素材鑑定士見習いの徒然なる日常 〜愛されスピーの村外研修〜

玉美-tamami-

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「それじゃあヒロト様、スピー君をよろしくお願いします。スピー君、月末には必ず、騎士団のギルド本部に顔を出すようにね、研修報告書を提出してもらわなきゃならないから」

「はいっ! わかりました!!」

「安心してね、オーラス。スピー君の事はお任せください」

「ははははっ! ヒロト様が保護者ならば、な~んの心配もしていないですよ! それじゃあスピー君、頑張るんだぞ!?」

「はいっ! 頑張ります!!」

 スピーとヒロトを残し、オーラスは意気揚々と帰って行った。

「さ~て……。それじゃあ、家の中を案内するよ」

「はいっ!!!」

 ヒロトの後に続いてスピーは、店のカウンターの奥へと入って行く。

「うわぁ……、すごぉ~い……」

 スピーは再び感嘆の声を上げた。
 目の前に広がる見た事のない光景に、いったいどこを見ればいいのかと、左右に目をキョロキョロとさせていた。
   様々な素材で溢れかえるその部屋は、作業机と棚で緩く間仕切られているものの、あらゆる物が雑多に置かれているために、かなり散らかって見える。

「ここは工房アトリエだ。右手にあるのが鉱石鑑定用の作業机と道具類、左手にあるのが植物鑑定用の作業机と道具類だね。右奥にあるのが僕の机で……、左奥の扉の先には水回りがあるよ。まぁ見ての通り、なかなかに整頓がされていなくてね」

   はははと笑いながら、ヒロトは部屋の中を歩く。
   スピーは、作業机の上に置かれたままの、いろんな色や形をした植物や鉱石を横目で見ながら、ヒロトの後ろを歩く。

「こっちの扉から二階に上がるんだ」

   水回りに続く扉とは別の扉を開くと、そこには階段が現れた。
   
「登れるかい?」

「あ、大丈夫です!」

   短い手足を使って、スピーは懸命に階段を上る。
   一段の高さがさほど高くないので、慣れればなんてことないだろう、それほど苦労はしなくて済みそうだ。

「二階と三階は生活スペースになっているよ。そっちの扉は台所と食料庫に繋がっている」

   温かみのあるオレンジ色の絨毯に、ピグモルであれば十人は座れるほどの大きな茶色のソファー。
   石造りの暖炉と、木製の食卓と椅子が四脚。
   そして、一階から吹き抜けとなっている部分には、柵が設けられている。
   柵の隙間から覗いてみると、随分と下の方に、店の床が見えた。

「食事は、外食をする時以外はみんなでここでとる。従業員の一人に料理が上手い子がいてね。料理は全て彼任せさ。ちなみに、食料庫には冷箱クールボックスも完備しているから、小腹が空いた時には中を見てみるといい。何かしら食べ物が入っているだろうから。あ、でも、名前が書いてあるものは食べてはいけないよ、怒られるから」

「はぁ……? あの、冷箱っていうのは……?」

「あぁ、えっと……。魔法で常時中身が冷えている箱の事だよ。作った料理を冷やしておく事で、すぐに腐ってしまわないようにしているのさ」

「なるほど! それはとても便利ですね!!」

 感心するスピーに、ヒロトはにんまりと笑う。

「だろう? さて、三階へ行こう」

 階段を更に上って三階に行くと、その先は扉が四つある廊下だった。

「三階は従業員の個人スペースさ。手前の二部屋はもう使っているから、奥の部屋のどちらかを君が使うと良い」

 ヒロトにそう言われて、スピーは何の気なしに、奥の右手の扉を開いた。

「わぁ……、ふぇ? ふぇっ、ふぇっ、ふぇえっくしゅんっ!!!」

 舞い上がる埃を吸い込んでしまったスピーは、豪快にくしゃみをする。
 長年使われずにいたためか、部屋の中は埃まみれで真っ白だ。

「あぁ、こりゃ酷いな……。ちょっと待って」

 ヒロトはローブの内側から杖を取り出す。
 先端に七色の宝石がついた、長さ30センチほどの細長くて黒い木製の杖だ。

「レイキ・ケヅターカ」

 ヒロトが呪文を唱えると、杖の七色の宝石がきらりと光って、蜘蛛の糸のような七色に光る細くしなやかな糸が放出され、空中を無数に飛び交い始めた。
 それらは流れるようにして部屋を巡り、独りでに窓が開かれたかと思うと、降り積もっていた埃は全て外へと飛び出して行って、真っ白だった床や壁は、本来の姿である落ち着いた雰囲気の木の色を取り戻した。

「まっ!? 魔法っ!?」

 あまりに一瞬の出来事、あまりに美しいその現象に、スピーは目をパチクリさせる。

「よし、これでいい。ベッドと机と椅子と……、全部少し大きいね? もう少し小さめがいいかな?」

 部屋に置かれているベッドと、勉強机のようなシンプルな机と椅子を見て、ヒロトはスピーに尋ねる。
 しかしスピーは、まだ部屋が一瞬で綺麗になった事に感動していて、ヒロトの話を全く聞いていない。

「……うん、ちょっと変えようか」

 スピーの返事を待たずして、ヒロトは腕まくりをし、再度杖を振った。

改装ヴェルティオーノ

 すると、瞬く間に、部屋の内装が変わっていく。

「わわわっ!? わあぁぁっ!!」

 もはや驚くことしかできないスピー。

 机と椅子、ベッドは、スピーの体のサイズに合うようにと少し縮み、今まではなかったはずの、スピーサイズのチェストとタンス、さらには本棚までもがどこからともなく現れた。
 床には芝生のようにもさもさとした緑色の絨毯が敷かれ、ベッドにはふわふわの清潔な白い羽毛布団が用意されたのだ。
 そして窓には黄緑色のレースカーテンが掛けられて、どこから生えてきたのかはわからないが、天井の一部には蔦科の魔法植物が生い茂り、一瞬で鮮やかな黄色の花をつけた。

「うん。こんなもんかな。もし気にいらないところがあれば、いつでも言ってね、直すから」

 ヒロトは満足げに頷いて、杖をローブの内側にしまった。

「す、凄い……。僕、凄いところに来ちゃった……」

 嬉しさを通り越して、唖然とするスピー。
 こんなに素敵な部屋を、僕の為に用意してくれるだなんて……、ヒロトさんはなんて優しいんだろう……、と、まるで神様でも見るかのように、畏敬の眼差しでヒロトを見つめている。

「ははは、喜んでもらえているなら嬉しいよ。……っと、そろそろみんな戻ってくるはずだから。荷物が片付いたら下においで」

「あ……、は、はいっ! あっ! ありがとうございますっ!!」

 深く深く頭を下げるスピーに対し、ヒロトはにっこりと微笑んで、二階へと階段を下りて行った。

 一人きりになって、改めて部屋を見渡すスピー。
 故郷の村の自分の家ほどの大きさがあるこの部屋を、たった一人で使ってもいいだなんて……

「贅沢過ぎる……」

 あまりの好待遇、あまりに順調すぎるこの現状に、スピーはいささか不安を覚える。
 しかしながら、元来物事を深く考えない性格のために、窓から吹いてきた爽やかな風につられて、なんとなく外を見てみると……

「う……、うっわぁ~!!!」

 視界に広がったのは、様々な色の屋根の建物が立ち並ぶ、壮大な王都の風景だ。
 居住用の建物や、ギルド本部の建物、国立の施設など様々だ。
 しかし、見えるのは建物だけではない。
 ピグモル族は、視力がとてつもなく良い。
 町行く様々な人々、種族、王都に暮らす者たちの姿が、スピーにはここからは一望できた。

 スピーは気付いていなかったが、魔法王国フーガの王都フゲッタは、中心にある王宮に向かうにつれて緩やかに地盤が低くなっているのだ。
 つまり、東地区の端に当たるヒロトの家兼素材屋は、中央地区に比べると少し高台にある事になる。
 なので、目を凝らさずとも、それは見えた。
 遥か西の方角には、国王の暮らす七色の王宮が、太陽の光を浴びて悠然と輝いていた。

「ここから、始まるんだ……。僕の、村外研修は……。んんんっ! いよ~っし! 頑張るぞぉっ!! 村のみんながアッと驚くような村外研修を、僕はしてみせるぞぉっ!!」

 フンッと鼻から大きく息を吐き、胸を張って、スピーは決意を新たにした。

 こうして、ピグモル族の青年スピーは、兼ねてより切望していた魔法王国フーガでの村外研修に取り組む事となったのである。
 この先で彼を待ち受けているのは、果たして幸か不幸か…… 
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