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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★
728:やったぜ!
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こぉっ!?
このっ!??
この声はぁあぁぁっ!?!?
『忌々しいクズ共が……、小賢しい真似しやがってよぉ~』
きゃあぁぁあああぁぁぁぁ~~~~!!???
地獄の底から響いてくるかのような、怪しげで恐ろしいクトゥルーの声。
アイビーとノリリアの魔法によって生成された、封印結界の張り巡らされた岩の小山。
その中から聞こえてくるその声は、まるで沸々と湧き出る怒りを押し殺しているかの様な、なんとも言えない不気味さを醸し出している。
そして、小山の表面に浮かぶ魔法陣が、何かを警告するかの如く、ピカピカと点滅し始めた。
「やっぱり、無理があったか……」
想定内の出来事らしい、落ち着き払った様子で振り返るアイビー。
「ポポゥ、さすがは神。特級呪文でも通用しないポか……。何か……、他に何か、あいつに勝つ方法はあるポか?」
此方は若干焦っている様子のノリリア、額に汗が浮かんでいる。
「勝つ方法か……。残念ながら、僕はそれを持ち合わせていないよ」
はっ!? なんですとっ!!?
「そ……、それじゃあ、どうするつもり、ポ……?」
「僕が今日ここへ来た目的は、ユディンを魔界へ帰す事のみ。その為ならば、例えこの命が犠牲になっても構わない」
まっ!? まさかっ!!?
アイビーこの野郎、捨て身かよっ!!??
「アイビー……? 本気で言っているポか??」
「あぁ、僕はいつだって本気だよ、ノリリア」
ニコリと微笑むアイビーに対し、ノリリアは顔面蒼白している。
そんな二人の様子を見て、俺は……
なぁあぁぁああぁぁぁぁっ!?!?
待って……、待って待って!
え、死ぬのっ!? 誰がっ!!?
アイビーがっ!!??
いや、この場合……、アイビーだけじゃないよね、ノリリアも、俺もだよねっ!?!!?
『こんなもん、すぐにぶち破ってやらぁあっ!!!』
ひょおおぉぉぉっ!!!!!
怒号のようなクトゥルーの声が響き、魔法陣が張り巡らされた岩の小山が、ビギビキッ!と音を立てた。
その表面にはヒビが入り始めていて、魔法陣の点滅速度が上がっていく。
今にも中からクトゥルーが飛び出してきそうな状況に、俺の体は恐怖で震え始めた。
すると……
「僕も戦う」
そう言ったのはユディンだ。
俺を見下ろしていたはずの彼は、真っ直ぐにアイビーを見つめている。
しかしアイビーは振り向かず、前を見据えたまま、こう言った。
「駄目だよユディン。クトゥルーは、古代魔導書レメゲトンの第一部、悪魔の書ゴエティアを手にしている。ゴエティアを使えば、君はクトゥルーに心も体も操られてしまうだろう。そうなってしまえば、僕は君を守れない」
なぬっ!? そうなるのかっ!!?
それは非常にヤバいだろっ!?!?
こんな、見るからに悪役な風貌のユディンが、本当の本当に敵になっちゃったりしたら……
ダメダメダメッ!
そんなの絶対ダメッ!!
「君は帰るんだ。君にはやるべき事がある。こんな所で……、僕なんかを守る為に、命を落としてもらっては困るんだよ」
「でも……、でもっ! そうしたらアーレイクは!?」
突然声を張り上げたユディンに対し、俺はビクッと体を震わせる。
しかしながら、見上げた先にある彼の顔を見ると、それまで俺の中にあった彼に対する恐怖心は、スッと消えて無くなってしまった。
何故ならば、世にも恐ろしい悪魔の姿形をしているくせに、その表情は今にも泣き出しそうな子供のような、とても情け無いものになっているから。
あ……、あれ?
ユディンの目に、涙が??
え、泣いてるの???
大粒の涙を目に浮かべ、下唇を噛むユディン。
ギュッと握り締めている二つの拳は、プルプルと小刻みに震えている。
その表情、その仕草はまるで、俺が悲しい時、悔しい時にするのと、全く同じで……
「違う……。僕はアーレイクじゃない、アイビーだ。アーレイクはとうの昔に死んでいる。だからユディン、君が助けたい人はもう、この世界には居ないんだよ! だけども魔界には、君を待っている者がいる。君は帰らなければならないんだ!! この世界の為にも、君自身の為にも……。最期くらい、素直に言う事を聞いてくれよユディン。君は、アーレイクとの約束を守るんだ!!!」
こちらに背を向けたまま、アイビーは叫んだ。
普段の優しいアイビーからは想像もつかないような、厳しく、力強い声で。
この時またしても、俺の目には不思議なものが写っていた。
アイビーの全身から立ち上る、魔力のオーラのごとき、燃え上がるような白い光。
それはまるで、彼の心の強さを現しているようだと、俺は感じた。
「仕方ないポね……。最後まで付き合うポよ!」
何かが吹っ切れたかのようにそう言ったノリリアは、ローブの内側から魔導書を取り出し、クトゥルーが封印されている岩の小山へと向き直った。
その背からはアイビーと同じく、白い光が放たれている。
「ノリリア? そんな……、いや、君は戻れ。モッモ君と一緒に地上に出れば、或いは助かるかも知れない。だから……」
困惑したかのような声のアイビーに対し、ノリリアは首を横に振る。
「水臭い事言うんじゃないポ。自分が生き残る為に部下を見捨てるなんて……、あたちは、そんなくだらない女に見えるポか?」
ノリリアも、此方に背中を向けてしまっている為に、その表情は見て取れないが、声色からしてどうやら笑っているようだ。
すると、アイビーは震える声で……
「ありがとう、ノリリア……。ごめん、付き合わせて……。ユディンが帰るまでは、クトゥルーを解放しちゃいけない。なんとしてでも、あの結界を維持するんだ!」
「分かってるポ。無限魔法は使った事が無いポが、やれるだけやってみるポよ!」
ノリリアとアイビーは、手に持っていた魔導書を空中へと浮かび上がらせた。
パラパラと、魔導書のページがひとりでにめくられていく。
それと同時に、二人の全身から、魔力のオーラが溢れ出す。
ノリリアからは温かみのあるオレンジ色と黄色のオーラが、アイビーからは濃淡のある緑色のオーラが、波打つ様に放たれている。
二人は、全神経を集中させて、手に持つ杖の先から岩の小山へと、それぞれの魔力を送り始めた。
ノリリアの魔力とアイビーの魔力は、互いに交差しながら岩の小山に重なって、結界を強化していく。
『無駄だ無駄だっ! 生意気なうじ虫共めっ!! 身の程を思い知らせてやるっ!!! 全員皆殺しだぁあっ!!!!』
クトゥルーの叫ぶ声が、更に大きくなる。
岩の小山は、ビキビキと鈍い音を立てながら表面のヒビを増やし、魔法陣は激しく点滅する。
それでもアイビーとノリリアは、敵を押さえ込もうと、必死に魔力を送り続けていた。
おわわわわわっ!?
ど、どうしたらいいんだ!!?
俺は、何をすれば!?!?
あわあわと焦り出す俺の隣で、
「どうしたらいいんだ、僕は……? やっぱり僕には、誰も守れないの……??」
ユディンが、独り言のように小さく呟いた。
その声に、その存在を再認識した俺は、バッ!と上を見た。
すると、ユディンの目からは涙が零れ落ち、その表情は酷く絶望しているように見えた。
その様を見て、ようやく俺は気付いたんだ。
ユディンはまだ、子供なんだと……
姿形は変わっても、中身は五百年前と同じなんだ。
アーレイクを守りたいが為に、適当な嘘をつき、クトゥルーを欺いて……、五百年間ずっと、ここで立ち続ける事を選んだ彼は、子供のままの、純粋な心の持ち主なんだ。
そしてそれ故に、きっと、後悔しているんだ。
本当の意味で、アーレイクを守れなかった事を。
でも……、だったら……
やっぱりユディンは、魔界に帰らなくちゃ。
俺は、焦る己の心を鎮めて、ユディンに話し掛ける。
今、俺がやらなければならない事は、一つだ。
「アーレイク・ピタラスは、君に、約束したんだよね? 君を、必ず魔界に帰すって」
自分より何倍も背の高い、恐ろしい悪魔の姿をしたユディンに対し、俺は平然と問い掛けていた。
もう、ユディンの事は、ちっとも怖くなくなっている。
それどころか、どう見たって俺より数百倍強いであろう外見の彼に対し、「僕が守ってあげなくちゃ」なんていう気持ちにさえなっているのだ。
おかしいと思うかも知れないけど、本当に……、そんな事を思ってしまうくらいに、俺には目の前のユディンが頼りなく見えていた。
「……約束、した」
小さな声で答えるユディン。
「だったら、帰らないと。今ここで。君は、帰らないといけないよ」
幼い子どもに話すように、優しく諭す俺。
「でも……。そうしたら、誰がアーレイクを……、守るの? 君だって、死んじゃうよ??」
見た目からは全く想像だに出来ない、ユディンの幼い物言いに、俺はフンッと鼻から息を吐く。
「そんなの分からないじゃないか。僕も、アイビーもノリリアも、自分で何とかするよ。出来るか分かんないけど……、でも、何とかするさ。簡単に死んだりなんかしないよ。それに……、詳しい事はよく分からないけど、アイビーがアーレイクなんだよね? 魂がどうとか……?? 死んでもなお、君の事を心配して、こんな所まで来たんだよ。アーレイクの思いを無駄にしないで欲しい! アーレイクが誓った約束を、守らせてあげて!! 約束通り君は、魔界に帰らなくちゃ!!!」
俺が今やるべき事は、ユディンを魔界に帰す事だ!
アーレイク先輩が出来なかった事を、後輩の俺が、達成するんだ!!
その後の事は……、うん、後で考えよう!!!
「それで、いいのかな? アーレイクを……、君達を見捨てて、魔界に帰るなんて……。そんな事、僕には……」
ユディンはまだ迷っているようだ。
だけど、もう時間が残されていない事は、いくら勘の悪い俺でも分かっていた。
早く……、早くしないとっ!
クトゥルーがあの小山から出てきてしまえば最後、悪魔の書ゴエティアとかいうやつで、ユディンは操られてしまう!!
そうなれば、もっとピンチだし、アーレイク・ピタラスとの約束も守れなくなっちゃう!!!
「あ~も~……、早くっ!!!」
グズグズするユディンに対し、じれったくなった俺は、何も深く考えず、ユディンの大きな大きな手を握って、思いっきり引っ張っていた。
するとその反動で、ユディンは軽く前のめりによろめいて、その場から一歩大きく踏み出して……
ブウォーーーン!!!!!
「ひゃあっ!?!?」
動いたユディンの足元から、でっかい光の玉が飛び出してきたではないか。
「しまった! 力場の封印が解けたっ!?」
驚き慌てるユディン。
なななっ!?
何これっ!!?
タマ!?!?
(作者のやつ、本当に玉が好きだなっ!!!!?)
様々な色が混じり合うその光の玉は、直径おそよ2メートルと、かなり巨大だ。
その表面は、まるで生き物のように、呼吸しているかの如く波打っている。
ひとりでに空中に浮かび上がったそれは、グルグルと回転しながら、何かを待っているかのようにその場に留まっていた。
「それでいいっ! 帰るんだっ!! ユディン!!!」
こちらを振り向く余裕すら無いのだろう、前を向いたまま叫ぶアイビー。
「でも…………。でもぉっ!」
でもでも言うユディン。
『ユディンてめぇっ!? 逃げる気かぁあっ!!?』
岩の小山の中から叫ぶクトゥルー。
小山は既にヒビだらけとなっていて、今にも崩れ去りそうだ。
その表面にある魔法陣も、ぐにゃりと形が歪んでしまっている。
もう本当に時間が無いっ!
なんとか、なんとかして……、あっ!?
そうだっ!!
俺は咄嗟に、腰に装備していた万呪の枝を取り出し、ユディンに向かって構えた。
「なっ!? 何をするっ!!?」
叫ぶユディン。
びっくりしてるだけだろうけど、悪魔の姿だから、顔がめっちゃ怖い!
だけどもう、時間が無いんだよっ!!
俺がユディンを、元いた魔界に帰す!!!
「ごめん! 元気でねっ!! 吹っ飛べっ!!!」
枝の先をユディンに向けて、俺は叫んだ。
するとユディンの体は、何かがぶつかったわけでもないのに、光の玉が浮いている後方へと吹っ飛んで……
「うわぁあ~っ!?!?」
その声を最後に、ユディンは光の玉の中へと姿を消した。
後に残ったのは、何事も無かったかのようにそこに浮かび続ける光の玉と、足下で輝く紫色の魔法陣と……
「や……、やったぜ!」
そう言って、小さくガッツポーズする俺だけだった。
このっ!??
この声はぁあぁぁっ!?!?
『忌々しいクズ共が……、小賢しい真似しやがってよぉ~』
きゃあぁぁあああぁぁぁぁ~~~~!!???
地獄の底から響いてくるかのような、怪しげで恐ろしいクトゥルーの声。
アイビーとノリリアの魔法によって生成された、封印結界の張り巡らされた岩の小山。
その中から聞こえてくるその声は、まるで沸々と湧き出る怒りを押し殺しているかの様な、なんとも言えない不気味さを醸し出している。
そして、小山の表面に浮かぶ魔法陣が、何かを警告するかの如く、ピカピカと点滅し始めた。
「やっぱり、無理があったか……」
想定内の出来事らしい、落ち着き払った様子で振り返るアイビー。
「ポポゥ、さすがは神。特級呪文でも通用しないポか……。何か……、他に何か、あいつに勝つ方法はあるポか?」
此方は若干焦っている様子のノリリア、額に汗が浮かんでいる。
「勝つ方法か……。残念ながら、僕はそれを持ち合わせていないよ」
はっ!? なんですとっ!!?
「そ……、それじゃあ、どうするつもり、ポ……?」
「僕が今日ここへ来た目的は、ユディンを魔界へ帰す事のみ。その為ならば、例えこの命が犠牲になっても構わない」
まっ!? まさかっ!!?
アイビーこの野郎、捨て身かよっ!!??
「アイビー……? 本気で言っているポか??」
「あぁ、僕はいつだって本気だよ、ノリリア」
ニコリと微笑むアイビーに対し、ノリリアは顔面蒼白している。
そんな二人の様子を見て、俺は……
なぁあぁぁああぁぁぁぁっ!?!?
待って……、待って待って!
え、死ぬのっ!? 誰がっ!!?
アイビーがっ!!??
いや、この場合……、アイビーだけじゃないよね、ノリリアも、俺もだよねっ!?!!?
『こんなもん、すぐにぶち破ってやらぁあっ!!!』
ひょおおぉぉぉっ!!!!!
怒号のようなクトゥルーの声が響き、魔法陣が張り巡らされた岩の小山が、ビギビキッ!と音を立てた。
その表面にはヒビが入り始めていて、魔法陣の点滅速度が上がっていく。
今にも中からクトゥルーが飛び出してきそうな状況に、俺の体は恐怖で震え始めた。
すると……
「僕も戦う」
そう言ったのはユディンだ。
俺を見下ろしていたはずの彼は、真っ直ぐにアイビーを見つめている。
しかしアイビーは振り向かず、前を見据えたまま、こう言った。
「駄目だよユディン。クトゥルーは、古代魔導書レメゲトンの第一部、悪魔の書ゴエティアを手にしている。ゴエティアを使えば、君はクトゥルーに心も体も操られてしまうだろう。そうなってしまえば、僕は君を守れない」
なぬっ!? そうなるのかっ!!?
それは非常にヤバいだろっ!?!?
こんな、見るからに悪役な風貌のユディンが、本当の本当に敵になっちゃったりしたら……
ダメダメダメッ!
そんなの絶対ダメッ!!
「君は帰るんだ。君にはやるべき事がある。こんな所で……、僕なんかを守る為に、命を落としてもらっては困るんだよ」
「でも……、でもっ! そうしたらアーレイクは!?」
突然声を張り上げたユディンに対し、俺はビクッと体を震わせる。
しかしながら、見上げた先にある彼の顔を見ると、それまで俺の中にあった彼に対する恐怖心は、スッと消えて無くなってしまった。
何故ならば、世にも恐ろしい悪魔の姿形をしているくせに、その表情は今にも泣き出しそうな子供のような、とても情け無いものになっているから。
あ……、あれ?
ユディンの目に、涙が??
え、泣いてるの???
大粒の涙を目に浮かべ、下唇を噛むユディン。
ギュッと握り締めている二つの拳は、プルプルと小刻みに震えている。
その表情、その仕草はまるで、俺が悲しい時、悔しい時にするのと、全く同じで……
「違う……。僕はアーレイクじゃない、アイビーだ。アーレイクはとうの昔に死んでいる。だからユディン、君が助けたい人はもう、この世界には居ないんだよ! だけども魔界には、君を待っている者がいる。君は帰らなければならないんだ!! この世界の為にも、君自身の為にも……。最期くらい、素直に言う事を聞いてくれよユディン。君は、アーレイクとの約束を守るんだ!!!」
こちらに背を向けたまま、アイビーは叫んだ。
普段の優しいアイビーからは想像もつかないような、厳しく、力強い声で。
この時またしても、俺の目には不思議なものが写っていた。
アイビーの全身から立ち上る、魔力のオーラのごとき、燃え上がるような白い光。
それはまるで、彼の心の強さを現しているようだと、俺は感じた。
「仕方ないポね……。最後まで付き合うポよ!」
何かが吹っ切れたかのようにそう言ったノリリアは、ローブの内側から魔導書を取り出し、クトゥルーが封印されている岩の小山へと向き直った。
その背からはアイビーと同じく、白い光が放たれている。
「ノリリア? そんな……、いや、君は戻れ。モッモ君と一緒に地上に出れば、或いは助かるかも知れない。だから……」
困惑したかのような声のアイビーに対し、ノリリアは首を横に振る。
「水臭い事言うんじゃないポ。自分が生き残る為に部下を見捨てるなんて……、あたちは、そんなくだらない女に見えるポか?」
ノリリアも、此方に背中を向けてしまっている為に、その表情は見て取れないが、声色からしてどうやら笑っているようだ。
すると、アイビーは震える声で……
「ありがとう、ノリリア……。ごめん、付き合わせて……。ユディンが帰るまでは、クトゥルーを解放しちゃいけない。なんとしてでも、あの結界を維持するんだ!」
「分かってるポ。無限魔法は使った事が無いポが、やれるだけやってみるポよ!」
ノリリアとアイビーは、手に持っていた魔導書を空中へと浮かび上がらせた。
パラパラと、魔導書のページがひとりでにめくられていく。
それと同時に、二人の全身から、魔力のオーラが溢れ出す。
ノリリアからは温かみのあるオレンジ色と黄色のオーラが、アイビーからは濃淡のある緑色のオーラが、波打つ様に放たれている。
二人は、全神経を集中させて、手に持つ杖の先から岩の小山へと、それぞれの魔力を送り始めた。
ノリリアの魔力とアイビーの魔力は、互いに交差しながら岩の小山に重なって、結界を強化していく。
『無駄だ無駄だっ! 生意気なうじ虫共めっ!! 身の程を思い知らせてやるっ!!! 全員皆殺しだぁあっ!!!!』
クトゥルーの叫ぶ声が、更に大きくなる。
岩の小山は、ビキビキと鈍い音を立てながら表面のヒビを増やし、魔法陣は激しく点滅する。
それでもアイビーとノリリアは、敵を押さえ込もうと、必死に魔力を送り続けていた。
おわわわわわっ!?
ど、どうしたらいいんだ!!?
俺は、何をすれば!?!?
あわあわと焦り出す俺の隣で、
「どうしたらいいんだ、僕は……? やっぱり僕には、誰も守れないの……??」
ユディンが、独り言のように小さく呟いた。
その声に、その存在を再認識した俺は、バッ!と上を見た。
すると、ユディンの目からは涙が零れ落ち、その表情は酷く絶望しているように見えた。
その様を見て、ようやく俺は気付いたんだ。
ユディンはまだ、子供なんだと……
姿形は変わっても、中身は五百年前と同じなんだ。
アーレイクを守りたいが為に、適当な嘘をつき、クトゥルーを欺いて……、五百年間ずっと、ここで立ち続ける事を選んだ彼は、子供のままの、純粋な心の持ち主なんだ。
そしてそれ故に、きっと、後悔しているんだ。
本当の意味で、アーレイクを守れなかった事を。
でも……、だったら……
やっぱりユディンは、魔界に帰らなくちゃ。
俺は、焦る己の心を鎮めて、ユディンに話し掛ける。
今、俺がやらなければならない事は、一つだ。
「アーレイク・ピタラスは、君に、約束したんだよね? 君を、必ず魔界に帰すって」
自分より何倍も背の高い、恐ろしい悪魔の姿をしたユディンに対し、俺は平然と問い掛けていた。
もう、ユディンの事は、ちっとも怖くなくなっている。
それどころか、どう見たって俺より数百倍強いであろう外見の彼に対し、「僕が守ってあげなくちゃ」なんていう気持ちにさえなっているのだ。
おかしいと思うかも知れないけど、本当に……、そんな事を思ってしまうくらいに、俺には目の前のユディンが頼りなく見えていた。
「……約束、した」
小さな声で答えるユディン。
「だったら、帰らないと。今ここで。君は、帰らないといけないよ」
幼い子どもに話すように、優しく諭す俺。
「でも……。そうしたら、誰がアーレイクを……、守るの? 君だって、死んじゃうよ??」
見た目からは全く想像だに出来ない、ユディンの幼い物言いに、俺はフンッと鼻から息を吐く。
「そんなの分からないじゃないか。僕も、アイビーもノリリアも、自分で何とかするよ。出来るか分かんないけど……、でも、何とかするさ。簡単に死んだりなんかしないよ。それに……、詳しい事はよく分からないけど、アイビーがアーレイクなんだよね? 魂がどうとか……?? 死んでもなお、君の事を心配して、こんな所まで来たんだよ。アーレイクの思いを無駄にしないで欲しい! アーレイクが誓った約束を、守らせてあげて!! 約束通り君は、魔界に帰らなくちゃ!!!」
俺が今やるべき事は、ユディンを魔界に帰す事だ!
アーレイク先輩が出来なかった事を、後輩の俺が、達成するんだ!!
その後の事は……、うん、後で考えよう!!!
「それで、いいのかな? アーレイクを……、君達を見捨てて、魔界に帰るなんて……。そんな事、僕には……」
ユディンはまだ迷っているようだ。
だけど、もう時間が残されていない事は、いくら勘の悪い俺でも分かっていた。
早く……、早くしないとっ!
クトゥルーがあの小山から出てきてしまえば最後、悪魔の書ゴエティアとかいうやつで、ユディンは操られてしまう!!
そうなれば、もっとピンチだし、アーレイク・ピタラスとの約束も守れなくなっちゃう!!!
「あ~も~……、早くっ!!!」
グズグズするユディンに対し、じれったくなった俺は、何も深く考えず、ユディンの大きな大きな手を握って、思いっきり引っ張っていた。
するとその反動で、ユディンは軽く前のめりによろめいて、その場から一歩大きく踏み出して……
ブウォーーーン!!!!!
「ひゃあっ!?!?」
動いたユディンの足元から、でっかい光の玉が飛び出してきたではないか。
「しまった! 力場の封印が解けたっ!?」
驚き慌てるユディン。
なななっ!?
何これっ!!?
タマ!?!?
(作者のやつ、本当に玉が好きだなっ!!!!?)
様々な色が混じり合うその光の玉は、直径おそよ2メートルと、かなり巨大だ。
その表面は、まるで生き物のように、呼吸しているかの如く波打っている。
ひとりでに空中に浮かび上がったそれは、グルグルと回転しながら、何かを待っているかのようにその場に留まっていた。
「それでいいっ! 帰るんだっ!! ユディン!!!」
こちらを振り向く余裕すら無いのだろう、前を向いたまま叫ぶアイビー。
「でも…………。でもぉっ!」
でもでも言うユディン。
『ユディンてめぇっ!? 逃げる気かぁあっ!!?』
岩の小山の中から叫ぶクトゥルー。
小山は既にヒビだらけとなっていて、今にも崩れ去りそうだ。
その表面にある魔法陣も、ぐにゃりと形が歪んでしまっている。
もう本当に時間が無いっ!
なんとか、なんとかして……、あっ!?
そうだっ!!
俺は咄嗟に、腰に装備していた万呪の枝を取り出し、ユディンに向かって構えた。
「なっ!? 何をするっ!!?」
叫ぶユディン。
びっくりしてるだけだろうけど、悪魔の姿だから、顔がめっちゃ怖い!
だけどもう、時間が無いんだよっ!!
俺がユディンを、元いた魔界に帰す!!!
「ごめん! 元気でねっ!! 吹っ飛べっ!!!」
枝の先をユディンに向けて、俺は叫んだ。
するとユディンの体は、何かがぶつかったわけでもないのに、光の玉が浮いている後方へと吹っ飛んで……
「うわぁあ~っ!?!?」
その声を最後に、ユディンは光の玉の中へと姿を消した。
後に残ったのは、何事も無かったかのようにそこに浮かび続ける光の玉と、足下で輝く紫色の魔法陣と……
「や……、やったぜ!」
そう言って、小さくガッツポーズする俺だけだった。
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ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
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