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★港町ジャネスコ編★

174:興奮状態

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   バリ、バリリ……、バリバリバリバリバリッ!!!

「そっ!?  そんな馬鹿なっ!??  わしの、わしの魔法陣がぁぁっ!???」

   狼狽えるユーク。
   バチバチと激しく火花を散らしながら、地面から剥がされていく魔法陣。
   それと同時に、ユークの持つ杖の悪魔石には、ビシビシとひびが入っていく。

『もっと、もっとだぁ……。全てを吸い込め、虚無の穴っ!!!』

   ズゾゾゾゾォオォォ~!!!

   イヤミーの声に呼応するかの様に、更に威力を増していく虚無の穴。
   闇の球はどんどん膨らんで、吸い込めるものは何でも吸い込んでしまう巨大な穴は、まるで大きな怪物の口の様だ。

「くっ、何という力……。モッモ、我から離れるでないぞ!」

   うぅうぅぅ~! 言われなくても、絶対に離れませんっ!!

   もはや、両手両足のみならず、全身を使ってギンロの足にしがみつく俺。
   放してしまえば最後、俺の軽~い体は、必ずあの穴へ吸い込まれてしまうに違いない!
 あんな恐ろしく暗い穴の中で、命尽きるまで、いや、命が尽きてもずっとずっとあの中で彷徨い続けるなんて……
 そんなの絶対にごめんだあぁ~いっ!!

「よし!  魔法陣が完全に無くなると同時に、総攻撃を仕掛けるのだ!!」

   サカピョンの言葉に、みんなが頷く。

 俺はもう無理だから、みんな頑張って! 早くユークをコテンパンにしっちゃってぇっ!!

   バリバリバリッ!!   バリリリリィイィッ!!!

   ピシッ、ピシピシ……、パリーンッ!!!

「ぬおぉおぉぉっ!??」

   地面から完全に引き剥がされた魔法陣。
   ひび割れ、粉々に砕け散る悪魔石。
   それらを目にしたユークの怒りはピークに達して、地の底から響いて来るような唸り声を上げた。

   ズゾゾゾ、ズゾゾゾゾォオォォ~!!!

   イヤミーが操る巨大な虚無の穴は、数多の魔法陣を赤い光や火花もろとも飲み込んでいく。

「今だっ!!!」

 キューン♪ キュルルリリ~ン♪

 サカピョンが、召喚したバイオリンで軽快な音楽を奏で始めた。
 体の奥から力が湧いてくるような逞しいその旋律は、まるで戦う者を鼓舞するかのような曲調だ。
 その音に背を押されるかのように、みんなが一斉に武器を構える。

「い~っけぇっ!」

 最初に攻撃を仕掛けたのはグレコだ。
 弓を構え、狙いを定めて、魔力で生成した黒い荊の矢を、ユークに向けて放った。

 ヒュンッ! ……トスッ!!

「ぐわぁあぁぁ~っ!?」

 グレコの放った矢は、ユークの左目に命中すると同時に、そこには真っ黒な荊が生い茂った。
 ユークの左目は荊に覆われて、完全に視界を遮られてしまったようだ。

「くらえぇえぇっ!!」

 ユティナは雄叫びに似た声を上げながら、体を軸にして、両手に握った斧をブン! と回した。
   その斧には、グレコの黒い荊に良く似た、魔力で生成された真っ赤な荊が巻きついている。
 
「ぐぎゃあぁぁ~っ!??」

 きゃあぁぁっ!? グロテスクッ!??
 
 真っ赤な荊の斧を、勢いよく振り切ったユティナ。
   余りの勢いに、ユークの足が吹っ飛んだんじゃないかと両手で目を覆う俺。
 しかし、巨大化したユークの足は太く頑丈で、肉が抉られ、ダラダラと大量に血を流してはいるものの、まだ体にくっついている。

   だが、攻撃はかなり効いているらしい。
   ユークはガクッと膝を折り、地面に手をついた。

「ギンロ! 止めを刺すぞっ!!」

「承知っ!!!」

 カービィの言葉に頷いたギンロは、未だガシッとしがみついている俺にお構いなく、ユークに向かって走り出した。

 ちょっ!? 俺このままっ!??
 降ろして……、って、速いっ!! 走るの速過ぎて目がおかしくなるぅっ!!!

 ギンロの足にしがみついたまま、高速で流れていく景色に酔いそうになる俺。
 その視界の端で、魔導書を開いたカービィが、自分の周りに神々しいまでの光を放つ虹色の魔法陣を描き出した。

宿れアフィクノ 火炎フォティア!」

 呪文を唱えたカービィの魔導書から炎が噴き出したかと思うと、それは真っ直ぐにギンロが両手に握っている双剣へと向かい、二本の魔法剣は燃え盛る青い業火を宿した。

 あっつっ!? 俺まで熱いぞぉっ!??

 叫ぶこともできないまま、全速力で走るギンロと共に、俺の眼前までユークが迫って……

 ザシュッ! ザシュシュシュシュッ!!

 空中に浮かび上がった感覚の後、連続で肉が切れる音が聞こえたかと思うと、目の前を赤黒い血飛沫が無数に飛び散った。
 眼下に見える、肉体を斬り刻まれて白目を剥くユーク。
 そして、その巨体を飛び越えたギンロは着地と共に、どこかで聞いた事があるような台詞を口にした。

「……お主はもう、死んでいる」

 出たぁっ!? ギンロの中二病っ!!?

「ぐぐっ……、ぐはぁっ!!?」

 体中から血を流し、口からも大量に吐血したユークは、ドッシーン! という地響きを立てながら、その巨大な体を横たえた。

 演奏を止めるサカピョン。 
 シーンと静まり返る港。

「や、やった……?」

 二本目の矢を構えたままの格好で、尋ねるグレコ。
 ギンロは、魔法剣についた血を振り払うかの如く、シュンシュンと双剣を軽く回した。
 斧をきつく握り締めたまま、ユークの様子を伺うユティナ。
 テクテクと、何の気なしにユークに近付くカービィ。

「……ん~、意識を失ってはいるけど、まだ息はあるな」

 ユークの顔を覗き見て呟いた、その時だった。

「ぐ……、人魚を、わせろぉおぉぉっ!!!!!」

   ユークが、閉じていた目をカッ!  と見開いた。

 片目を潰され、片足が千切れそうな状態で、更には全身肉を抉られ血塗れになってもなお、ユークは動いた。
   目を血走らせ、全身の毛を逆立てて、誰もが予想だにできなかった瞬発力でジャンプして……
   一番離れた場所に立っていたフェイアに、猛スピードで飛びかかったのだ。

「いけないっ!? 興奮状態トランスだっ!!」

 サカピョンの声が響く。
 しかし、もう誰もユークを止められない。

 驚きの余り、目を真ん丸に見開いて、叫び声も上げられずに立ち尽くすフェイア。
 巨大なユークの手が、フェイアの脆い肢体を握り潰さんとした……、その瞬間!

「へぶっ!?」

 間抜けな声を出して、地面に転がった俺。
 ぼよんぼよんと何度かバウンドして、ハッと前を見た時にはもう、決着が着いていた。

「ぐぐぐ……、ぐががが……、うぐ……」

 苦しそうに、口から血と息を吐くユーク。
   横たわったその巨体はガタガタと震えている。

 ユークを止めたのは、ギンロだった。
   しかし、そこに居るのは、いつものギンロではない。
 その姿は紛れもなく、魔獣フェンリルそのものだ。
 両足でユークの巨体を踏みつけ、その首元に鋭い牙で噛みついている。
 少し体は小さいものの、その迫力、溢れ出る殺意は魔獣以外の何ものでもない。

「あ……、あぁ……」

 腰を抜かし、その場に座り込むフェイア。
 目の前にいる魔獣を見つめ、放心してしまっている。

「あいつ……、獣人じゃなかったの?」

 ユティナも、驚いた顔で声を漏らした。

 ふーふーと、荒い息をするギンロ。
   全身の毛が逆立ち、その瞳はチリチリと細かく揺れていて、まるで焦点が合っていない。

 ギンロが噛み付いたユークの首からは、ボタボタと大量の血が流れ出ている。
 慌てて駆け寄るカービィ。

「ギンロ!  もうよせっ!?  殺しちゃいけねぇ!!」

   カービィの言葉に、ギンロは我に返ったようにハッとなり、すぐさまユークの首元から口を離した。

   興奮状態になっていたのはユークではなく、ギンロの方だったのだ。
   大量の血がドバドバと流れ出て、ユークはピクリとも動かなくなった。
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