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★セシリアの森、エルフの隠れ里編★

37:採掘マスター

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 首を九十度横に向けて、かにさん歩きで鉄格子の間をスルリ……

「おぉっ!?」

 すり抜けられたっ! 
 牢屋から出られたぞぉっ!! 
 やったぁっ!!!

「おぉ~、出られたじゃねぇか!」

 ヘラヘラと笑うテッチャ。
 しかし喜びも束の間。
 俺のよく聞こえる耳が、カツカツカツと、こちらに向かってくる靴音を察知する。

 やっ、やばいっ……!?

 すぐさままた首を九十度横に向け、蟹さん歩きで鉄格子の間をスルリ……
 間一髪で、見回りをするエルフの男と鉢合わせせずに済んだ。
 牢屋番なのであろうエルフの男は、手に小さな松明を持ち、此方を照らす。
 冷徹な目でギロリと中を見て、俺とテッチャがいる事を確認すると、何も言わずにその場を立ち去って行った。

「ふぅ~、危なかったぁ~」

 二人揃って、安堵の息を漏らす俺とテッチャ。

「あいつがいる限り、ここを出られたとしても、脱獄は難しいのぉ~」

 テッチャの言う通りだ。
 せめて、万呪の枝でもあればなぁ……
 生憎、荷物と一緒に没収されてしまっている。

「ところでおめぇ、その服についている石なんじゃけどよぉ」

 ん? 石??

 突然話題を変えて、俺がローブの下に着ている服を指さすテッチャ。
 この服は、テトーンの樹の村の近くに生息する大型ののような虫、その名もコイカの幼虫が作る繭から取れる糸を編んで作った、完全テトーンの樹の村原産のポロシャツ風の服である。
   ピグモルの基本装備品と言ってもいいだろう、村のみんながいつも着ている服だ。
   村の近くの森に咲く、四季折々の花を染料として使い、みんな自分好みの色のポロシャツを作って着ているのだ。
 テッチャが言う石というのは、ボタン代わりに首元に縫い付けられている、青い小石の事だろう。

「これが、どうかしましたか?」

「その石さ、どこで手に入れたんじゃ?」

 どこで手に入れたも何も……

「えと……。僕の村の近くの小川に、いっぱいあるんです。綺麗だから磨いて、村ではみんなの服のボタンに使っていますね」

「なんっ!?」
 
 俺の言葉に、驚くテッチャ。
 両手を空中で、わわわ~! と動かして、驚き方としてはとてもナイスなリアクションだ。
 しかし、何をそんなに驚いているのだろう?

「ボタンとはまぁ……、なんちゅう贅沢な事を……。おめぇ、その石はなぁ……、採掘界では有名な、超高級な鉱石、ウルトラマリン・サファイアじゃぞ?」

 え? サファイア??
 ……ってまさか、宝石のっ!??

「えぇぇっ!?!?」

「ばっ!? 大きな声出すでねぇよっ!」

 地下牢内に響いた俺とテッチャの声。

「うるさいぞっ! 静かにしろぉっ!!」

 案の定、遠くにいるはずの牢屋番エルフから怒声が飛んできた。

「……うぅ、怖い」

「しっかしまぁ、まさかそれをボタンにしとる奴がこの世にいるなんざ、思ってもみなかったのぉ~」

 呆れたように笑うテッチャ。

 サファイアは、俺の前世の記憶の中にも情報が残っている。
 こう、指輪とか、ネックレスとかイヤリングとか、装飾品に使われる綺麗な青い宝石だ。
 それがまさか、この石が……?
 綺麗だ綺麗だとは思っていたが、サファイアだとは思ってもみなかった。

「おめぇ、川にいっぱいあるってか?」

「あ、はい。けっこうゴロゴロあります」

 大きさは小さいけれど、本当に、かなりゴロゴロとあるのだ。

「そりゃまぁ、なんちゅう魅力的な話じゃ。これがありゃ、金がガッポガッポ稼げるぞぉ~?」

 いやらしく、にやにやと笑うテッチャのその顔は、どこぞの悪役の如く、守銭奴しゅせんどまる出しである。
 俺は自然と一歩下がって、テッチャから距離を取った。

 しかし、こんな薄暗い中で、こんな小さなボタン一つで、それも大して磨かれてもいないこの石で、これがサファイアだと気付くとは……

「あの……、テッチャさんはその、何者なんですか? どうして、これがその、サファイアだと……??」

「んん? おめぇさ、ドワーフの事はあまり知らんのか??」

 テッチャの言葉に、頷く俺。
 ドワーフどころか、世界の何もかもを知りません、はい。

「そぉかそぉか、なら仕方ねぇのぉ。ドワーフっちゅうもんはな、大抵の奴が鍛冶職人でのぉ。みぃ~んな、石や岩、鉱石なんかに詳しいんじゃ。特にわしは、鍛冶職人の中でも採掘ギルドに属する、いわゆる採掘マスターってやつでのぉ。世界中飛び回って、珍しい鉱石を探したり採取したりしとるんじゃ」

 ほほう? なんか、ギルドとかマスターとか、急にラノベっぽい用語が飛び出してきたぞ??

「これほどでけぇウルトラマリンサファイアには、そうそうお目にかかれねぇ。一つにつき30000センス……、いや、もしかすると50000センスは値がつくかも知れんのぉ……、ぐふふふ」

 実に嫌らしいお顔で笑いますね、あなた。

「あの……、せんすっていうのは……?」

「なんじゃ、通貨も知らんのか? とんだ田舎もんじゃのぉモッモは! ガッハッハッハッハッ!!」

 ほほう、通貨とな?
 やはりこの世界にも、貨幣価値が存在するわけか。
 もちろんピグモル達には、そんな文化が微塵もなかったから知らなかったが……
 通貨が存在するとなると、この先旅していく上で必ず必要になるだろうな。
 となると、何か稼ぐ方法も考えないと……

「しかしまぁ、こんな所で金儲けの話をしても意味はなかろう。まずはここを出にゃ~。おめぇも、せっかく出られても看守がいるんじゃ動けんしのぉ。まずはあいつをどうにかせんと……」

 ふむ、仰る通りだ。

 こんな時こそ、長老にもらったあの自由の剣、(本当は呪いをかける恐ろしい木の棒)またの名を万呪の枝があればなぁっ!
 ていていっ!! て呪いをかけて、スタコラサッサと逃げられるのになぁっ!!!

 荷物を取られたのはここに着いてからだ。
 となると、恐らく、あの通路を曲がった先に、荷物と一緒に万呪の枝もあるはずだ。
 だけど……

 カツカツ、カツカツカツ、カツカツカツカツカツカツ

 動き回っているらしい牢屋番エルフの靴音が、絶えず聞こえてきている。
 隙を見て、万呪の枝を取りに行く、……な~んて、無謀以外の何ものでもない。
 どうすればいいものか……
 せめて、隠れ身の……、あっ!?

 はたと気付いた俺は、自分の体をバッ! と見る。

 俺が身に着けているこれ!
   このローブ!!
 これ隠れ身のローブじゃんっ!?
 これを使えば、姿を消す事が出来るんじゃんっ!??

 光明を見出した俺は、一人ニンマリと笑う。
 だけど、同時に自分のアホさ加減に嫌気がさして、すぐさま苦笑いに変わる。

 ……何故?
   何故今まで、気が付かなかったんだ??
 しっかりしろよ、俺っ!!!
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