30 / 38
第一章 いざ、竜狩りへ
030 ネルビスの矜持
しおりを挟む
「ふんっ、どうやら奴が住処へ案内してくれるようだ。良かったじゃないか、ザックス」
簡単にキャンプ場を片付け、ザックスとネルビスは上空を飛ぶワイバーンに導かれるように沼地へと歩を進めていた。依頼されていた素材である翼皮と尾を持ち帰るための人員を除いた六人の男衆が殿を務めており、後方からの奇襲に備えている。
空を飛ぶワイバーンが時折高度を落としてみると、ザックスが咄嗟にガン・ソードを構えて迎撃態勢をとる。すると翼をはためかせて上昇し、やはり一定の距離を取っては奥へと飛んでいく。こちらから距離をあけても、旋回して戻って来ては高度を下げて様子を伺ってくる。その繰り返しだった。
「すげぇな、これ。水の中まで真っ黒だぜ」
ザックスは上空のワイバーンをほどほどに警戒しつつ、初めて訪れた沼地の景観を楽しんでいた。
辺りは見渡す限り黒一色で、枯れた草木すら見えない。
生命力の感じられない、死の大地だった。
「まったく、気楽なもんだな、貴様は。敵地の真っただ中で、どう戦うのかも考えているのか?」
「まあ、何とかなんだろ。結構、水は綺麗なんだな。黒いのは、底に沈んでるダークマターのせいか」
ザックスは立ち止まって、傍にある池を覗き込んで水を掬ってみた。手の平からはサラサラとした沼水が零れ落ちていく。
「少しは警戒しろ、ザックス。奴がいつ襲ってくるかも分からんだろう」
「どうせ、あいつの狙いは巣の仲間と合流して俺たちを襲うことなんだろ? だったら、ちっとはのんびりやってたって構わねぇだろ」
ザックスは膝に手をついておもむろに立ち上がると、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「なあ、ネルビス。なんでここは、こんなになっちまったんだ?」
ネルビスは上空のワイバーンをちらりと見やり、ザックスへと向き直った。
「諸説あるが、ワイバーンが住み着くことが原因とする説が有力となっている。奴らは、肉だけじゃなく植物も食べる雑食だ。他の竜種のように石も食う事があるらしいが、その目的は魔力ではないようだがな。群れを成し、一か所に留まる習性のある奴らだ。周りの草木はすぐに死滅してしまう」
ネルビスが足元の黒い大地に目を落とす。
「加えて、奴らは火を噴く。それにより、肥沃だった大地は奴らに食い荒らされた後に焼き払われ、栄養を失うこととなる。ここらに溜まっている水は、そのあとに地下から湧いてくるものらしいな。大地に起伏があるから、流れてきた地下水が水溜りとなっている箇所も多い」
ザックスは「へぇ」と呟き、黒い湖沼へ視線を向けた。
「その水が溜まる前の話になるが、乾燥し栄養の枯渇した大地は、徐々にダークマターへと変質するそうだ。それがどのくらいの年月になるかは知らん。だが、条件さえ整えばダークマターはダークマターを生成するらしい。研究者が、天然のダークマターを触媒にして人口のダークマターを作り出したという話も聞いたことがある」
「するってぇと……この大地は、ワイバーンが住み着いたことで自然発生したダークマターが、更にダークマターを生み出してこんなになっちまったと言う訳か」
「まあ、そういうことだ」
ザックスが顎を撫で、上空のワイバーンに目を配りながら、ははぁと嘆息する。
ワイバーンはなおも向こうの空で旋回していた。
「境界となっていた白い線があったろう。あれは、もともと黒色だったダークマターが自然の魔力を吸い上げ、白色に変質したものだ。ワイバーンの生活圏内では、この通りの大規模なダークマター変質によって白色ダークマターは存在できないようだが、奴らが屯しない場所では白色になるまでダークマターが魔力を吸う事ができるようだ。故に、我々はあの白線を奴らの生活圏内である巣の目印としている」
「なるほどな……」
ザックスが腕を組み納得する様を見て、ご高説を垂れていたネルビスはやや得意げに鼻を鳴らした。
「さて、沼地についてはこんなところだ。奴も待ちくたびれている頃だろう。さっさと先へ進もう。腹をすかせた奴らが盛大に歓迎してくれるぞ」
「その前に、もうひとつ良いか?」
先を歩こうとしたネルビスは後ろ髪を引っ張られるようにして動きを止めると、ザックスの方に振り返った。
「何だ?」
「いや。お前、何でワイバーンなんか狩ってんのかなって思ってよ。そんなに詳しいし、知識もあるなら他にやれることもあんじゃねぇの?」
「なるほど。それは、ワイバーンがDランクだから、そう考えているのか?」
ネルビスは半ば蔑むような目で、ザックスを見る。
「いや、そんなんじゃねぇけどよ。でも、気になるじゃねぇか。だって、翡翠竜狩ってる方が儲かるんだろ?」
「ふん、誰がそんなことを言った。確かに奴の角は単価としては高いが、数も少なければコストもかかる。そのくせ、利用も限られている品だ。とてもじゃないが、我ら一団の命を賄うには割に合わん」
ネルビスは腕を組みながら、団員たちに目配せした。茶髪にハゲ、大男、そばかす、デブ、黒髭たちが、ネルビスと視線を交わす。
「ワイバーンは土地を枯らす。自然にとっての害竜だ。だが、奴らの肉は食料になり、その翼は道具となり、尻尾は薬となる。なればこそ、奴らを狩り、ドラガリアの国民に届けるのだ。我々は、そのために居る。そのために奴らを狩るのだ。分かったか、新入り」
言うと、ネルビスは上空のワイバーンを睨みつける。降りてこないことを確認すると、再びワイバーンの巣へ向けて歩き出した。
ザックスは頭を掻くと「へえ……」とだけ呟き、承服の笑みを浮かべて鼻をこすった。
簡単にキャンプ場を片付け、ザックスとネルビスは上空を飛ぶワイバーンに導かれるように沼地へと歩を進めていた。依頼されていた素材である翼皮と尾を持ち帰るための人員を除いた六人の男衆が殿を務めており、後方からの奇襲に備えている。
空を飛ぶワイバーンが時折高度を落としてみると、ザックスが咄嗟にガン・ソードを構えて迎撃態勢をとる。すると翼をはためかせて上昇し、やはり一定の距離を取っては奥へと飛んでいく。こちらから距離をあけても、旋回して戻って来ては高度を下げて様子を伺ってくる。その繰り返しだった。
「すげぇな、これ。水の中まで真っ黒だぜ」
ザックスは上空のワイバーンをほどほどに警戒しつつ、初めて訪れた沼地の景観を楽しんでいた。
辺りは見渡す限り黒一色で、枯れた草木すら見えない。
生命力の感じられない、死の大地だった。
「まったく、気楽なもんだな、貴様は。敵地の真っただ中で、どう戦うのかも考えているのか?」
「まあ、何とかなんだろ。結構、水は綺麗なんだな。黒いのは、底に沈んでるダークマターのせいか」
ザックスは立ち止まって、傍にある池を覗き込んで水を掬ってみた。手の平からはサラサラとした沼水が零れ落ちていく。
「少しは警戒しろ、ザックス。奴がいつ襲ってくるかも分からんだろう」
「どうせ、あいつの狙いは巣の仲間と合流して俺たちを襲うことなんだろ? だったら、ちっとはのんびりやってたって構わねぇだろ」
ザックスは膝に手をついておもむろに立ち上がると、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「なあ、ネルビス。なんでここは、こんなになっちまったんだ?」
ネルビスは上空のワイバーンをちらりと見やり、ザックスへと向き直った。
「諸説あるが、ワイバーンが住み着くことが原因とする説が有力となっている。奴らは、肉だけじゃなく植物も食べる雑食だ。他の竜種のように石も食う事があるらしいが、その目的は魔力ではないようだがな。群れを成し、一か所に留まる習性のある奴らだ。周りの草木はすぐに死滅してしまう」
ネルビスが足元の黒い大地に目を落とす。
「加えて、奴らは火を噴く。それにより、肥沃だった大地は奴らに食い荒らされた後に焼き払われ、栄養を失うこととなる。ここらに溜まっている水は、そのあとに地下から湧いてくるものらしいな。大地に起伏があるから、流れてきた地下水が水溜りとなっている箇所も多い」
ザックスは「へぇ」と呟き、黒い湖沼へ視線を向けた。
「その水が溜まる前の話になるが、乾燥し栄養の枯渇した大地は、徐々にダークマターへと変質するそうだ。それがどのくらいの年月になるかは知らん。だが、条件さえ整えばダークマターはダークマターを生成するらしい。研究者が、天然のダークマターを触媒にして人口のダークマターを作り出したという話も聞いたことがある」
「するってぇと……この大地は、ワイバーンが住み着いたことで自然発生したダークマターが、更にダークマターを生み出してこんなになっちまったと言う訳か」
「まあ、そういうことだ」
ザックスが顎を撫で、上空のワイバーンに目を配りながら、ははぁと嘆息する。
ワイバーンはなおも向こうの空で旋回していた。
「境界となっていた白い線があったろう。あれは、もともと黒色だったダークマターが自然の魔力を吸い上げ、白色に変質したものだ。ワイバーンの生活圏内では、この通りの大規模なダークマター変質によって白色ダークマターは存在できないようだが、奴らが屯しない場所では白色になるまでダークマターが魔力を吸う事ができるようだ。故に、我々はあの白線を奴らの生活圏内である巣の目印としている」
「なるほどな……」
ザックスが腕を組み納得する様を見て、ご高説を垂れていたネルビスはやや得意げに鼻を鳴らした。
「さて、沼地についてはこんなところだ。奴も待ちくたびれている頃だろう。さっさと先へ進もう。腹をすかせた奴らが盛大に歓迎してくれるぞ」
「その前に、もうひとつ良いか?」
先を歩こうとしたネルビスは後ろ髪を引っ張られるようにして動きを止めると、ザックスの方に振り返った。
「何だ?」
「いや。お前、何でワイバーンなんか狩ってんのかなって思ってよ。そんなに詳しいし、知識もあるなら他にやれることもあんじゃねぇの?」
「なるほど。それは、ワイバーンがDランクだから、そう考えているのか?」
ネルビスは半ば蔑むような目で、ザックスを見る。
「いや、そんなんじゃねぇけどよ。でも、気になるじゃねぇか。だって、翡翠竜狩ってる方が儲かるんだろ?」
「ふん、誰がそんなことを言った。確かに奴の角は単価としては高いが、数も少なければコストもかかる。そのくせ、利用も限られている品だ。とてもじゃないが、我ら一団の命を賄うには割に合わん」
ネルビスは腕を組みながら、団員たちに目配せした。茶髪にハゲ、大男、そばかす、デブ、黒髭たちが、ネルビスと視線を交わす。
「ワイバーンは土地を枯らす。自然にとっての害竜だ。だが、奴らの肉は食料になり、その翼は道具となり、尻尾は薬となる。なればこそ、奴らを狩り、ドラガリアの国民に届けるのだ。我々は、そのために居る。そのために奴らを狩るのだ。分かったか、新入り」
言うと、ネルビスは上空のワイバーンを睨みつける。降りてこないことを確認すると、再びワイバーンの巣へ向けて歩き出した。
ザックスは頭を掻くと「へえ……」とだけ呟き、承服の笑みを浮かべて鼻をこすった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる