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桔梗
48 茉白くんの部屋
通された部屋は執事さんと同室で、部屋のそこかしこで執事さんの性格が出ている。
隅々まで丁寧に掃除されて塵ひとつなく、シーツもシミやシワさえ見当たらない。まるでどこかの高級ホテルのような佇まいのその部屋に、僕は立ち尽くすばかりだ。
書類等もまとめて置いてあり、拓海兄と同室だった頃とはえらい違いだ、と彼のことを思い出して口が緩む。
「琥珀さんのベッドは夕方頃届く予定ですから、後ほど模様替えをしましょうか。私物もこれから少しづつ増やしていきましょう」
「......え、琥珀ここで寝るの!?」
先程ウキウキと屋敷を案内してくれて、謎な鼻歌まで歌っていた茉白くんが絶望したような表情で僕を見つめた。
「琥珀は俺の部屋で寝るんだよ!!」
「茉白様のお部屋は散らかっているではありませんか」
「ち、散らかってない!少し掃除すれば、めちゃくちゃ綺麗になるし!!」
「あんな大量の物、どこに片付けるんですか?」
「え、えーと....ち、地下!地下にしまう!!」
「あそこは牢ですよ。他の場所はないのですか?」
「だって、大きいし、かといって可愛くて捨てられないし...」
どうやら茉白くんは拓海兄と同じ質らしい。僕はふふと2人のやり取りに笑ってから茉白くんの手を取った。
「一緒にそうじ、しよ。....ぼ、ぼくは、茉白くんとが、いー、い。」
つい先程僕はそう発言したこと、とても後悔していた。
拓海兄の散らかし具合しか知らなかったから、あれ以上があるとは思わなかった。せいぜい雑誌とかペンとか使ったものが雑に投げ捨てられているものだろうと、甘く見ていた。
実際訪れた茉白くんの部屋は、どこから手をつけていいか分からないほど、散らかっていた。
ゴミとか使ったものがそこら辺にあるような拓海兄の散らかし方ではなく、大きな家具やら何やらが大量に置かれていて、通りみちすらないほどだ。
なんだか巨大な迷路に来たようで、僕は呆気にとられた。
ところどころに細かいものも大雑把にまとめて置いてあり、通行の妨げになるので端へと退かす。
「....これ、なに」
目の前の灰色のでかい何かに触れて言った。見上げるほど大きいそれは、もはや大きすぎてなんだか分からない。
茉白くんはその質問に淡々と答えた。
「これは象のでっかいぬいぐるみ」
「....ぞう、......じゃあ、この壁は?」
「本棚の裏側」
壁ではなく、家具であったらしい。
「こちらはなんですか?」
執事さんが小さいファイルのようなものを拾って問いかける。
「琥珀が可愛かったから写真現像してアルバムにしたやつ!オススメはねー....」
茉白くんはそのアルバムを手にした途端にこにこと嬉しそうに笑いながらひとりでなにやら話しているが、自分の可愛いとことかかっこいいところとか解説されても恥ずかしくて聞いていられない。
僕と執事さんは茉白くんが饒舌に話しているうちに、とりあえず目の前の現実をどう片付けるか考えていた。
「はぁ....朱来様が茉白様の誕生日に毎年大きいものをプレゼントされるんです。茉白様は大きいものが好きだからと....。ですが、場所が取られてしまい、プレゼントなので捨てることも出来ず、この有様です。」
そういえば、茉白くんが誕生日にくれたましろんもでっかいなぁと考える。
「....こ、この大きい、お、御屋敷、な、ら......他の、お部屋、とー、か。」
「それも考えたのですが、この家具たち扉を通れないので一度分解してから運ぶしかないのです。そうなるとたくさんの使用人をもってしてもせいぜい一日ほどかかってしまいまして、茉白様は一日部屋に入れないのが嫌らしいのです。」
一日部屋に入れないだけでわがままだな、と未だに力説してる茉白くんをうっすらと目を細め、じとっとした視線を送った。
茉白くんはそれに気づいていないようで、今だに僕の寝顔を解説していた。
......寝顔...?
「え、...?それ、い、いつ...撮ったの?」
「施設にいる時だよ。琥珀が小学校三年生の十月十三日のお昼寝してるときなんだけどね、よだれ垂らしながら俺の腕ずっと握っててもう本当に可愛くて......」
「も、もういい!!」
僕は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
執事さんは僕らのいつも通りなやり取りを耳から耳へ流してこの家具たちをどうするか考えていたよう、でその整えられた顎髭に手を添えながら彼は言った。
「ここを物置にして茉白様の部屋を新しくすることを考えたのですが、茉白様が反対されまして...。」
「だって、日当たり悪くなるから....」
アルバムを閉じて大事に抱えながら茉白くんは言う。
「日当たりがそんなに大事なのですか?」
「大事だよ!そしたら、お花が育たなくなっちゃう!!」
茉白くんはそう言い放つとアルバムを僕に手渡し、象と本棚奥へと行ってしまった。僕は呆然とそのふたつの隙間を見つめる。
やがて茉白くんはひとつの植木鉢を持って戻ってきた。
そこに咲いていたのは、ツワブキとノースポールの花だった。
季節はすぎたばかりだから、花穂が茶色くなっているところもある。それでも、
「これ、三代目のお花だよ!」
この花は、三年前の誕生日に僕が茉白くんにプレゼントした種から咲いたものだった。
たくさんの陽の光と美味しい水と、茉白くんからの愛情を一身に受けて育ったのが見てわかる。今朝も水を上げたのか、土がじっとりと湿っていた。
口を開こうとしたけど、喉の奥が熱くて、声が出ない。
胸のあたりがぎゅっと縮こまって、呼吸も浅くなる。
気づけば、視界がぼやけていた。
「……琥珀...?な、泣いてるの?」
ぽたり。頬を伝った温かいものに、自分が泣いているとようやく気づいた。
心配させまいと声を出そうとするも、出るのは嗚咽ばかりで、茉白くんはおどおどと焦って植木鉢を僕の目の前で揺らしている。
「...ぁ、あいがと、......」
あの時はこんなものあげていいのだろうかと思っていた。
こんな小さくて将来花になるかさえ分からないものをあげたら嫌われてしまうのではと思っていた。
でも、茉白くんはそれを大切に愛してくれた。
どれだけ小さくても、芽が出るまで根気強く育ててあげていた。
茉白くんは植木鉢を元の位置に戻すと、泣いている僕を強く抱き締めてくれた。頭を優しく撫でて、背をさすってくれる。
「琥珀は泣き虫だね、いつも泣いてる。」
「でも、...な、慰めて、くれるでしょ?」
どうやら僕は、茉白くんといる中で図々しくなったらしい。
でも、茉白くんは笑って
「もちろん」
と返してくれる。僕はずっと、そんな茉白くんが大好きだ。
隅々まで丁寧に掃除されて塵ひとつなく、シーツもシミやシワさえ見当たらない。まるでどこかの高級ホテルのような佇まいのその部屋に、僕は立ち尽くすばかりだ。
書類等もまとめて置いてあり、拓海兄と同室だった頃とはえらい違いだ、と彼のことを思い出して口が緩む。
「琥珀さんのベッドは夕方頃届く予定ですから、後ほど模様替えをしましょうか。私物もこれから少しづつ増やしていきましょう」
「......え、琥珀ここで寝るの!?」
先程ウキウキと屋敷を案内してくれて、謎な鼻歌まで歌っていた茉白くんが絶望したような表情で僕を見つめた。
「琥珀は俺の部屋で寝るんだよ!!」
「茉白様のお部屋は散らかっているではありませんか」
「ち、散らかってない!少し掃除すれば、めちゃくちゃ綺麗になるし!!」
「あんな大量の物、どこに片付けるんですか?」
「え、えーと....ち、地下!地下にしまう!!」
「あそこは牢ですよ。他の場所はないのですか?」
「だって、大きいし、かといって可愛くて捨てられないし...」
どうやら茉白くんは拓海兄と同じ質らしい。僕はふふと2人のやり取りに笑ってから茉白くんの手を取った。
「一緒にそうじ、しよ。....ぼ、ぼくは、茉白くんとが、いー、い。」
つい先程僕はそう発言したこと、とても後悔していた。
拓海兄の散らかし具合しか知らなかったから、あれ以上があるとは思わなかった。せいぜい雑誌とかペンとか使ったものが雑に投げ捨てられているものだろうと、甘く見ていた。
実際訪れた茉白くんの部屋は、どこから手をつけていいか分からないほど、散らかっていた。
ゴミとか使ったものがそこら辺にあるような拓海兄の散らかし方ではなく、大きな家具やら何やらが大量に置かれていて、通りみちすらないほどだ。
なんだか巨大な迷路に来たようで、僕は呆気にとられた。
ところどころに細かいものも大雑把にまとめて置いてあり、通行の妨げになるので端へと退かす。
「....これ、なに」
目の前の灰色のでかい何かに触れて言った。見上げるほど大きいそれは、もはや大きすぎてなんだか分からない。
茉白くんはその質問に淡々と答えた。
「これは象のでっかいぬいぐるみ」
「....ぞう、......じゃあ、この壁は?」
「本棚の裏側」
壁ではなく、家具であったらしい。
「こちらはなんですか?」
執事さんが小さいファイルのようなものを拾って問いかける。
「琥珀が可愛かったから写真現像してアルバムにしたやつ!オススメはねー....」
茉白くんはそのアルバムを手にした途端にこにこと嬉しそうに笑いながらひとりでなにやら話しているが、自分の可愛いとことかかっこいいところとか解説されても恥ずかしくて聞いていられない。
僕と執事さんは茉白くんが饒舌に話しているうちに、とりあえず目の前の現実をどう片付けるか考えていた。
「はぁ....朱来様が茉白様の誕生日に毎年大きいものをプレゼントされるんです。茉白様は大きいものが好きだからと....。ですが、場所が取られてしまい、プレゼントなので捨てることも出来ず、この有様です。」
そういえば、茉白くんが誕生日にくれたましろんもでっかいなぁと考える。
「....こ、この大きい、お、御屋敷、な、ら......他の、お部屋、とー、か。」
「それも考えたのですが、この家具たち扉を通れないので一度分解してから運ぶしかないのです。そうなるとたくさんの使用人をもってしてもせいぜい一日ほどかかってしまいまして、茉白様は一日部屋に入れないのが嫌らしいのです。」
一日部屋に入れないだけでわがままだな、と未だに力説してる茉白くんをうっすらと目を細め、じとっとした視線を送った。
茉白くんはそれに気づいていないようで、今だに僕の寝顔を解説していた。
......寝顔...?
「え、...?それ、い、いつ...撮ったの?」
「施設にいる時だよ。琥珀が小学校三年生の十月十三日のお昼寝してるときなんだけどね、よだれ垂らしながら俺の腕ずっと握っててもう本当に可愛くて......」
「も、もういい!!」
僕は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
執事さんは僕らのいつも通りなやり取りを耳から耳へ流してこの家具たちをどうするか考えていたよう、でその整えられた顎髭に手を添えながら彼は言った。
「ここを物置にして茉白様の部屋を新しくすることを考えたのですが、茉白様が反対されまして...。」
「だって、日当たり悪くなるから....」
アルバムを閉じて大事に抱えながら茉白くんは言う。
「日当たりがそんなに大事なのですか?」
「大事だよ!そしたら、お花が育たなくなっちゃう!!」
茉白くんはそう言い放つとアルバムを僕に手渡し、象と本棚奥へと行ってしまった。僕は呆然とそのふたつの隙間を見つめる。
やがて茉白くんはひとつの植木鉢を持って戻ってきた。
そこに咲いていたのは、ツワブキとノースポールの花だった。
季節はすぎたばかりだから、花穂が茶色くなっているところもある。それでも、
「これ、三代目のお花だよ!」
この花は、三年前の誕生日に僕が茉白くんにプレゼントした種から咲いたものだった。
たくさんの陽の光と美味しい水と、茉白くんからの愛情を一身に受けて育ったのが見てわかる。今朝も水を上げたのか、土がじっとりと湿っていた。
口を開こうとしたけど、喉の奥が熱くて、声が出ない。
胸のあたりがぎゅっと縮こまって、呼吸も浅くなる。
気づけば、視界がぼやけていた。
「……琥珀...?な、泣いてるの?」
ぽたり。頬を伝った温かいものに、自分が泣いているとようやく気づいた。
心配させまいと声を出そうとするも、出るのは嗚咽ばかりで、茉白くんはおどおどと焦って植木鉢を僕の目の前で揺らしている。
「...ぁ、あいがと、......」
あの時はこんなものあげていいのだろうかと思っていた。
こんな小さくて将来花になるかさえ分からないものをあげたら嫌われてしまうのではと思っていた。
でも、茉白くんはそれを大切に愛してくれた。
どれだけ小さくても、芽が出るまで根気強く育ててあげていた。
茉白くんは植木鉢を元の位置に戻すと、泣いている僕を強く抱き締めてくれた。頭を優しく撫でて、背をさすってくれる。
「琥珀は泣き虫だね、いつも泣いてる。」
「でも、...な、慰めて、くれるでしょ?」
どうやら僕は、茉白くんといる中で図々しくなったらしい。
でも、茉白くんは笑って
「もちろん」
と返してくれる。僕はずっと、そんな茉白くんが大好きだ。
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