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1.目立つのは避けたいところだけれど
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そこはとある夜会。
きらびやかな装飾に美しい調べ、スイーツの甘い香り……そして色めき立つ令嬢たち。彼女たちはきまって派手なドレスに身を包み鼻を覆いたくなるようなきつい香りを漂わせているのだが、それはとある人物の気を引きたいためである。
ウィスタリア王国第3王子、ヴェントゥス・ウィスタリア。
アッシュブロンドのくせのない髪に透き通る紫の瞳。そんな見目麗しい彼だが、未だに婚約者がいない。加えて夜会などには滅多に姿を現さないためか、婚約者を作る気になったのでは、とここぞとばかりに令嬢たちがその座を狙っているのである。
(まあ、私には関係ないけれどね)
公爵令嬢であるシルヴィア・セレスタイトは遠い目でそれを見つめる。そんな他人事で彼女たちを見つめるシルヴィアだが、間もなくシルヴィアもヴェントゥスから目を逸せなくなってしまう。
バクバクと鼓動がいやに早くなる。手足も少し震えている。しかし、シルヴィアの周囲は例によって閑散としているため、その変化に気がつく者はいない……いたとしても声をかけたとは思えないが。
おそらく、「それ」が見えているのはシルヴィアだけだ。そしてそれは……間違いなく関わってはならないものだ。
シルヴィアは目を一生懸命逸らしてから、心の中で叫んだ。
(殿下……取り憑かれてます!)
***
「本当に行かなければならないの?」
「ええ……未婚の高位貴族は全員来いとのことですもの。仕方ないわよ」
シルヴィアは用意された淡い緑色のドレスに身を包んで、大きくため息をついた。目の前にはシルヴィアの母ベルと父アレクが申し訳なさそうに眉を下げている。
「お嬢様。自信をお持ちになってくださいませ。お嬢様は本当に綺麗でございます」
ドレスの裾を整えながらシルヴィアのメイドであるヘレンがそう言う。姿見に映るのはいつもどおり冴えない自分だ。くせがついた白い長髪に色素がないのではというくらい薄い水色の瞳。
(この見た目のせいでどれだけ陰口を言われたかしら。みんなは綺麗だと言ってくれるけれど、『呪われている』『死んでいるみたいだ』と言われ続けて自分の容姿を好きになんてなれないわ)
しかし、シルヴィアはそんなことは言わず承諾したというように微笑んでみせる。
「まあ殿下がどこかのご令嬢といい雰囲気になったら抜け出してくるといい」
シルヴィアを励ますようにアレクはわははと笑い飛ばす。シルヴィアはコクリと頷いてから家を後にした。迎えに来た馬車から遠ざかっていく家を見つめる。
(あんな朗らかな両親でもとても強い魔力を持っているのよね)
セレスタイト家は少し特殊な公爵家だ。
家族全員――それもずっと昔のご先祖さまから魔力を受け継いで来ているという伝統ある魔術師の家系。しかしながら近年では魔力に頼るということが少なくなってきた。一昔前までは魔法を持つ領主が領地を治めることが当たり前だったというのに。もはや普通の生活を送るのに魔法はいらないという風潮になってしまっていた。そんな時代の流れに押されて、今ではセレスタイト家は爵位が下がる瀬戸際にいる。
ただでさえ「痛い」家族のようになっているというのに、シルヴィアの持って生まれた能力は大衆には受け入れがたいものなのである。
それが「見えざるものが見える」能力。
幽霊や妖精、天使や死神に至るまでなんでも見えてしまうのである。しかしながらそういう目に見えないものを信じる人は少ない。会話をしているところや襲われているところは1人で騒いでいるようにしか見えず、シルヴィアはすっかり「変わり者」の烙印を押されてしまっている。
***
それからというもの、人前では霊たちが見えても見て見ぬフリを貫き通してきたのだが。
シルヴィアの目には今まで見たこともないくらい大きくておどろおどろしい霊が映っている。
そしてあろうことかそれは第3王子に取り憑いているのだ。さすがにこれは無視できないのでは、とシルヴィアは目を逸らしたまま考える。
(もし、何かあったら魔力を持つ私が疑われてしまう可能性が高いわ……)
いつもはシルヴィアはパーティーには参加していない。もしも仮に、第3王子に何かしらの不幸が降りかかったとしたら、何を言われるか分からない。第3王子妃の座を狙う令嬢たちとその家族に変な罪を擦り付けられる。そうしてあっという間に死罪、家族が悲しむ。セレスタイト家は……とシルヴィアは負の連鎖を頭の中で繰り広げた。
目立つのは避けたい、でも責められて大衆に晒されるのはもっと嫌だと葛藤しながら、ドレスについているポケットへと手を入れる。指に少ししわになっている紙の感触。これは万が一のときのための術が書かれた紙だ。書き起こすのに労力をかけた分、それなりの霊なら祓えるはずとシルヴィアはそれを握りしめる。
(大丈夫よ、あの霊にこれを貼り付けて何食わぬ顔でこちらへ戻ってくるだけ)
シルヴィアは深呼吸をしてから人が群がる方へと歩みを進めていく。幸いなことに、シルヴィアが歩いていくと人が勝手にはけていく。ヴェントゥスの背が見えてきて、令嬢を掻き分けると霊を見上げる。
(こんな霊に取り憑かれるなんて……殿下は一体何をしてしまったのかしら)
異形になってしまうほどだから、よっぽどの恨みがあったのだろう。シルヴィアは先程震えていたとは思えないほど冷静に分析をする。これは間違いなく慣れのせいである。
シルヴィアは大きく息を吸い込んでから、精一杯の淑女スマイルを作り上げる。
「申し訳ございません殿下、糸くずが付いておりますわ」
その笑顔からはシルヴィアがここから逃げ出したいと考えているなんて想像もつかないだろう。シルヴィアは紙を仕込んだ手を肩へと伸ばす。
きいいいと甲高い声で叫びながら霊はボロボロと崩れ去る。安堵の息をつく。それから、本当にすごい術だと感心し、この霊が無事救済されるようにと願う。
王子に触れたことで周囲からの反感は凄まじいが……シルヴィアの安寧は保たれた。少なくとも、あの負の連鎖は起こらないはず。王子に触ったことで不敬罪にでもならない限り。
「君は……何か特別な力でもあるのか?」
振り返ったヴェントゥスに手首を掴まれ、シルヴィアは目を泳がせた。
きらびやかな装飾に美しい調べ、スイーツの甘い香り……そして色めき立つ令嬢たち。彼女たちはきまって派手なドレスに身を包み鼻を覆いたくなるようなきつい香りを漂わせているのだが、それはとある人物の気を引きたいためである。
ウィスタリア王国第3王子、ヴェントゥス・ウィスタリア。
アッシュブロンドのくせのない髪に透き通る紫の瞳。そんな見目麗しい彼だが、未だに婚約者がいない。加えて夜会などには滅多に姿を現さないためか、婚約者を作る気になったのでは、とここぞとばかりに令嬢たちがその座を狙っているのである。
(まあ、私には関係ないけれどね)
公爵令嬢であるシルヴィア・セレスタイトは遠い目でそれを見つめる。そんな他人事で彼女たちを見つめるシルヴィアだが、間もなくシルヴィアもヴェントゥスから目を逸せなくなってしまう。
バクバクと鼓動がいやに早くなる。手足も少し震えている。しかし、シルヴィアの周囲は例によって閑散としているため、その変化に気がつく者はいない……いたとしても声をかけたとは思えないが。
おそらく、「それ」が見えているのはシルヴィアだけだ。そしてそれは……間違いなく関わってはならないものだ。
シルヴィアは目を一生懸命逸らしてから、心の中で叫んだ。
(殿下……取り憑かれてます!)
***
「本当に行かなければならないの?」
「ええ……未婚の高位貴族は全員来いとのことですもの。仕方ないわよ」
シルヴィアは用意された淡い緑色のドレスに身を包んで、大きくため息をついた。目の前にはシルヴィアの母ベルと父アレクが申し訳なさそうに眉を下げている。
「お嬢様。自信をお持ちになってくださいませ。お嬢様は本当に綺麗でございます」
ドレスの裾を整えながらシルヴィアのメイドであるヘレンがそう言う。姿見に映るのはいつもどおり冴えない自分だ。くせがついた白い長髪に色素がないのではというくらい薄い水色の瞳。
(この見た目のせいでどれだけ陰口を言われたかしら。みんなは綺麗だと言ってくれるけれど、『呪われている』『死んでいるみたいだ』と言われ続けて自分の容姿を好きになんてなれないわ)
しかし、シルヴィアはそんなことは言わず承諾したというように微笑んでみせる。
「まあ殿下がどこかのご令嬢といい雰囲気になったら抜け出してくるといい」
シルヴィアを励ますようにアレクはわははと笑い飛ばす。シルヴィアはコクリと頷いてから家を後にした。迎えに来た馬車から遠ざかっていく家を見つめる。
(あんな朗らかな両親でもとても強い魔力を持っているのよね)
セレスタイト家は少し特殊な公爵家だ。
家族全員――それもずっと昔のご先祖さまから魔力を受け継いで来ているという伝統ある魔術師の家系。しかしながら近年では魔力に頼るということが少なくなってきた。一昔前までは魔法を持つ領主が領地を治めることが当たり前だったというのに。もはや普通の生活を送るのに魔法はいらないという風潮になってしまっていた。そんな時代の流れに押されて、今ではセレスタイト家は爵位が下がる瀬戸際にいる。
ただでさえ「痛い」家族のようになっているというのに、シルヴィアの持って生まれた能力は大衆には受け入れがたいものなのである。
それが「見えざるものが見える」能力。
幽霊や妖精、天使や死神に至るまでなんでも見えてしまうのである。しかしながらそういう目に見えないものを信じる人は少ない。会話をしているところや襲われているところは1人で騒いでいるようにしか見えず、シルヴィアはすっかり「変わり者」の烙印を押されてしまっている。
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それからというもの、人前では霊たちが見えても見て見ぬフリを貫き通してきたのだが。
シルヴィアの目には今まで見たこともないくらい大きくておどろおどろしい霊が映っている。
そしてあろうことかそれは第3王子に取り憑いているのだ。さすがにこれは無視できないのでは、とシルヴィアは目を逸らしたまま考える。
(もし、何かあったら魔力を持つ私が疑われてしまう可能性が高いわ……)
いつもはシルヴィアはパーティーには参加していない。もしも仮に、第3王子に何かしらの不幸が降りかかったとしたら、何を言われるか分からない。第3王子妃の座を狙う令嬢たちとその家族に変な罪を擦り付けられる。そうしてあっという間に死罪、家族が悲しむ。セレスタイト家は……とシルヴィアは負の連鎖を頭の中で繰り広げた。
目立つのは避けたい、でも責められて大衆に晒されるのはもっと嫌だと葛藤しながら、ドレスについているポケットへと手を入れる。指に少ししわになっている紙の感触。これは万が一のときのための術が書かれた紙だ。書き起こすのに労力をかけた分、それなりの霊なら祓えるはずとシルヴィアはそれを握りしめる。
(大丈夫よ、あの霊にこれを貼り付けて何食わぬ顔でこちらへ戻ってくるだけ)
シルヴィアは深呼吸をしてから人が群がる方へと歩みを進めていく。幸いなことに、シルヴィアが歩いていくと人が勝手にはけていく。ヴェントゥスの背が見えてきて、令嬢を掻き分けると霊を見上げる。
(こんな霊に取り憑かれるなんて……殿下は一体何をしてしまったのかしら)
異形になってしまうほどだから、よっぽどの恨みがあったのだろう。シルヴィアは先程震えていたとは思えないほど冷静に分析をする。これは間違いなく慣れのせいである。
シルヴィアは大きく息を吸い込んでから、精一杯の淑女スマイルを作り上げる。
「申し訳ございません殿下、糸くずが付いておりますわ」
その笑顔からはシルヴィアがここから逃げ出したいと考えているなんて想像もつかないだろう。シルヴィアは紙を仕込んだ手を肩へと伸ばす。
きいいいと甲高い声で叫びながら霊はボロボロと崩れ去る。安堵の息をつく。それから、本当にすごい術だと感心し、この霊が無事救済されるようにと願う。
王子に触れたことで周囲からの反感は凄まじいが……シルヴィアの安寧は保たれた。少なくとも、あの負の連鎖は起こらないはず。王子に触ったことで不敬罪にでもならない限り。
「君は……何か特別な力でもあるのか?」
振り返ったヴェントゥスに手首を掴まれ、シルヴィアは目を泳がせた。
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