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第3章 魔法合宿

1. 1週間前

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「そういえば、もう少しで魔法合宿だね」

 兄ナインは我が家の食卓の席でどこか恨みがましくそう言ってきた。何それ、わたしは初耳だ。

「魔法合宿、ですか」
「うん。1年の毎年夏頃に行われる行事なんだよ。ほら、僕も1週間くらい家を空けた時があったでしょ?」

 2年前か、と頭をひねると思い出した。このキラキラなおにいさまがよれよれになって帰ってきたものだから、だいぶ驚いた記憶がある。ということは、かなり過酷な合宿ということだ。兄がよれよれレベルならわたしはボロボロかもしれない。
 兄いわく、魔法合宿とは言葉の通り、みっちり魔法を学ぶ合宿だ。場所はハイドレンジア学園からはそう遠くはないところにあるロッジで、学園が所有しているものなのだとか。最初の3日間はほぼ座学中心らしいけれど、あとは実技に応用、さらには試験まであるらしい。

「え、じゃあその期間中、試験勉強もしないといけないってことですか」
「うん、しかも合格点が割と高くて。それに達さなければ追試もあるよ」
「ひぇ……」

 厳しい。1年生にしてはだいぶ過酷だな。でも、魔法については人一倍勉強してきたし、普段だってウィルに教えてもらってだいぶ色々な魔法が使えるようになってきたし。ここで才女のイメージを植え付けておくことで、この先現れる攻略対象たちに『あの女強いらしいよ……』と最初から距離を置いてもらえる布石にはなるはず。

「1年生だけだからなあ……」
「……さすがについてこないでくださいね?」
「そんな風に言わないでよ。悲しいな」

 兄は嘘くさく俯いてみせる。兄はたぶん現時点で1番やばい。シスコンを拗らせている。だから、本気でついてきそうで怖い。さすがに兄同伴は恥ずかしい。

「杖は持っていくよね。肌身離さず持っていてね」
「さすがにお風呂には持っていきませんが……まあ、魔法合宿ですし、いつでも持っておきますね」

 そう言えば、兄は満足そうに笑った。



 兄から話を聞いた翌日、先生たちから魔法合宿について説明があった。どうやら1週間後らしく、もっと早く説明するべきでは、と思ってしまった。

「魔法合宿かあ。夜3人で枕投げとかしたいなー!」
「枕投げって。これすっごい疲れる行事だって有名だろ。もっとカードゲームとかにしておけよ」
「え、2人ともわたしが男子のロッジに行く前提で話してます?」

 ラギーもジルもわたしたちが同じ部屋かのごとく話をしているけれど、もちろん男子と女子は別ロッジである。2人だって高位貴族なのだ、男女間のあれこれについては幼い頃から教育されるはず。わたしだって恥ずかしかったけれど聞いた。

「ちぇ。だってさ、昼は勉強ばっかなんだよ? 俺、たぶんつまんなさすぎて寝るよ?」
「でもほら、それは最初の3日間だけらしいし。あとは魔法の実技をするらしいから体動かせるよ」

 入学してからほとんどジルとラギーと過ごしているけれど、ラギーはあまり勉強が好きではなさそうだった。魔法の実践練習のとき以外はだいたい寝ている。小テストは野生の勘で突破していくタイプ。まあ、基本乙女ゲームの攻略対象は赤点にはならない。ジルは天才タイプらしく、なんでもそつなくこなす。きっと俺様っぽい見た目とのギャップを狙ったキャラなのだと思う。
 けれど、ヒロインは分からない。いくら乙女ゲームが始まっていないとはいえ、すごい勉強しても必ず赤点になる可能性もある。もしそうだったら今から戦意喪失する。

「まあ、自由行動の時間がないわけじゃないし……そんなに3人で遊びたいって言うんなら遊べなくは無さそうだけど?」

 ジルは手元の資料の時間割のところを指差して、ふいっとそっぽを向いた。昼食後に2時間ほど休憩時間がある。あとは夕食の後に少し。

「ラギー、ジル様が結構乗り気だし遊ぼうか」
「だな!」
「おい、こっち見てニヤニヤすんな! おい、バラ女お前のその顔すごいムカつくからやめろ!」

 ぎゃーぎゃーと言い合っていると先生から「本当仲良いな」と笑われてしまった。教師陣からはわたしたちは仲良し3人組の扱いらしい。わたしも乙女ゲームが開始していないからか、気が緩んでしまっている。このまま執着のかけらもないままお友達として学園生活を過ごしたいものだ。
 わたしは手元の資料に目を落として、ふふっと笑い声を漏らす。強ヒロインを見せつけるまたとないチャンス。それにせっかくだから目一杯楽しもう。

 それから、あっという間に魔法合宿の日がやってきた。
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