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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

580:モシューラを今、この世に解放するっ!!

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「ポポッ!? ミルク!?? 今すぐ助けるポッ!!!」

 杖を振り、何処からともなく箒を取り出したノリリアは、それにまたがって階下に飛び降りようとした。

「待て馬鹿っ!? 死ぬつもりかっ!!?」

 慌てて止めるカービィ。

「カービィちゃん!? どいてポッ!!」

「どくわけないだろっ!? 下は瘴気の海だぞっ!?? あんな中にいて、まだ生きてると思うのかっ!?!? 冷静になれノリリア!!!!」

「でもっ!? でもぉっ!!? ミルクがぁっ!!!」

 ノリリアは、いつになく混乱している。
 それほどまでにあの瘴気と呼ばれる紫色の煙は、とんでもなく危険なものらしい。
 
「ここにいては僕達も危ない! 早く避難しないとっ!!」

 副リーダーのアイビーが、ノリリアに代わって指揮を取る。
 アイビーの指示に従って、ここまで走ってきた白薔薇の騎士団のメンバーは全員、中庭から離れた場所にある玉座の間へとUターンして行った。

「ミルク……、ミルク、ごめんポォ~」

 蹲って、泣き始めてしまうノリリア。
 
「カービィ!? どうにかならないのっ!??」

 居てもたってもいられずに、グレコが叫ぶ。

「無理だグレコさん! これだけ濃い瘴気の中にいちゃ、生身の生き物は一分ともたねぇ。残念だが、ミルクは……」

 カービィは悔しそうにそう言って、視線を逸らした。

 そんな、まさか……、嘘だろ?
 ミルクが、死んじゃうの??
 そんなの、そんなのって……、絶対許せないよっ!

「チャイロ……。チャイロぉおぉぉっ!!!」

 俺は、階下の瘴気の中、倒れるミルクの隣に立つチャイロに向かって、その名を叫んだ。
 黄金のミイラ姿のチャイロは、ゆっくりとこちらを振り返る。
 その大きな瞳は、キラキラと虹色に輝いていた。
 そして次の瞬間!

『戻って来るなと、言ったはずじゃがなぁ?』

 耳元でイグの声がして、俺はバッ!と振り向いた。
 するとそこには、中庭に立っていたはずのチャイロが居るではないか。
 しかも、足が床についておらず、その体は宙に浮いているのだ。
 この場に残っているのは、俺とグレコとカービィと、泣きじゃくるノリリアとゼンイだけだが、その全員がチャイロの姿を背後に確認して、驚き言葉を失った。

 今、下にいたのにっ!?
 瞬間移動したっ!??

 すると今度は、近くでドサッと何かが落ちる音がして……

「えっ!? ミルク!??」

 俺たちから少し離れた場所、上階の通路に、下階の中庭で倒れていたはずのミルクが横たわっているではないか。
 しかもその体は、何やら虹色に光るシャボン玉のような膜で覆われていて、瘴気による腐蝕は免れているようだ。

 慌てて駆け寄るノリリアとグレコ。
 カービィはチャイロに向かって杖を構え、ゼンイも拳を握りしめて臨戦態勢だ。
 俺はというと、今回ばかりはびびってなどいられない。
 心の底からチャイロに……、いや、イグに、怒っていた。

「くくくく……、とても鮮やかな赤だね。モッモ、僕に対して怒ってるの?」

 チャイロの声だ。

「怒ってるよ。どうして嘘をついたのっ!?」

「嘘? いったい、どの嘘のことかな?? 僕はこれまで、他人にも自分にも、沢山の嘘をついてきた。もはや何が真実で、何が嘘なのか……、僕自身にも分からないんだよ」

 にこやかな表情を崩さずに、チャイロはそう言った。

「神代の悪霊イグ! おまいの目的はなんだっ!? 世界を滅ぼす気かっ!??」

 杖の先をチャイロに向けたまま、カービィが叫ぶ。

『小さき魔獣めが、わしに問い掛ける資格はお前にはない。しかし、威勢が良い事だけは褒めてやろう。ほれ、褒美じゃ』

 答えたのはイグの声だ。
 イグは、その手をカービィに向け、デコピンをするようにして指を弾いた。
 するとカービィは、頭をガッ!と後ろに逸らしたかと思うと、白目を向いて気を失い、その場に倒れてしまったではないか。

「カービィ!?!?」

 余りの出来事に驚いて、倒れたカービィを力任せに揺さ振る俺。
 しかしカービィは、呼吸はしているものの、意識を取り戻す様子はない。

 そんなっ!? 
 あのデコピンみたいな動きだけで、カービィを気絶させたのっ!??
 触れてもいなかったのに!?!?

『くくくくく……。なんともまぁ、無力な生き物じゃの。己の持つ力と、わしの持つ力の差を、測ることすら出来ぬとは。実に哀れじゃ』

 薄気味悪く笑うその顔は、もはや俺の知っているチャイロではない。
 目の前にいるのは完全に、神代の悪霊と呼ばれるイグなのだ。
 話が通じる相手ではない。

 イグはふわふわと宙に浮きながら、通路にある黄金の柵を越えて、中庭に向かって移動する。
 そして、ドス黒い紫色の煙の柱を見上げて、静かにこう呟いた。

『モッモ、お前には分かるまい。五百年もの間、日も当たらぬ暗くて寒い場所で、どんなにかモシューラが苦しい思いをしたか……。これらは全て、長きに渡るモシューラの、何ものにも耐え難い、深く深い悲しみの結果なのじゃ』

 ゆっくりとこちらを振り返ったイグは、その大きな虹色の瞳から、なんと涙を流していた。
 大粒の滴がポロポロと、下階へと零れ落ちていく。

『寒い、怖い、もう耐えられないと、モシューラはわしに訴えた。チャイロもそれを感じていたはずじゃ、痛いほどに……。故にチャイロは、わしに協力すると言った。モッモ、お前を欺いてでもモシューラを救うと、チャイロはわしに約束したのじゃ。チャイロが嘘を付いたのはモシューラの為。わしがお前に嘘を付いたのもモシューラの為じゃ。わしとチャイロは、共にモシューラの為だけに、今日までを生きてきた。そしてようやく悲願が叶う……。囚われし者に自由を! モシューラを今、この世に解放する!!』

 そう言って、イグは両手を高く振り上げた。
 それと同時に、中庭の穴から上空へと噴き出す瘴気が、ドドドドドー!っと轟音を立てながら、ますます勢いを増したではないか。
 赤い粒子が空中に無数に舞い、黄金の王宮はもはや漆黒に染まりつつあった。

「……何故だ? あなたは、紅竜人を生み出した神ではないのか?? 何故、自分で生み出した種族を苦しめる??? 何故、滅ぼそうとするっ!?!?」

 叫んだのはゼンイだ。
 その体は怒りに震え、目には涙が溜まっている。

『お前は、ククルカンの再来と呼ばれる者であったはず……。ならば、わしと共に来い。お前がすべき事は、主であるわしに仕える事じゃ。共にモシューラを解き放とうぞ』

 ゼンイに向かって、手を差し伸べるイグ。
 しかしゼンイがその手を取る事はない。

「ククルカンの再来は、とうの昔に死んだ。今ここにいる僕は、ただのゼンイだ。だから、お前には従わないっ! 僕は最後まで、僕の仲間の為に戦うっ!! 僕達の自由を勝ち取る為に、戦うんだっ!!!」

 両手を振り上げて、イグに飛び掛かるゼンイ。
 鋭利な爪で、その首元を切り裂くつもりなのだ。
 だがしかし、その手がイグに届く事はなかった。
 イグが片手で何かを振り払う素振りを見せたかと思うと、ゼンイの体は激しい打撃を受けたかのように後方に飛んでいき、通路の壁に強く打ち付けられてしまった。

「ゼンイ!? そんなっ!?? しっかりしてっ!!!」

 ズルズルと音を立てて、床に横たわるゼンイ。
 こちらも意識を失ってしまったようで、呼び掛けてもピクリとも動かない。

「モッモ……。オーラが青いね。悲しいんだね?」

 今度はチャイロの声だ。
 先程まで笑っていたはずのイグの顔が、悲しげなチャイロの表情で俺を見つめている。

「どうして……? どうしてこんな事するのっ!? チャイロ!! イグを止めてよっ!!? 邪神を解き放つなんて絶対駄目だっ!!! みんな、みんなが……、みんなが死んじゃうよっ!?!?」

 涙をボロボロ零しながら、俺は叫んだ。
 恐怖の余り、体はプルプル震えているし、声だって裏返っている。
 でも、それでも、チャイロを止めなくちゃ、イグを止めなくちゃって、俺は必死だった。

『「僕も、みんなが死ぬのは嫌だよ? だけど仕方が無いんだ。わしは止まらん。僕はイグに逆らえない。だって……、イグは僕であり、チャイロはわしであるから」』

 もう、何がなんだか分かんないよぉっ!
 どうやったら止められるのっ!?
 どうやったらみんなを助けられるのっ!!?

「でもね……。モッモが悲しむのは嫌なんだ。それに、モッモが死ぬのはもっと嫌。だって、初めて出来た友達だから。モッモは僕が守るよ。逃げて、仲間と一緒に。ここから遠く離れた場所へ、逃げるんだよ」

 チャイロの声がそう言うと、チャイロは両手をそっと頭上にかざした。
 そして丸く円を描くような仕草をした、次の瞬間には……

「え? ……あれ?? ここは何処???」

 俺は、足元にいたカービィと共に、荒涼とした見慣れぬ森に立っていた。
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