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第一章
EPISODE.1「土砂降りの出逢い」
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かつて愛した女性は、花のような笑顔を見せる女性だった。
彼女が笑うと、花びらの雨が舞うような、そんな心地にさせられた。
時々思う。私は彼女に「与えてもらう」ことしかしていなかったのではないだろうかと。彼女を愛していたのに。
心の底から愛していたのに、私はそれに応えることをしなかったのではないか、と。
けれど今更ながら、もう遅いのだ。
彼女を想い、憂い、絶望する。
そんな1日が、季節が、今日も私のもとにやってくる。
私の―――心に。
1
この日は曇天だった。1日の始まりにしては悪くない。
土砂降りの雨が降れば、心の中の憂いを一緒くたに流してくれそうだから。
また1日が過ぎ去り、土砂降りは、午後から本格的に始まった。
仕事場から帰る途中、都内の通りを紺の傘を差して歩く。
グレーのトレーナー、デニムパンツ、ナイロンのパーカーの上から背中にリュックを背負った私。
パッとも冴えないそんな格好もすっかり板についたこの日。
目の前に、突然にも誰かがドンと突き飛ばされるように転倒して転がり現れ、思わずつんのめるようにして立ち止まり驚いた。
思わず声が出そうになる。
「邪魔ね!!こんのっ役に立たない奴!」
傘をさしてつんのめって立ち止まった私こと、高藤聡一は、今年で36歳。
近くのビルで清掃員の仕事を請け負っている。
この日も夕方5時過ぎ、いつも通りの帰路を歩いていて、思わず急ブレーキを踏むように立ち止まった。
後ろ向きにある電柱に背中をぶつけるようにして転倒した女性は、20代の後半か。
サラサラの肩までの黒髪をポニーテールにしてまとめ、身なりはカジュアルな、私、聡一と同じデニムパンツに黒のトレーナーを着ている出で立ち。
彼女は色白で、とても愛らしい顔立ちをしていた。
彼女は動転しているのか、突き飛ばした上にこちらまで歩いてきて罵声を浴びせている相手に対し、見上げたりといった反応も見られない。
相手の男性と彼女がいたのは、すぐ横の中華店だったようだ。
相手はイントネーションが微妙に日本人から外れた口調で、怒鳴り散らしていた。
「…#$@&%℃¥…!もう来なくていいね!」
どうやら中華系の出身なのか中国語の罵声を浴びせた上怒鳴り散らし、一方的に店内へと姿を消し扉をバタン!と乱暴に閉める。
そしてまた出てきたかと思うと、彼女のものと思われるリュックサックを、乱暴に彼女の近くへと投げ捨て、再び一言罵ると、店内へと去って行った。
暴力とも思えるほどド派手な音を立ててステンレス製の扉を閉めたかと思えば、ガチャリと、店の扉を施錠する音が聞こえた。
聡一は呆気にとられるも、女性を見下ろすと、その場にしゃがみ込んだ。
すぐ傍に、土砂降りの雨が水たまりとなって打ち付けている。
さしていた傘を、地面にお尻をついたまま座り込む彼女の頭上に差し出した。
ショックからか身動きもせず、土砂降りの雨にずぶ濡れのままの彼女。
そんな女性の顔を、聡一は覗き込む。左肩に手を添えるとトントンと軽く叩いた。
雨粒で左手が濡れる。
しかし、その場で聡一は声をかけることはしなかった。
―――いや、しなかったのではない。
出来なかったのだ。
彼女が笑うと、花びらの雨が舞うような、そんな心地にさせられた。
時々思う。私は彼女に「与えてもらう」ことしかしていなかったのではないだろうかと。彼女を愛していたのに。
心の底から愛していたのに、私はそれに応えることをしなかったのではないか、と。
けれど今更ながら、もう遅いのだ。
彼女を想い、憂い、絶望する。
そんな1日が、季節が、今日も私のもとにやってくる。
私の―――心に。
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この日は曇天だった。1日の始まりにしては悪くない。
土砂降りの雨が降れば、心の中の憂いを一緒くたに流してくれそうだから。
また1日が過ぎ去り、土砂降りは、午後から本格的に始まった。
仕事場から帰る途中、都内の通りを紺の傘を差して歩く。
グレーのトレーナー、デニムパンツ、ナイロンのパーカーの上から背中にリュックを背負った私。
パッとも冴えないそんな格好もすっかり板についたこの日。
目の前に、突然にも誰かがドンと突き飛ばされるように転倒して転がり現れ、思わずつんのめるようにして立ち止まり驚いた。
思わず声が出そうになる。
「邪魔ね!!こんのっ役に立たない奴!」
傘をさしてつんのめって立ち止まった私こと、高藤聡一は、今年で36歳。
近くのビルで清掃員の仕事を請け負っている。
この日も夕方5時過ぎ、いつも通りの帰路を歩いていて、思わず急ブレーキを踏むように立ち止まった。
後ろ向きにある電柱に背中をぶつけるようにして転倒した女性は、20代の後半か。
サラサラの肩までの黒髪をポニーテールにしてまとめ、身なりはカジュアルな、私、聡一と同じデニムパンツに黒のトレーナーを着ている出で立ち。
彼女は色白で、とても愛らしい顔立ちをしていた。
彼女は動転しているのか、突き飛ばした上にこちらまで歩いてきて罵声を浴びせている相手に対し、見上げたりといった反応も見られない。
相手の男性と彼女がいたのは、すぐ横の中華店だったようだ。
相手はイントネーションが微妙に日本人から外れた口調で、怒鳴り散らしていた。
「…#$@&%℃¥…!もう来なくていいね!」
どうやら中華系の出身なのか中国語の罵声を浴びせた上怒鳴り散らし、一方的に店内へと姿を消し扉をバタン!と乱暴に閉める。
そしてまた出てきたかと思うと、彼女のものと思われるリュックサックを、乱暴に彼女の近くへと投げ捨て、再び一言罵ると、店内へと去って行った。
暴力とも思えるほどド派手な音を立ててステンレス製の扉を閉めたかと思えば、ガチャリと、店の扉を施錠する音が聞こえた。
聡一は呆気にとられるも、女性を見下ろすと、その場にしゃがみ込んだ。
すぐ傍に、土砂降りの雨が水たまりとなって打ち付けている。
さしていた傘を、地面にお尻をついたまま座り込む彼女の頭上に差し出した。
ショックからか身動きもせず、土砂降りの雨にずぶ濡れのままの彼女。
そんな女性の顔を、聡一は覗き込む。左肩に手を添えるとトントンと軽く叩いた。
雨粒で左手が濡れる。
しかし、その場で聡一は声をかけることはしなかった。
―――いや、しなかったのではない。
出来なかったのだ。
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