!?? 俺に何する気っ!?!?

「えっ!? もしかして、こいつをぎ場に連れてくの!??」

   元気な男の子紅竜人がクラボに問い掛ける。

「おうよ。お前ら、これからだろ?」

   クラボの言葉に、男の子は苦虫を潰したような顔になる。

「うん、そうだよ! でも……、あたし、見られるの恥ずかしいなぁ~」

   モジモジとする女の子紅竜人。

「恥ずかしいも何も無いだろう。いつもの事だ……」  

   かなり冷めた表情でそう言って、小さく溜息をついたクールな雰囲気の男の子紅竜人は、一人で部屋を出て行った。

「ちぇっ! すぐカッコつけたがるんだからっ!! 俺たちも行こうぜっ!!!」

「あっ!? 待ってよ!!」

   元気な男の子紅竜人と女の子紅竜人も、揃って急ぎ足で部屋を出て行った。

   なんだろう? 何処へ行くんだろう??
   はぎば、とか言ってたけど……、何それ???

「そいじゃ、俺たちも行くか」

   クラボは俺に向かってそう言った。

「ふぇ? 行くって……、何処へ??」

   首を傾げる俺。

「どこへって……、ゼンイが言ってたろ? お前には、この国の現状を知ってもらわなくちゃならねぇ。このトルテカの町で何が行われているのか、奴隷とは何なのか。これからそれを見に行くのさ」

   これまでと違って、クラボの声色が少し曇った事を、俺は聞き逃さなかった。
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