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最後の通知
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午後11時47分。静まり返った寝室に、スマートフォンの青白い光が、まるで意思を持つかのように不気味に瞬いた。
「ピロン」
乾いた通知音と同時に、田中は喉の奥から押し殺したような溜息を吐き出した。
まただ。
指先にまとわりつくような倦怠感を振り払い、ずしりと重い端末のロックを解除する。SNSの通知欄には、昨日から見慣れない不穏なメッセージを送りつけてくる、真っ黒なアイコンの見覚えのないアカウントが表示されていた。
『もうすぐ終わりですね』
アカウント名は「@unknown_watcher」。
プロフィール画像は闇そのもののように真っ黒で、フォロワーもフォロー数もゼロ。昨日から、まるで田中の一挙一動を監視しているかのような、背筋が凍るようなメッセージが届き続けている。
昨日は『見えていますよ』
一昨日は『近づいています』
田中は即座にブロックボタンを押し込んだ。これで三回目だ。
なぜか毎回、IDが微妙に異なるアカウントから、同じような気味の悪いメッセージが届く。IPアドレスを巧妙に変えているのか、それとも複数の人間がかりで陰湿な嫌がらせをしているのか。そこまでして何が楽しいのか。
「悪質な愉快犯だな……」虚ろな目で呟いた田中は、その言葉を吸い込むかのように、指先が触れたスイッチから、パチンと軽い音を立てて蛍光灯の白い光を消し去った。
寝室は一瞬にして、墨を流し込んだような漆黒の闇に包まれる。普段は慣れ親しんだはずの闇が、今は彼の心臓を締め付けるように感じられた。明日は大事なプレゼンがある。もう眠らなければ、と自分に言い聞かせる。
ベッドに横になり、瞼を閉じようとしたその時、再びスマートフォンが冷たい光を放った。まるで、田中が眠れないことを見透かしているかのように、手のひらで青白く瞬く。
「ピロン」
心臓が喉までせり上がる。新しい通知だ。
今度は、また違うアカウントからだった。
「@watching_you_now」『窓の外を見てください』
田中の背筋に凍てつくような冷たいものが走った。
同時に、全身の毛穴がぶわっと開くような悪寒に襲われる。彼の住むマンションは12階だ。誰かが外から覗くなど、物理的に不可能なはず。頭ではそう理解しているのに、まるで重い鎖で繋がれたかのように、なぜか窓の方を見ることができない。恐怖で麻痺した視線は、光る画面に縫い付けられたままだ。
もう一度通知が来る。画面の文字が、彼の動揺を嘲笑うかのように、ぞっとするほどはっきりと浮かび上がる。
『なぜ見ないのですか?』
田中は震える指先でスマートフォンを操作し、そのアカウントのプロフィールを確認した。作成日時は今日。投稿は一つもない。フォローしているアカウントも、誰からもフォローされている形跡もない。
それなのに、なぜこのアカウントが、田中がメッセージを読んでいること、そして窓の外を見ないことを知っているのか。
まさか、本当に見られているのか?
理性が警鐘を鳴らす。
三度目の通知。画面の文字が、彼の思考を支配するように頭の中で響く。
『振り返ってください』
田中は全身を硬直させた。振り返る?
部屋の中にいるのは自分だけのはずだ。玄関のドアには、二重に鍵をかけている。全ての窓も、確かに閉まっていたはずだ。
だが、背後の空気が、ぞっとするほど冷たい。まるで、誰かの冷たい視線が、無防備なうなじにまとわりつくようだ。微かな、しかし確かに存在する息遣いのような音が、静寂の中で確かに聞こえている。
スマートフォンの画面が、意志を持ったかのように勝手に点灯し、カメラアプリが起動した。インカメラが田中の顔に向けられ、画面中央に彼の蒼白な顔が映し出される。その背後、寝室の深い闇の中に、ベッドの縁からわずか数歩離れた場所に、人間ではない、しかし確実に人の形をした、漆黒の塊が、ぼんやりと、しかしはっきりと浮かび上がっていた。それは闇に溶け込むようでいて、田中自身の影よりもなお濃く、異質な存在感を放っている。
『こんばんは』
新しいメッセージが画面に表示される。
しかし、この声はスマートフォンからではなく、すぐ後ろから、鼓膜を震わせるほど近くで、耳元で囁かれるように聞こえてきた。その声は、ひどく掠れていて、まるで砂利でも噛んでいるかのようだ。
田中は振り返ることができない。恐怖で麻痺した体は、スマートフォンの画面を見続けることしか許さない。インカメラを通して映る背後の人影が、まるで心底楽しんでいるかのように、ゆっくりと、歪んだ笑みを浮かべているのが見えた。
そして、最後の通知が届く。画面には、ただ一言。
『お疲れ様でした』
途端に、スマートフォンの画面から光が失われ、プツンと、命の糸が切れるような音を立てて部屋は再び、そして今度は永遠に続くかのような、深い、深い闇に包まれた。
その直後、田中の後ろで重く、ゆっくりとした足音が響いた。ギシ、ギシ、と木製の床が鳴る。
その足音は、まるで何かを引きずるかのように、ゆっくりと田中に近づいてくる。
翌朝、12階のベランダから転落した住人を発見したマンションの管理人は警察に電話をした。駆けつけた警察の調べによると、田中は自分のスマートフォンを右手で握りしめたまま、なぜか後ろ向きに転落していたという。
まるで、背後の何かから逃れようと、あるいは引きずり込まれるかのように。
スマートフォンの画面には、最後に送られたメッセージが青白く表示されていた。
『次の方へ』
そして、そのメッセージは、田中のアカウントから送信されていた。
送り先は誰なのだろう…
「ピロン」
乾いた通知音と同時に、田中は喉の奥から押し殺したような溜息を吐き出した。
まただ。
指先にまとわりつくような倦怠感を振り払い、ずしりと重い端末のロックを解除する。SNSの通知欄には、昨日から見慣れない不穏なメッセージを送りつけてくる、真っ黒なアイコンの見覚えのないアカウントが表示されていた。
『もうすぐ終わりですね』
アカウント名は「@unknown_watcher」。
プロフィール画像は闇そのもののように真っ黒で、フォロワーもフォロー数もゼロ。昨日から、まるで田中の一挙一動を監視しているかのような、背筋が凍るようなメッセージが届き続けている。
昨日は『見えていますよ』
一昨日は『近づいています』
田中は即座にブロックボタンを押し込んだ。これで三回目だ。
なぜか毎回、IDが微妙に異なるアカウントから、同じような気味の悪いメッセージが届く。IPアドレスを巧妙に変えているのか、それとも複数の人間がかりで陰湿な嫌がらせをしているのか。そこまでして何が楽しいのか。
「悪質な愉快犯だな……」虚ろな目で呟いた田中は、その言葉を吸い込むかのように、指先が触れたスイッチから、パチンと軽い音を立てて蛍光灯の白い光を消し去った。
寝室は一瞬にして、墨を流し込んだような漆黒の闇に包まれる。普段は慣れ親しんだはずの闇が、今は彼の心臓を締め付けるように感じられた。明日は大事なプレゼンがある。もう眠らなければ、と自分に言い聞かせる。
ベッドに横になり、瞼を閉じようとしたその時、再びスマートフォンが冷たい光を放った。まるで、田中が眠れないことを見透かしているかのように、手のひらで青白く瞬く。
「ピロン」
心臓が喉までせり上がる。新しい通知だ。
今度は、また違うアカウントからだった。
「@watching_you_now」『窓の外を見てください』
田中の背筋に凍てつくような冷たいものが走った。
同時に、全身の毛穴がぶわっと開くような悪寒に襲われる。彼の住むマンションは12階だ。誰かが外から覗くなど、物理的に不可能なはず。頭ではそう理解しているのに、まるで重い鎖で繋がれたかのように、なぜか窓の方を見ることができない。恐怖で麻痺した視線は、光る画面に縫い付けられたままだ。
もう一度通知が来る。画面の文字が、彼の動揺を嘲笑うかのように、ぞっとするほどはっきりと浮かび上がる。
『なぜ見ないのですか?』
田中は震える指先でスマートフォンを操作し、そのアカウントのプロフィールを確認した。作成日時は今日。投稿は一つもない。フォローしているアカウントも、誰からもフォローされている形跡もない。
それなのに、なぜこのアカウントが、田中がメッセージを読んでいること、そして窓の外を見ないことを知っているのか。
まさか、本当に見られているのか?
理性が警鐘を鳴らす。
三度目の通知。画面の文字が、彼の思考を支配するように頭の中で響く。
『振り返ってください』
田中は全身を硬直させた。振り返る?
部屋の中にいるのは自分だけのはずだ。玄関のドアには、二重に鍵をかけている。全ての窓も、確かに閉まっていたはずだ。
だが、背後の空気が、ぞっとするほど冷たい。まるで、誰かの冷たい視線が、無防備なうなじにまとわりつくようだ。微かな、しかし確かに存在する息遣いのような音が、静寂の中で確かに聞こえている。
スマートフォンの画面が、意志を持ったかのように勝手に点灯し、カメラアプリが起動した。インカメラが田中の顔に向けられ、画面中央に彼の蒼白な顔が映し出される。その背後、寝室の深い闇の中に、ベッドの縁からわずか数歩離れた場所に、人間ではない、しかし確実に人の形をした、漆黒の塊が、ぼんやりと、しかしはっきりと浮かび上がっていた。それは闇に溶け込むようでいて、田中自身の影よりもなお濃く、異質な存在感を放っている。
『こんばんは』
新しいメッセージが画面に表示される。
しかし、この声はスマートフォンからではなく、すぐ後ろから、鼓膜を震わせるほど近くで、耳元で囁かれるように聞こえてきた。その声は、ひどく掠れていて、まるで砂利でも噛んでいるかのようだ。
田中は振り返ることができない。恐怖で麻痺した体は、スマートフォンの画面を見続けることしか許さない。インカメラを通して映る背後の人影が、まるで心底楽しんでいるかのように、ゆっくりと、歪んだ笑みを浮かべているのが見えた。
そして、最後の通知が届く。画面には、ただ一言。
『お疲れ様でした』
途端に、スマートフォンの画面から光が失われ、プツンと、命の糸が切れるような音を立てて部屋は再び、そして今度は永遠に続くかのような、深い、深い闇に包まれた。
その直後、田中の後ろで重く、ゆっくりとした足音が響いた。ギシ、ギシ、と木製の床が鳴る。
その足音は、まるで何かを引きずるかのように、ゆっくりと田中に近づいてくる。
翌朝、12階のベランダから転落した住人を発見したマンションの管理人は警察に電話をした。駆けつけた警察の調べによると、田中は自分のスマートフォンを右手で握りしめたまま、なぜか後ろ向きに転落していたという。
まるで、背後の何かから逃れようと、あるいは引きずり込まれるかのように。
スマートフォンの画面には、最後に送られたメッセージが青白く表示されていた。
『次の方へ』
そして、そのメッセージは、田中のアカウントから送信されていた。
送り先は誰なのだろう…
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