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第一章
EPISODE.2「土砂降りの出逢い(2)」
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3年ほど前から、聡一は声が出ない症状を持っている。その病名は―――“失声症”である。
普段から主に筆談をしてコミュニケーションを取るので、着ているパーカーや肩から下げるショルダーバッグにメモ帳とペンを入れてはいたが、この時は使う気にはならなかった。女性が、聡一の顔を見ようとしなかったからである。3、4回肩を叩いてみたが、彼女は目の前の宙を見つめたまま、数回瞬きはしていたものの、ほとんどと言えるほど身動きすらしなかった。
ふと聡一は眉根を寄せる。不意にそれまで彼女の肩を叩いていた手を止めると、女性の頭上に傘をさしたまま、取っ手から手を離し、自身のリュックサックを背中から下ろした。傘の下から出たことで土砂降りの雨粒が、髪やパーカーに染み入ってくる。着ているトレーナーに雨が染み込み、体が冷えそうだった。傍らでは、走り過ぎる通行人の足音が、ぱしゃぱしゃと雨音に混じりに聞こえた。
リュックサックの側面にある細長いポケットから太くて長い白いペンのようなものを彼は手に出すと、リュックサックを放って再度、彼女に近寄った。
女性は相変わらずどこを見るでもなく少しぼうっとしている。その彼女の顎を―――聡一は左手で添えると持ち上げ、少し頭上を向かせた。すると彼女の視線はとろんと聡一の顔の辺りを見返す。そのまぶたを指で開くと、彼はペンの先を向ける。どうやらライトだったようだ。ペン先を少し振るようにして、彼は女性の瞳に光を当てた。
するとようやく女性が嫌がる素振りを見せる。顔を動かしたため、彼は「…あ」とまるで声を漏らしたように、その顔から手を離した。
状況が分からなかった彼、聡一。腑に落ちなかったこともあり、何となく彼女の傍に落ちているリュックサックを引き寄せると、バッグの脇を覗き込む。
バッグの横に、赤く大きめの四角いタグが付いているのに目が行った。白いプラスマークとハートマークが記載されたその赤いタグを見るなり、途端、眉を上げ、そうか、と言うかのように納得した様子を見せる。
“それ”は俗に言う『ヘルプマーク』と呼ばれるものである。
非常時に他者からの支援や介助を必要とすることを告げるもので、3年前まで医療機関で勤務していた聡一にとっても、比較的身近に感じるものだ。聡一はそのリュックサックを引き寄せる。背面に、白い生地が縫い付けられていた。そこには、電話番号と住所、名前と血液型が黒く太い字で書かれていた。
―――樫木美緒 A型…。
普段から主に筆談をしてコミュニケーションを取るので、着ているパーカーや肩から下げるショルダーバッグにメモ帳とペンを入れてはいたが、この時は使う気にはならなかった。女性が、聡一の顔を見ようとしなかったからである。3、4回肩を叩いてみたが、彼女は目の前の宙を見つめたまま、数回瞬きはしていたものの、ほとんどと言えるほど身動きすらしなかった。
ふと聡一は眉根を寄せる。不意にそれまで彼女の肩を叩いていた手を止めると、女性の頭上に傘をさしたまま、取っ手から手を離し、自身のリュックサックを背中から下ろした。傘の下から出たことで土砂降りの雨粒が、髪やパーカーに染み入ってくる。着ているトレーナーに雨が染み込み、体が冷えそうだった。傍らでは、走り過ぎる通行人の足音が、ぱしゃぱしゃと雨音に混じりに聞こえた。
リュックサックの側面にある細長いポケットから太くて長い白いペンのようなものを彼は手に出すと、リュックサックを放って再度、彼女に近寄った。
女性は相変わらずどこを見るでもなく少しぼうっとしている。その彼女の顎を―――聡一は左手で添えると持ち上げ、少し頭上を向かせた。すると彼女の視線はとろんと聡一の顔の辺りを見返す。そのまぶたを指で開くと、彼はペンの先を向ける。どうやらライトだったようだ。ペン先を少し振るようにして、彼は女性の瞳に光を当てた。
するとようやく女性が嫌がる素振りを見せる。顔を動かしたため、彼は「…あ」とまるで声を漏らしたように、その顔から手を離した。
状況が分からなかった彼、聡一。腑に落ちなかったこともあり、何となく彼女の傍に落ちているリュックサックを引き寄せると、バッグの脇を覗き込む。
バッグの横に、赤く大きめの四角いタグが付いているのに目が行った。白いプラスマークとハートマークが記載されたその赤いタグを見るなり、途端、眉を上げ、そうか、と言うかのように納得した様子を見せる。
“それ”は俗に言う『ヘルプマーク』と呼ばれるものである。
非常時に他者からの支援や介助を必要とすることを告げるもので、3年前まで医療機関で勤務していた聡一にとっても、比較的身近に感じるものだ。聡一はそのリュックサックを引き寄せる。背面に、白い生地が縫い付けられていた。そこには、電話番号と住所、名前と血液型が黒く太い字で書かれていた。
―――樫木美緒 A型…。
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