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★オーベリー村、蜥蜴神編★

108:神の呪い

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   ……美味しそう?   何が??   何処が???

   グレコの言葉に、首を傾げる俺。 
   目の前の光景を改めて見渡す。

   ギンロは、巨大トカゲに留めを刺そうと、倒れた方へとゆっくり歩き出す。
   カービィは、役目を終えた杖と魔導書を片付けている途中だ。
   木々は無残に薙ぎ倒され、地面は土が盛り上がったり穴が空いたりと凸凹のぐちゃぐちゃ。
   この景色のどこに、美味しそうなものがあると??

   あとある物といえば、横たわった瀕死の巨大トカゲのみ。
   無残にも肉が抉られて、止まった心臓が顕となり、至る所に血飛沫が飛び散っ……、血飛沫? 
   そういや……、土や木の匂いで気付かなかったけど、辺りは随分血生臭い。

   再度、グレコに目をやると……

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

   目を大きく見開き、荒い呼吸をしている。
   真っ赤なその瞳は、真っ直ぐに、巨大トカゲの心臓を見ていた。

「ぐ、グレコ?   大丈夫??」

   俺が声を掛ける方が早かったのか、グレコが走り出す方が早かったのか、どっちかはわからない。
   ただ、今の今まで隣にいたはずのグレコが、視界からスッと消えて……

「グレコ!?   何をしておるっ!??」

   ギンロの大声が、耳に届いた。
   慌てて前方を見る俺とカービィ。
   巨大トカゲの体の上、肉が抉られ顕になった心臓に、グレコは喰らい付いていた。

「なっ!?   何してんだグレコさんっ!??」

「しまった……、限界だったんだ!」

   走り出す俺とカービィ。
   ギンロがすぐさまグレコの体を巨大トカゲから引き離すも、その髪は既に真っ黒に染まっている。
   そして、グレコに心臓を喰らわれた巨大トカゲは、みるみるうちに石化し始めた。

「あぁぁ……、あぁあぁぁ~!!!」

   途端にグレコは奇声をあげて、苦しみ始める。
   両手で頭を押さえて、支えようとするギンロの腕を振りほどく様に、体を大きく動かしている。
   その全身からは、生き物が焼ける焦げ臭い匂いと共に、黒い煙が上がり始めた。
   そして、急に動きが止まったかと思うと、グレコはパッタリと倒れてしまった。

「まずい、神の呪いだ!」

「神の呪い!?    なんだそれはっ!??」

「名前の通りさ! 神殺しをする際に、必要以上に神に近付くと呪いをかけられるっ!! 血を吸うなんて以ての外だっ!!!」

「じゃ、じゃあ、グレコは呪われちゃったのっ!?」

「おそらくなっ!   しかも相手は邪神だ、ただの呪いじゃないぞっ!!」

   そっ、そんなぁっ!??

   ギンロは倒れたグレコを抱き上げて、地面へと降ろす。
   その間もずっと、グレコの体からは黒い煙が上がり続けている。
   遂には白目をむいて、ガタガタと全身が痙攣し始めた。

「ぬぅ~、なんとかならんのかっ!?   カービィ!??」

「今やってる!   待ってくれ!!」

   グレコのそばに腰を下ろし、鞄を広げて、中から様々な物を取り出すカービィ。
   小鉢に擦り棒、いろんな色の粉末が入った沢山の瓶に、何なのかわからないような干からびた棒切れ。
   それらを小鉢にぶち込んでゴリゴリとすり潰し、最後に透明な瓶に入った液体を注いだ。

   何も出来ない俺は、固唾を飲んで見守るしかない。

   グレコ!   死なないでっ!!

「すぐに対処すれば間に合うはず……、瘴気しょうきを体から出さないと……、これを飲ませてくれっ!」

「うむっ!」

   カービィから小鉢を受け取って、グレコの口へと運ぶギンロ。
   コクン、とグレコの喉から音がして、飲み干した事を確認し、しばらく様子を見るカービィ。
   すると、グレコの全身の震えが治まった。

「良かったぁ……。でも、煙がまだ……」

   そう、まだ煙が治まらない。
   なんとも言えない焦げ臭い匂いを放ちながら、グレコの体は黒い煙を上げ続けている。
 そして奇妙な事に、グレコの首辺りの白い肌が、黒ずみ始めたではないか。

「くそぉ~、やっぱりマンドレイクが必要か!?」

   カービィが、悔しそうに俯く。

「……マンドレイク?   マンドレイクってあの、地面に生えてるやつ??」

「あぁ、最近では野生のマンドレイクが減ってしまって、高値で取引されるようになったから、買い揃えられてなかったんだ……。くそぅ、今から買いに行ったんじゃ間に合わない!」

「あ、え、あるよっ!   マンドレイクっ!!」

「何ぃっ!??」

   驚くカービィに目もくれず、俺は鞄の中を漁って……
   あった!   マンドレイク!!

「はいこれっ!」

「おぉっ!?   すげぇっ!??   なんでこんな物持ってるんだモッモ!???」

「いいから早く!   グレコを助けてっ!!」

   すぐさま、また薬を調合し始めるカービィ。
   マンドレイクの根の部分をすり潰し、いくつか粉末を加えて、最後に液体を注いだ。

「頼む!   ギンロ!!」

「うむっ!   グレコよ、しっかりしろ!!」

   コクン、と、薬を飲み干すグレコ。
   しかし、黒い煙は治まらず、首の黒ずみも消えず、目を覚ます気配もない。

   ……ど、どうして?   マンドレイクでも駄目なのっ!?

「か、カービィ!??」

「駄目だ……、薬が効かねぇ。神の呪いはそれほどまでに強いのか……?」

   わなわなと震え、唇を噛み締めるカービィ。

「何か、他に方法はないのかっ!?」

「あるとすれば、マンドラゴラだ。けれど、この森にはマンドラゴラなんていない。マンドレイクですら手に入りにくいんだ、マンドラゴラなんてとてもじゃないが……」

   ギンロの言葉に、力なく膝をつくカービィ。
   しかし、俺とギンロは違っていた。

「マンドラゴラ?   マンドラゴラなら……、モッモ!?」

「あ、で、でも……、カービィ、マンドラゴラを、どうするの?」

「マンドラゴラには、マンドレイクとは比べ物にならないほどの清浄効果があると言われている。魔物一匹分の命を使った薬だからな、相当強力だ。けど、マンドラゴラなんてそんな……。まさか、持っているのか?」

   ど、どうしよう……
   俺のポケットの中には、マンドラゴラのゴラがいる。
   ゴラを使えば、グレコは助かる。
   けど、そうなると……
   ゴラは、どうなるの?

「モッモ、何を迷っているのだ!?   仲間の命がかかっているのだぞっ!??」

   ギンロが唸り声を上げる。

「まさか本当に、マンドラゴラがいるのか!?   なら、早く、早く出してくれっ!!   これ以上時間が経つと助けられなくなるっ!!!」

   どうしよう、どうしよう……
   グレコが死んじゃう、それだけは嫌だ。
   けど、ゴラが死んじゃうのは?
   ゴラが死ぬのも、俺は……

「ジェジェジェッ!!」

「ゴラっ!??」

   俺のズボンのポケットから、スポーン!   と、マンドラゴラのゴラが飛び出した。
   そして自ら、カービィの手に収まるゴラ。

「モッモ、いいんだよなっ!?」

   カービィに問われる。

   良くない、良くないよっ!
   でも、このままだとグレコが……
   どうしよう、どうしたらいいんだ!?

   決断できずにいる俺に対し、ゴラは、全てを悟ったような顔で、ニパッと笑った。
   そして……





   
   視界が涙で滲む中、カービィは新たな薬を調合し、ギンロがグレコの口へと運んだ。
   そうする事でようやく、グレコの体から発せられていた黒い煙は止まり、首元の黒ずみも消えていった。

   そして、俺の震える手の中には、体を半分失った、小さなゴラが横たわっていた。
  
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