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12.本当に底がしれない
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「…………で、お兄さまはわざわざこんな回りくどいことをしてきてどうしたんです?」
「ああ、やっぱり分かっちゃう? サプライズにしようかと思ってたのにな」
碧澄家の別邸、鏡花と玲の住む家にて、鏡花は大きくため息をついていた。一応兄が何か企んでいることくらいは予想がついたのだが、それが鏡花1人の問題なのか、そこは判断しかねてこうして兄と一対一で向かいあっているのだ。ちなみに、深月が連れてきた美男子は玲が相手してくれている。
「それにしても、急に見ず知らずの方と一緒に住むなんて。まあ、言葉が通じるだけまだ良かったけれど……」
そうぼやきながら、鏡花は先ほどの美男子を思い浮かべる。栗色のウェーブがかった髪が特徴的な彼は、なんとフランス人と中国人のハーフであった。名前は、オスカー・チェン。彫刻師見習いの青年で、日本の芸術に興味があると渡航中深月に話し「じゃあ僕といれば見られるよ」という深月についてきた次第である。
とにかく本来そんなもてなしをする必要もないはず。シスコンに腐っていても白羽家の次期当主がわざわざ連れてきたのには理由があるはずなのだ。
「それはもちろん鏡花と玲さんの邪魔を……ゲフンゲフン。じゃなくて、実はある依頼を受けているらしくてね。それで急いで戻ってきたわけだ」
「ええと、つまり白羽家に大きな依頼が来ていて、オスカーさんはそれのキーパーソン?」
「さすが、飲み込みが早いね」
「……どっちが本心なのかしらね」
じとりと見つめた鏡花に深月ははは、と乾いた笑みを浮かべた。
「まあ、オスカーくんがどう活躍するか分からないけれど。人手は多い方がいいだろう?」
「それに彼、人良さそうだし」と深月は笑う。こういう兄の察知能力は侮れない。それ以上に兄はなんだか底知れないのだ。鏡花は考えるのをやめ、本筋に戻す。気になる点はその大きな依頼のこと。
「で、その依頼ってなんですか? 今は4月ですし、そう大きな用事はいつもないはずでしょう?」
「4月だから、だよ。ねえ、いつもこの時期何がある?」
「…………皇室の春のお茶会」
ぼそりと呟き、それから理解したのか顔を跳ね上げた。
『皇室の春のお茶会』とは、例年桜の時期に行われる皇室主催のお茶会である。貴族はもちろん大きな商家も招待される非常に優美で有意義なお茶会なのである。もちろん、白羽家も参加したことはあるが。
「でもあれはいつも、花山院家が取り仕切っているものでしょう? どうして白羽家が」
「当主さまがご病気にかかっていることは知っているだろう? ここ最近病状が悪化していたらしくてね。それで、後任を白羽家に、と」
鏡花はひとまず問いかけるのをやめた。自分で整理した方が兄の言わんとしていることがわかるはず。慌てて問いただすのはらしくない。
お茶会は4月、それも上旬に行われることが多い。以前から話が滞っているのでは、と聞いてはいたがこういう理由で準備が遅れていたのか。花山院家は白羽家よりも歴史がある、皇室と非常に距離が近い家だ。白羽家はまだ皇室と密接に関わったことはない。つまり。
「白羽家がお茶会を見事成功させて、花山院家、さらには皇室にも恩を売ろうって話ね!」
「その通り!」
鏡花はにやりと笑ってみせる。もう頭の中で構想と、それに伴う利益まで計算されたような表情だ。
「でも、さっそく問題がある。分かるね?」
「ええ。私たちが準備し終える頃には桜が散ってしまっているってことでしょ? 今年はいつもより早かったものね」
鏡花は後任を任せるならもっと早く決めてほしかったわ、なんて無理なことを思い浮かべながら深月と真面目な顔で考える。それからあっとひらめいたように前のめる。
「ね、いっそのこと桜はなしにしたらどう? 例えばそうね……5月が最盛期の藤なんてどうかしら」
「ああ、帝都のはずれにある藤が美しい庭園で行うってことだね」
「そう。それなら準備の時間も増えるわ」
今度偵察へ行ってこよう、と意気込んでいると深月がにっこりと笑う。こういう顔はまあ、何か面倒なことをいう顔だってもう分かる。
「今回のことはね、鏡花に一任しようかと思うんだ」
「え? お兄さまもお父さまも一緒ではないの?」
「うん。今回上手くいったら、僕は白羽家の当主を鏡花にしようと、そう思っているんだよ」
真剣な眼差しに、鏡花は思わず口をぽかんと開けたまま固まった。ずっと望んでいたことが、急に転がってきたのだから、無理もない。
「これは父さんにも話そうと思う。鏡花がみんなの期待に応えられる、白羽家当主に相応しいって思わせるんだ」
「……で、でもお兄さまは?」
「兄さんのことは気にしないでよ、ね?」
そう微笑み、頭を撫でたその姿にいつもの企んでいるような様子は見えなかった。そうだったらいいのに、なんて思ってしまい、鏡花は頬を自ら叩いた。
「私、頑張るわ。昔からの夢だったもの」
「あ、それからね。僕は一筋縄じゃあいかないからさ。もうあと3つ条件を出させてよ」
鏡花は大きく頷いた。兄のことだ、さぞ難問をふっかけてくるだろう――と思っていたが。提示された条件はなんとも兄らしいもので。
「1つ目。当たり前だけど斬新で美しく、楽しく。会場に来た全員から良い感想を得ること。1人でもつまらなかったって言ってる人がいたらアウトね。それから2つ目。僕が連れてきたオスカーくんを1番良い方法で動かしてみせること」
オスカーを連れてきたのはそういうことだったのね、と鏡花は理解した。感想のことは本当に当たり前のことではあるけれど、難しいことでもある。鏡花を「勝てない」と思わせたのは後にも先にも兄だけだから。深月はすっくと立ち上がって部屋から出て行こうとする。その際、鏡花に向かっていたずらっぽく笑ってみせた。
「3つ目。玲さんと協力すること」
「そ、そんなことでいいの?」
予想の斜め上をいく条件に鏡花は思わず声を上げた。だけど深月は「これが1番大切なの」と譲る気はないらしかった。
「お互い支え合って、好きあってほしい。鏡花が傷つく結婚は見たくないんだよ、兄としてね。だから、僕を安心させるように2人で頑張ってね」
……と、ここまではいい感じだった。現に鏡花もじーんときてしまっている。が。
「あ、僕が2人無理そうって判断したら即刻婚約破棄ね、よろしく!!」
そうくわっと叫ぶと部屋から出ていった。あまりの勢いに鏡花は出かけた涙もひっこんで、ぽろっと言いこぼした。
「たぶんそれが1番の目的よね……」
鏡花は兄は底が知れないと(色々な意味で)改めて思ったのだった。
「ああ、やっぱり分かっちゃう? サプライズにしようかと思ってたのにな」
碧澄家の別邸、鏡花と玲の住む家にて、鏡花は大きくため息をついていた。一応兄が何か企んでいることくらいは予想がついたのだが、それが鏡花1人の問題なのか、そこは判断しかねてこうして兄と一対一で向かいあっているのだ。ちなみに、深月が連れてきた美男子は玲が相手してくれている。
「それにしても、急に見ず知らずの方と一緒に住むなんて。まあ、言葉が通じるだけまだ良かったけれど……」
そうぼやきながら、鏡花は先ほどの美男子を思い浮かべる。栗色のウェーブがかった髪が特徴的な彼は、なんとフランス人と中国人のハーフであった。名前は、オスカー・チェン。彫刻師見習いの青年で、日本の芸術に興味があると渡航中深月に話し「じゃあ僕といれば見られるよ」という深月についてきた次第である。
とにかく本来そんなもてなしをする必要もないはず。シスコンに腐っていても白羽家の次期当主がわざわざ連れてきたのには理由があるはずなのだ。
「それはもちろん鏡花と玲さんの邪魔を……ゲフンゲフン。じゃなくて、実はある依頼を受けているらしくてね。それで急いで戻ってきたわけだ」
「ええと、つまり白羽家に大きな依頼が来ていて、オスカーさんはそれのキーパーソン?」
「さすが、飲み込みが早いね」
「……どっちが本心なのかしらね」
じとりと見つめた鏡花に深月ははは、と乾いた笑みを浮かべた。
「まあ、オスカーくんがどう活躍するか分からないけれど。人手は多い方がいいだろう?」
「それに彼、人良さそうだし」と深月は笑う。こういう兄の察知能力は侮れない。それ以上に兄はなんだか底知れないのだ。鏡花は考えるのをやめ、本筋に戻す。気になる点はその大きな依頼のこと。
「で、その依頼ってなんですか? 今は4月ですし、そう大きな用事はいつもないはずでしょう?」
「4月だから、だよ。ねえ、いつもこの時期何がある?」
「…………皇室の春のお茶会」
ぼそりと呟き、それから理解したのか顔を跳ね上げた。
『皇室の春のお茶会』とは、例年桜の時期に行われる皇室主催のお茶会である。貴族はもちろん大きな商家も招待される非常に優美で有意義なお茶会なのである。もちろん、白羽家も参加したことはあるが。
「でもあれはいつも、花山院家が取り仕切っているものでしょう? どうして白羽家が」
「当主さまがご病気にかかっていることは知っているだろう? ここ最近病状が悪化していたらしくてね。それで、後任を白羽家に、と」
鏡花はひとまず問いかけるのをやめた。自分で整理した方が兄の言わんとしていることがわかるはず。慌てて問いただすのはらしくない。
お茶会は4月、それも上旬に行われることが多い。以前から話が滞っているのでは、と聞いてはいたがこういう理由で準備が遅れていたのか。花山院家は白羽家よりも歴史がある、皇室と非常に距離が近い家だ。白羽家はまだ皇室と密接に関わったことはない。つまり。
「白羽家がお茶会を見事成功させて、花山院家、さらには皇室にも恩を売ろうって話ね!」
「その通り!」
鏡花はにやりと笑ってみせる。もう頭の中で構想と、それに伴う利益まで計算されたような表情だ。
「でも、さっそく問題がある。分かるね?」
「ええ。私たちが準備し終える頃には桜が散ってしまっているってことでしょ? 今年はいつもより早かったものね」
鏡花は後任を任せるならもっと早く決めてほしかったわ、なんて無理なことを思い浮かべながら深月と真面目な顔で考える。それからあっとひらめいたように前のめる。
「ね、いっそのこと桜はなしにしたらどう? 例えばそうね……5月が最盛期の藤なんてどうかしら」
「ああ、帝都のはずれにある藤が美しい庭園で行うってことだね」
「そう。それなら準備の時間も増えるわ」
今度偵察へ行ってこよう、と意気込んでいると深月がにっこりと笑う。こういう顔はまあ、何か面倒なことをいう顔だってもう分かる。
「今回のことはね、鏡花に一任しようかと思うんだ」
「え? お兄さまもお父さまも一緒ではないの?」
「うん。今回上手くいったら、僕は白羽家の当主を鏡花にしようと、そう思っているんだよ」
真剣な眼差しに、鏡花は思わず口をぽかんと開けたまま固まった。ずっと望んでいたことが、急に転がってきたのだから、無理もない。
「これは父さんにも話そうと思う。鏡花がみんなの期待に応えられる、白羽家当主に相応しいって思わせるんだ」
「……で、でもお兄さまは?」
「兄さんのことは気にしないでよ、ね?」
そう微笑み、頭を撫でたその姿にいつもの企んでいるような様子は見えなかった。そうだったらいいのに、なんて思ってしまい、鏡花は頬を自ら叩いた。
「私、頑張るわ。昔からの夢だったもの」
「あ、それからね。僕は一筋縄じゃあいかないからさ。もうあと3つ条件を出させてよ」
鏡花は大きく頷いた。兄のことだ、さぞ難問をふっかけてくるだろう――と思っていたが。提示された条件はなんとも兄らしいもので。
「1つ目。当たり前だけど斬新で美しく、楽しく。会場に来た全員から良い感想を得ること。1人でもつまらなかったって言ってる人がいたらアウトね。それから2つ目。僕が連れてきたオスカーくんを1番良い方法で動かしてみせること」
オスカーを連れてきたのはそういうことだったのね、と鏡花は理解した。感想のことは本当に当たり前のことではあるけれど、難しいことでもある。鏡花を「勝てない」と思わせたのは後にも先にも兄だけだから。深月はすっくと立ち上がって部屋から出て行こうとする。その際、鏡花に向かっていたずらっぽく笑ってみせた。
「3つ目。玲さんと協力すること」
「そ、そんなことでいいの?」
予想の斜め上をいく条件に鏡花は思わず声を上げた。だけど深月は「これが1番大切なの」と譲る気はないらしかった。
「お互い支え合って、好きあってほしい。鏡花が傷つく結婚は見たくないんだよ、兄としてね。だから、僕を安心させるように2人で頑張ってね」
……と、ここまではいい感じだった。現に鏡花もじーんときてしまっている。が。
「あ、僕が2人無理そうって判断したら即刻婚約破棄ね、よろしく!!」
そうくわっと叫ぶと部屋から出ていった。あまりの勢いに鏡花は出かけた涙もひっこんで、ぽろっと言いこぼした。
「たぶんそれが1番の目的よね……」
鏡花は兄は底が知れないと(色々な意味で)改めて思ったのだった。
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