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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

695:救い

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「あぁ……、遠いなぁ~……」

 俺は思わずボヤいた。
 呼吸は荒くはないものの少々乱れており、額にはじんわりと汗をかいている。

 目の前に続く、砂の道。
 周りは黄色と黒が入り混じった、なんとも気持ちの悪いウニャウニャとした異空間。
 まさか、またここを通る事になろうとは……
 先程下ってきたはずのその坂道を、俺達はもくもくと登っていた。

「はぁ、ふぅ、はぁ、ふぅ、はぁ、ふぅ」

 独特な息遣いで、坂道を登る裸デブ鼠。
 俺の遥か後ろを歩く彼に、この坂を登らせるのは、ほぼ拷問に近いだろう。
 だって、どっからどう見ても、運動には適さないボヨボヨのメタボ体型なのだから。

「ほら! 遅いわよっ!! さっさと歩いてっ!!!」

 先頭を行くグレコが振り返り、鬼の形相で怒鳴る。

「すびっ!? すびばせんっ!!!」

 半泣きになりながら謝った裸デブ鼠は、涙と紛う滝のような汗を、全身から流していた。

「ったく……、いくら食べ物が豊富にあるからって、あんなに太るまで食べるなんて、馬鹿にも程があるわ」

 チッと舌打ちをし、悪態をつくグレコ。
 言葉もそうだが、顔がめちゃくちゃ怖い。
 まるで般若のようだ。  
 血を飲んで元気になったグレコは、キビキビとした動きで、ずんずんと坂を登って行く。
 なんというか……、渇いてぼんやりしていた方が可愛かったなと、思わざるを得ないです、はい。

「ポポゥ、下りは楽だったポが、登りとなるとなかなか……」

 こちらも厳しい表情で、ノリリアは言った。
 たぶん、さっき食べたフルーツが胃に残っているせいで、思うように足が動かないのだろう。
 かく言う俺も、いつもより体が重い感じがする。
 ……いや、いつも通りだなこれは。

 そんな俺達の後ろには、ライラックがピッタリとくっついている。
 急かすわけでもなく、無言で、ただ黙々と坂道を登っていた。

「頑張りましょう! 砂漠に戻って、彼らに真実を伝えられれば、きっとこの試練もクリアできるはず……。もうこれ以上、誰かが欠けてはいけないわ!! 四人で必ず、先に進みましょ!!!」

 キリッとした表情で、俺達を励ますグレコ。
 
 そうだよな。
 もう、四人しか残ってないんだもんな。
 最初は十二人もいたのに……
 グレコの言う通り、これ以上誰かが脱落するのは防ぎたい。
 勿論、俺自身も!

 俺はグレコの言葉にこくんと頷いて、大きく息を吸い込み、また砂の坂道を登り始めた。






 砂の坂道を登る事小一時間。
 終着地点である、頂上にある砂の扉が見えて来た。
 巨大なその扉の前には、何者かが立っているようで……

「あれは……、ケルベロス?」

 え? あれがケルベロス??
 でも……、頭一個しかなくない???

 グレコの言葉に、俺は首を傾げる。
 そこに立っているのは、真っ黒な毛並みの犬型獣人。
 随分と背の高いそいつは、白い衣服を見に纏い、凛とした表情でこちらを見つめている。

 確かに、顔付きは砂漠にいたケルベロスによく似ているけれど……
 頭が一個だし、二本足で立ってるし、服を着ているし、別人(別犬)なのでは????

「ポポ? と、とりあえず……、行くポよ」

 ノリリアの言葉に、歩を進める俺達。
 程なくして、砂の扉の真ん前に辿り着いた俺達を、その真っ黒な毛並みの犬型獣人は、燃えるような真っ赤な瞳で、じっくりと順番に観察していく。

 見上げるほどにでかい犬型獣人の身長は、およそ3メートル。
 手を胸の前で組んでおり、衣服以外の武器などは一つも装備していない。
 
 ちょ、ちょっと、怖いけど……
 武器は持ってないから、戦わなくてもいいんだよね?
 
 ドキドキと、鼓動が速くなる俺の小ちゃなマイハート。
 息を飲む、俺達四人。
 すると……

『よくぞ戻ってきた。これまでのそなたらの行いが、自らが正しい心根を持った者であると、証明している。よって、そなたらに、これを授けよう』

 女の人のような綺麗な声で、犬型獣人はそう言った。
 そして、先頭に立つグレコに対し、胸の前で組んでいた両手を差し出している。
 いただきますのポーズをしたその手の中には、何かが隠されているようで……

『さぁ、受け取るが良い』

 犬型獣人が、合わせた手をゆっくりと開くと、そこには黄色い宝玉が現れた。

「これは……、鍵、ですね?」

 グレコの問い掛けに、犬型獣人はニコリと微笑む。

「ポポッ! これで第六の試練は終了ポねっ!!」

 嬉しそうに声を上げるノリリア。

 よ、良かったぁあぁぁ~~~。
 これでやっと、ここから出られるぞっ!

 俺は心底ホッとした。
 実は、坂道を登っている途中から、考えていたのだ。
 もしかすると、他の裸鼠達に真実を告げた後、俺達は彼らを連れて、またこの坂を下って楽園へと戻らなければならないのでは? と。
 登りより下りの方が体力的には幾分かマシだろうが、周りの景色がね……
 この黄色と黒が入り混じったような気持ちの悪い空間には、正直もう居たくない。

 さっさと宝玉を貰って、この地獄の世界からおさらばしようぜっ!!

 そう思った時だった。

「……彼らは、どうなりますか?」

 宝玉を前に、グレコが問うた。

『彼らとは、この門の向こう側にいる、そこの者の同族達の事か?』

 俺達の背後に立つ、汗だく裸デブ鼠を指差す犬型獣人の言葉に、グレコは頷く。
 すると犬型獣人は、笑ってこう言った。

『どうにもなりはしない。ここは試練の間。我々裁定者は、挑戦者達を見極めるのみ。ここに生きる者は、ここでしか生きられぬ。あの者達が、坂を下る事はない』

 えっ!? 
 それってつまり……、あの砂漠で、砂の壁を作り続けている裸鼠達は、永遠にあのままという事!??
 あの無意味な作業を、この先もずっとやり続けなければならないって事!?!?

「どうすれば、救えるのですか?」

 グレコが更に問い掛ける。

『救い、か……。その答えを、我は存ぜぬ。しかしながら、全ての試練を打ち破り、最後の扉を開きし者ならば、その答えが分かるやも知れぬ』

 犬型獣人はそう言って、グレコに黄色の宝玉を手渡した。

『心優しき者よ、先へ進むのだ。さすれば自ずと、真実が見えてくる』

 その言葉を最後に、周りの黄色と黒の空間がウニャウニャと蠢き出し、グルグルと景色が回転し始めたではないか。

 うわぁあっ!?
 目がぁっ!!?
 目が回るぅうっ!!??

 咄嗟に目を覆った俺だったが……

「ポッ!? 戻って来られたポよっ!!」

 ノリリアの言葉に、両手を目から離すと、俺たち四人はいつの間にか、リブロ・プラタの待つ塔内部の昇降機へと戻って来ていた。

「よ……、良かったぁ~~~」

 へなへなと力無く座り込み、安堵する俺。

 七日間……、七日間も、俺達はあの砂漠で無意味な作業をさせられていたのだ。
 あの地獄を思うと、この昇降機内がもはや天国に思えるほどだ。

 リブロ・プラタは、相も変わらずフワフワと宙を浮いており、その下には、置いていった俺達の荷物が、ちゃんと残されていた。

 ふぅ~……、疲れたっ!
 けど、取り敢えずは良かった!!
 これで無事に、四人で、次の試練に挑戦できるわけだっ!!!

 ふと、立ち尽くしたままのグレコに視線を向ける俺。
 黄色の宝玉を手にしたグレコは、とても悔しそうに、下唇を噛んで俯いていた。
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