王子様と僕

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曙菫

28 茉白くんのお兄さま


「では、茉白坊っちゃま。帰りましょう」

 そして、今まで子供たちだけだった空間に、唐突に放たれた成人男性の低い声にびくりと肩を揺らす。

 誕生日会が終わるまでこちら話しかけない限り、一言も喋らず空気のようにそこにいた執事さんが、腕時計に目線を向けながら話した。

 茉白くんも驚いたようで、半歩後ろへと足が下がっていた。

「なんで?あした学校休みだよ?ぼくまだこはくといたい!」

「先程、朱来様から、飛行機の便をひとつ早い時間にすると連絡がありました。それによって明日、朱来様がいらっしゃいます。」

「...お兄さま!」

 朱来様という言葉を聞いた途端、花が咲いたように笑顔になった茉白くんはハッとして僕へ振り向いたかと思うと、腕を広げて僕を見つめてきた。

 ぎゅーして、ということだろうか。

 僕はゆっくりと近づいて茉白くんの背中に腕を回した。

 とくとくと、心臓が動く音がする。一定間隔で刻むその音は僕の頭まで響いてどこか安心感が芽生えた。

 ...あったかい....

「たん生日おめでとう。こはく。」

 上を向くとにこりと笑った茉白くんと目が合った。

「ほんとは、朝までいたかったんだけど、明日、お兄さまが帰ってくるんだ。少しのあいだしかいれなくてごめんね。」

 少し間をおいてから、僕は大丈夫と首を振った。

 もっといっしょにいたい。

 その言葉は口から出ずに、消えてた。

 お互い合わせたように抱きしめあっていた腕が離れる。

「すっごくきれいなお花さかせるから、楽しみにしててね!」

 そう言って、茉白くんは足早にもってきていた荷物を執事さんに預けると、嬉しそうに施設から出ていく。

 その後ろ姿を眺めて、足元を見つめた。

「こはく。」

 肩に手を置かれ、振り返ると拓海兄が茉白くんが乗っている車を指さした。

 目を向ければ、車窓から身を乗り出し、手を振っている茉白くんがいて、僕からも手を振り返した。



拓海side

「...!?ちょ、おい、泣くな琥珀。」

 相変わらずでっけぇ車乗ってんなぁと思いながら客人を見送り、琥珀と花と3人で部屋に戻ろうとする廊下。

 途中で足が止まった琥珀を振り返ると、顔をぐしょぐしょに濡らして嗚咽を漏らし泣いている琥珀がいた。

「......なぃ、て...ない....」

「どう見ても泣いてるだろ。あー鼻水。ほら、ふーってして。」

 手早く近くにあったティッシュを数枚とって琥珀の鼻にあてた。多分、誰かがおもちゃとして持ち出したのだろう。

 ふーってしてと言ったら、口からロウソクの火を消すように口から息を吐くのだから、天然とは困ったものだ。

 琥珀の鼻水を何回かに分けて拭い、ティッシュを丸めてポケットに入れる。

「はな、せんせいよんでくる!」

 花が小柄な体で駆けていく後ろ姿を見ながら琥珀を抱きしめた。

「寂しいなぁ...」

 俺の腕にすっぽりとおさまってしまうほどの、震える小さな背中を優しくさすり、「大丈夫だ」と声をかけ続ける。

 琥珀は今日、茉白さんが泊まってくれると思っていたのだ。

 今朝、不器用で小さい手を広げて、一生懸命客室のシーツを整えていたから。

 それが、急にすっぽかされて、悲しくない奴なんていない。

「...辛いなぁ...」

 それでも琥珀は、茉白さんのことが大好きだろう。今までと変わらず、いや、それ以上かもしれない。

 これが、惚れた弱みってことなんかなぁ...。

 俺にも、そう思える人が出来たらいいな。


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