Chocolate(チョコレート)

Lyra

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第一章

EPISODE.3「土砂降りの出逢い(3)」

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 「あらやだ!すみません、本当にこの度は…!」

 女性こと美緒みおを彼女のリュックに書かれた住所へと送り届けていた聡一に、彼女の母親である樫木かしぎ香織かおりさんは、玄関先でそう大きな声を返していた。

「美緒ちゃん、大丈夫だった?」

土砂降りは未だしつこいくらいに続いている。あれから偶然通りかかったタクシーのドライバーに筆談で彼女の連絡先に電話してもらい、彼女、美緒を聡一は送り届けた。
 都内のとある住宅地に辿り着いた矢先、明るい玄関先で、聡一を美緒の母親である彼女は慌てた様子で迎える。

「ありがとうございます!散らかってますけど、どうぞ上がってください!」

母親、香織はそう言って美緒の頭にタオルをかぶせる。玄関先で、断る隙もなかった聡一は、仕方なく流れのまま香織から渡されたタオルを借りて自身の肩や髪を拭いた。
 香織は、美緒の腕を、肩を後ろから押して、廊下の先にあったリビングへと連れて行く。あの、と聡一は『私はこれで失礼します』と声の出ない口でそう呟いた。あまり長居をしてはいけない、と遠慮して声を出したつもりだったが、しかしながら、かすれ声にすらもならない。なんとか息遣いだけで喋ろうとするも、それは結局届くことはなかった。

 彼女、香織さんは、バタバタとスリッパの足音を響かせながら、キッチンの端から端を往復していた。恐らく彼、聡一にお茶でも出そうとしているのだろう。電気ポットからお茶を注ぐ音が、見えない台の向こうから響いて聞こえてくる。

「どうぞ、狭い家ですけどソファに座ってくださいねー」

まるで聡一の心の隅を察したようにそう大きめの声を張って、香織はしばしの間の後、リビングへと現れた。ようやく姿を見せた彼女の両手には木製のお盆。やはり来客用のお茶を準備していたらしい。ソファの傍で立って待っていた聡一に、彼女は「遠慮なさらないで、どうぞ座って下さい」と苦笑いを見せた。お茶を、聡一に一番近い場所のテーブルに置くと、彼女は美緒の傍に向き直り、美緒をソファに座らせてその髪をタオルで拭き始めた。
 『会話』によるコミュニケーションが困難になって3年。聡一にとって、他人とのやり取りやコミュニケーションは、苦痛にしか感じられないものだった。脳外科医としての道も自ら絶ち、他人との関係も絶って。会話が必要になる場面を避ける―――そんな日々を送っていたこの日もまた、この瞬間も。早々にこの家から出ていく方法を模索していた。

 「この子…今朝から落ち着きがなくて、心配してたんですけど…結局こんなことに…」

娘への気遣いを口にし始めた香織へ、聡一は咄嗟に“伝言”を伝えて去るべく、肩にかけていたショルダーバッグを下ろして手を入れ、メモ帳を取り出し始める。次いでボールペンで手元のメモ帳に“すみませんが―――”と走り書きした。
 しかし―――。

「…お母さん、この人…お医者さんなの―――」

ふと、美緒がそう呟く。さらさらと書いていた聡一の手元はピタリと止まった。
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