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第12話:悪い奴を捕まえるのが、私の仕事だ
しおりを挟む二日後、スレーンの森近くにある小麦畑には、港町セレッセから沢山の軍人がやって来た。
その中にはもちろん、ローザンもいた。
「やぁ、ディーナ! 期待に応えてくれて嬉しいよ!」
腹を震わせながら、笑顔で近づいてきたローザンに対し、ディーナはいつも通り冷めた目を向ける。
「それにしても大変だったなぁ、いや~、お前を送って本当に良かった! はっはっはっ!」
高笑いするローザンの目に、ディーナの横にちょこんと座っているペチェが目に入った。
「おぉっ!? 君はいつぞやのリーフエルフ君じゃないか!? 君もディーナと共に活躍してくれたそうだね? ありがとう。港町に戻ったら、ちゃんとお礼をするからね」
急に声色の変わったローザンをジロリと睨み、ディーナはふんっと鼻を鳴らす。
「で、カミ―の様子は?」
足に怪我を負ったカミ―は昨日、先にこちらに着いた救護隊によって、セレッセの病院に運ばれていた。
ディーナは責任者として小麦畑に残ったのだが、できればカミ―に付き添いたかったのだ。
「あ~、カミ坊なら大丈夫さ! 思ったより傷が浅くてな。なに、一週間もすれば仕事に復帰できるさ!」
ローザンの言葉に、ディーナはちらりとペチェを見る。
ペチェは恥ずかしそうに頬を赤らめつつも、ニコリと笑うのだった。
セレッセから派遣された国営軍の軍人たちは、その後一週間ほどかけて、小麦畑の屋敷をくまなく捜索した。
屋敷からは大量の薬物と、その他数々の悪事の証拠が見つかり、上級貴族アーモンズ侯爵は重要参考人として王都の国営軍本部に引っ張られた。
ペチェが蔓でグルグル巻きにしたドルクたち屋敷の使用人一行は、そのままセレッセの町まで連行され、アーモンズ侯爵の判決が出次第、彼らの有罪も確定となるそうだ。
ミドヌーたちは、あの夜以降一度も姿を見せていない。
ペチェが言ったように、森の奥でみんなで、平和に子育てをしている違いない。
ウィーダスはと言うと、なんと、あの革袋の中で息絶えてしまっていたらしい。
きっと、カミ―が革袋を指で弾いたあの時に、当たり所が悪かったのろう。
少しばかり可哀想に思うが、それもまぁ仕方のない話だと、ディーナは思うのであった。
「しかしまぁ、本当によくやってくれたよ。まさか、ここまでの事が起こっているとは……。さすがの私も予想し切れてなかった……。すまなかったな」
帰りの馬車の中で、ローザンが急に謝ってきた。
その様子に、ディーナが感慨深くなるわけもなく、気持ち悪い奴だなといった目でローザンを見る。
ディーナの膝の上では、ペチェが頭をもたせ掛けて、スヤスヤと寝息を立てている。
「別に構わない。金が必要だっただけだ。それに……」
言葉を濁すディーナ。
「それに、なんだ? 言ってみろ?」
促すローザン。
「……きっと、マリスクも、同じ事をしたはずだ」
ディーナの言葉に、ローザンの目には、数年ぶりに涙が浮かんだ。
「そうだな……。うん、きっとそうだな……」
男泣きするローザンを前に、うんざりとした顔になるディーナ。
それじゃあまるで、マリスクが死んでしまったみたいじゃないかと、ローザンを睨みつける。
「なぁディーナ……。お前、国営軍に戻らないか? 五年前とは違って、軍も変わりつつある。お前の正体が魔獣フェンリルだとしても、もしかしたら問題ないかも」
ローザンの言葉を遮るように、ディーナは手を上げた。
「いいんだ、もう……。私はこれまで、やりたいようにやってきた。だから、これからもやりたいようにやる」
複雑な表情になるローザン。
「だがお前……。じゃあどうして、今回はここまで手を貸してくれたんだ? 好きにやっていいとは言ったが……。悪いが、こんな風になるとは思ってもいなかった。期待してなかったんだよ。それが……。カミ坊のおかげか?」
そう言ったローザンに対し、ディーナはちらちと目線を下に向ける。
そこには幸せそうな笑みを浮かべて眠るペチェ。
「……その子のおかげか?」
ローザンの言葉に、ディーナは首を横に振る。
「悪い奴を捕まえるのが、私の仕事だ。ただそれだけだ」
何度も聞いた事のある、マリスクの決め台詞。
それをディーナの口から聞いたとなっては、旧友であるローザンはもはや、涙を止める事が出来なかった。
ただ、中年でデブの親父の涙など見たくもないディーナは、窓の外に流れる景色をずっと見つめていた。
港町セレッセの、国営軍駐屯所にて。
「こっ!? こんなに貰っても!? 本当にいいんですかっ!?」
机の上に積まれた金貨を前に、ペチェは興奮を隠し切れない。
「あぁ、構わんとも! 君はもしかしたら、この国の英雄になるかも知れんからなぁっ!? はっはっはっ!」
豪快に腹を震わせて笑うローザンに対し、ディーナは明らかに不服そうな顔をしている。
そして、握り締めた拳を、机の上に、ドンッ! と振り下ろした。
ローザンもペチェも、周りにいた軍人たちもみな、一様に驚いてディーナを見る。
「ふざけるな。これの倍は貰ってもいいはずだ。それとも何か? 誤魔化す気か?」
ディーナの凄まじい剣幕に、ローザンの心はポキリと折れた。
「こっ!? ここっ!? こんなっ!? こんなにぃっ!??」
先ほどの四倍、いや、五倍に積まれた金貨の山を見て、ペチェは奇声を上げる。
ローザンは、先ほどまでの笑顔はどこへやら、寂しそうな顔をしながらも仕方がないかと諦めをつけたようだ。
ディーナも先ほどとは違って、満足気ではないものの、当たり前だという表情で黙っている。
これが、私の正義だ……、心の中でそう思っていた。
「……それ、全部送るのか?」
「はいっ! もちろんですっ!」
ローザンから貰った高額報酬を手に、ペチェが向かったのは、セレッセの港にほど近い干物屋だった。
そこにはセレッセ近海で獲れた新鮮な魚や貝を使って作られた様々な干物が売られており、ペチェはそれらを金の許す限り買い尽した。
そして、町の郵便屋に向かい、速達で森の村まで送るという……。
むしろ、郵便が届くのかと問いたいのだが、そこは大丈夫だとペチェは言う。
無論、この町にもエルフは沢山住んでいるし、郵便屋に勤務するエルフもいる。
騙されて盗まれたりはしないだろうが……。
さすがの量、干物の臭いに、郵便屋の職員は揃って顔をしかめていた。
動物の肉は苦手なエルフらしいが、魚はみな好物なのだと、ペチェは笑顔で話してくれた。
ただ、送料もただではないという事で……。
結局ペチェの手元には、金貨三枚しか残らなかった。
「はぁ……。またお仕事探さないとなぁ……」
気落ちするペチェの隣で、自分よりも無計画な生き物がここにいたと、驚くディーナ。
「ディーナさんは、これからどうするんですか?」
不意に尋ねられて、返答に困るディーナ。
金は手に入ったし、明日からの生活の心配はない。
またふらりと、どこかの町に行くのもいいが……。
ふっと頭によぎったのは、マリスクの笑顔だ。
「王都に、帰ろうと思う……」
そう答えたディーナに、ペチェは今までで一番の笑顔を見せる。
「そうですか! じゃあ、お別れですね……。本当に、ありがとうございましたっ! 僕、ディーナさんに出会えて、本当に良かったっ! またどこかで会えたら、一緒に、ぼくと……」
最後の方は涙声になってしまって、聴覚の良いディーナにも聞き取れなかった。
だがしかしディーナには、ペチェが泣いている理由など全くわからない。
なぜならディーナは、全く別の事を考えていたのだから……。
王都に向かう馬車の中で、珍しくふんふんと鼻歌を歌うディーナ。
窓の外を見やるその顔は、自然と微笑んでいる。
隣には、干し果物を頬張りながら、無邪気に笑うペチェがいる。
西の山に、太陽が沈んでいく。
マリスクは、いったいどんな顔をするだろう?
そんな事を考えながら、放浪フェンリルは、今日も旅路を行く。
*第1章、完*
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