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第1章 執着逆ハーに備えて

5. 恐怖のビジネスデート

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「今日はよろしくお願いします、ジル様」
「…………早く乗れ」

 馬車に座るジルはプイッと顔を背けている。
 おいおい、いくら母たちの策略だとしても、仮にもデート。着飾った女の子に何か一言言うものじゃないのか。頑張って顔はにこやかなまま。そんなわたしをジルは怪訝そうに見ていた。

「えっ、座れって……」
「え? あっ……」

 ……見事な仁王立ちをかましていた。剣術訓練に参加してから2週間は経つけれど、ラギーのアドバイス通りわたしは馬車で立ち、体幹トレーニングをしていた。同乗する兄も何もつっこまないからすっかり慣れてしまっていた。
 すとん、と腰を下ろす。デート……もとい恐怖のビジネスデートが始まる。


 貴族のデートって一体何をするのだろう、と構えていたけれど案外普通だ(お付きの人が遠くから見守ってること以外は)。貴族がよく遊びに行くという城下街で普通にお店を見て、普通にお買い物して。ジルは基本不機嫌そうだったので、わたしはわたしで楽しんでいる。もはやデートとは言えないけれど、関わらないに越したことはないので放っておく。
「そろそろ3時のおやつタイムだわ」と呟いたら、そのまま「じゃあ行くぞ」と違うお店に連れて行かれた。

 連れてこられたのは、甘い香りが漂う可愛らしいお店。スイーツのお店なんて知ってたのね、とジルを見ればふんっと鼻を鳴らされた。

「別に、たまたまここが目に入っただけだからな! 早く食べて次行くぞ」
「ふうん、そうですかぁ」

 いや、明らかにここに向かって走っていたでしょ、と思わずくすりと笑ってしまう。ここは母から女性の間で話題のお店だ、と聞いていた。たぶん彼なりにリサーチしたのだろう。もしかしたら今日回ってきたお店も彼が調べたものだったのかもしれない。

「ニヤニヤしながらこっち見るなよ」
「ジル様はずいぶん可愛らしいんですね、と思いまして」
「はあ? 可愛いってなんだよ……あ、きたぞ」

 テーブルにおしゃれなジェラートが2つ置かれた。色的にわたしがラズベリーっぽい。ジルはブルーベリーだろうか。わたしは早速スプーンで掬い上げ、大きな口で頬張る。甘くて冷たくておいしい。前世のわたしもゲーム中に抱えて食べるバケツアイスが大好物だった。

「お前、えらい豪快に食うのな」
「だってこれ、すっごいおいしいですよ! ジル様も早く食べて食べて!」

 大口を開けるのはやはり貴族令嬢としてはギリアウトだったか……このまま幻滅してくれると助かる。根負けしたのか、ジルも食べ始める。
 目の前に別の味のジェラートがあるとどうしても食べたくなってしまう。だけど公爵身分の男の子、しかも予測不能な執着の未来がある攻略対象に一口ちょうだいは無理があるか……

「…………ん」
「え?」
「いや、食べたいんだろ、食えばいいじゃん」

 思わず目を丸くしてしまった。どこぞの黒い傘を貸してくれた少年もびっくりの「ん」だった。差し出されたブルーベリー味のジェラートを見て普通に誘惑に負けた。

「い、いただきます……」

 ブルーベリーも控えめに言って最高。ああ、でも貰ったからには返した方がいいかもしれない。後で『あのときアイスあげたの忘れたのかよ」とか脅されたくないし、貸しは返すに限る。

「あ、じゃあわたしのも食べてください!」
「は!?」
「でも、もらったので……ラズベリーおいしいですよ! あ、もしかして苦手ですか?」
「いや、そうじゃなくて……!」

 まごついているのを見ているのが面倒になってきて、わたしは衝動的にスプーンをジルの口につっこんでいた。動きが止まったジルを見てから咥えさせたのが自分のスプーンだったこと、それからおそらく先ほどの「ん」は無意識で行っていたのでは、という予測に至った。

「えと……もしもーし」

 目の前で手をふりふりして見るも、無反応。まずい、完璧にフリーズしてる。なんてウブなの……そうじゃない、これはやってしまったのでは。少し様子を窺っていると、はっと我に返ったようで。

「おま、な、何してんだ!! 貴族令嬢が、こんな……こんな!」

 叫びかけた続きのワードは想像がつく。実際ボソボソっと「ハレンチだ」とぼやいていた。わたし、まさか12の男の子にハレンチと言われる日が来るとは思わなかった。

「ラズベリーもおいしかったでしょう……?」
「それはそうだが……!」
「ジル様がそういうのに弱いということは把握しましたわ。次からは気をつけますね」

 ウェイターが替えのスプーンを持ってきてくれたのでそれを手渡す。ジルはそれを受け取るともそもそと続きを食べ出した。


 帰りの馬車でジルと向かい合う。もちろん今は座っている。
 あれからジルは挙動がおかしくて、会話もあまりままならなかった。図らずしも良い方向へ進んだかもしれない。
 母たちには申し訳ないけれど、ジルとの婚約こそ何があるか分からない。それに、わたしは『ハレンチな女』の烙印を押されたわけだから、ジル側から嫌がってくれるはず。不名誉だが、仕方ない。
 ちらりとジルを見れば慌てて目を逸らされた。わたしが内心喜んで窓の外に視線を戻すと。

「そういえばお前、剣術訓練で3位になったと聞いたけど」

 と、突然尋ねられた。これはわたしが剣を使える強い女だと示すチャンスなのでは。

「はい、そうですけれど。バッジもありますけど、よければ見ます?」
「……いや、聞いただけだ」

 ジルはまたそっぽを向いてしまった。
 ハレンチな上に強い女子なんて嫌だよね、とわたしは期待を込めてジルを見返した。
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